去りし者 一
翠雅は全身にわたる打撲に加え、肋骨を二本、左足を骨折していたが、命に別状はなかった。陸王も酷い怪我を負ったが、あのあとすぐに雷韋が大地の精霊の力を借りて怪我を癒した。翠雅の怪我も共に。
反して、什智は腹の傷が酷すぎて、半死半生。正直、生きているのが不思議なくらいだった。このままでは生命が助かる保証はないとみて、雷韋が什智の怪我の具合を気にして手当てをしようかと問うたが、それは意識を取り戻した翠雅によって拒まれた。
今は領地で昏睡したままだという事だった。
それも王都から来た役人に見張られた状態で。
今回のエウローン領で起こった事件は、事件直後、すぐに王都にいるイシュダール国王の知るところとなった。その事によって、エウローン領とグローヴ領には王都から査察が入った。
エウローン卿、翠雅には後ろ暗いところはない。あった事をそのまま申し述べただけだ。それにグローヴ領領主、什智が闇の妖精族と手を組んで国家転覆を謀っていたとも。エウローン東市門周辺の有様も、雷韋の証言で什智の仕業と伝わっていた。
それだけでも国王を憤慨させるには充分だったが、更に什智が隠蔽していた事実が明るみに出るところとなったのだ。
グローヴ領には金脈があり、それを発見した什智は、荘園の男達に苦役を強いて秘密裏に採掘させていたのだ。
本来なら金鉱が見つかった時点で、国王に上奏しなければならない。領地は領主が国王より預かっている土地にすぎず、国王が領地の支配権を持っているからだ。
だが什智はそれを隠蔽して懐を肥やしていた。
しかも金鉱に男達が駆り出された事によって、女子供、金鉱では働けないだろうと判断された老人が、農地の重労働の全てを引き受けなければならなくなった。いくら牛馬の力があっても、所詮は非力な者達が行う農作業だ。作物の出来は悪くなる一方。
だと言うのに、什智は税金をぎりぎりまで搾り取り、農民は飢えていく。
金鉱で働く男達にも充分な食べ物は当たらぬようになり、男達の中には飢えと重労働の果てに死ぬ者も少なくなかったらしい。
王都から査察団が入領した時には、荘園で働いていた者達は生きた屍のようになっていたという。皆ぎりぎりの食料で日を食いつなぎ、死なないようになんとか働いていくしかなかったのだ。
そこにあったのは、まさに不作と飢えと苦役の悪循環。
その事に国王は激怒した。元々快く思っていなかったグローヴ卿が人道に悖る行いをしていた事に怒りを禁じ得なかったのである。
事態を知った国王は即刻什智からその地位を剥奪し、死罪を言い渡したが、黙っていても什智に待っているのは死かも知れない。それならばと、王宮に仕える高官や大臣、地領合議で領主達が下した結論は、一旦死罪の決定は保留し、什智の様子を見るという事に落ち着いた。
死ぬならば死ぬでよし。もし一命を取り留めたなら、その時に改めて死罪を言い渡す。その場合、身柄は王都に送られ、その後、公開処刑だ。
慣例に従えば、四つ裂きの刑に処せられるだろう。
死罪の決定が一時的に保留になった為、今現在のところは処刑の方法はまだ正式には決定していない。
グローヴの領民達は什智に恨みを込めて「東方の国で行われる『凌遅刑』に処されればいい」と口にしたが、流石にそれは役人に無視された。
何故なら『凌遅刑』は残虐非道にすぎる。
罪人は磔にされた上で、死ぬまで身体の肉を少しずつ削ぎ落とされていくのだ。この刑は罪人に、恐怖と苦痛を長時間与えるものだ。死に至るまで、二日から三日かかると言われている。
いくら什智が悪逆非道を行ったとは言え、それはあまりにも野蛮にすぎた。とてもではないが、そんな刑罰を与えるわけにはいかない。
国王も流石に首を縦には振らないだろう。寧ろそんな刑罰を行えば悪しき前例として残され、今後、この国で何かのおりに続くかも知れない。それは考えるだに恐ろしい事だった。
そして陸王と雷韋だが、彼らにかけられた賞金は、国王直々に取り下げられる事となった。
ただ、雷韋には什智の邸に盗みに忍んだという罪科があったが、それは什智が国家転覆を謀っていた証拠を掴んだ事実を寛恕して、国王から咎めなしとの裁決が下された。その代わり、事情聴取はしつこいほど念入りに行われたが。実際、什智の国家転覆の計画の要であった珠玉は、雷韋の手から役人に渡されていた。
それでも最後まで、珠玉は雷韋が是非に欲しいと言って譲らなかったのだが、結局は王宮の宮廷魔導士が管理する事に落ち着いた。
それら一連の事が片付くまでに二ヶ月ほどかかった。その間、陸王と雷韋は翠雅の砦で起居していたが、ほとんど顔を合わせる事はなかった。正確には、顔を合わせる暇がなかったのだ。
陸王も雷韋も実地検証や事情聴取などで時間を割かれていたし、陸王に至っては、影香に代わって新たに翠雅の護衛として雇われてもいたからだ。




