第7話 あばら家での睡眠
森の中は、日本では味わうことの出来ない澄んだ空気に、木と木の間から吹く風がとても心地良い。
今から盗賊たちと戦うというのにも関わらず心は落ち着いている。
結構な時間歩くとあばら家がひっそりと建っているのが見えた。
ここか?
小屋の周りには焚き火をした跡があり、鍋など様々な物が置かれていた。
私は小屋の扉に耳をつけ、中の音を探ってみる。
中からは、
「zzz……zzz…」
と誰かのいびきが聞こえる。
それ以外は特に聞こえない、私はそっとドアノブを回す。
そのまま静かに扉を開けると、部屋の中にはボロ切れをまとい、大きな剣を胸に抱えながら壁に背を当て寝ている中年の男が居た。
この人が盗賊?
私は真偽を確かめる為に男の肩を揺する。
「……んぁ? なんだ?」
男は目を擦り大きな欠伸をすると私の方を見る。
「って!? えぇ!?」
急に今の状況を理解したのか男は叫ぶ。
「あの、貴方は盗賊の一味ですか?」
「……えっ? は? なんのことだ?」
「本当に違うんですか?」
「あ、あぁ。俺はここが空き家だと思ってお邪魔して、そのまま寝ちまったタダの旅人だ」
違ったようだ。
嘘をついているようには見えない。
「つか、アンタは? 冒険者か? 依頼でも受けたって所か」
「はい、先日から冒険者? になりました。私の名前はアセビって言います」
「アセビ……そうかアンタが……」
「?」
この人は私の事を知っているのか?
「いや、何でもない。俺の名前はデルシオンだ。よろしくな」
「よろしくお願いします」
彼と握手を交わす。
「盗賊の話、詳しく聞かせてもらえないか? これもなにかの縁だ。手伝わせてくれ」
「わかりました。まず──」
私は彼に盗賊の一件を説明した。
彼は話を聞き終わった後、顎に手を当てる。
「なるほどな、誘拐か。で、俺が寝ていたこの小屋がそいつ等のアジトって事か」
彼は部屋の中を見渡すと、
「そこか」
と、呟くと部屋の中央にあった机を蹴り上げる。
机の下の床は、周りの木材の床とは違い、別の木材がはめ込まれていた。
「この下に何かあるみたいだな」
その木材を剥がすと、真っ暗な地下へと続く階段が現れた。
彼は懐から何か石のような物を取り出し、握り潰す。
そしてその手を開くと、小さいが炎が発生しており、ふわふわとその手の上を浮遊している。
「あの、それは?」
「発火石だ。火が魔法で込められた石で、炎魔法が使えない人間でも簡単に火を扱う事が出来る」
「なるほど……?」
彼はそのままその階段を降りていく。
私もその後に続く。
光で足元を照らしながら慎重に降りていくと、少し開けた空間に出た。
そこには酒樽や棚や木材など様々な物が置いてあり、物置という印象を受ける。
そして、部屋の隅、5人の子供達が身を寄せ合って震えていた。
「大丈夫!?」
私は急いで近付く。
「おねぇさん、こわいひとじゃない?」
7歳くらいの女の子が警戒した目で、背後の子達を庇いながら訊ねる。
「大丈夫だよ、村からの助けだよ。みんなをここから助け出す為に来たんだよ」
「……うぅ、うえぇぇえん!!」
子供達はその言葉を聞いて安心したのか泣き始める。
速くここから逃げなければ。
私と彼は子供達を抱え階段を駆け上る。
「シッ、静かに……外に7人以上は居るな。盗賊だ」
子供達は口を抑え声が漏れないようにしている。
7人以上……不安だ、戦えるのか? 実戦経験の無いこの私が。
「どうするんですか? 私達2人でどうにかなるんですか?」
「恐らく外で待ち構えているのだろう。戦闘は避けられない。子供達を一度地下へと避難させよう。巻き込まれるかもしれない」
私達は子供達を一度地下へと避難させる。
不安そうな顔をしていたが、頑張れ! と声援を貰った。
……よし、大丈夫。
気持ちがその声援によりスッと落ち着いた。
「覚悟は決まったみたいだな」
「はい、いけます!」
彼を先頭に小屋から出る。
「おうおうおうおう! 俺達の家になんかようかぁ? もしや子供達を助けに来たって感じかぁ? 無理無理、あれはさるお方の贈り物でなぁ、返すわけにはいかねぇんだよ」
周囲には続々と盗賊たちが集まり始め、計9人の男たちがこの場に現れた。
一人の背丈の低い男が彼に近付き、
「そうだ! そこの大剣のあんちゃん、隣の女を俺らに渡せば見逃してやるよ!」
ニヤついた顔で彼に語りかけた。
「……」
「どうしたぁ? ビビっちまって声も出ねぇか、無言の肯定ってことだな! よし! じゃあ遠慮なく──」
男は私に近付き肩に触れた。
悪寒がし、その手を振り払おうとした時──
──私の肩に触れた男が近くにあった木に吹き飛び、叩きつけられており、男は顔を真っ赤に腫らし力無く倒れていた。
一瞬の出来事で何が起きたのか全く理解出来なかった。
「今なら見逃してやるよ、さっさと去れ」
彼はボロボロの外套を脱ぎ捨てる。
その下に身に着けていたのはこれまたボロボロの鎧だった。
その後ろ姿に見覚えがある。
あれは、そう、あの人だ、私達を助けてくれた──
「おいおい、うちの子分に手ぇ出しといてそれは飲めねぇよ?」
奥から背丈が2メートル以上あるであろう男がこちらに向かってくる。
「そりゃそうだろ、この子はお前達みたいなクズが触っちゃいけない子だ。いいか? 引く気がないならここで全員死んでもらう」
彼は背中の大剣を鞘から引き抜く、あの時と同じ、鏡のように景色を反射する剣だ。
「いいだろう、その減らず口を直ぐに黙らせてやる」
大男は自分の背丈くらいの剣を背中から引き抜くと、私達に向けて構えた。