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護る者、滅ぶ者 十

陸王りくおう

「手前ぇはもう駄目だ。魔族として完全に転化した。生かしておけん」

「同じ魔族なのに、僕を殺すのかい」

「手前ぇは本来なら上位の魔族になる筈だった。それに伴って姿も変化する。だが、急激に転化したせいで姿も変化せず、殺しの衝動だけになってやがる。同じ魔族だから殺すんだ。魔族がどのくらい恐ろしいか知っているからな」



 陸王は、辺りに散らばる数多の槍を傍目はために言い遣った。

 そんな陸王を目にして、雪李せつりはにやりと笑んだ。あかい瞳は凶暴そのものの色を湛えている。そして言うのだ。



「喰らっていたくせに」



 その言葉に、陸王は鋭く目をすがめた。



「雷韋の混乱と恐怖を喰らっていただろう。それでよく偉そうな事を口に出来るね。僕なんかよりも、もっとずっと恐ろしい魔族のくせに。それとも、雷韋らいの前でだけは人の振りをしていたいの?」



 嘲るような口調だった。



「やっぱり対だから嫌われたくないのかな」

「誰が誰の対だと」



 陸王は心に反して言った。



「君と雷韋さ。雷韋が対じゃなければ、僕の槍からあの子を護る必要もなかったよね。魂の半身がいなくなれば、魔族と言えども静かに狂っていってしまう。君は頭では認めていなくても、魂の本能で知っているんだ。雷韋が半身だと。だからあの子からの負の感情も喰らいたくなかったんだろう。対の負の感情なんて喰らいたくないよね。魂の半身からなんて、あまりにも浅ましすぎる。なのに喰らった自分が嫌だったんだろう。だから今もあの子を遠くにやってしまった。魔族だって事を知られるのも怖いんだ。でも君も魔族だ。理性で本能を押し殺しているだけで、僕と少しも変わらないよ」



 それは、さげすみきった言い草だった。

 それも当然だろう。雪李は、魔族が魔族として生きる事を知ったばかりなのだから。



「でも、よかったよね。人間も魔族も天使も、みんな守護精霊が風だ。精霊使いの雷韋にばれなくて、本当に、よかった」



 雪李は粘つくように言ったついでに、おかしそうに声を出して笑った。蔑みに、声を大にして笑う。


 本能で生きる事を知った雪李だからこそ、陸王の生き様が滑稽に映るのだ。理性などあっても、魔族にはなんの利もない。それどころか己を苦しめるだけだ。人の血と肉を貪って、本能のままに生きるのが魔族の本性さがだから。


 しかし、嘲り馬鹿にしてくる雪李を、陸王は静かな哀れみの目で見た。



「本能に準じる奴に、俺の気持ちは分からんよ」



 その言葉に、雪李はくっと笑いを漏らした。



「だったら、せめて殺し合おう。生き残った方が正しい。本能と理性の対決だ」



 挑発的に言ったかと思った瞬間、雪李は新たな槍を手にあらわした。その槍で、即座に陸王の目元を薙いでくる。

 だが陸王は、それを僅かに身体をずらしてけた。そして、槍が振りきられる前に懐に入り込む。



 ──今、始末をつける。



 心で呟いて、陸王が鋭く斬り掛かった。雪李はそれをぎりぎりのところで槍の柄で受け止める。途端、鈍色にびいろの槍から、乾いた血のような粒子が飛び散った。同時に刃と打ち合わさった槍から甲高い耳鳴りのような音が発される。


 二人は一旦打ち合い、ばっと飛びずさって距離を取った。

 そしてまた刀と槍が交錯する。


 陸王は突き出された槍を刀のはばき近くで弾いてかわし、返す刀で雪李に斬り掛かった。

 それをすんででけ、雪李は陸王の目元を目掛けて再び槍を薙いだが、一度躱した攻撃を食らうほど間抜けではない。今度は上半身だけを背後に倒して躱す。躱して、水が流れるような動きで一撃、二撃と次々に打ち込んでいった。


 そのかん、雪李は防戦に回らざるを得なかった。槍は射程は広いが、こうも肉薄するとどうにも扱いにくい。そこで雪李は半欠けの翼を広げ、一気に背後に飛んだ。それと同時に陸王の背後に召喚円陣サモン・サークルが現れる。その中から召喚獣の虎のような頭が現れ、陸王の右腿に食らい付いた。


 陸王も突然の事に身動きを忘れた。鋭い痛みだけが襲い掛かってくる。その隙を狙って雪李は槍を投げつけた。

 槍は陸王の左胸目掛けて宙を疾走する。


 陸王はそれを反射的に刀で弾いた。弾いた勢いを殺す事なく、右腿を噛んでいる召喚獣の顔面を薙ぐ。その一撃で召喚獣は両目を切り裂かれて陣の中に消え入った。


 と思った瞬間、雪李の目に一閃が見えた。

 雪李は、はっとしてそれを危うく槍で防いだ。新たに顕した槍で。


 それは陸王の一閃だった。陸王は一息に間合いを詰めたのだ。そして刃と槍の柄が交錯した時、陸王と雪李の目も交錯した。


 陸王の瞳は深紅に輝いていた。そのままめ付けてくる。


 睨み合ったのはどれほどのものだろう。わずかのような、それでいて永遠のような。


 そんな不可思議な時間を断ち切るように、陸王は槍を押し返し撥ね除けた。


 その時唐突に、陸王の中でかちりと掛け金が噛み合う音が鳴った。

 同時に、陸王の口元にはうっすらと笑みが浮かび上がる。


 ここまで来て、陸王は生命いのちの遣り取りの楽しさを不意に思い出したのだ。相手も魔族。それも堕天したばかりの。手加減など必要ないのだと思うと嬉しくさえなった。

 雪李は全力を以てたおす相手であり、そんな獲物は久々だった。胸が自然と高鳴る。


 それとは逆に、雪李はあせりを覗かせた。口惜しそうに眉を歪めると、宙に数多の槍を顕す。そしてそれを一気に陸王目掛けて投げつけてきた。

 ぱっと見では、数など分からない。だが兎に角多い。陸王は刀の一閃でかなりの数を躱したが、脇腹に一本、右腿に二本、左腿に一本の槍を穿うがたれた。だからと言って、陸王の動きは鈍らない。腹から槍を引き抜くと、腿に三本の槍を穿たせたまま雪李に斬り掛かっていった。


 傷などどうでもいい。

 魔族にとって、戦いの中で覚える痛みは快楽だ。

 己の生きている証にほかならない。


 いきなり切り込んできた陸王の一太刀を横に躱し、彼の右腿に突き立っている槍を雪李は一本引き抜いた。

 その衝撃で陸王の足下がぶれるが、蹈鞴たたらを踏むだけでそれは止まった。そして陸王自身も己の足から槍を一本引き抜き、それを逆手に雪李目掛けて投げつけると同時に陸王は再び刀を一閃させた。


 雪李は投げつけられた槍を撥ね除け、陸王の刃から逃れようとした。


 が、いつの間にか陸王の刀は雪李の脇腹に埋まっていた。

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