護る者、滅ぶ者 十一
いつの間にここまで肉迫したのか雪李には分からなかった。そして脇腹の傷がぐるりと抉られ、陸王が刀を引き抜くと、肉の塊が脇腹からべしゃっと音を立てて零れ落ちた。
血が溢れ出、程なくして血の泡が喉を遡ってそれを吐瀉した。
雪李の上体がぐらつく。
その様を、陸王は紅い瞳で真っ直ぐに見ていた。
まだけりはついていない。どちらかがどちらかの息の根を止めるまで、この戦いは終わらないのだと示したのだ。
その思いが雪李にもはっきりと届いたのだろう。
荒く短い呼吸を繰り返して、雪李は「そう」と口走った。
陸王もまた「そうだ」と返す。
そして先に動いたのはやはり陸王だった。鋭い呼気と共に刺突する。
それを鈍色の槍で雪李は突き返した。
槍の刃先を陸王に突き入れ、更にそれは陸王に弾かれていく。
引けば押し、押せば引き、互いが突っ込む。陸王は左側頭部に槍の柄の殴打を受け、雪李は首の付け根に刀の峰を受け、二人揃って蹌踉とする。
そうやって、互いに僅かずつ傷を作っていく様が二人には楽しかった。それぞれ脇腹に開いた肉の穴からは、絶え間なく血が流れ出ている。
それさえもが心地いい。
と、その時、突然、陸王が雪李の顔面狙って刺突した。が、雪李にはそれを避ける事が出来なかった。反射的に右手を翳すと、掌から手の甲へと一気に刃が突き抜ける。
だがその時、雪李の身体に異変が生じていた。掌の肉が金属質に変わって、刃が突き抜ける時、火花を上げて刀の進撃を阻んだのだ。
雪李自身にも想定外だったのだろう。驚いたように目を見開き、己の手の甲に目を遣る。
けれどそれも一瞬の事だった。
雪李は、にやと笑むと、一気に掌を押し遣り、刀の中程まで貫き通してきた。
これでは陸王は動けない。
それをいい事に、雪李は陸王の腹に槍を突き入れた。
腹の傷に向けて。
槍が既に穿たれた腹の肉を更に掻き切って、穴を広げる。
「き……さま!」
陸王が腹を貫通している槍に手を当てた瞬間、雪李の腕に骨の髄から重い衝撃が伝わった。それも両腕同時に。槍を持つ腕にも、刀を飲み込んだ掌からも。
刀を飲み込んだ金属質の掌が、瞬時にして軟らかい肉に変じ、そこから血が飽和したように溢れ出す。
雪李は謎の衝撃を受けて、背後に飛びずさった。飛び退いた手から槍が零れ落ち、腕の自由が効かなくなる。
彼は知らなかったが、それは波動だ。
気功法。体内で気を練り、それを相手に叩き付けて身体の自由を奪う体術だ。
気功法は波動として武器に叩き込めば、武器を持つ腕が痺れて武器を自由に扱う事が出来なくなり、身体に叩き込めば身体の自由を奪う事が出来る。また、自分や相手の気を身体に巡らせて、自然治癒力を高める事も出来た。怪我を治すより、病を癒す事に特化している為、陸王は自然治癒力を上げる為に気功法を使う事はなかったが。
その波動が今、槍を持つ腕にも、雪李の変貌した掌の肉にも及んだのだ。
雪李は動かない腕の代わりに、空間に無数と言えるほどの鈍色の槍を顕した。そして無数の槍を、いたぶるように一本一本宙から陸王目掛けて投げつける。それも徐々に速度を増し、間隔を短くして。最後には嵐の雨のように陸王へと槍は叩き付けられた。
さしもの陸王もそれを支えきれず、最後、雨のように一気に向かってきた時には根源魔法で障壁を張った。
がががががっと激しい音が鳴って、見えない壁に槍が阻まれてあちらこちらに投げつけられた槍が散乱する。
くそ、と毒づいたのはどちらだっただろうか。
陸王だったか、雪李だったか。
それとも互いが同時に口にしたのかも知れない。
しかしその言葉と時同じくして、二人は動いた。
雪李はまだ自由にならない両腕の代わりに再び槍を無数に呼び出し、陸王はそれが飛んでくる前に飛び込んだ。
陸王が飛び込んでくるのと同時に、雪李は槍を飛ばす。しかしその時には近距離過ぎて勢いがつかない。ばっと居合いの要領で槍は一気に叩き落とされ、代わりに雪李の胸に深々と刃が沈んだ。しかしそれは左胸ではなく右胸だった。本当は左胸を刺突するつもりだったが、腹の傷の痛みに大きく手元が狂った。
それでも深手だ。
雪李は胸を刺し貫かれて、肺に溜まった血を勢いよく吐瀉する。
その際にも陸王は波動を叩き付ける事を忘れなかった。
刀が突き刺さった胸から、どん、と波動が体内を走り、雪李は身動きが取れなくなる。それでも右胸を貫いた刀は再び金属質な肉に覆われて、抜くに抜けない状態となった。
そこでもう一度、刀に波動を乗せて叩き付けるが、今度は身体に波動が浸潤しなかった。それは手応えで分かった。完全に金属と化した硬質な肉に阻まれている。
陸王はそこで、顎の下から掌底を突き上げた。その掌底にも波動を乗せる。顎から脳はすぐそこだ。それは脳を波動で直撃したと言ってもいい。それも渾身の力で波動を叩き付けたのだ。
だが雪李は動じなかった。本当なら脳を破壊されてもおかしくないほどの威力を持っているというのに。
それを持ち堪えたのは、やはり堕天した者だからだろうか。ただの人族ではとても耐える事は出来なかった筈だ。
雪李は即座に槍を手に顕した。それで間近にいる陸王の腹を貫く。
陸王の腹に二つ目の穴が開いた。
雪李は槍を先端まで引き抜くと、刃の部分で陸王の腹を掻っ捌く。
その事によって陸王の腹からは臓物が中途半端に溢れ出し、血泡が喉を遡って口からだけではなく、鼻からも溢れ出た。ごふっと血を吐き出すと、陸王は自分の腹を引っ掻く槍を捕まえて更に刀から波動を叩き付けた。
瞬間、金属質だった雪李の胸の肉が肉色を取り戻し、僅かに柔らかくなったのを陸王は見逃さなかった。胸から一気に腹までを縦に裂き、最後は斜めに腰から刃を振り抜く。
雪李の腰から、どぼっと血と一緒に臓物が溢れ出した。一つ溢れ出せば、そのあとは芋蔓式に内臓が引っ張られ、重力に従って地面に零れ落ちる。
「よ、くも……!」
そう口にした途端、雪李の口からも鼻からも、喉を遡ってきた血が噴き出した。
血を吐き出し、雪李はまるで邪魔だとばかりに零れた臓物を槍の刃で切り落とし、よろよろと後退ったかと思えば、動かない身体の代わりに翼を広げて上空に舞い上がった。
飛翔は翼の力で行うのではない。天慧、羅睺の眷属の魂に刻まれている真名の力で飛翔するのだ。だから片翼だけでも問題はない。




