護る者、滅ぶ者 四
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翠雅は陸王と雷韋に爆破が起こった事など知る由もなく、ただひたすら市門を抜けた場所でグローヴ兵と戦っていた。
剣を持って立ち向かってくる者もあれば、槍で馬を、翠雅を狙ってくる者もあった。それらの兵達は、鬱陶しいほど執拗に仕掛けてくる。特に槍を携えている者は前進の邪魔でしかない。遠目に弓兵を従えた什智達がいる事は分かっていた為、一刻も早くそこに辿り着きたいと思っているのに。
什智を捕らえれば、この戦いは終わりなのだ。
それなのにグローヴ兵はしつこく立ち向かってくる。
既に火に覆われた者達の姿はない。燃える事のない炎に包まれた者達の大多数は同士討ちしたか、エウローンの兵士達によって斬られたか、あるいは意識を失ってあちらこちらに倒れていた。
倒れている者は己の身体が焼かれたと信じ込んで、そのまま意識を失ったのだろう。
翠雅が槍を突き出してきた二人の兵士の腕を叩き斬った時、突然背後で渦巻く重い音が鳴った。
はっとして振り返る。
振り返ったと同時に、容赦のない熱風が浴びせかけられた。それと共に、重たい音の中から悲鳴が多数上がる。獣のような咆哮も聞こえてきた。
瞬時に何が起こったかは把握出来なかったが、しかし大変な異変が起こった事だけは察した。
吹き付けてくる熱風は赤い色をしている。
それらを一度に体験した時、騎馬が熱に煽られて暴れるように走りだして、制御の法もない。
「影香! 雪李!」
咄嗟に叫んだが、赤い風を吹き付ける重い音に翠雅の声は掻き消された。
そうして重い音を立てる場所から離れてみると、その音の正体が分かった。
市門を中心にして立つ巨大な火柱だったのだ。赤い色の熱風のわけも、そこで初めて知った。誰がどうやって火柱を上げたのかは分からない。けれど分かっている事は、影香と雪李が後方にいたという事だ。密着するほど近くにいたわけではないが、おそらくはあの火柱が立っている辺りにいた。
それに翠雅は大勢の悲鳴と共に、獣の咆哮らしき声も耳にしている。あれは兵士達や、ヘルハウンドが焼かれた時に上げた声ではなかったのか。
はっきりとはしないが、市門の辺りには敵味方、双方が入り乱れていた筈だ。それを分別なく焼き尽くそうとする炎の柱。
真っ赤な柱の中で、人の形をした影が無数に踊っていた。四本足のあの形は騎馬だろう。それに騎乗している影はなかったが、乗り手は多分、全てのものと共に焼かれている。
場は騒然となって、敵も味方もなく生き残った兵達は逃げ惑っていた。
翠雅が見渡した範囲では、エウローン側で残った騎馬兵は三騎だけだ。
そして、翠雅も辺りを駆けてみる。
影香と雪李の姿を求めて。
少しの間、逃げ惑う者達の合間を縫って捜してみたが、二人の姿はどこにもない。
もしかしたら市門の向こうにいるのかも知れないと、淡い期待を込めて翠雅は火柱を眺めた。
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「思うようにいかぬではないか。妙なところに火柱が立っただけだぞ。これはどういう事だ、フォルス」
不満げに言う什智をフォルスはちらりと見て、
「今の貴方にそれだけの事が出来ただけでも奇跡だよ。無茶をすると暴発する」
どこか吐き捨てるように返した。
什智には市門などどうでもよかったのだ。目的は陸王と雷韋だ。彼らを火達磨にしたかったのに、フォルスに珠の使い方を問うた時『火の珠玉に願えばいいだけだ』と言われてその通りにしたのに、思わぬところに火柱が立った。それが貧相な領主には不満だったのだ。
だが味方も犠牲にはなったが、これはこれでよかったかも知れぬと什智は気を取り直した。ただそれでも少し残念だったのは、火柱に翠雅を巻き込めなかった事だ。どうせ近くにいたのなら、翠雅も消えてくれればよかった。
戦の後始末ならいくらでも出来る。
翠雅が罪人を庇い立てして、グローヴに抵抗した事にすればいいのだから。いや、フォルスの情報によれば、少なくとも盗賊の一人は確かにあの時逃げ出した罪人だという事だ。
ここでぶつかってしまった以上は、王都から役人が査察に入るだろう事は分かり切っている。翠雅に罪人引き渡しを拒否されたのだから、彼がいなければ言いくるめるのは簡単な事だった。
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「あそこにいるの、あれ、翠雅だよな。雪李と影香、どこだよ……」
雷韋は呆然とした声音で呟いた。
けれどそれに対して、陸王は何も返さなかった。雪李は兎も角として、影香なら翠雅の傍にいる筈だ。それがいないと言う事は、市門の向こうにいるか、悪ければ火柱の中だ。召喚獣のヘルハウンドの姿もない。だから余計、陸王は何も返さない方がいいと判じた。なまじか期待させるような事は言いたくない。
雷韋が翠雅同様、ぼうと火柱を見詰めていると、真っ赤な柱の中から突然真っ白な光が迸った。光は炎の獰猛な赤に比べると随分と柔らかい。その光はどんどん膨らみ、いつしか炎の柱を飲み込んでいた。
けれど陸王は、その光が膨らめば膨らむほど、強く悪寒を感じた。肌がざわざわとして、産毛が逆立っていく。柔らかく優しげな白い光に対して、嫌な予感しかしなかった。見た目と感覚に訴える感じはまるで逆なのだ。
あれは生あるものではないと思った。
死を訴えるものだ。
そして光は徐々に分散してゆき、光が完全に治まった時には炎の柱も消えていた。
火柱の上がっていた場所には、鎧や兜がどろどろに溶けて溶解し、骨と化した屍が無数に転がっている。人馬はすべからず焼き尽くされていた。しかも市門の向こうには、誰の姿もない。
エウローン兵は、市門のこちら側にいた者達が僅かに残っているだけだった。




