護る者、滅ぶ者 一
東の城門に辿り着いたのは、もう夕刻に近い時刻だった。
部隊を編成するのと平行して、避難してきた多くの領民を落ち着かせるのに時間がかかったのだ。部隊は各一〇〇人編成で第一軍、第二軍、第三軍と編成した。そして、二軍、三軍はそれぞれ半刻(約一時間)経つ毎に出撃する事になっている。刻限がくるまでは、何があっても決して動いてはならないと命じられて。
そうして辿り着いた城門では既に悶着は収まっていたが、代わりに什智が兵を従えて陣取っていた。その数およそ一〇〇。城門の外にはもっと数が揃えてあるようだった。
翠雅は艶やかな黒毛の馬に騎乗したまま、什智の陣に近付いていった。そのすぐ後ろには当然のように騎乗した影香が続く。他に兵は連れなかった。たった二人で陣へと近付いていく。
だが二人共、略装のままだった。鎧は身に着けていない。戦を仕掛ける気はなかったからだ。飽くまでも、什智を取り押さえようと考えているだけ。その際戦闘になろうとも、二人共、腕に自信はあった。
第一、ここはグローヴ領ではなくエウローン領なのだ。何がなんであろうと、他領地で布陣した什智の方が分が悪い。もしここでエウローン領領主である翠雅に掠り傷でも負わせれば、大問題になる。布陣した事にも無論問題はあるが、しかしそれは罪人の引き渡しがなされないという事で、ある程度は帳消しになる話だ。
それも、強引に話を展開すれば、の話だが。
陣に近付いていくと、将兵と覚しき二人が馬で向かってきた。そして両者は丁度、両陣営の中間で対峙する。
「私はエウローン領領主、翠雅。ここはエウローン領だが、何故グローヴ領の兵士が布陣している。しかも交渉にグローヴ卿が来ない。おかしな話だな」
陣からやって来た将兵に、翠雅は飽くまでも穏やかに話しかけた。すると将兵は、幾分尖った声音で返してくる。
「グローヴ卿が出るまでもない事だからです。それに、これは戦争ではありません。このような場で両領主が顔を合わせれば、内戦と疑われる事もありましょう。それは国王陛下もお喜びにはなりますまい。ですからエウローン卿、我々はここに罪人がいるとの報告を受けて参上した次第です。それ以上でもそれ以下でもありません。ここは潔く、罪人をお引き渡し願いたく。罪人を裁く権はグローヴ領主にあります」
「その報告、いつ受けた。あまりにも早い布陣とは思わぬか? しかも他人の領地で」
「それは……」
「それとも何か。グローヴ卿は我が領地に何か二心あっての事か」
「そう言う事ではなく、こちらの領地に罪人が……」
そこまで言って、将兵の目がある一点を捕らえた。遠目に、雷韋と共に騎乗した陸王の姿を発見したのだ。
「あの者は!」
将兵のその反応に、ん? と翠雅は彼の視線を追って陸王に辿り着いた。
「あれはグローヴ卿の追っている罪人では……!?」
「いや、あの侍は私が召し抱えている者。卿の捜している罪人とは違う」
「しかし!」
将兵は胸元から手配書を取り出して、陸王と似顔絵を矯めつ眇めつする。
「何か証拠でもあるのか? あの者が罪人だという」
「それ、は……」
将兵は小難しい顔をして、何事かを考えている様子だった。
「エウローン卿。一応、確認だけは」
「確認?」
「はい。こちらには罪人の顔形を見知っている者もおります。その者達に確認だけでもさせていただければ、と」
そこで翠雅は厳しい面持ちになった。
「確認して、それでも別人だったとしたら、それをどう償う。あの者は私の部下だ。私の部下を疑うという事は、私に対する侮辱。不敬罪どころではすまんぞ」
「しかし」
「グローヴ卿の捜している罪人だという証拠がない限り、あれは私の部下だ。それが分かったなら、今すぐに軍を退くようにグローヴ卿へ伝えよ」
将兵がその言葉に何も答えずにいると、それとも、と翠雅は言った。
「ここで一戦交えるか? もしそうなれば、国王陛下のお耳にも届くだろう。そうなれば、他領地に軍を展開したグローヴに分はないぞ。それは分かっておろうな」
そこに突然声が降って湧いた。
「必ずしも見目が同じ、違うだけで同一人物とは言えないよ」
いつ現れたのか、馬下には灰色の瞳と髪、褐色の肌を持つ美しい男がいた。その耳は異種族を表す尖った耳だ。闇の妖精族──フォルスだった。
「侍は別だとしよう。しかし、侍と同乗している少年。あれはグローヴ卿の追っている罪人だ。一度見れば、僕には守護精霊で分かる、火の守護精霊を持つあの少年は罪人だ」
「あの者はここにいる影香の客だ。遠くから呼び寄せた者。罪人とは違う」
そう言って、翠雅は鳶色の翼を持つ青年を見た。それに合わせるようにして影香も頷く。
「あの少年は私が招いた私の客人。おかしな言い掛かりはよして貰おう」
碧の瞳で灰色の瞳を射貫くようにして言う。フォルスはその目を睨め付けた。
「客人というなら、何故大人しく客間に飼っておかない。大事に飼っておけばいいだろう」
フォルスの発した『飼う』という言葉に影香は無論、翠雅も嫌悪を露わにした。
何故なら、『獲物』を『飼う』のは魔族の習性だからだ。
全き化け物の魔族は、気に入った『獲物』を『飼い殺し』、犯し、いずれはその血肉を喰らう。人族は決してそんな真似はしない。
フォルスの言葉は非礼にもほどがあった。
「『飼う』とは無礼な。彼はこの領地に一事ありかと、わざわざ参じてくれたのだ。それを『飼う』などと。闇の妖精族は礼儀も知らぬのか」
「そうか。非礼を口にした。許していただきたい。では彼らは二人共、別人、と言う事で」
影香の言葉に、フォルスはにやついた言葉と笑みを零してその場を去って行った。
それに倣うように、将兵二人も一度顔を見合わせ、そして口惜しげに陣へと戻っていく。
翠雅と影香もそれを見遣って、馬首を巡らせた。




