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手配 一

『当年十四~十五歳。異種族。小柄で飴色の長髪、琥珀の瞳。発見した場合にはグローヴ領領主、什智じゅうちまで連絡せよ。それ如何であれば、その土地の領主に連絡せよ。また、発見者には銀貨五枚。捕獲者には銀貨十枚を提供するもの也。尚、持ち物の没収はなるべからず』



 そう書かれ、似顔絵のついた手配書を陸王りくおう斡旋所あっせんじょの卓について眺めていた。

 似顔絵の人物は間違いなく雷韋だった。忘れる事など出来ない。


 一昨日は馬車の中で刀を奪われた。そして雷韋を追うどこぞの兵──手配書によれば、グローヴ領の衛士達だったのだろうが──に盗賊と勘違いされ、その挙げ句、雷韋らいに金の入った革袋を奪われた。


 ただ幸いな事に、陸王は金を二つに分けていた。懐に所持金の大半を一つ、背に負った小さな荷物の中に多少の額の革袋が一つ。その二つのうち、雷韋が奪ったのは荷物の中の金だった。どうやって盗み取ったか知らないが、雷韋と名乗ったあの少年の所業しょぎょうだ。その事に、苦々しい感情を抱かずにはいられなかった。


 雷韋の手配書を見詰めながら、陸王は卓の上に片腕を乗せ、もう一方の手はエールの入った杯に添えていた。


 ローラン領の街の周りには、荘園が広がっている。ここは、雷韋のいるエウローン領とは隣り合った領地だった。

 昨日は刀の手入れをしてから、食事を摂って休んだ。今日は午後になってから斡旋所へとやって来たのだ。

 陸王は何か仕事を請け負う前に、まず喉を潤す事にした。斡旋所では軽食や酒を提供している。そうして適当な卓についた時、雷韋の手配書が陸王の目に入ったのだ。



「あのクソガキ、お尋ね者か」



 やれやれ、と思う。一昨日は陸王も衛士達に顔を見られていたが、どうやら自分は手配されていないらしい事に安堵していた。貼り出されている手配書を目にして、自分の財布を取り返すついでに雷韋を捕らえようか、と言う気にもなっていた。雷韋に奪われたのは少額なりとも己の生命いのちをかけて稼いだ金だ。このままくれてやるわれはない。上手くいけば、報奨金も手に入る。


 陸王にとってはごくごく少額の報奨金だが。


 それも悪くないと思って席を立とうとした時、斡旋所の下働きの男が雷韋の手配書の隣に新たな紙を貼り付けた。


 男が立ち去ったあと、貼られた紙片に目を止めて、陸王は息が詰まる思いがした。


 そこに己の手配書が貼られていたからだ。


 手配書の文言もんごん(しか)と見たわけではないが、目に付く一文があった。



『日ノ本の侍。日本刀を帯刀す。目撃した者、通報者に銀貨十枚。捕らえた者には銀貨一〇〇枚』と。



 日ノ本から渡ってくる侍は少なくない。それでも刀は目立つ。そして似顔絵は確かに己の顔を描いていた。


 陸王は手配書にざっと目を通してから立ち上がった。彼の周りにいるのは一攫千金を狙う賞金稼ぎや傭兵のような者達ばかり。新たに貼られた手配書をそんな者達にまじまじと見られる前に、陸王は外套がいとうに刀を隠すようにして斡旋所から立ち去った。


 だが、斡旋所をあとにして、急ぎ宿を引き払った時には既にまとわりつくような嫌な視線に晒されていた。多分、斡旋所にいた連中だろう。彼らが手配書を見て追ってきたに違いない。


 追うつもりが、いつの間にか追われる側になっていた。それが酷くしゃくに障った。

 もとはと言えば、雷韋が原因だ。あの異種族の少年が陸王の刀を奪った事から始まったのだ。



 ──忌々しい。



 だが、それよりも狙われっぱなしと言うのも癪に障る。


 しかしどこへ向かう?

 どこへ行けばいい?



 ──雷韋(あのガキ)はどこだ。



 そんな言葉が唐突に頭に浮かんだ。

 雷韋も追われている筈だ。手配書によれば、グローヴ卿に。そして一昨日、陸王は雷韋と共にいるところをグローヴ卿の配下に見られた。その結果として、この街にまで手配書が回ってきたのだ。改めてそれを思い返すと、自然、雷韋に対して向かっ腹が立った。


 同時に、なんとしてでも賞金を取り下げさせなければならない。強くそう思う。

 雷韋を追っているのはグローヴ卿、什智だ。そして同じく己を手配したのも什智だ。



 ──果たして、どうやって雷韋と関わりがないと訴えるべきか。



 どうするにせよ、まずは自分を付け狙う者達をなんとかしなければならなかった。夕方にはまだほど遠い九時課(くじか)(午後三時)前、門前には行き交う人々が集っていた。そのほとんどが商隊だ。大小の荷物を荷馬車に乗せて、数人の護衛に護られている。それ以外は徒歩の旅人、それに乗合馬車が二台。まだ帰路につく行商人の姿はないようだ。そうして行き交う人々の波を、四人いる門衛達は眺めていた。


 まるで、手配書にある者を捜し出すように。


 陸王は腰に帯びた刀を外套の背に隠し、外套についている頭巾を目深まぶかに被ると、門衛の目を盗んで数人の者達が乗り込んでいる乗合馬車に近付いた。御者にどこへ行く馬車か尋ねてみると、この西門から出て、荘園を廻ってから南のキーウ領へ行くと教えられた。



「荘園では三カ所止まる。そのあとはキーウ領まで真っ直ぐだ。前払いで、荘園内なら銅貨二枚。キーウ領までなら銅貨四枚だ。乗るのかい?」

「あぁ、途中まででいい」



 言って、辺りにちらと目を馳せると、御者に銅貨二枚を渡しつつ問いかけた。



「なぁ、確かグローヴ領はこの領地から東にあるんだったな」

「そうだが、あんたグローヴ領に行きたいのかい? だったら東門に行かなきゃ駄目だ」

「いや、いいんだ」



 陸王がなんでもない風に断ると、御者は軽く肩を竦めてみせる。

 御者と会話を交わし終えて、そのまま馬車に乗り込むのかと思えば、まだ陸王は馬車には乗り込まなかった。


 そうして陸王は行き交う人々でごった返している門前の片隅に移動して、ずっとあとをつけてきている男達の様子を窺う事にした。


 男達も陸王の様子を建物の陰から窺っている。数は三人。こちらを眺めながら、何事か話し合っている風だった。ここには門衛がいる。三人のうちの一人でも門衛に陸王の事を告げれば、すぐに門衛は陸王を捕らえようとするだろう。それなのに彼らは動かなかった。やはり自ら陸王を捕らえて、銀貨一〇〇枚をせしめようという腹なのか。


          **********


「あの男、どうして馬車に乗らないんだ?」



 一人が陸王の様子を窺いながら、疑問をそのまま口にする。



「門衛がいる場所じゃ剣も抜けねぇ」

「そんな事ぁどうでもいい。どっちにせよ、馬車が街を出たら捕らえるんだからな。お前ら、あの男から目を離すなよ」



 と、その時、御者の「しゅっぱーつ」と言う声が遠く響き、陸王がほろのついた馬車へと乗り込んだ。乗り込んだ証のように、幌についた幕が揺れる。


 男達三人はそれを見止めて慌てて馬車を追おうとしたが、直前で街へ入ってきた商隊と修道僧の一団に道を塞がれた。その間に、馬車はゆっくりと進み始める。門を潜って街を出て行くが、決して追いつけない速度ではなかった。男達は馬車のあとを追ったが、すぐには襲い掛からない。まだ門衛の目が届くからだ。そんな場所で騒ぎを起こす事は出来ない。それに、小走りでも馬車を見失う事はなかった。


 男達は馬車を見失わない程度の距離を開けて、暫く走った。そのかん、街道では商隊や別の乗合馬車が行ったり来たりしている。


 そうして目をつけていた馬車が分かれ道に差し掛かると、そこで男達は一気に馬車との距離を縮め、剣を抜き払っていきなり乗り込んだ。その時の衝撃で馬がいななき、馬車が傾ぐ。

 中には七、八人ほどの乗客がいた。いきなり乗り込んできた男達に誰もが驚いていたが、何よりも馬車が傾いだ事によって均衡を崩し、幌の中は悲鳴で満ちた。



「お尋ね者の侍はどこだ。この中にいるだろう! 抵抗しても無駄だ。こっちは三人いるんだからな」



 男の一人が怒声を張り上げて乗客達に剣先を突きつける。他の二人も同じように剣を突きつけて、御者に馬車を止めるように声を張り上げた。

 馬をいなしていた御者が幌の中を覗き込み、中の有様にぎょっとして一気に顔を青褪めさせる。


 御者が馬車を止めてから、男達は乗客の中から陸王を捜そうとしたが、どの顔も姿も陸王のものではなかった。それどころか頭巾を被っている者さえいない。

 それに気付いた男の一人が慌てて馬車を飛び降り、道の前後を見回したが、そこにも陸王らしき姿どころか旅人の姿すらなかった。

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