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銀河戦記外伝/エピソード集  作者: 神崎理恵子
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ケースン研究所

 トリスタニア共和国同盟軍特務機関の一つに「ケースン研究所」がある。

 軍部によって厳重に守られたこの施設に入るには並大抵なことではない。

 機密の漏洩を防ぐために、民間人は完全遮断で一切入れないし、軍人や研究者ですら一度入ったら二度と出られないというありさまだった。

 いわゆる蛸部屋というべき環境にあるのだが、中にいる研究者達は至極快適な状態に保たれていた。

 研究に必要な機器があると申請すればすぐに届けられるし、タイムカードという時間に縛られる要素もない。好きな時に好きなだけの研究ができる自由な空間が与えられていた。腹が減れば所内食堂へ行けば良い。肉食主義だろうと菜食主義だろうとも、満足できるメニューが揃っている。糖尿病の人向けの栄養士メニューも個人に与えられていた。もちろんそんな健康を維持する最新鋭設備の整った病院も存在していたのである。

 袖まくりをして腕のガーゼを押さえながら病院を出てくる人々がいる。おそらく健康診断で採血でもしたのであろう。

「ちくしょう! あの看護婦、いきなり突き刺しやがって……

『今から刺しますよ。チクリとしますからね』

 とかやさしく声を掛けろってんだ。まだ痛むぞ」

「ああ、一番右端の奴だろう? あいつはいつもそうだよ。覚えておくんだな」

「どうりであいつの前の列に並んでいる数が少ないと思ったよ。早く終わるだろうと思ったのが運のつきだった」

 談笑しながら廊下を歩いている二人の向こうから、研究所副所長のドワイテ・ボローニャがやってくる。側には研究所には相応しくないほどの少年が付いていた。

 警戒厳重な極秘施設に少年?

 悪戯をしようとして潜入したものの、見つかって追い出されるところか?

 いや、そうではないようだ。そんなに簡単に潜入できるような施設ではない。

 採血をした二人が軽く挨拶をして道を開けた。

「所長も検診しにこられたのですか?」

「そうだよ。この年で健康診断は必要ないと言っているのにね」

「いえいえ、その年だからこそですよ、所長。育ち盛りの身体に、研究所の仕事は大変なのです。心身のどこかに隠された異常が発生しないとも限りませんし」

「それに定期的な健康診断をスケジュールの中に組み込んだのは、所長じゃないですか。定めた本人が率先して受診しなければ、やがて……」

「判っているよ。やがて受診サボタージュがはじまるだろう?」

「その通りです」

 所長という言葉が少年に対して発せられている。しかも尊敬語である。

 この少年が研究所の所長なのか?

「気をつけてくださいよ。今日は鬼婆がいますよ」

 耳打ちされて青ざめる少年。

「あ、あいつが採血しているのか?」

「はい」

「どの列だい?」

「一番右端です」

「わかった。教えてくれてありがとう」

 しばらく会話が続いて、やがて分かれる二組。

 終始明るい会話だった。

 健康な身体には健康な精神が宿るという良い例である。

 研究員はすべてにおいて、満足ゆく待遇を与えられているからである。


 そして、この少年こそが「ケースン研究所」の初代所長である。


 フリード・ケースン、十四歳。

 軍の士官養成学校に通う情報科学技術科の学生でもある。

 学生でありながら、研究所所長とはどうことか?

 それが彼をして天才という呼び名を欲しいままにしている事情である。

 四歳の頃から天才としての頭角を現して、六歳にしてロケット工学博士号を授かったのを皮切りにして、宇宙工学力学、光電子半導体設計学、超伝導素子工学等々の博士号を持つ、天才工学者にして天才プログラマーだった。現在九つ目の博士号を目指して、さらなる精進をして勉強中である。

 彼一人だけで、戦艦の開発設計ができてしまうという、とんでもない逸材である。

「ハイドライド型高速戦艦改造Ⅱ式? ああ、あれはだめだね。設計図やプログラムソースを見てみたけど、エンジンもシステムプログラムも欠陥だらけだ。実用にならないよ。しかしまあ、僕に設計をいじらせてもらえば、素晴らしいものにしてあげられるよ」

 と、設計図を見ただけでその性能や欠陥を見抜いてしまう。

 軍部が黙って見過ごしているわけがない。

 バーナード星系連邦との戦いにおいて、一隻でも多くの最新鋭戦闘艦の開発が急がされているのである。

 彼の名前を冠した「ケースン研究所」を建設して、最高責任者として所長に迎え、必要とされたあらゆる研究設備・機材が用意され、完璧な警備システムを導入した。

 所長というからには、当然配下に納まる優秀なる研究員や職員も配属されてくる。それらをまとめて動かし統括する人事責任者に副所長としてドワイテ・ボローニャが任命された。フリードには研究の方に専念できるような環境を与えられていたのである。

 原子レーザー砲、超伝導レールガンなどの武器システム開発部、超伝導磁器浮上システム、ハイドロジェット推進システムなどの航行エンジン部門、心臓部ともなる超伝導システム開発部など。それらを統括して運用するシステムプログラム開発部、それら各部門に担当責任者を任命して、彼の指示に従って研究開発が続けられている。

 現在のフリードの頭脳の中にあるのは、開発コード【MーX01】と称される、最新鋭機動戦艦のことである。

 開発予算は無制限にして、考えうる限りの戦闘能力を有する開発コード【MーX01】と称される究極の戦闘艦。その開発に関しては軍部は一切干渉しないから、好きなようにやってくれれば良い。

 ケースンのような天才と呼ばれる人間を使うには、それなりの覚悟が必要である。気分が乗れば実に素晴らしい仕事をしてくれるが、気分を害すれば部屋に閉じこもって梃子でも動かなくなってしまう。なので、自由気ままにさせておくことが一番で、彼らは常に新しいものを追い求めているから、放っておいても大丈夫である。

 研究所の地下に設営された工場では、【MーX01】の心臓部である超伝導磁器浮上システムの開発が真っ盛りであった。

 すでに本体はほぼ完成にこぎつけており、試用運転に入っていた。

「ようし、ヘリウムを流し込むぞ」

「ゆっくりゆっくり、少しずつ慎重に」

 広大なプールの底にしっかりと据えられたエンジンが、少しずつ液体ヘリウムに沈んでいく。本来ならば密閉容器に収められるのだが、状態変化を正確に観察・記録するために、開放プールによる実験を行っているのだ。

 極超低温の液体ヘリウムが常温のエンジンに触れて、いっきに沸騰して蒸発してゆき、工場内の温度を急激に下げてゆく。当然として身近にいる研究員は、まるで宇宙服のような完全耐熱防護服を着込んで作業にあたっている。素肌など晒していたら、あっという間にフリーズ・ドライになってしまうだろう。ヘルメットに仕込まれた受信装置によって綿密に連絡が取り交わされて、体調不良を訴えればすぐさま交代できるようになっている。

 グラグラと煮えたぎるヘリウム・プールの中で、急速に冷却してゆくエンジン本体から、時折悲鳴のような金属音が聞こえてくる。通常の金属でできていたら、とっくに破壊されているだろう。

 いわゆる超合金でできており、急速冷却に耐えかつ運用時においても丈夫な金属である。

 やがて沸騰もおさまり、静かな水面となるヘリウム・プール。

「異常はないか?」

「外壁には亀裂や損傷は見受けられません」

「さすがに金属素材研究部が開発した超合金だな」

「私達の仕事は一応ここまでです。この後は超伝導素子回路部に担当が移ります」

「最後にヘリウムの抜き取りという仕事が残っているがな」

「それが大変です」

「そういうことだ」

 極超低温状態のヘリウムには、超流動という特異な性質があり、粘性が0になって、容器の壁を這いあがったり、原子一個分の隙間があればそこから漏出してしまうという現象を起こす。


 そんな試運転の模様を、中央制御室からモニターしているケースン所長。

「開発は順調ですね」

 副所長が関心している。

 戦闘艦の開発には、何百・何千人という研究技術者が必要なものである。

 だが、この人物はたった一人ですべてを開発し、部下に命じて作らせている。あのアルカディア号を設計した大山敏郎にも匹敵する能力者なのである。

「ここは主任に任せておいて良いだろう。次はミサイル開発部へ行く」

「例の次元誘導ミサイルですね。予算が降りればすべて上手くいくのですがね」

「ああ、たった一発に戦艦百隻分かかるからな」

「仮に完成できたとして、これを使用する機会など来るのでしょうか?」

「機会は必ずくるさ。こいつの本質を見極められる将来性を見いだせる人物が現れれば」

「現れますかねえ……」


 彼らの夢が実現するには十年待たねばならなかった。

 次元誘導ミサイルも機動戦艦の完成にしても……。

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