マーガレット皇女
銀河帝国自治領アルビエール候国首都星。
ハロルド侯爵家の宮廷内では、定例の舞踏会が開かれていた。
いくら内戦状態にあるとはいえ、貴族達の楽しみを奪うわけにはいかない。
舞踏会や園遊会は、子息子女を紹介しあって婚姻へと導く最良の方法である。いわゆる舞踏会は高級貴族達のお見合いの場でもあったからだ。
場内には優雅な曲が流れ、華やかなドレスで着飾った貴婦人達がゆったりと踊りまわっている。
候国内にある信託統治領領主から城主に至るまでの、いやゆる土地持ちと呼ばれる高級貴族ばかりである。もちろん侯爵家の人々も参加している。
しかしながら、肝心の主賓ともいうべきマーガレット皇女の姿はなかった。
内戦状態に入ってからというもの、舞踏会に現れたのは一度もないらしい。
ハロルド侯爵には世継ぎがおらず、マーガレット皇女を養女として迎えることが内定していた。
次期候国領主が現れない舞踏会は、話題も持ち上がらず寂しいものである。いっそ参加を見合わせようかと思っている貴族達も多いようだが、そうもいかないのが社交界の付き合いのつらいところではある。
そのマーガレット皇女は、自分の部屋の外のバルコニーに佇んで、宮廷内に入りきれずに、庭を散策する貴族達をぼんやりと眺めていた。
「内戦になっているというのに……」
ここに集う貴族達は、戦場へ行く必要がないので気楽だった。城主以上の土地持ち貴族にとっては自領を守ることの方が優先されている。もっとも世継ぎとならない次男・三男達は名誉のためにと、志願して軍に入るようだ。それもそのはずで、貴族特権によって将軍の地位が約束され、うまく立ち回れば中将・大将に昇進して、謁見の間に参列を許されるかも知れない。
謁見の間に入ることは、最上なる名誉なのである。
マーガレット皇女付きの侍女達はおろおろとするばかり。
「舞踏会にお出になられなくても、せめて正装のドレスをお召しになられていただけないでしょうか」
侍女がおどおどと申し上げた。
侯爵から何としても連れて来いという至上命令を受けていたが、一方では皇女付きの侍女でもあるから、その意思にも従わなければならない。果たして板ばさみに合って、精神的にくたくたになっていた。
マーガレットもそのことには気づいている。
自分がここにいる限り、御付きのものにいらぬ負担をかけることを。
ならば、ここにいなければ良いのだ。
かといって舞踏会に出るつもりはない。
突然手すりから離れて、歩き出すマーガレット。
「アーク・ロイヤルに行きます。連絡艇を用意して」
「は、はい!」
あわてて皇女を追いかける侍女たち。
首都星の衛星軌道上に浮かぶアーク・ロイヤル。
銀河帝国統合軍第二艦隊八十万隻を率いる旗艦であり、主戦級攻撃型航空母艦である。
「提督。マーガレット皇女様が、こちらにお越しになれるとのことです」
「それはおかしいな。今夜は舞踏会だろう?」
「その通りですが」
「ならば、お出でになられるはずがない」
「主賓ですからね。ですが、連絡事項は間違いありません。念のために再度確認しました」
「ふうむ……。どういうことかな」
顎に右手を添えて首を傾げている提督。
彼の名は、アーネスト・グレイブス中将提督で、第二皇女艦隊の実質的な司令官である。
はじめて指揮した部隊が、航空戦力を主体としたものだったせいで、提督となった今でもその経験を活かすために、司令長官として第二艦隊において、攻撃空母を数多く配置した。
元来艦隊編成などというものは、上層部の統合本部などで勝手に決められて押し付けられるもので、一提督が自由になるものではなかった。
それを可能にしたのが、皇女艦隊という特殊事情であった。
実際に取り仕切っているのは軍部だが、その所有権は皇帝ないし皇太子にあるというのが、銀河帝国軍の実状である。
いわば軍部が店長なら、皇家はオーナーである。
オーナーの意思に店長は逆らえない。
マーガレット皇女は、グレイブス提督の資質を見抜いて、航空母艦を数多く配置させたのである。そして自らの乗艦としてアーク・ロイヤルを選んだ。
今だ十四歳とはいえ、鋭い先読みのできるマーガレット皇女だった。
やがて艦橋に、マーガレット皇女が侍女達を従えてやってくる。
艦橋内の一段高い場所に特別に誂えた貴賓席に腰を降ろすマーガレット皇女。
「また、おせわになります」
「いいえ。それはそうと舞踏会の方はいかがなされました?」
「あんなものはどうでもよろしいです」
それ以上は聞かないでという雰囲気に口を閉じるグレイブス提督。
これからどうなさりますか?
とも切り出しにくいグレイブス提督だったが、皇女の方から口を開いた。
「バーナード星系連邦の動静はいかがですか?」
「今のところ特別な動きを見せてはおりません。とりあえずの平穏無事の状態です」
「ならば大丈夫でしょう。またちょっとばかり、ジュリエッタをからかいに参りましょう」
「ではエセックス候国へ?」
「その通りです。艦隊の選出の方はおまかせします」
「判りました。第十二機動艦隊を差し向けましょう」
「よろしくお願いします」
マーガレット皇女配下の銀河帝国軍第二艦隊の総勢は八十万隻であるが、さらにその下に十八個の艦隊が組織されていて、それぞれに任命された提督によって指揮統制されている。
ところで銀河帝国統合軍宇宙艦隊は、第一から第九艦隊までの一桁で表されるものは、基幹艦隊という位置付けであり、慣例として皇帝直系の子供達に与えられて、第○皇子(皇女)艦隊とも呼ばれている。
その下に、事実上の実行部隊である艦隊があって、第十一から第八十一までの二桁表示となっている。九かける九という単純計算であるが、これらの艦隊は配置転換されることはない。
さらに有象無象の艦隊があって、編成順に三桁の番号を与えられて、必要に応じて適当に配置されてゆき、全滅しても番号が復活することはない。
「第二皇女艦隊に動きが見られます」
アルビエール候国内の動きを見張っていた情報員からの連絡を受けて、ホレーショ・ネルソン提督が、ジュリエッタ皇女に報告する。
巡洋戦艦インヴィンシブル艦橋の貴賓席にあったジュリエッタ皇女は立ち上がって命令を下した。
「また一戦しようというのでしょう。こちらからも迎撃艦隊を出してください」
「はい。それでは第五十三艦隊を向かわせます」
「よろしくお願いします」
両艦隊からほぼ同数の艦艇が出撃してゆく。
ジュリエッタ皇女は、年齢は下でも姉に引けを取らない聡明な頭脳を持っていた。
姉のマーガレット皇女が、艦隊を小出しにして出撃してくる理由。
大艦隊を持って相手方を殲滅させる本格的な内戦には発展させたくはない。そもそも銀河帝国を転覆させる気はさらさらないからである。
アレクサンダー王太子の皇位継続を主張して、帝国内の摂政派の勢力を助長させたくないし、勇み足となることを懸念したのである。
それに内憂外患という事情もある。
帝国領の向こう側では、二大強国が激しい戦争を繰り広げており、いつこちらへ飛び火してくるか判らない時勢に、確実な消耗戦・国土の荒廃をもたらす内戦にはしたくなかった。
それに小競り合いの戦闘は、好影響をもたらすと考える。
相手を殲滅させることは考えていないから、ある程度戦えば一旦終了して退却することができる。
出撃・戦闘・撤退という一連の行動が、参加した将兵達の戦闘レベルを確実に磨き上げる。
マーガレット皇女とジュリエッタ皇女の考えていることは、銀河帝国のさらなる繁栄なのであるから。