少年達の挽歌
銀河宇宙には三つの強大な国家が、覇権を求めてその勢力を競い合っていた。
立憲君主制をとり、皇帝が絶大なる権力を誇る銀河帝国。
民主共和国が寄り集まって一つの連帯政治を執っているトリスタニア共和国同盟。
軍部独裁政治を敷くバーナード星系連邦。
さらには銀河帝国の後背に、自由惑星連合という中立の立場を表明する弱小国家の存在もあった。
そして今、トリスタニア共和国同盟とバーナード星系連邦との間では、数百年に及ぶ戦闘状態が続いていた。そんな中、銀河帝国は高見の見物とばかりに平和な日々をむさぼっていた。
銀河帝国首都星アルデラン。
帝国皇帝以下の皇族、皇帝より爵位を与えられた上級貴族が贅を極め、華やかなドレスや高価な宝石を身に着けて、日がな夜がな舞踏会や園遊会を開催しては、莫大なる散財をしていた。
ここアルデランでは、貴族にあらずんば人にあらず。
そういう風潮がまかり通り、平民達は貴族達によって虐げられ、ほとんど奴隷的存在でしかなかった。
平民達は、電気・水道もない貧民街のみすぼらしい一角に押し込められ、その日のパンすら手にすることもできないような状況であった。農民達も事情は同じで収穫した作物のほとんどを搾り取られて、ガリガリにやせ衰えていた。
しかし死なせてしまっては元も子もない。貧民街には一日に一度、救世軍と呼ばれる組織によって食事の配給がなされていた。一日に必要な最低限の栄養が摂取できるようにすべての民に公平に与えられていた。
生かさず殺さず。
それが貴族の平民達への処遇である。
とある町の一角。
ぼろアパートの外の木箱の上にぼんやりと座っている少年がいた。
そこへ別の少年が声を掛けた。
「おい。スティール、こんなところで何をしているんだ?」
「何をって……」
小さな声でしどろもどろに答える少年の名前はスティール・メイスン。深緑の瞳【エメラルド・アイ】を持ちながらもその表情は暗い。
彼の一族は下級貴族の一員だった。スティールの姉は、皇帝陛下の寵妃として、それなりの暮らしをしていたが、皇帝の子を身ごもったのを境にして事情が一変した。妊娠は皇帝の寵愛を失うきっかけとなり、宮廷を追い出されるようにして家族の元に戻された。やがてスティール・メイスンを産み落としたが、庶子は決して皇位を継ぐことができない。
世間体を考慮して、スティールは母親の子供として届けられて、実母でありながらもスティールとは姉弟という関係を取り繕われた。
折りしも父親が上級貴族の反感を買ったあげくに、爵位を取り上げられ貧民街へと追いやられてしまったのである。父親は酒に溺れるようになり、病弱な母親に変わってが家族を養うために働きにでるようになった。しかし働く能力のない婦女子が生きていくには、下級貴族相手に身体を売るしかなかった。
今まさにぼろアパートの一室では情事の最中だったのである。
とはいえメイスン家にとって、客を取る事のできる屋根のあるアパートに暮らせるというだけでも果報者といえた。貧民街に住む平民の大半が路上生活者となっていたからである。
「そうか、君の母さん……」
事情を察した少年が話題を変えた。
彼の名は、ジュビロ・カービン。
貧しいながらも活発に駆け回る逞しい少年だ。
「一緒に来いよ。いいもの見せてやる」
スティールの手を引いて歩き出すジュビロ。
小脇に何やら端末のようなものを抱えていた。
案内されたのは貧民街の外れにある無人の通信中継所だった。
ジュビロは扉の鍵を手際よく外して中に入ると、携えていた端末を中継機に接続した。
「そこで見ていろよ」
端末を操作して回線の情報を取り出すジュビロ。
ジュビロが持ち込んだ端末は、画面に二行ほどの文字が流れるだけのお粗末な代物だったが、ジュビロにとってはこれが精一杯のものだし、これでも十分だったのである。ともかくネットに接続して情報さえ取り出せればいいのだから。
「こんなもの、どうやって手に入れたの?」
「なあに軍の施設に無造作に置いてある軍用トラックやジープから取り外した計器や、捨てられていたラジオなどの部品を組み合わせて作り上げたんだ」
ジュビロは壊れたラジオやテレビなどの電子機器を修理するのを得意としており、寄せ集めの電子部品の山から新たに通信機器を生み出す事など造作もないことだった。
その最高傑作と賞賛されるのが、電子レンジを元に作り上げたメーザー兵器だった。鍵の掛かった扉をこれで簡単に壊して中に侵入することができた。
しかしジュビロにとっては工学的な代物を作るよりも、ソフト媒体であるネット犯罪のほうに力を注いでいたようである。
「さすがジュビロ。機械のことならお手の物だね」
「おだててんじゃないよ」
ちょっと邪険気味に答えながら、端末を操作していたかと思うと開口一番に、
「すげえぜ! ビックニュースが飛び込んできたぜ」
「なに?」
「帝国後継者のアレクサンダー王太子が誘拐されたらしい」
「アレクサンダー王太子?」
「生まれ故郷のアルビエール候国で出産、静養していたマチルダ皇妃が、アルデランに戻るところを船もろとも海賊船に襲われたらしい」
「へえ、ぶっそうだね」
「面白くなってきたじゃないか」
「面白い?」
「この帝国だって、いつまでも平和ではいられないということさ」
「そうだね」
「どうやら、緘口令が敷かれているようだ。王太子が誘拐されたなどと知られれば、大騒ぎになるのは確実だからな」
「うん……」
小一時間後。
中継所から二人が出てくる。
「俺は、いつまでもこんな帝国にいたくないね。ここにいる限り、何もできやしない」
「どうするつもり?」
「トリスタニア共和国同盟へ行くつもりだ」
「共和国同盟?」
「ああ、自由の国だから、能力さえあればどんなことでもできる」
「でも、どうやって行くの? 貴族か貿易商でもない限り、首都星アルデランから平民が出ることは禁じられているんだよ」
「両国を往来している連絡船の荷物に紛れ込んで潜り込むんだよ。早い話、密航するんだ」
「密航……するの!」
「他に方法はないだろ?」
「ふうん……」
「どうだ。君も一緒について来ないか?」
「僕も?」
「そうだよ。平民の自由を束縛している帝国にいる限り、いつまでたっても貧乏生活から脱却できないよ。しかしトリスタニアに渡れば、腹一杯飯が食えるようになる」
誘われて、しばらく考え込んでいたスティールだったが、
「僕は、トリスタニアには行かない」
「なぜだい? 向うには溢れるほどの自由があるんだぜ」
「いや。僕は、バーナード星系連邦へ行って軍人になるんだ」
「軍人になるのか?」
「僕はいやというほど貴族達が嫌いだ。平民に対する虐待は許せないよ。しかし平民がどうあがいたって、貴族に対等することすらできない。それができるのは軍人だけだ。連邦に渡り軍人になって、将来大艦隊をも率いるような将軍になって、銀河帝国を滅ぼしてやるんだ」
熱く語り続けるスティール。
母を通して貴族達の横暴には、身に沁みて感じているスティールが、貴族への反感を高め滅ぼそうとおいう気になるのも当然といえるだろう。
「大きな夢じゃないか」
「ありがとう」
「いいさ。僕も君のために大いに協力してあげるよ」
「協力? どうやって?」
「ふふふ。ネット犯罪者となってトリスタニアを混乱させるのが僕の楽しみなのだが、リークした貴重な情報を君の元へと流してあげるよ」
「ネット犯罪者……」
「国際ネットワークにはトリスタニアはもちろんのこと、銀河帝国やバーナード星系連邦にも、何らかの方式でネットに繋がっているからね。腕前さえあれば、どんなところにでもネット侵入できるものさ」
「すごいね」
「ああ……。それじゃあ、しばしの別れだ。いずれネット上で再会しようじゃないか」
「うん。それまで首を長くして待っているよ」
「じゃあな」
こうして二人の親友は、それぞれの道を目指して、トリスタニア共和国同盟とバーナード星系連邦へと渡っていったのである。
トリスタニア共和国同盟へと渡ったジュビロ・カービン。
国際連絡船の貨物に紛れ込んで、見事に首都星トランターへの密航に成功し、自由な国の明るい日差しの土地への降り立ったのである。
「まずは仲間を集めることにしよう」
何事にも一人より二人、二人より三人と多くの仲間が増えれば、より大きな仕事ができる。それがネット犯罪という悪行であればあるほど。
ジュビロにとって、トランターでの暮らしは、アルデランに比べれば天国のようであった。
腹が減ったり衣服が欲しくなれば、仲間を誘って徒党を組んで街へ繰り出し、商店を襲って食料などを強奪したり、道行く人々を取り囲んでは金品を巻き上げていた。すべての民が困窮していたアルデランと違って、ここトランターでは生きていくのに必要なものがすべて揃っていた。
どんなに発展した街とて、やはり汚点とも言うべき暗い側面があるものだ。犯罪者や事業に失敗して多額の借金を背負い込んで流浪する者、そんな人々が自然と寄り集まってスラム街というものが形成されていた。
治安が悪く、毎日のようにひったくりや強盗果ては殺人事件まで、あらゆる犯罪が存在するのもまた共和国同盟の性である。
ジュビロ達が暮らしているのはそんなスラム街だった。
清掃の手も行き届かないゴミの散乱したとある朽ち果てた廃ビルの地下室に集う悪餓鬼達。携帯端末の画面を見つめながら、今日もネット犯罪に手を染めていた。
チームリーダーとなっていたジュビロが呟く。
「ようし、軍部のネットサーバーに繋がったぞ」
「さすがジュビロだな」
「そうだよ。ジュビロの手に掛かればアクセスできないネットなんてないからね」
「で、何から調べてみる?」
「そうだな……。どうせなら軍部の最高機密を知りたいな」
「最高機密ねえ……。やっぱり新造戦艦じゃないの? それも最新鋭の」
「よし、それでいこう」
「となれば、工廠省の軍事コンピューターだね」
「それってガードが固いんじゃない」
「ああ、軍部でも最高レベルのセキュリティーで守られているよ」
「でも、ジュビロがいれば簡単に破れるよね」
「当たり前だ。ネットに繋がっている限り、アクセスできないものはない」
と言いながら端末を操作すると、瞬く間に軍の最新鋭戦闘艦の資料、模造品と設計図が映し出された。
「これが最新鋭?」
「ああ。戦艦の形式は、ハイドライド型高速戦艦」
「へえ、高速戦艦か……」
「主砲は、超伝導技術を利用した原子レーザー砲だ」
「原子レーザー砲か……」
「火力、速力、すべてにおいて現行の戦艦を凌駕しているよ」
「これでバーナード星系連邦との戦いも楽になるんじゃない?」
「馬鹿言えよ。こいつはまだまだ設計段階で、全体のほんの一部でしかないんだ。すべての設計が終わって、竣工するまでは二十年から先の話だよ」
「なんだよ。そんなに掛かるのかよ」
「あたりまえだ。戦艦の設計には、何百人という技術者が必要なんだ。エンジンの設計者、火砲の設計者、艦体構造の設計者、艦を動かすシステムエンジニアなど、大勢の人間が関わってくる」
「戦艦一隻開発するのも大変なんだな」
「そういうこと。こちらが新戦艦を開発しても、相手国だって黙って見ていないからね。さらに上を行く性能の戦艦を投入してくる。開発競争は熾烈さ。相手国にスパイを送り込んだり、ネットに侵入してその開発データを盗み取ることも、頻繁に行われているさ」
「俺達みたいにね」
「なあ……。このデータを持って、どこかの機関に売り込んだら金になるかな? 連邦軍のスパイとか」
「おい。抹殺されたいのか。外部に持ち出せば必ず足が付くに決まっているじゃないか」
「そんなもんかな」
「軍部だって馬鹿じゃないよ」
一方のスティール・メイスンは、バーナード星系連邦首都星ジラードへの密航に成功したものの、行く当てもなく街の中をさ迷っていたところを補導されてしまった。
すべての男子が軍人への道を進むバーナード星系連邦とて、戦いをどうしても肯定できない平和主義の人民がいても不思議ではないだろう。
そのような人物は、施設に強制収容されて洗脳教育を受けることになる。
連邦の男子はすべて軍人であり、軍人でなければ連邦人民ではないのである。
補導されたスティールであるが、銀河帝国からの密航者ということがわかって、特別収容施設へと入れられることとなった。
銀河帝国から密航してくる人民が相当な数に達していたのである。彼らを一同にバーナード星系連邦の人民としての再教育が行われるのである。
とはいえ、まだ少年であるスティールには特別な再教育は必要ないだろうという判断されて、一般の兵士教育機関である幼年学校への編入手続きがなされて、連邦人民の一人として同じ年頃の子供達と机を並べることとなった。
毎日続く軍事教育の中で、スティールはその才能を花咲かせ、めきめきと頭角を現し始める。
一般的には幼年学校を卒業して、最下級の二等兵として軍務に付くのが大半だが、成績優秀なスティールは、上級の士官学校への推薦入学、さらには幹部候補養成学校へと進学した。
そして若干二十歳で軍務に就任したとき、すでに大尉に昇進し、一個部隊を率いる部隊司令官の副官として、艦隊勤務に就いていた。
少年達の挽歌 了