第43話 火葬屋 4
「もう終わりか?」
何度死んだのだろうか。何度致命傷を食らったのか。
再生の力がなければ今頃俺は、10回以上は死んでいただろう。
上半身を吹き飛ばされては再生し、体内に炎を流し込まれ、内臓を全て焼かれても再生し、次々に新たな痛みが襲ってくる。
その痛みで狂いそうになる。いっそ狂ってしまえばどれほど楽なのか。
だがこの肉体はそれすらも許さない。
無情にも、致命傷でも直ぐに治してしまうのだ。
痛みは一瞬。しかしそれでも、次はどのような殺され方をするのか、次はどのような痛みが襲ってくるのかと考えてしまう。
圧倒的な恐怖が精神を支配する。
早く諦めて逃げろと、何度も何度も訴えかけてくる自分の気持ちを押し殺し、剣を握る。
全ては勇者の、いや、日野山楓の為。
「……いいや? まだ。まだ、終わりじゃない……」
即座に再生した手で地面に突き刺さった大剣を引き抜き、構える。
「そうか。じゃあ遠慮なくいくぜ!」
火葬屋はこちらへと駆け出し、手を向ける。
そこから大量の炎が発生し、俺を覆い尽くそうと辺りに広がる。
「くっ!」
回避しようと後ろに跳ぶが、その炎の中から火葬屋は飛び出し、俺の胸に深々と腕が突き刺り、
「紅蓮火口拳!!」
突き刺さった拳の感触から何かが体内に流し込まれる。
そして、身体が爆発した。
飛んだ意識も一瞬で戻ってくる。
肺の再生は終わったようだが、腕に全く持って力が入らない。
視線を火葬屋に向ける。
「どうして死なない? 普通の人間ならとっくの昔に死んでるだろ?」
苛立っているのか頭を掻きむしっているのが見える。
これで、これでいい。
これでアセビが逃げれる時間が増えるのだ。
「……どうした? 決定打にかけるようだな? そんな攻撃じゃ、いつまで経っても俺を倒す事は出来ないぜ?」
俺は虚勢を張る。
なんとか時間を稼ぐんだ。
「いや、もう終わりだ」
「──なに?」
こいつは何を言っているんだ?
俺を殺す術があるってのか?
「あの頃より成長しているかと期待していたんだが、あの頃がお前の全盛期みたいだったようだなぁ? 一瞬たりともヒヤリとしねぇぜ。ちっ! あんとき負けたのはただの油断だったって事かよ」
「……」
何も言えない。
火葬屋の言う通りだ。俺の全盛期はとっくの昔に終わっている。
今は36歳。後はもう肉体が衰えて行くのを待つだけだ。
そんな俺でもなんとか冒険者が出来ているのは、これまでの経験と、強化魔法と再生能力があるからだろう。
だがしかし、それも自分と圧倒的な差がある敵と戦うとなれば意味が無い。
今俺は、目の前の敵との差を分からされている。
こんなにも弱い俺が、勇者の力になりたいだなんて考えていたのか?
笑い者だ。
「さぁて、そろそろ茶番はお終いだ。今度こそ消えて貰うぜ? そうなればやっと俺はお前に刻まれた敗北という名の烙印をかき消す事ができるからなぁ」
火葬屋は両の腕を広げると叫ぶ。
「見せてやるよ! 不死身のお前に死を贈る使者の姿をなぁ!!」
身体の色が、奴の持つ真紅の髪色と同じ様に変色していく。
筋肉質の肌に爬虫類の様な鱗が浮かび上がり、骨格自体が生々しい音を立てて変化していく。
眉目秀麗な顔が内側から盛り上がり、蛇? それとも鰐? によく似た顔立ちになる。
風船に空気を入れている様に、奴の身体はどんどん大きくなっていく。
これは──
最後に、人間の身長を有に超え、3階建ての一軒家程の巨大な身体。その背中から、この世の全てを覆い尽くせると思わせられる、大きく、広い翼が現れた。
“竜“
ゲームや物語でしか見た事の無い架空の生物。それが今、現実の物となって目の前に現れた。
これまでにこの世界に来てから、架空の生物は沢山見てきた。だが、これは規模が違い過ぎる。
「── ────!!!」
耳鳴りの様な高い音に、唸り声の様な低い音が混ざった、形容し難い鳴き声が辺りに響き渡る。
『簡単な話、お前の肉体を全て、炭も残さず焼き消せば良いだけだ』
脳に火葬屋の声が伝わる。
そして、竜の腹が内側から山吹色に光り始め、周囲の温度が急激に上がっていく。
何かしてくる。そう分かっていても身体が動かない。
頭に浮かぶ、自らに与えられる明確な死の結果。
久方ぶりに感じる死への恐怖。
まだ、死ぬ事は許されていない。まだ勇者に、日野山楓に何も出来ていないんだ。
手の再生も終わり、なんとか剣を杖にして立ち上がる。
立ち上がってどうする? 俺に何か出来る事はあるのか?
眼前に立ち塞がる、死への宣告が重く身体にのしかかり、膝が震え始める。
そう、何もない。出来る事など何もないんだ。
ふざけるな…………ふざけるな!!
こんな所で終わってたまるか!
何も出来る事が無いからって、座して死を待つのか?
諦めたら残された極僅かな可能性を捨てる事になってしまう。
ならどうする?
──諦めるな、何があっても諦めるな!
俺は目の前に君臨する死をにらみつける。
せめて一太刀浴びせてやる……まだ諦めない。
俺は剣を構え、どうすればいいか思い浮かべる。
残された強化魔法は1回。
この一回で相手に致命傷を与える事なんて出来るのか?
どんどん周囲の温度が上がって来ており、腹の光もどんどん光量を増している。
もう迷っている暇は無い。
俺は気力を振り絞り、火葬屋の周囲を回るように駆け出す。
巨体のおかげか、奴の俺の動きに反応が遅れる。
強化魔法を発動し、奴の大きな背中を道にし登っていく。
狙うは首。効果が切れる前に叩き斬る!!
しかし火葬屋は俺を振り落とそうと身体を震わす。
体制が崩れそうになるが俺は足に力を込めて名一杯跳躍しようと試みる。
なんとか成功し、相手の頭上に飛び上がり全体重を乗せた大剣を振り下ろす。
奇しくも最初に奴と戦った構図に重なった。
奴は顔を頭上に向けると、獰猛な牙が見える口を開き、光を発生させ、その光が俺の目を眩ます。
何も見えないが、咄嗟に大剣の腹を横に向けて、奴の口から放たれる、あらゆる物を瞬時で溶かすであろう光線を受け止める。
剣を握る手の感触が一瞬にして無くなり、大剣によって遮られていた光線が肉体に浴びる。
先程同様、身体全体の感触を失う。
しかし痛みも無ければ意識を失う事も無い。
その場に俺の意識だけが残されたような、不思議な感覚だ。
……流石に無理だったか。どうなるんだ? これが死なのか?
まだ、何も果たせて無いのに。死ぬのか。
またあの場所で神様と話し、別の人間に生まれ変わるのか?
それもいいだろう。このまま消えてしまっても。勇者? もう関係ない。死ねるならそれで……
自然と死を受け入れている自分。そんな自分がやけに────不自然で、気持ち悪い。
死ぬ? 馬鹿も休み休み言え。
ここまで何の為に生きてきた? それすら忘れちまったのか? いや、忘れる事が出来たらどれ程楽か。
死んでも解放されないと知ってるんだ。
なら、歯を食いしばれ。
俺はまだ諦めていない。だから、だから──
──気が付くと失った筈の身体の感覚が戻っており、火葬屋が爬虫類の様な顔からでも驚愕しているのが読み取れた。
『何故!?』
握っていた大剣は無い。
俺は拳に力を込め、落下に身を任せてふり抜く。
拳は見開かれた火葬屋の目を抉る。
ゴムの様な弾力が腕に伝わると、そのまま突き破り、熱い液体が一気に吹き出す。
液体に押し流され地面に落ちる。
「───!!! ──!!」
上を見上げると火葬屋は耳障りな断末魔を上げながら目を押さえている。
なんとか立ち上がり、地面に落ちていた大剣を拾う。
「あっつ!!」
火葬屋の攻撃で熱されていたのか、熱すぎて持てたものじゃない。
だが、あれだけの攻撃を受け止めたのにも関わらずこの大剣は歪み、溶けることの無く、原型を保っているのだ。
俺は手の肉が焼ける事もいとわず大剣を持ち上げる。
『許さないぃ!! 二度までも俺に傷を負わせやがって!!』
もう一度火葬屋の腹が光り始める。
自然と気持ちは晴れやかだ。なんとか一矢報いる事が出来たのだから。
俺は大剣を火葬屋に向ける。
これが最後の一撃になるだろう。
次の一撃で俺の身体は俺の精神とともに消し炭になるだろう。
それでも構わない。なんとしてでも奴を倒す。
刺し違える事になったとしても、それで勇者に危害が及ばなくなるのであればそれで。
後悔はない。
「うぉぉおおぉお!!!!」
声にならない叫びを、咆哮を上げて俺は火葬屋に向って駆け出す。
その時、
「デルシオンさん!!!」
今この瞬間、一番聞きたくない声が辺りに響いた。
俺は立ち止まり、後ろを振り向く。
「なんで……なんできたんだよ…………アセビ」
息を荒げながらも、堂々と佇む勇者アセビの姿がそこにはあった。
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