第45話 親愛と恋愛
「デルシオンさん、ちょっと良いですか?」
ユリィの魔法によって不快な揺れが抑えられた馬車にて、勇者が話しかけてきた。
「なんだ?」
俺は勇者の方に視線を向けて答える。
今は村に蘇った村人達を送り届け、残っていた馬車を一台拝借してギルドに帰っている所だ。
幸いにもあの雨、勇者がやったとは知られておらず、奇跡の雨だと村人達ははしゃいでいた。
勇者は膝の上で気持ち良さそうに眠るユリィを撫でながら続ける。
「あの…………その……なんで、私を助けたんですか?」
言いにくそうに答えた彼女。
「──私が勇者だからですか?」
「……」
その問いに、俺は口を閉ざさるを得なかった。
勇者だから助けたのか? 違う。
俺が助けた理由、それは、彼女が日野山楓だからだ。
罪滅ぼしの為に助けたのだ。別に俺は善人なんかじゃない。正直な話、今回の村人達なんぞどうでもよかった。勇者が無事ならば何でもよかった。
そんな俺は、本当に勇者の仲間が務まるのか?
自分の事しか考えない俺が、勇者の考えと共に歩いていけるのか?
「やっぱり、そうなんですね……」
勇者は俺が返事をしない様子を見てか、悲しそうに俯向いてしまう。
俺は、俺は──
「俺が、助けたのは、勇者だからじゃない。俺はが助けたのは、お前が──」
お前が、なんだ? 馬鹿正直に日野山楓だからって答えるのか?
駄目だ、言えない。ならどうする?
──それなら、自らの答えに一番近い答えを伝えよう。
「お前が、アセビだからだ」
「──! そ、そうですか。私だからですか…………ふふっ」
勇者は俺の言葉を聞いて、両手で口元を隠す。
何故そんな反応をするのか分からない。だが、先程の不安げで悲しそうな顔が、笑顔に変わってくれて何よりだ。
でも、俺はまた嘘を重ねた。自らの為に。
心苦しい、正直に言いたい。
それは許されない。それならば俺は重ねよう。
自分の為の嘘を。彼女を騙し続け、裏切り続けてでも。
視線を彼女から逸らす為、馬車の外に向ける。
馬車の中から見える空は、日の光を通さない分厚い雲に覆われ、奇跡の雨が降り続けていた。
気持ち良さそうに眠るユリィ。
疲労困憊といった感じで足を組み座るデルシオンさん。
余り実感が無い。だけど、私達は生き残った。
私の力、聖剣の力のおかげだとは言わない。
ユリィが時間を稼いでくれたから、デルシオンさんが助けてくれたから。あのゴブリンが聖剣を託してくれたから。
様々な因果が絡み合い、産まれた結果。
それが今なのだ。
私は私の膝で気持ち良さそうに眠るユリィを撫で、デルシオンさんを見る。
男の人の顔。先生や父を見ても今までは何とも思わなかった。
何故? デルシオンさんを見ると胸が痛い。心の奥が締め付けるような、変な気分。
顔が熱くなる。動悸が早くなる。知りたい、もっと彼の事を。
──知りたい、何故私を助けてくれるのか。
いつも助けてくれる彼。
私が勇者だから? 神様のお告げを聞いたから?
それは、少し嫌だ。
「デルシオンさん、ちょっと良いですか?」
「なんだ?」
心臓の鼓動が聞こえてくる。私、緊張しているんだ。
どうして? ただ理由を聞くだけなのに。ただそれだけなのに。
「あの…………その……なんで、私を助けたんですか?」
声が詰まる。不安で胸が締め付けられる。
その不安を紛らわす様にユリィの頭を撫でる。
「──私が勇者だからですか?」
「……」
デルシオンさんは口を噤む。どうして? もしかして本当に?
「やっぱり、そうなんですね……」
思わず声に出してしまう。
何故こんなにも苦しいのか、分からない。
初めての感情。これは?
「俺が、助けたのは、勇者だからじゃない。俺はが助けたのは、お前が──アセビだからだ」
「──!」
嘘、私だから? 勇者だからじゃなくて?
口角が自然と上がる。
恥ずかしい。今の私は人に見せられないような、だらしない顔をしているのだろう。
そんな顔を見られないように両手で顔を隠す。
胸が締め付けられる。でも、さっきの様な苦しいものでは無い。
締め付けられる度に気持ちが溢れてくる。
嬉しい、幸せ、そして────
『好き』
これが好きという気持ち? 本でしか読んだ事の無い気持ち。
でも、デルシオンさんを見る度身体が熱くなる。
彼に触れたい。彼の体温を感じたい。
そうだ、私はデルシオンさんが好きなんだ。
ユリィに感じる親愛の情では無く、恋愛の情。
「そ、そうですか。私だからですか…………ふふっ」
嬉しい。好き、好き。デルシオンさん、私は貴方の事が好きです。
この思いをどうするか。このまま胸に秘めたままにするのか、それとも思いのまま彼に伝えるのか。
彼は私から視線を外し、馬車の外の景色を眺めている。
モヤモヤする、もっと私を見て欲しい。私は貴方の事が好きなんです。だから私を思って感じて欲しい。
思いが止められない。堰き止められたダムが決壊したかの様に流れ出てくる。
恥ずかしい、こんなにも卑しい女だったのか私は。彼の視線すらも欲する私。
それでも求めてしまうのだ。私の気持ちを受け止めて欲しい、彼の気持ちが欲しい。
デルシオンさん、私の気持ちを受け止めて下さい。
「痛え……絶対に許さねぇぞ。回復したら直ぐにでも燃やし尽くしてやる」
俺は勇者の雨によって生えて来た木に、背中を預けて魔力の回復を待っていた。
両足を失い、出血によっていつ死んでもおかしく無い今の状況。
空を見上げれば降り続ける雨。
許さない、俺を生かした事を絶対に後悔させてやる。聖剣が無ければ勇者はただの人間だ。
「おや? そこの貴方、怪我をしている様ですね」
「──!? 誰だ!!」
木の陰から一人の男が出てくる。
その男は紺碧の長髪を一つ括りに纏め、神父服に身を包み、腰に一本の刀を差している。
「おかしいですね? この雨は奇跡の雨。あらゆる傷を癒やす雨のはず。だが、貴方はその雨の恩恵を受けていない。それは貴方が人間では無い証拠」
「……だからなんだ?」
どうする? 今の俺には何も抵抗出来ない。
魔族だともバレている。
「いえ……流石は勇者様だなと。魔王軍四天王をここまで追い詰めるとは」
「なんだって? お前! 何故知っている!!」
もしやこいつは俺達の戦闘を見ていたのか?
「だとしても解せない。何故勇者様ともあろう方が魔族を見逃すのか。勇者とは人族の象徴であり魔を滅ぼす者」
どうでもいい、魔力は少し回復した。まずはこいつを燃やす。
「ならば私が、“異端審問官“の一人である私が正さなければ」
「消えろ!! 紅蓮炎光線!!!」
御託はいい、ここで消す! 俺は腕を向けて魔力を放つ。
俺の炎が奴に届くその瞬間、奴の指から滴り落ちる“水“が見えた。
──そして、世界が止まった。
俺の操る炎は動きを止め、俺の身体も動かない。
そんな中奴は、ゆっくりと刀を引き抜いた。
こちらへと近付いて来る。
ゆっくり、ゆっくり、まるで進む時間が遅くなっているかの様に。
不味いぞ、どうすれば?
何とか動こうとすれば、刀を持つ奴と比べてもっと遅いが、ほんの少しだけ身体が動く。
奴は刀を俺の首に向けて横に振るう。
刃が肌を切り裂き、肉を少しずつ切り進んでいく。
何とかしろ! 刃を掴め!!
俺が刃を掴もうとしたその時、俺の意識は闇に落ちた。
第二章これにて完結です!
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第三章に入る前に、物語に関係無い作者の感想を投稿しようと思ってます!




