005 選択と報酬
どこからだろうか、また別の男の声が響き渡る。
「子供はこっち、はやく!」
どうやら昨日抜けてきた林が燃えているようだ。目覚めた浜辺の方からから遠ざかる方向に向かって人の波がなだれ込んでいた。
しかし道があるとはいえそっちも林だ。
何処へ続くかは知らないが、大きな一本道が見える。早く行かないと火の手が回って逃げ道がなくなるかもしれない。
(何処へ行くべきだろうか……選択を悩む)
訓練所にいた人達は林から飛び出してくるイノシシや蛇達から逃げ道を守っている。
手に持っている武器はバラエティに富んでいて、比較的武器の扱いに長けた者達が剣や槍で動物を牽制している。力自慢の者達は大盾で突進する猪と対峙していて時間を稼いぎ、その間に小柄な数人が長い鎖を木に巻きつけて道を確保している。
飛び出してくる大蛇を光る赤いバットで返り討ちにする女や鍋の蓋だけで猪をいなす少年を見るに、向こうは何とかなりそうだ。
入浴施設へは大勢の人達が集まり、火の広がるスピードを少しでも遅くしようとバケツリレーで抵抗している。
足りないバケツの分は代りにリュックやゴミ箱、使えそうなものは何でも使っていた。
もみあげに着いた火の粉を払いながら今の状況を考える。
「どうしようか」
周りの何人かも似た言葉を一様に呟いている。
あまり悩んでいる時間はなさそうだ。
私は最後に立ち寄ったアイテムショップのテントに向かうことにした。
テントの中、逃げるのに苦労している女店主の姿が見える。
変わった形の帽子で直ぐに彼女だと分かった。耳の辺りから垂れ下がる大きなぼんぼりの着いたグレーのニット帽。服はグレーのワンピース。
見たことないほど大きなリュックを背負いながらノロノロ歩く姿はまるでカタツムリの様に見えた。
「逃げる道が火で塞がります、早く行きましょう!」
私は女店主に荷物を下ろすように促す。
「ダメっ。 絶対に燃やしたらダメなものがいっぱいあるの。 私は大丈夫だから早く逃げなさい!」
ノロノロと歩く姿を見て見放すことなどできる訳がない。それにこのまま歩いても、外に出る手前でリュックが出入り口に引っかがってしまうだろう。
「どこを見て大丈夫なのかは分かりませんが、荷物が大事なのは分かりました。 手伝いますから早くテントから出ましょう。」
女店主の返事を聞く前に私は動き出す。
「荷物も全部なんとかしますから早く! 指示に従って下さい!」
まず最初に背負っている荷物を下ろして中身を出すように指示した。
その後、余っていると言っていた大量のリュックの場所を聞き出し、かき集める。
女店主は少し不満げな顔をしながら黒色のリュックを下ろし、サイドポケットから垂れる紐を思いっきり引っ張る。するとリュックは風呂敷のようにふわっと広がった。
広がりきったそこにはパンパンに入っていた商品達が既に綺麗に並べられている。
「優先順位ごとに余ったリュックに荷物を詰め直して下さい!」
私はそう言って集めた大量のリュックを指差した後、外にいる人達に助けを求めに行った。
どうしようかと悩んで固まっている人達に声をかけると、指示を待っていたかのように一丸となって動いてくれた。
途中で気付いたが、皆んな白シャツにデニムだ。規律の取れた動きにレスキュー隊の制服のようにも見えてくる。
火の粉がテントに飛んできたのかアイテムショップの天井がチリチリと燃えだした。
「早く出ろ!」
「熱い熱い!」
「急げー!」
「水どこ、水ないの!? 燃えちゃう!」
「リュックまだまだあるぞ!」
「熱い熱い!水かけて!水!」
お尻に火がついたのか、最初は事務的な動きだっレスキュー隊達も、自ら声を上げ徐々に連携が取れていく。
中にはほんとうにお尻に火がついて走り回っていた人もいたが……なんにしろ動きが速くなるに越したことはない。
両腕にいっぱいにリュックを抱えたレスキュー隊が、一つまた一つと燃え始めたテントからリュックを救出している。
私は最優先のリュックだけを持って、テントから女店主と共に駆け出し、すぐ近くの入浴施設の前まできていた。
「僕はリュックを運びに戻ります。 既に皆んなには外に出したリュックをここまで運ぶように伝えてあります。 中には盗む連中もいるかも知れませんから店主はここで見張っていて下さい。 ここなら火の粉が飛んできても対処できますから。」
女店主は何やらモゴモゴ聞きたそうにしていたが、話をしている時間はない。
既に星が出始めている、思ったより時間がたっているのかもしれない。
私は背中越しに聞こえる気をつけての声に右手を上げて答えつつ、駆け足で白シャツの群れの中へ溶け込んでいった。