護る者、滅ぶ者 三
だが、そこにいたのだ。
什智が。
騎馬に跨がって、悠然と。
そして、闇の妖精族が二人。男と女だ。男はフォルスだった。
陸王の背後で、雷韋が身を固くする。
「どうした、雷韋」
陸王がグローヴ兵の向けてくる槍を叩き落としながら問う。
「陸王、闇の妖精族だけは生かしておいちゃ駄目だ。悪い事が起こる!」
雷韋が背後から、闇の妖精族を指差して叫んだ。それを聞き、陸王は混乱の場から素早く抜け出して、弓兵達に護られている三人へと向けて騎馬を駆る。
しかし。
突然、どん、と馬の首が砕けて散った。馬の首を破壊した何かの余韻が、陸王の頬を掠める。
強烈な真空弾だった。
それを知ったと同時に、振り落とされるように勢いよく陸王と雷韋が落馬した。そのまま、ごろごろと地を滑りながら転がる。
と、そこへ矢が射掛けられた。
鋭く不気味な音を立てて、矢が降り注いできたのだ。
矢は空いっぱいに広がって、とても刀剣では避けきれない。
陸王はなんとか転がった態勢から持ち直したが、軽量の雷韋はまだ転がっていく。とても魔術で空一面の矢を燃やす事など出来ない態勢だった。
けれども。
ぼっと矢が身体に降り注ぐ寸前で全てが消えた。
燃え尽きたのだ。
転がっていた雷韋は、最後には地面を滑りながら、そうして止まった。そしてその手から、火の珠玉が取り零される。
ころころと雷韋の目の前で転がった珠に手を伸ばそうとした時、珠玉が炎を吹き上げて消え去った。
雷韋が擦過傷だらけの顔をはっと上げると、珠玉はフォルスの手の内で燃え輝いていた。
雷韋の手から離れた隙を狙って、闇の妖精族が奪ったのだ。
手から零れれば、誰の所有物でもない。手にしたいと思った者が手に出来るのだ。例えそれが雷韋であろうがフォルスであろうが、火の珠玉は主を選ばない。精霊が宿っているとは言え、珠玉そのものはただの『物』だからだ。先に手にした者が主なのだ。
「雷韋、大丈夫か」
陸王が雷韋のもとへ駆けてくる。
「取られたぁ……」
雷韋は突っ伏して、悔しげに呻き声のような声を上げた。
**********
「あの鬼族の小僧、やはり邪魔だな。……試してみるか」
フォルスが雷韋を見詰めて言うと、女が楽しげに問うた。
「何をするの」
「まぁ、見ていろ。サーリア」
フォルスは火の珠玉を握り締め、雷韋に意識を馳せた。途端、雷韋が爆発する。
だがフォルスは小さく舌打ちした。
「駄目か。手応えがない」
フォルスが言うと同時に、爆発したと思っていた雷韋を覆っていた爆煙が晴れて、少年は痛そうに額を押さえているだけだった。
「やはり火の精霊のせいだな。火種を直接身体に送り込んでも、守護精霊が護ってしまった」
サーリアと呼ばれた女がそれを聞いて、おかしそうに含み笑う。
「呆れたものね。あの坊や、鬼族なんでしょう。火の精霊を送り込んだって、間違っても死にはしないわ」
そこに什智が割り込んできた。
「何をしているのだ。殺すのなら、確実に殺せ」
什智は悔しそうに鐙を踏む。
フォルスはその什智を煩そうにちらと見て、
「分かった。今度は殺すよ」
そう言って、今度は陸王を目に止めた。
**********
突然爆破が起こった雷韋を、陸王は爆煙の中から捜し出す。
「雷韋!」
「いって……」
「大丈夫か!」
「平気だ。ただ火の精霊が飛んできて爆発しただけだから」
額を押さえながら、辛そうに片目を開ける。
「火の精霊が飛んできただと。大丈夫なのか」
焦りを滲ませるその言葉に対して、雷韋は頷いた。そして言う。
「全然平気だ。守護精霊が火だから、火の眷属じゃ俺は傷つかない」
そう言って開けた片目をフォルスに定めると、フォルスはどこか面倒そうな顔で陸王を見詰めていた。
それを見てぞっとする。
「陸王!」
叫びと共に、炸裂音が雷韋の耳を襲った。
その時、雷韋の呼吸は止まっていた。まさか陸王が狙われるとは思っていなかったのだ。
いや、違う。狙われて当然だ。陸王と雷韋は賞金首として初めから狙われていたのだから。さっきだって矢を射放たれた。雷韋はそれをどこか他人事のように考えていただけなのだ。
そうして雷韋は恐る恐る、陸王のいた場所に目を遣る。
首を巡らせば、ほんの隣に。
そこでは、爆破の余韻の煙が少しずつ晴れていこうとしていた。
瞠目する雷韋の目に映ったのは……。
衝撃の為か、目を固く閉じた陸王の姿だった。
身体のどこも損なっていない五体満足の姿が目の前にある。
陸王が確かにそこにいる事に、雷韋は震える呼気を吐き出した。
本当に一瞬の事だった。雷韋は陸王の名を叫ぶのと同時に、彼の目の前に火影を召喚したのだ。
火影は火の精霊が凝った武器だ。陸王に植え付けられる筈だった精霊をすんでの所で吸収し、火影そのものが代わりに爆発したのだ。
雷韋にも瞬間脳裏を駆けたその方法が、間に合うかどうかなど分からなかった。だから呼吸が止まったのだ。
本当に、一か八かだった。間に合えばそれでよし、もし間に合わなかったらと思うとその先の事を雷韋は考えたくなかった。
「なんだ、今のは」
陸王が片耳を押さえて、目をゆっくりと開ける。突然鳴った爆音で、耳が痛んだのだ。
「あんたが……爆破されるところだったんだ。すんでの所で、火影で防いだ」
言う声は、吐き出した呼気と同じように震えていた。
それを聞いて、陸王はフォルス達に目を遣る。
流石にフォルスも驚いているようだった。たかが人間のくせに、火の精霊を防いだ事が信じられないのだろう。そんな顔をして陸王を見ている。雷韋が火影で防いだ事には気付いていないようだ。
フォルスが驚愕に表情を固めていると、今度は什智がフォルスの手から火の珠玉を取り上げた。そして何事か言っている。それに対してフォルスが答えると、什智は火の珠玉を空に翳した。その顔には歪な笑みが浮かんでいる。
それを目にした雷韋が、
「駄目だ!」
腹の底から叫んだ。




