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始まり

 激しい雷雨に、夜の深い森。その中を、1人の若い女性エルフが必死に逃げていた。追手の気配は今のところまだ無い。


「はあっ……! はあ……っ!」

「グギャッ……! グギャッ……!」


 両手に何かを抱えている。白い布に包まれていて、何やら不気味な声を発していた。


「あっ……!」


 若い女性エルフが太い木の根に足を取られた。前のめりに倒れる際、抱えている者をぎゅっと抱きしめた。


 大雨で濡れた大地に転げ、衣服が泥にまみれる。綺麗な白い肌に無数の傷がついた。


「つっ……!」

「ギャッ……!? グギャ、グギャ」


 彼女の痛がる声に、抱きしめられている者が、心配げな声音を上げる。彼女が微笑みながら胸に抱えている者を見降ろした。


「大丈夫、心配ないよ。私は、平気だから。どこも怪我してない?」


 だが、暗い視界のなかでは確認することができない。「ギャ、ギャ」と、不気味な声がこだまするだけ。

 そのとき、大きな稲光が頭上で起こった。膝をつき座り込んでいる彼女の周囲が、眩い銀色の光に照らされる。両手に抱えている者の姿を見る事ができた。幼子。だが、エルフとは似ても似つかない。

 彼女は思わず身をすくめた。目には涙が滲み始めた。恐怖で。まるで、魔物みたいだったから。


 ピシャッ! ピシャッ!!


 眩い雷光が上空でほとばしり、幼子の顔を何度も照らした。


 常に獲物を探し求めているかのような鋭い獣のような眼光。異様に大きな口から覗く真っ赤な舌は、まるで血の色。鋭利な歯ものぞかせている。そして、全身が緑色に染まったその幼子はまるで――、


「つっ……!?」


 女性は抱えている幼子を胸元から離した。本能が『この子から逃げろ』と叫んでいた。


「ギャッ……? ギャッ……?」


 幼子が不思議がるような声音を上げ、小さな手を彼女に向ける。母のぬくもりを求めるかのように。

 だか彼女は、その子を引き寄せず、そっと地面に置いた。そして立ち上がり、走り出した。

 これで、良いんだ。私が、あの子を育てる必要は――、


「ギャッ……! ギャッ……!」


 悲痛な叫び声がこだました。


「はっ……!!」


 女性は思わず立ち止まった。激しい雨に打たれながら、スッと、瞳から涙がこぼれた。自分が今何をしようとしているのか、その残酷さに気付いてしまった。  

 我が子を、見殺しにするなんて……!!

 振り返り、駆け戻った。そして目の前の我が子を強く抱きしめる。


「ギャッ……、ギャッ……」


 幼子が穏やかな声音を上げるなか、女性は大粒の涙を流しながら震える声で語りかける。


「ごめんね……! ごめんね……!! ううっ……、ごめんね……」

「ギャッ、ギャッ」


 母の悲痛な思いを慰めるかのように、明るい声が響く。そして彼女の脳裏にあの男の言葉がよぎる。


『辛い思いをさせて、すまなかった。身勝手な事だとは分かっているんが…………、俺は、2人の事を愛している。だから、幸せに生きてほしいんだ』


 そう言って私達を逃がした彼は、とても穏やかで優しかった。あんなゴブリンと出会ったのは、初めてだった。

 いつの間にか、雷雨は鳴りを潜めていた。雲の切れ目から月明かりが覗き、暗い森に穏やかに降り注ぐ。


「キャッ、キャッ」


 と、楽しそうな声音が、暗い森の中にこだまする。若い女性エルフは、我が子を温めるかのようにギュッと胸に包み込んだ。


「もう、手放したりしないから。ごめんね……」


 愛しの我が子の顔を見つめる。強面の顔がふと、彼に似ているかも、と思わせた。でもどこか、穏やかで優し気な雰囲気。それは、もしかして、私に似ているのかも知れない。

 若い女性エルフは、一瞬はにかんだ。すると、彼女が少し考える仕草をする。そして、何かを決めたかのように頷くと、優しく我が子に微笑みかけ、告げた。


「一緒に、幸せになろうね…………、アモル」

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