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第46話 思いを伝えるには



「──私、デルシオンさんの事が、好きです!」


 目の前の、黒髪を蜜編みで二つに纏めた友人が、テーブルを勢い良く叩き立ち上がり、アタシに真っ赤な顔で告白して来た。


「……で? なんでアタシに言うわけ?」


 あの日から二週間経過した。


 イーストでは“奇跡の雨“の話で持ち切り。

 

 各国の名のある魔法使い達は、己の知識欲を満たす為、新たな発見をする為に、こぞって奇跡の雨が降った地域に駆り立てられた。


 結果は何も分からずじまい。魔法使い達は、ウチのアセビが行ったとは露知らず、見当違いな考察を日夜重ねていたのだった。



 そんな事はどうでもいい。


 今日は、おっさんが新調した装備を取りに行くので時間が空いていた。なので二人で喫茶店に入っていたのだが、周りの人間からの視線が痛い。


「だって……その」


「だってもなにも、こんな所で叫ぶなんて何考えてるの?」


「うぅ……」


 頬を少し膨らませて俯くアセビ。


「ユ、ユリィはデルシオンさんの事、どう思ってるんですか!?」


「はぁ? 何? もしかしてアタシがおっさんを取らないか心配してるの? 無い無い」


 何故そんな事を聞いてくるのか?


 先程の発言通り、彼女が彼を好いているからだろう。


 中々可愛い所があるなぁと思いながらも、何故あのおっさんなのかと疑問にも思う。


 まぁ、彼女の立場で考えるのであれば妥当なのかもしれない。


 ピンチの時には狙ったかのように助けてくれて、自分の為に命を懸けてくれる男。


 好きになってしまうのは自然か。


 ──だが、あの男の本心が全く見えないのだ。


 助けたい気持ちに嘘は無いのであろうが、何故助けるのか、理由が分からない。


 彼女の話では、神からの信託と言っていたらしいが、どうも他に何かがありそうだ。


 どうしてそう思ってしまうのか、その理由もあやふやだ。


 ただ、あんな中年のおっさんとアセビがくっ付くのが相応しく無いと思い、嫌悪を抱いているからなのか、自分の考えも良く分からない。



「本当ですか? ……なら良かったです」


 アセビはアタシの言葉に安心したのか、椅子に座り直す。


「で、相談ってのは、おっさんについて?」


「……はい。その、どうすればいいのか分からなくて」


「どうすればいいか、ねぇ? 普通に伝えればいいんじゃない?」


 恋愛相談って訳らしい。アタシに聞くのはお門違いだ。


 まずそんな経験を、誰かを好きになった事なんか一度も無い。


 よって、彼女にとって良いアドバイスを送れるかとなれば無理だろう。


「つ、伝える? でも、それは……」


「恥ずかしい?」


 アセビは頷く。


「でも思いは言葉でしか伝えれないわ。分かってくれるなんて思ってちゃ駄目よ」


「……」


「良い? アタシ達は冒険者よ。いつ死ぬか分からない、危険な事を常日頃からこなしているの。思いを伝えれずに死ぬなんて、最悪でしょう?」


「……思いを伝える、ですか。でも、もし拒否されてしまったら、どうすれば」


 拒否されたらどうするか、難しい質問だ。


 元の関係には戻れないだろう。それもパーティーメンバー、今後の活動に支障が出る可能性がある。


 やはり思いを伝えるのは、仲間としては止めた方が良いのかもしれない。


「んー、ごめんさっきの無し。思いを伝えるのはまだはや──」


 アタシが先程の発言を撤回しようとした時、


「そんな事を考えても仕方無いですよね! 振られるって決まったわけでも無いですし」


 勢い良くアタシの言葉にアセビが被せる。


「……それ、受け入れられるかも決まって無いわよ?」


「うっ。そうですよね……でも──」


 アセビはアタシを見つめる。


 とても真剣な目だ。


「さっきユリィが言った通り、思いが伝えれなくなるかも知れない。……そんなの嫌です。私の気持ちを知って欲しいんです、受け取って欲しいんです。だから、その思いを後悔に変えたくない」


「そう……ね。まぁ、良いんじゃない?」


 そんな目で見つめられてしまったら、駄目だとは言えなくなってしまう。


 ──こうなれば話は別だ。協力しよう。


 正直な話、こんなにも可愛い子の告白を無下にする様な男じゃ無い筈だ。もし断るにしても、やんわりとした優しい返事を返すだろう。


 そう、信じる事にしよう。


「こうなったらとことん付き合うわよ!」


「──!! はい! よろしくお願いします!」


 



 話が終わる頃には、店の窓から朱色の光りがテーブルを照らしていた。


 結構な時間話していたようだ。


「そろそろ行きましょうか、デルシオンさんも待ってるでしょうし」


 アタシ達は会計を済ませ、待ち合わせの噴水のある広場へと向かう。


 広場に着くと、腕を組み、退屈そうにしながら立っているおっさんがいた。


「すみませんデルシオンさん。待ちましたか?」


「相当待ったぞ。何してたんだ?」


 おっさんはアセビが話し掛けると、いつもの様に返事を返す。しかし、少し苛立っているのか、眉間にシワが寄っている。


 それもそうだろう。お昼時から夕方だ。


 ここまで待たせてしまうとは、流石に酷い事をしたかもしれない。


「秘密よ。それよりおっさん。アタシ、師匠にまだ顔見せて無いから、今日は一度帰るわ」


 アタシは、アセビとおっさんを二人っきりにする為に適当な理由を言い、その場を後にする。


 どうなるのかこの目で確かめたかったが仕方無い。


 告白するのか、それとも保留にするのか、結局話し合っても決まらなかった。


 結果、出来るだけ二人っきりの時間を作り、告白するのか彼女の判断に任せる事で話は終わったのだ。

 



 何時もの道を通り、師匠の家へと帰る。


「師匠、帰ったわよ」


 扉を開け、中を覗く。


 居ない様だ。出掛けているのだろうか?


 相変わらず足の踏み場もない汚い床。


 薬品の入った瓶が散乱しており、割れている物まである。


 少しアタシが居なかっただけでこの有様だ。


「はぁ……勘弁してよね」


 手を振るい、魔精術を行使しようとしたその時、


 コンコン


 扉を叩く音が聴こえた。


 誰か来たのか? 師匠? それとも仕事の依頼者?


 アタシは扉を開ける。


 そこには、美しい紺碧の髪を一つに纏めた、恐ろしく整った顔を持つ男が立っていた。


「あの、師匠は今、居ませんよ?」


「ん? あぁ、あの方ですか。違います、貴女に用があって来たんです」


「アタシに?」


 何の用だ? ギルド関係か?


 神父服に身を包み、腰に刀を下げる男は胸に手を当て、


「失礼致しました。私は、イルレオーネ法国、第一審問官、アトゥムスと申します」


 アトゥムスと名乗った男は、人の良さそうな笑みを浮かべた。


 “異端審問官“


 聞いた事がある。


 隣国のイルレオーネ法国で集められた、ギルドでの最高ランク5の資格を有する強者達で構成された組織。


 そして、その第一審問官となれば実力は随一。


 そんな男がアタシに用?


「その、用ってのは?」


「奇跡の雨について、お話を聞きたいのです」


「……特にお話出来るような事はありませんよ」


 何が目的だ? 何故私に聞く?


「そうですか……では質問を変えましょう」


 男は先程の笑みから一転、鋭い目付きでアタシを睨み付ける。


「──勇者様は何処におられますか?」


「──!!」


 こいつは、勇者を、アセビを狙っている。


「勇者、ですか? 良く分からないです」


 咄嗟に嘘を付く。だが、ここに来て、アタシに話を聞くという事は、何らかの確証があって来ているのだろう。


「……」


 男はアタシを睨み付けたまま、刀に手を掛ける。


「手荒い真似はしたくないのですが……」


 ──頬から熱いものが流れるのが分かった。

 

 頬に手を当て、見てみる。


 血が、流れていた。


「くっ!?」


 いつ斬られた? 全く見えなかった。


 思わず後退りをすると、瓶を踏んでしまいそのまま転け、尻もちをついてしまう。


「答えてくれますよね?」


 男はまた人の良さそうな笑みを浮かべ、こちらを見る。


 立ち上がろうにも腰が抜け、立ち上がれない。


 あの男と同じだ。


 自分より圧倒的に強いと肌で感じるのだ。


 


 ──あの時、アタシは勇者を逃した。友達だから、彼女の笑顔を守りたいから。


 死ぬ程後悔した。何故逃げなかったのかと、何故こんな目に合わなければならないのかと。


 自分の実力も分からず、所構わず噛み付いて。


 そして、文字通り死んでしまった。


 胸を穿かれて、心臓を握り潰されて。


 そして次目を覚ました時、それは蘇った時だったのだ。


 恐怖した。もし、アセビが雨を降らしてくれなかったら、永遠にこの意識は手放されたままだったと思うと、吐き気が止まらなかった。


 死ぬのは怖い。だからもう二度と死にたく無い。




 ──そんな願いも、この瞬間に踏み躙らされそうになっている。


 ……駄目だ、アセビは友達。友達を売ったりなんて出来無い。


 だからこう言ってやる。何時ものアタシで、罵ってやる。


 誰が言うか馬鹿がって。


「……一人の男と、出店街に出掛けていると思うわ」

 

 “私“は何を言っているのだ? 何故、何故、なんで、なんで?


「そうですか。ご協力感謝します」


 男はそのまま踵を返し、家から出て行った。


「待って……待ってよ」


 私は何とか立ち上がり、家の外へと向かう。


 しかし、あの男の姿は無い。


「どうしよう……どうしようどうしよう!」


 口から溢れ出てくる後悔の声。


 どうして私はこんなにも弱いんだ?


「アセビ、ごめんなさい……ごめんなさい……!」


 恐怖に支配された私には、どうする事も出来ない。

 

 ただその行き場の無い感情が、言葉に、声となって、人通りの無い裏路地に響くだけだった。


 

第三章始まりました!


今週中にもう一話投稿出来ると思います!



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