006 強制クエスト
テントの入口をくぐった時、ちょうど最後一人がリュックを抱えて出てくるところだった。
ズザザッ
テントを真ん中で支えている一本の大きな柱が、ゆっくりと倒れはじめたのが目に入る。天井から燃え広がった火の手が一気に大きくなり、顔が赤く照らされたのを感じた。
私は慌てて顔を伏せ、外に飛び出す。
支柱を失ったテントが他の柱もまとめて次々と崩れはじめる。
トランプタワーのように呆気なく崩れたテントが炎に包まれるのには五秒とかからなかった。
(危うく巻き込まれるところだった)
火の勢いが収まる気配は一向にない。
他の周りのいくつかのテントも同じ様に燃え始めていた。
鎮火できる規模の火事とは思えない。
一本道は隣町にでも続いてるんだろう。今からなら走ればまだ間に合う。
(いよいよ逃げなきゃ不味いだろう)
まるでそう思うことを許さないように、デニムの裾を火の粉が焦がした。
手で火の粉を払いながら一本道の方に視線を向ける。
泣きわめく少女の手を引くお婆さん。
怪我人を背負って歩くお爺さん。
何人もの老人達が率先して非難誘導しているのが見て取れた。どうやら先に子供を行かせているようだ。
(子供より先に逃げていいのか?)
私のような動ける人間が、泣き喚く子供を横目に競うようにして走る。
(……流石にそれは駄目だろう)
どうやらそう考えているのは私だけでは無さそうだ。白シャツレスキュー隊の皆は誰も逃げず、そこに留まり遠くを見ていた。
皆が皆、救助に徹しようと覚悟を決めた表情に変わっていく。
ギュッと口を結ぶ者。
片手で仕方なさそうに頭を掻く者。
大柄な男は真っ直ぐ空を見つめて何かの念仏を唱えている。
華奢な女性は臍が見えるまで焦げた白シャツを両手で握りしめて涙を堪えている。
しかし固まりかけた覚悟は圧倒的な炎の前に溶けて消えた。
ゴオォォ
夜空にかかる梯子のように、大きく燃え盛る炎の柱。
複数のテントの中心、サーカス会場を想わす一際大きな真っ赤なテントが燃えていた。
夕焼け以上に強い光が辺り一帯を赤く照らす。
結んだ口をポカンと開く者。
両手で頭を抱え込む者。
大柄な男は震えながら背中を丸め地面を見つめて弱音を吐いている。
ペタンと膝を折るように座り込んでしまった華奢な女性は、涙を流しながら許しを乞うている。
みんなの覚悟が諦めに変わっていく。
いつ飛び火したのだろう。凄まじい速さで広がる炎から逃げ切れない、それは誰が見ても明らかだった。
私は浮かべた涙を腕で隠しながら天を仰ぐ。
「もう駄目だろうな……」
頭をよぎるのは、ナスビーのこと。無事に逃げ切れただろうか。
記憶がない私にとって、目覚めてからの僅かな時間が人生の全てだ。彼女がいなければ人生の殆どを荒んだ感情で過ごしていたかもしれない。
感謝の思いで胸が苦しくなる。
ツツー
頬を流れる水滴がもみあげを濡らした。