第一三話 屈託
「ところであんたは? 一緒に賞金首になった俺でも捜してた」
「誰がお前なんざ捜すかよ。乗合馬車を降りたら、お前を見つけただけだ。見つけたついでに文句の一つも言いたくなってな、ここまで引っ張ってきた」
仰いだ天から雷韋に視線を戻して、陸王は口を開いた。
何しろ陸王も三人の男達に追われたのだ。乗合馬車に乗り込んだ振りをしてすぐに降り、丁度通りかかった商隊と修道僧達の中に身を隠して男達の目から逃れた。そして街の逆側、東門まで移動して、そこから新たな乗合馬車に乗ってここまで来たのだ。
けれど陸王には、それを説明する気は毛頭なかったが。
「そっか。じゃあ、お尋ね者同士、一緒にここから逃げねぇ?」
にこにこと笑いながらの雷韋の軽い口調。
「お前、事態を飲み込んでるのか。隣のローラン領にまで手配書が回ってるんだぞ。それだけじゃねぇ。もっと広範囲にばら撒かれている可能性もある。どこに逃げても、多分奴らは執拗に追ってくるぞ」
「まさか。この国を出れば、そこまで追っちゃ来ないよ」
「この国を出るまで捕まらなけりゃいいがな」
何か苦いものでも飲み込んだように、顔を顰めて言う。
そんな陸王を上目遣いに見詰めて、
「それにしてもさ、追われてるのになんでここに来たんだよ。グローヴ領はこの隣だぜ。なんだってわざわざ。俺でさえ逃げようとしたのにさぁ」
雷韋は当然の疑問を口にした。
そんな雷韋の様子に陸王は溜息をつく。
「俺は俺の冤罪を晴らすためにグローヴ領に行くつもりだ」
「はぁ? どうやって冤罪だって証明するのさ」
「さてな。今夜一晩考えるさ」
そこで雷韋は「あ」と声を上げた。
「そう言えば、グローヴ領の領主、什智がおかしなこと言ってたんだ」
「なんだ」
問う陸王に、雷韋は、うん、と首肯して話し出した。
地下牢で会った時、什智が火の精霊を封じた珠玉の力を使ってこの世を支配し、王になると言っていたことを。
それを聞いて、陸王は顎に手を当てると難しそうに考え込んでしまった。雷韋はそれに構うこともなく続ける。
「見たところ、俺が盗んできた珠玉にはそこまで大層な力があるわけじゃない。確かに精霊が宿っていたけど、それだけだ。ただ、使い方を間違えると大惨事は引き起こすだろうな。それとも闇の妖精族があの珠玉の使い方を教えるのかな」
「闇の妖精族? そんなもんがいたのか」
雷韋は再び首肯した。そして、何故か分からないが、闇の妖精族に目こぼしされたことを話した。更には、火の珠玉も見せる。
「わざわざ目こぼしなぁ。それもその火の珠をお前に持たせたままか」
「俺は闇の妖精族となんか、もう関わりたかないぜ。この球を持って俺は逃げる。それでも行くってのか」
陸王は雷韋のその言葉を聞いて、何事か考え込んでいるようだった。
「お前、つけられてるんじゃねぇか?」
暫し考え込んで、陸王はぽつりと言った。
「つけられる? 誰に」
きょとんとして問う。
「闇の妖精族にだ」
真剣な目をして陸王は雷韋を見詰めてきた。
「火の珠をお前に渡したままだってのがどうにも気になる。俺は魔術には疎い。だが、何か気にかかる」
「気にかかるったって、俺は何も感じないぜ。俺は精霊使いだけど、根源魔法だってなんだって使える。でも、魔術がかけられてるって感じはしない」
そこで陸王は一拍置いて、そうか、と答えて嘆息をついた。
と、不意に雷韋は気付いたことがあった。陸王が腰に刀を帯びていないことに。
「あんた、剣はどうしたんだよ」
「あ?」
片眉を跳ね上げて聞き返す。
「あの剣だよ。俺が盗んだ日ノ本の剣さ」
言われて、あぁ、と呟くと、
「背に隠してる。あれは大陸じゃ目立つからな。手配書にも日本刀、帯刀の文字があった」
外套の中で背に手を回し、刀を取り出してちらと見せるが、ほんの数秒見せただけですぐに陸王は刀を背に隠してしまった。
刀を隠し終えて、陸王は改まった風に雷韋を見た。
「ところでお前、俺から金を掏っていっただろう。返せ」
陸王の唐突な言葉に、
「悪ぃ。全部荷物取られちまった。勿論、あんたの財布も」
雷韋は思わず目の前の男を見返して、気まずそうに頭を掻く。
それを聞き、陸王は呆れた溜息をついて雷韋の左手を奪った。
その瞬間、二人の意識の中に強引に何かが流れ込んできた。そのことに、互いが互いの目を見た。だが目がかち合った瞬間、流れ込んできたものがなんだったのか理解も出来ぬ間にその感覚は消え去ってしまった。
雷韋は目をしばたたいていたが、陸王はすぐに我に返ったように雷韋の手中にあるものに目を移した。
まるで何事もなかったかのように。
「おい、この財布はなんだ」
雷韋の左手には、さっき商人から掏った財布が握られている。
「こ、これは……」
「見てたぞ」
「え?」
「商人から掏っただろう」
言って雷韋の手から財布を奪うと、
「こいつで俺から掏った分の金は勘弁してやる。あとはどこにでも行け」
手に取った雷韋の腕を乱暴に突き放し、陸王はそのまま踵を返してしまった。
「あ、おい、陸王。どこ行くんだよ」
「どこでもいいだろうが。お前には関係ない」
その一言を背中越しに寄越して、振り返りもしなかった。
雷韋は思わず陸王の背に縋った。外套をきゅっと握り引っ張ると、陸王の歩みが止まる。
「よせよ、陸王。一緒に逃げようぜ。闇の妖精族なんてどうやって相手にする気だよ。あいつらは魔術に長けてる。俺だって使役してた守護精霊を奪われちまったくらいなんだ。所詮、俺達は妖精族に勝ち目はないんだよ」
雷韋は必死に言い募った。どうしてか、再会したばかりの陸王のことが気になってしょうがない。これが他の者なら好きにさせておくところだが、それが出来なかったのだ。雷韋は本能的に陸王を引き止めていた。
それでも陸王は雷韋が掴んでいる外套を力任せに引ったくると、再び無言で歩いて行ってしまうのだった。
雷韋はそれ以上陸王を追うことが出来ずに、その場にぽつんと取り残された。
裏通りであることをのぞいても、辺りはもう暗くなっている。そんな中で、陸王の背中をその姿が消えるまで見詰めていた。
迷い子のような心細げな瞳で。
知らず知らず溜息まで漏れる。
陸王に置いていかれた雷韋の中には奇妙な喪失感があった。ただの行きずりの人間なのに、不思議だ。どうにも気にかかるのだ。
それにさっき己の中に流れ込んできた何か。それも気にかかる。でもそれを考えたところで、やはり思考は上手く働かないのだが。
もう一度溜息をついてから雷韋は辺りを見回して、水浴びをした川の橋の下に戻っていった。下手に彷徨くよりはいい。それに金も奪われてしまってないのだ。
いや、雷韋一人ならこの街を出て行く方法はある。
『壁抜け』という魔術があるのだ。
その名の通り、壁を擦り抜けるという魔術だ。煉瓦や石造りの壁なら『地』の精霊魔法で、木造ならば『植物』の精霊魔法を使う。城壁は石造りだ。『地』の精霊魔法で擦り抜けられる。一昨日、城門の閉まったグローヴの街を抜け出す際に使った方法がこれだ。
一見、単純そうに思えるが、非常に危険な魔術だった。
特に石壁を抜けるには。
雷韋の精霊魔法のほとんどが言霊封じだが、大地の精霊力は今の雷韋には大きすぎるのだ。
大地は原初神・光竜そのものと言っていい。
神の世から人の世に移り変わるとき、光竜は大地と一つになって眠りに就いた。
雷韋はこれまで精霊使いとして一人でやって来たが、それでも大地の精霊魔法を言霊封じに昇華させたものはない。大地の精霊魔法を発現するには力が大きすぎて、どうしても詠唱と印契が必要になった。
そもそも石壁の『壁抜け』は、魔術としての成功率から言えばそれほど高くない。これまで石壁の『壁抜け』を試みて死んだ者は多いのだ。これは物質に宿る精霊を誤魔化して行使する術だからだ。
つまり自分を植物や地の精霊で覆って、壁になっている物質に宿る精霊の目や意識を眩ませると言うこと。だから石壁を通り抜けるまで精霊の目を誤魔化し切れなければ、身体という有機物が即座に石や煉瓦という無機物に変化して、死ぬ。
壁抜けは、一瞬の気の緩みも許されない術なのだ。
雷韋は一昨日、その危険を冒してグローヴの街から抜け出してきた。
それもひとえに追われていたがためだ。逃げるのに必死になって、一か八かで壁抜けを成功させた。捕まれば命の保証はない。十中八九処刑される。
それならばと賭けたのだ。
壁抜けもかなり危険だが、成功すれば確実に逃げられる。
それを天秤にかけて、逃げない法はないと思った。
だが今夜はそこまでの危険を冒して壁抜けをするつもりはない。雷韋自身もこれまでの風聞で、壁抜けの成功率は高くないと熟知しているからだ。
第一、地の精霊魔法を使うには気力がいる。今夜はそれほど気力がないのだ。空腹だし、疲れてもいる。地下牢にいた時は汚物の臭いで食欲など全く湧かなかったが、あそこを逃れた今では疲れも空腹も普通に感じていた。




