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銀河戦記外伝/エピソード集  作者: 神崎理恵子
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誘拐その後

 バーナード星系連邦首都星

 士官学校の教官室において、教育長と対面しているスティール・メイスン。

「せっかく君が考え出した作戦だったのだがね……」

「王太子の誘拐に失敗したのですね」

「そういうことだ。お召し船には王太子は乗っていなかったという報告が回ってきているが、情報元は確かだったのかね?」

「情報は完璧です。マチルダ皇后の帰途の日時や帰還コースに間違いはなかったはずです」

「確かに君が提出した情報は、見事なまでに正しかったよ」

「王太子がビントウィンドに乗船していたのは確かです」

「しかし隅から隅まで探し回ったが、見つからなかったということだが」

「探し方が足りなかったのでしょう。王太子が捕まらないように、意外な方法を取ったのではないでしょうか」

「意外な方法か?」


 しばらくして教官室から出てくるスティール・メイスン。

 廊下に出てすぐに、声を掛けられた。

 学生寄宿舎同室のアルバート・ミンスクだった。

「教育長に呼ばれたらしいな」

「ああ、アルバート」

「聞いたぜ。銀河帝国王太子誘拐作戦。おまえが作戦立案したらしいじゃないか」

「どうして知っている」

「邪のみちは蛇。士官学校の教習生が、実戦行動の作戦を立てたということで、今やおまえは注目の的になっているぞ」

「結局、失敗したよ。作戦のどこかに落ち度があった証拠だよ」

「成功、失敗は問題じゃないよ。教習生が考え出した作戦を軍部が取り上げたということさ。すごいじゃないか、前代未聞のことだからな」

「教習生として当然のことをしたまでだよ」

「で、ご注進したというわけか。どうやって、マチルダ皇后が帝星に戻るという情報を手に入れたんだ」

「秘密だよ」

 核心に触れられて、会話をやめてすたすたと歩き出すスティールだった。

 どうしても、それが知りたいアルバートは、

「お、おい! 教えてくれたっていいじゃないか」

 と、後から追いかけてくる。

 この二人は仲が良いが、実は年の差が二歳ほど離れている。スティールが成績優秀なために飛び級で二級上のアルバートと同じクラスに編入されてきたのだ。

 成績優秀な者は、妬みの対象となる。

 上履きの中に画鋲を入れられたり、持ち物に落書きされたり隠されたりなどの、悪戯がなされるのは日常茶飯事だった。

 しかしスティールは気にも止めていなかった。

「良い麦を育てようとすると、じっくりと麦踏を行うことだ」

 逆境に晒されれば晒されるほどに、芯は次第に太く強くなってゆくものだ。

 スティールには大きな夢があった。

 将軍になり艦隊を率いて、銀河帝国貴族達を蹴散らすことである。

 その夢はさらに膨らんで、やがて大きな野望となってゆく。

 悪戯をして相手を落とし込もうとする小心な輩にかまっているわけにはいかない。

 より上を目指して精進し、夢を実現するための最大の努力を怠らないこと。

 それがスティールの行動指針だった。


 スティール・メイスン。

 【エメラルド・アイ】という特殊な瞳を持つ。

 それは銀河帝国皇帝に繋がる正統なる証であることを意味する。

 かつて父親が上級貴族と口論した事と、寵妃だった姉が皇帝に飽きられた事によって、一家もろとも貧民街へと放逐された。

 スティールの母親は、小さかったスティールに解きほぐし、毎日のように涙していた。

「世が世であるならば、おまえは皇帝になれたのに」

 自分たちが上級貴族だったら、寵妃などではなく皇后として迎えられていたはずだ。すべては身分の差で、同じ人としてどこに違いがあるのかと。

 自分の体内には、皇帝となるべき正統なる血脈が流れている。

 銀河帝国を滅ぼし、自分が新たなる権力者として君臨してどこが悪い。

 そのためには、どんな逆境にも耐え抜いて、明日の跳躍のために力を溜めておくのだ。


『神聖銀河帝国の樹立!』


 それがスティールが密かに抱いている大きな野望だった。

 国家の名称も決めているのは、より実現性を高めるための奮起である。


 寄宿舎の自分の部屋に戻ったスティール。

 机の上にある端末が受信を知らせている。

 端末のスイッチを入れると、ディスプレイに懐かしい人物の姿が現れた。

 ジュビロ・カービン。

 銀河帝国において、貧民街で一緒に遊んだ大切な友達である。

「よう。俺の情報は正しかっただろう}

 ディスプレイの中のジュビロが語りかける。

「ビントウィンドには王太子は乗っていなかったらしいぞ」

「乗っていなかった?」

「肝心な王太子がいなければ作戦は失敗。討伐艦隊にも追われて、命からがら中立地帯へ逃げ込んだんだ」

 教育長から聞いた報告をジュビロに伝えるスティール。

「おかしいな……。情報は正確なはずだよ。マチルダ皇后がアレクサンダー王太子を抱いて、ビントウィンドに乗り込んだっことは確認しているんだ」

「なら、どうして王太子はいなかったんだ?」

「そこまでは判らんが、念のために王太子だけ途中で乗り換えたのかも知れない。目をくらますために別働隊が動いていたんだ」

「それが正しければ、その情報を得ていなかったことになるな」

「そういうことになるな」

「まあ、人間である以上、完璧を求めることは不可能だ。王太子のことはともかく、その他の情報は正確だった」

「そうさ、連邦の厳重な軍事ネットワークに侵入して、君との連絡にこぎつけた苦労を知ってもらいたいね」

「判っているよ。大いに感謝しているよ」

「そろそろ時間だ。これ以上の侵入は、ネットワーク管理者に見つかる。また新しい情報が入ったら、連絡するよ。じゃあ、またな」

 回線が一方的に切られて、ジュビロの姿がディスプレイから消えた。


 トリスタニア共和国同盟首都星トランター。

 とある街角にある廃墟ビルの地下の一室。

 つい今しがたスティール・メイスンとの連絡を終えたばかりのジュビロ・カービンは、端末のスイッチを切って大きな背伸びをした。

「王太子はいなかったか……」

 情報は完璧なまでに集めたはずだ。

 どこかに落ち度があったのか?

 いや、そんな事はない。

 きっとビントウィンドの船内で、王太子が捕まらないような何かが行われたのだろう。

 どんな事がなされたのか?

 頭をフル回転させて考えてみた。

 しかし答えは一向に見出せなかった。

『ネットワーク犯罪の闇の帝王』

 と、後々に呼ばれることになるジュビロにも、不得手な分野があった。

 創造と想像である。

 情報を集めて導かれる結論は容易くできる。

「狭い空間に腹をすかせたライオンと、小さなウサギがいる。逃げる場所も隠れられる場所も一切ない。どんな事が起きるか」

 この質問に答えられない者はいないだろう。重要な事柄として正確な情報が与えられていることだ。

 狭い空間。

 腹をすかせたライオン。

 小さなウサギ。

 隠れる場所はない。

 そして同じ空間にいる。

 この事を読み取ればおのずと答えは導かれる。

 では、次の命題に答えられるだろうか?

「ここに中の見えない箱があり、中には何かが入っている。それが何かを答えよ」

 これに正確に答えられるだろうか?

 中の見えない箱。

 何かが入っている。

 情報としてはこの二つだけだが、その内容が果たして情報と言えるのか?

 見えない、何か。

 内容がまったく伴っていない事がすぐに判る。これでは答えられるものではない。

 これに答えられるのが、創造と想像である。

 幼い子供なら、こう答えるかも知れない。

「中にはね、小さな宇宙が入っているの。お日様やお月様やたくさんのお星が輝いているの。それらの星々を渡って商売している小人さんがいてね……」

 というように流れるように次々と物語として語り始める。

 小さな宇宙が入っている。

 これが創造である。

 さらにこれを発展させて、小人さんを登場させ物語りにまでしてしまうのが、想像なのである。

 まさしく解答の一つなのであろう。


 ここでビントウィンドの件に戻って考えてみよう。

 マチルダ皇后が王太子を連れてアルデランへ戻ること、移送の日時とコースなどの正確な情報が集まれば何をすべきかが判る。

 王太子を誘拐することはもちろんのこと、抹殺することだってできる。あるいは王太子を別の赤子と取り替えてしまって、将来的に内部崩壊させてしまおうという長期的な計画もあったかも知れない。

 ともかくも護送艦隊を襲って、ビントウィンドに乗り込み、王太子を抱えたマチルダ皇后を捕虜にする。後はビントウィンドごと皇后を乗せたまま、連邦まで連れてくるだけである。

 しかし肝心な王太子がいなかったので、実現はしなかった。

 マチルダ皇后を捕まえるまでは、ライオンとウサギの話通りである。

 王太子はいなかった。

 情報では確かに王太子は乗船したはずである。

 となるとビントウィンドの船内で、王太子を誘拐されないような何かが行われたに違いない。

 それが何かを知ることは不可能である。

 これはまさしく、中身の見えない箱という命題である。

 携帯用の探査機ではスキャンできない特殊な隠し部屋があったのか。

 これは船ごと連行されてしまえば、いずれ発見されるだろう。

 誘拐されるくらいなら、マチルダ皇后が食べてしまった。

(まさかと思うがあり得ないとも言えない)

 などと、いくらでも考えることができる。

「いくら考えてもしようがない」

 ジュビロは端末の電源を落として立ち上がった。

 外へ出ると暗闇に慣れていたせいで日光が眩しかった。

「腹ごしらえでもするか」

 ポケットの中に手を入れて、いくらかの金があるのを確認して、商店街の方へと歩き出した。

 もちろん、行きつけの、

『量が多くて安い店!』

 である。

 一応メニューはあるものの、ポケットの中の金を差し出すと、その額に見合っただけの量の飯を出してくれる。まさしく味よりも量という貧乏人には良心的な態度である。

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