去りし者 四
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墓地は街の城門の外にあった。丘陵地帯が広がるその麓に、街の住人や荘園の民が眠っていると聞く。そこは広大な墓地だった。それでもあちらこちらに小さな可愛らしい花が咲いて、一見すると野原のようにも見える。
その中に、魔族と化してしまった雪李も眠っていた。魔族は人外のものだ。人族ではない。だが、人ではない者が人として葬られたのだ。そこは同時に影香の眠る墓地でもある。彼らは表裏一体。二人で一人。彼らの事情を全て汲んだ翠雅が特別に計らってくれたのだ。
影香と雪李は人だったと言って。
雷韋は多くの墓の中でも、特に見晴らしのよい場所にある墓の前で、朝からずっと突っ立っていた。この街で僅かな間だったが、雪李にはよくして貰ったと思う。雪李と出会った時の事は、はっきりと覚えている。それに彼には不思議な話も聞かせて貰った。
陸王との事だ。
雪李は、雷韋と陸王は対なのではないかと言っていた。雷韋自身、まだ信じ切る事は出来ないが、それでも陸王と出会ってから、不思議な感覚を覚えたのも事実だった。そんな経験はこれまでになかった。誰に出会っても陸王に感じた不可思議な感覚を覚えなかったし、既視感のような感覚も抱かなかったし、彼を辿れるほどに気配を感じるような事もなかった。
第一、あの時の感覚は今でも本当に不思議だった。
雪李が魔族に転化して殺されかかった時、陸王が現れた。歯の根が合わぬほどの震えを来していたのに、陸王の背中を目にした途端、ぴたりと震えが止まった。あの時の安堵感は言い表す事が出来ない。陸王を挟んで自分を喰らおうとする魔族がいるというのに、恐ろしくはなかったのだ。
絶対的な安堵。
何があっても護られると思える確信があった。
陸王さえ傍にいてくれれば、と。
陸王は昼過ぎには街を出ると言っていた。その頃発つと。雷韋は、追いかけるべきだろうか、と何度も繰り返し墓の中の雪李に問いかけた。
だが、返答が返ってくる筈もない。
陽は中天を過ぎている。少し前には、六時課(正午)の鐘も遠くから風に乗って微かに聞こえてきていた。戻らなければ、と思う反面で、陸王を追おうか、という気持ちにもなっていた。陸王がこの先、どこへ向かうかは知らない。それでも一緒に行けるのなら行けばいいと思う。
「どうしたらいい? 一緒にここを発てばいいのかな」
また雪李に問いかけていた。決して返る事のない返答を待って。
「墓相手に独り言か?」
突然の声に、雷韋は跳び上がるほど驚いた。
振り向くと、近くまで陸王が来ていた。よくよく見れば、その姿は旅装束になっている。
「り、陸王! ど、どうしてここに?」
思わずどもりがちの言葉が飛び出す。
だが陸王は、つまらなげな顔をしているだけだった。
「俺ぁそろそろ行くんでな。最後にクソガキのくそ面白くねぇ面でも拝んでおこうと思って来てみた。おそらくここだろうとも思ったしな」
「わざわざ捜しに来てくれたのか?」
「別にそう言うわけでもねぇが」
渋面を作って頭を掻く陸王の言葉尻は、僅かに掠れていた。
「なぁ、『もう行く』って、出ていくのか?」
「そうだ」
今度返った言葉は、声音にしっかりと頷きを含んでいた。
その陸王に、雷韋は一歩、二歩と近付いて、思わず言葉を口から飛び出させる。
「行くの、俺もいっしょっじゃ駄目か?」
「あ?」
陸王から不機嫌そうな声が零れる。表情も渋面のままだ。
それを見ても、雷韋の中に迷いはなかった。これは自分の意志だ。雪李に対だと言われたからではない。自分自身が陸王から感じた感覚を信じようと思ったのだ。それを信じてついていきたいと。
それは即決だった。妙案を思いついたときのように。
だから。
「俺、俺! 今から急いで出発の準備してくる!」
言うか言わないかの間に、雷韋は陸王の前を横切って丘を駆け下りていった。雪李の墓など最早目に入らないとでも言うかのように。
そうして丘の麓の方から、
「あんたは西に行ってみるって言ってたよな? じゃあ、西門で待っててくれ! さっさと準備して、俺も西門に行くから!」
遠くから大声が響いてくる。
しかもやけに元気そうな声音が。
雷韋はまた走りだしたかと思うと、再び立ち止まって振り返る。
「絶対、逃げんなよ~!! 約束だかんな~!!」
口に両手を添えて、小さな身体に似合わぬ元気な声が更に張り上げられた。そうして再び走りだし、丘陵から城門の方へと向かって行く。
陸王はその様を渋く眺めながら、頭を力任せにがりがりと引っ掻いた。
「どうにも逃げられねぇから来たんじゃねぇか。ったく」
嘆息と共に独りごちる。
それを聞いているのは、ただ風だけだった。
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果たして、捕食者と被食者が共にいて、何事もなくすぎるとは思えない。必ずひずみも生まれてこよう。
けれど、それでいいのだ。
この世界の開闢者であり、生と死と再生を司る光竜がそれを望んで彼らを対にしたのだから。
何があっても、互いに助け合っていけるだろう。喰らい喰らわれる者であったとしても、彼らはそれを互いの生命に賭けても回避する筈だ。
互いが互いの魂の半身なのだから。
傷付け合うことも、憎み合う事も出来はしないのだ。それが魂の条理。決して曲げられない世界の摂理。
彼らの本当の旅はここから始まるのだ。
だから今回の事件は二人にとって、ただの切っ掛け。
始まりの物語にすぎない。
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什智の遺体はグローヴ領で晒しものになったあと、五体がばらばらに切断された。
頭部、右腕、胴体、右足、左足の計五つに。左腕は既に腐り落ちて、失われている。だからその代わりに、什智の目玉が抉り出された。
頭部は王都に送られ、残りはグローヴ領以外の五つの領地に送られて晒される事になった。
闇の妖精族と組んで国家転覆を謀ろうとした大罪人として。
什智の妻と息子と娘は王都から、国から追われた。逆賊の一族として。
什智が死んだ事により、什智の妻はこの先、対を失って静かに狂っていくだろう。
だが王都で暮らしていた家族も、グローヴ領から送られてくる財宝や金を密かに受け取っていたのだ。主である什智が領地で何をしていたのかを知りながらも、領主の妻としてその権威を笠に着ていた。
だから家族から王都にある邸も何もかも奪い去って、国から追う。これから彼らがどうするかなど知った事か、と言う事だ。
グローヴ領では半死人達が大勢いる。グローヴの穀倉を全て開放しても、まだ大勢が飢えに苦しんでいるのだ。
そこまで彼らを追い込んだ罰として、国王が決を下した。
各領地では人々が一目、什智の身体の一部を見ようと鈴生りになった。そしてそれを見て恐れた。大罪を犯した者の末路がどんなものかを目にして。
什智は瞬く間に国中で知らぬ者はいない大罪人として知られ、様々な噂が飛び交うようになった。
旅芸人達はこぞって元グローヴ卿の栄枯盛衰を演じ、語って廻った。人々の間で飛び交う噂をもとにして、どのように彼が国盗みを企み、破れていったかを。それはイシュダール国の各地で様々な形で語られ、上演された。人々もこぞって演劇を鑑賞しようと押しかけた。
だが、それは聞き囓りから始まった物語だ。どんなに正確に物語を作ろうとしても空想の域を出ない。噂が噂を呼ぶのと同じ原理で、空想は更なる空想を生んだ。元々が嘘八百同様であったのに、時が経てば経つほど面白おかしく、観客を喜ばせる為に脚色されていった。
しかし当然の事と言えば当然かも知れないが、そこには陸王、雷韋、雪李、影香の名は一切出てこない。エウローンの民もグローヴの民も彼らの存在を知らないのだから、その存在が漏れる事はなかった。
そうして旅芸人達は各地を廻ったが、唯一廻らない土地があった。
グローヴ領だ。
それはグローヴの領民が望んだ事ではない。国王が禁じたのだ。領民が速やかに什智を忘れられるように。そしてそれは、新しい領主のもとで速やかにグローヴ領を立て直せるようにとの配慮でもあった。
果たしてその事を陸王と雷韋が知ったかどうかは定かではない。
彼らはもう、この国を去って久しいのだから。
了
【後書き】
これにて、獣吠譚 覇界世紀シリーズ第一弾『はじまりの物語』終了です。
2021年12月1日から毎日更新して、本日無事終了と相成りました。
第二弾は現在鋭意執筆中(タイトル未定)です。
ただ、来年の公募に出す作品のプロットも同時進行していますので多少お時間は頂きますが、また必ず皆様にお届けしようと思っております。
まずはひとまず、ここまでお付き合いくださった読者様に感謝を申し上げます。
長~い戦闘回は非常に辛かったと思います。
カット出来ればしたんだけどねぇ……。
はい、お読みくださった方はご存じかと思いますが、そこに大いなるネタバレがあったのでカットするわけにもいかず、結局一日二話ずつの更新とさせていただきました。
冗長だったのは黙殺、と言う事で。
本当にお疲れ様でした。
そして有り難うございました。
さて、話は変わりまして。
明日からは続けて小咄を全五回に分けてお送りする予定です。
タイトルは「小咄その一『対の本能と魔族の本能』」となります。
ぶっちゃけ、『はじまりの物語』の後日談ですね。
でも『はじまりの物語』とは全く関係がありません。
飽くまでも『小咄』ですので、その時その時の掌編扱いという事で。
扱いがそれなので、本編をお読みくださった方にしか分からない作りとなっております。
わざとそう言う作りにしてあります。
詳しく書けば、それだけで作品が一本作れてしまいますから。
ですが、息抜きの感覚でご覧いただけるように短く作ってあります。
なので、気が向いたらお越しくださると幸いです。
あ、出演は陸王と雷韋の二人です。
たいそうな話ではないので、お気軽にどうぞ。




