第47話 思いの行方
ここ最近、勇者との距離が近い気がする。
気の所為なら良いのだが、あの日から二週間、事ある毎に俺の側を歩く彼女。
元の世界なら確実にお縄案件だ。こんな中年の何処が良いのだろうか。
まぁ、自意識過剰なのかもしれないと特に言及していないが、流石に近すぎる。
そして今も。
「あの、デルシオンさん?」
「……ん? すまん、聞いてなかった」
ユリィが師匠の家に向かった後、俺達は出店の並ぶ通りで少し買い物をする事になった。
何か俺に言っていたのか、顔を一杯に近付けて見つめてくる勇者。
「……ドキドキ、しませんか?」
「──へ?」
一体どんな話をしていたんだ?
「デルシオンさん、手、繋ぎませんか?」
「あ、あぁ」
俺の空返事を聞いて嬉しそうに微笑み、俺手を掴む。
おい、どうなってんだ。何故こんな事に?
「あそこに行きましょう!」
手を引っ張られ、勇者に連れられ出店街を練り歩く。
串焼きに甘い菓子、様々な物を買い、食べる。
とても楽しそうにはしゃぐ彼女の姿。
その姿を見て────制服姿の彼女が重なって見えた。
……何を浮かれているんだ。俺が彼女を轢かなければ、俺が彼女の隣で手を繋ぎ、一緒にこうして笑う事は無かった筈だ。
本来なら彼女は、学友や彼氏と共にこうやって笑えている筈だったんだ。
苦しい、彼女の笑顔を見るのが。
吐き気がする、彼女の肌に触れてしまう自分に。
「デルシオンさん。今日はありがとうございます……付き合って貰って」
「気にするなよ、たまには羽根を伸ばさなきゃな」
急に彼女の手を握る力が強くなる。
「どうした?」
「あの、最後に行きたい所があって」
そう言って俺の手を引く。
心無しか早歩きで出店街を抜け、広場まで戻って来た。
「デルシオンさん、聞いて下さい」
彼女は振り返る。
夕日に照らされていても分かる位に、彼女の顔は真っ赤で、潤んだ瞳で俺を見つめていた。
「デルシオンさん、私、私、私! デルシオンさんの事が──」
胸に手を当て、声が詰まりながらも、想いを引き出そうしている。
──何を言おうとしているんだ?
別に俺は鈍感という訳ではない。
彼女が今から俺に伝えようとしているモノは何となく理解出来る。
だからこそ、何を言おうとしているんだ?
嘘を付き、お前を騙し続けている俺なんかに。
「勇者、待って──」
俺は彼女を止めようと声を上げた。
──その瞬間、ふと、ある男に視線が向く。
その男は紺碧の髪を持ち、神父服に身を包み、腰に刀を下げている。
何故か分からない。だが、えらくその男が異質に見えるのだ。
男は俺に気付いたのかこちらを見て、人差し指を突き出した。
そして、その人差し指から、一滴の水が滴り落ちる。
水が指から離れた瞬間、街の喧騒に噴水の音、勇者の声、この世界の音の全てが掻き消えた。
周囲の人々の動きや、噴水から出る水の動きがスローモーションに見える。
動こうとするも、俺の身体も全身が縛られたかの様に鈍い。
しかしそんな中、青髪の男はスタスタとこちらに近付いて来る。
刀を引き抜き、俺の首筋に当て、そのまま横に振るう。
少しずつ切り裂かれていく首。
俺は────強化魔法を発動し、全ての力を込めて刀の腹を殴りつけた。
驚愕の顔を浮かべた男は俺から距離を取る。
すると、止まった世界が動き始めた。
男は折れた刀をまじまじと見つめながら、
「ほう。流石は勇者様の剣を名乗るだけの事はありますね」
といい、鞘に納めた。
「……何者だ? いきなり首切りってのは──ッ!?」
右腕全体が内側から破裂したのか、血が吹き出し、骨がぐちゃぐちゃに砕け、肉が裂ける感覚が襲ってくる。
「一瞬の時の中で、あの動きをすれば誰でもそうなりますよ」
「デルシオンさん!?」
勇者がこちらに駆け寄って来る。
駄目だ、来るな。そう言いたくても、腕を襲う激しい痛みが苦悶の声しか生み出す事を許さない。
「貴方は一体誰なんですか!? いきなり襲って来るなんて!!」
「申し訳ありません勇者様……私はイルレオーネ法国、第一異端審問官、アトゥムスと申します。勇者様、貴女をお迎えに上がりました」
アトゥムスと名乗った男は恭しく勇者の前で跪く。
「迎えに来た? 何言っているか分かりませんがこんな街中で人混み、そしてこの騒動、困るのは貴方なのでは?」
「ご安心を勇者様。人払いは抜かり無く行っておりますので」
「は? そんな筈は──」
そう言われれば、やけに辺りが静かだ。
先程まで辺りを埋め尽くしていた人々の喧騒がピタリとやんでいる。
「そんな、誰も居ない?」
辺りを見渡しても俺達以外の人間の姿が見当たらない。
一体何が起こっている?
「さて、勇者様、共に法国に参りましょう。完璧な援助の下、勇者様の展望を叶えれるよう、我々も協力致しますので」
「……クソが、てめぇに勇者は渡せない」
勇者を背に隠し、残された左手で背中の大剣を掴む。
幸い得物はへし折ったので相手は丸腰だ。
相手の使った魔法は恐らく時の流れを遅くするもの。
先程と同じように、強化魔法を使えば対処できる筈だ。
「そこを退いてもらえませんかね。貴方には一切用はないので」
「そう水臭いこと言うなよ。俺はあんだよ」
脚に力を込め一気に踏み込む。
「無駄ですよ、貴方じゃ私には勝てない」
男は先程と同じように指を突き出し、指先から水滴が滴り落ちる。
辺りの空気が変わり、動きが鈍くなる。
が、問題ない。このまま押し切る!
強化魔法を使用し、大剣そのまま振り下ろし、相手を両断────
「終わりです」
──視界が、歪んだ。
直ぐにでも蹲りたくなる程の吐き気がし、頭が割れそうな程の頭痛がする。
一体何をされたんだ?
様々が疑問が浮かぶ中、平衡感覚が正常では無くなりそのまま地面に倒れ伏す。
「デルシオンさん! デルシオンさん!!」
「さぁ、勇者様。行きましょう」
意識が薄れる中、俺を呼ぶ勇者の声が次第に遠退いていくのが分かってしまった。




