馬超転生
一
なんかえらい古い時代の中国に生まれ変わったな。
って、赤ん坊から二歳児くらいにかけてのベビー人生のあいだにも、それは薄々にでも察してたね。
文明とかすげー初歩的で、パソコンとかスマホどころか家電なんかさっぱりなくても人間て意外と逞しげに生きていけるもんだな。
そんなことを思いつつも、なんとなく順応したりして幼少期を過ごしてきた。
たまには炭酸とか飲みたいって恋しくなることもあるけど。
親父は馬を乗り回して武器振り回して戦う系の激しめの肉体労働な仕事をしてる。
わりと格好よくて自慢のダディだ。
部下もなんかたくさんいて慕われている。親父はみんなから、ばとーさん、ばとーさんって呼ばれて人気者。
でも、頼みごとを断れない人のよさは問題有りかな。
戦いはリアルに命がけなんだから、死なない程度に頑張ってほしいよな。
守らないといけない家族も多いわけだし。
そのことを親父に言ったら「俺に何かあったときには長男のお前が一族を守るのだ!」とか言い返された。
いやいや「のだ!」って、子供だし無理っしょって論理的に言ったら「ならば韓遂を頼れ」ときた。
韓遂のおっさんは親父の義兄弟のおっさんだ。
ふたりのタッグで俺たちの地元は昔より治安がよくなったとかなってないとか。
──義兄弟とか、三国志かよ。ウケるな。
そんなふうに思っていたこともあったよ。
実際にマジで生でリアルに、ここが三国志の時代のまっただ中ってわかるまではね。
なんか東のほうで黄色い頭巾を被った奴等がヒャッハーしてるって噂を聞き始めたあたりで怪しくは感じはじめた。
あれ、それってまさかの黄巾党の乱じゃねえの、って。
黄巾党の乱っていうとだいたいの三国志で冒頭に暴れて退治されるレベル1の敵モンスター集団みたいな奴等だ。
ロープレでいうゴブリン軍団的な。
だから、たいていの三国志マンガを途中までしか読んでいない俺にでも黄巾党ならわかる。ゲームでもアニメでも、三国志とえば黄巾党をボコるところからスタートだもんな。
てなわけで、実は三国志ナウだったことを認めたくなくても認めるしかないわけだ。
二
「なんだ俺、馬超か」
自分が三国志でもわりかし有名キャラな馬超だと判明したのは昔の中国語を読み書きできるようになりはじめた頃だ。
いやね、なんしろ「マチャオ」で「馬超」とか普通気づかないって。
日本語の漢字知識はあっても、そうそうすぐに読み書きは難しかった。
喋るのは生まれてからの流れで身についてるけど。
でも、まあ基本の読み書き能力は生まれ変わる前から持ち越しで備わっているから、そのへんのお子様とは比べ物にならない早さで習得できている。
先生的な人からは「天才か!」って扱いだ。
親父も、おかんも、うちの子は神童やねんって言いふらすから恥ずかしい。余計なハードル上げんなよ。俺の知能はあくまで普通レベルなんだからな。
「にーちゃん、にーちゃんは馬超とか当たり前のことやん」
「へんなもんでも食ったんか?」
俺の呟きを聞いてしまった弟の馬休と馬鉄が心配している。
可愛い弟たちだ。
だが可哀想だが三国志キャラ的に有名じゃない気がする。親父ほどは強くもならなさそうだ。将来は俺が頑張って保護してやらねば。
俺はそう決意した。
それにしても俺があの馬超だったとはな。
あれだ。たしか三国志でも主人公ポジの劉備に味方する強い奴等のひとりだ。何とかファイブ的な。
三国志っていうと、劉備の他は曹操と孫権が国を建てて、三つ巴でバトルするんだよな。あれ、孫権? 孫堅だっけ? 孫乾?
まあとにかく、魏と呉、それから何か、だ。
でとにかく馬超は劉備の仲間で強ーい五人衆の一角なわけだ。
他のメンツは関羽に張飛とか超有名どころ。
色分けするならイケメンなイメージの趙雲がまずは赤だよな。関羽はなんか、なんとなく緑っぽいし、張飛は食欲有りそうなデブキャラだから黄でいいな。
つーことはやっぱ俺、馬超は青か黒あたりのクール系立ち位置?
いいな。そこ狙っていこうぜ。
……あとひとりは誰だっけ?
まあ残りはたぶん桃とか白だから女の子かな。今わかんなくても、いずれ集まったときに誰だったかわかるだろ。
でもなー。
たしか劉備の国って、国名は忘れたけどアホの息子のせいで滅びる予定だったよな。
何も負け組とわかってて仲間に入らなくてもいい気はする。
ま、そこは様子見でいいだろう。
馬超って映画でもやってた赤壁の戦いでもまだ仲間入りしてない後半から加入キャラだったはずだし。
劉備が誘いに来るとしたらけっこう先のはずだから、そんときに決めてもいいだろ。
劉備。会ってみたら嫌なやつだったら困るな。
この際、はなから勝ち組な曹操とかに仕官するのもありかもな。あっちはあっちで性格とか悪そうだから面倒くさそうだが。
三
そんなわけで、当たりか外れか? って訊かれたらたぶん当たりなのかなって感じの馬超に生まれ変わった俺。
熟考した結果、子供のうちから鍛えて強くなることにした。
なにしろあの関羽と同僚になる強キャラ設定だ。
小さいうちから強さを底上げしておけば全盛期には三国志でも最強クラスまでいける気はする。
裏切りとかわりとオッケーな世界観だと思うから、自分が強くて死ななければわりとこの人生、なんとでもなるだろう。
そういう深い考えのもとに俺は強くなることにしたんだ。
四
「なんだこのガキぃ!」
「るせー!」
山賊の頭がブチ切れて武器を振りましてきたので半分にしてやった。
うん。さすがはお気に入りのマイ矛だ。よく斬れる。
「よくも親分を!」
「やりやがったな、チビの分際で!」
とりあえずリーダーから潰したところ、残りの十人くらいが逆上して襲ってくる。
逃げないのは立派だな。
というよりは見た目が子供なので侮られているのか。
「よっしゃ、やるぞ、龐徳!」
「はいっ!」
俺は相棒の龐徳に背中を預けて、山賊どもを相手にした。
人数は敵が多くても、装備は貧弱だし戦闘能力が低すぎて話にならない。
なにしろ俺は馬超だからな。
ようやく乗ってきたってくらいで敵は全滅してしまった。
カラオケで歌い出したのにサビがくるまでに曲が終わったみたいな気分だ。
「俺は八だ」
「私は六、でした。まだ腕を上げましたね」
山賊の死体がそこらに転がるが、ゲームみたいに死体がしゅーっと消えたりはしない。匂いとかもヤバい。
だがしかし、だんだんこの殺伐としたグロい感じにも慣れてきた。
人間が武器を手にして戦争をやる時代ってことはこういうことだもんな。
特に、すでに悪事に手を染めている奴等を殺しても何にも感じなくなっている。
そうでもならないと三国志ワールドでは生きてはいけない。
「さて……思ったより溜め込んでやがるな」
俺は山賊の根城にあった金目のもの、価値の有りそうなブツを集める。
強くなるには練習より実戦だ。
多少は戦えるようになった俺はまずその辺の山賊を狩ってトレーニングがわりにしている。
奴等が蓄えていたものは近くの村とかにほとんど返還するようにしている。目的は稼ぐことじゃないからな。
ま、小遣いぶんくらいは貰うけど。
そういうことをしてると龐徳って、まあまあ強いやつがなんか俺に従ってついてくるようになった。
年上で、生真面目で融通が利かないところがあるけどいいやつだ。
三国志のまあまあ強いキャラで居たような気もする。
今のところ悔しいが龐徳のほうが俺よりやや強い。手合わせすることで鍛えられもするから、いい仲間だ。
「おっし、近くの村まで運ぶとするか」
集めるとそれなりの荷物になった。
これを輸送することでまた足腰が鍛えられるな。
「さすがです、馬超」
「でもそこらの山賊じゃもう敵にならないよな……」
幸いにしてか、この時代は悪いことやってる殺されても文句の言えなそうな奴等には事欠かない。
山賊を狩り尽くす心配はそんなになかったが、俺の成長を思うとそろそろ今のやり方に限界を感じ始めてもいた。
近所ででかい反乱でも起きないかな。
五
「貴様、見所があるな!」
ある日、毛深いおっさんに気に入られた。
漢軍の兵隊っぽいのが、でかいめの山賊一味を鎮圧してたのに乱入して思いっきり暴れてやった。
途中から入ったのに俺と龐徳のほうがたくさん殺ったくらいだ。
こういうことをすると、邪魔すんな子供! みたいなリアクションが多かったのでさっさとずらかろうと思っていたところを呼び止められた。
「俺様たちは近く洛陽に兵を率いて出る。良かったら貴様も連れていってやるぞ」
おっさんの提案は田舎でくすぶり始めていた俺には魅力的だった。
三国志のマップ的にも俺の地元は左上の端だ。
ザ・田舎だよな。
もっと真ん中へんに進出したほうが戦争があるだろう。
なるべく強いやつと戦わないと強くなれない。
「わかった。一応、俺って長男だから親父に話してくる」
「よし。三日待つ。こなけりゃ置いてくぞ」
善は急げで親父に会って話したら、最初は渋っていたけど、まあ弟もいるし我一家としては何とかなるかな的なノリでオッケーが出た。
物わかりのいい親でよかった。
許嫁とかもいるので、まずは洛陽ってとこに行ってはくるが近いうちに顔を出す約束をしておいた。
俺に何かあったら弟に嫁ぐことになるそうだ。
それはなんとなく嫌だからちゃんと迎えに帰るようにしたい。
「僕も行きたいです」
従兄弟の馬岱が同行を希望してきた。
一族のなかでは優秀で将来性のある人材だ。神童扱いされている俺と同時に手離すのは難しいんじゃね? と思ってたが意外にも許可された。
「じゃ、一緒に行くか、都会に」
「はい。楽しみです!」
「龐徳はどうする?」
「お供いたします」
3人で旅立つことになった。
「それで、その連れていってやるって言った男、名は何というんだ」
「ナントカ将軍だよな──なんだっけ、龐徳?」
親父に訊かれたものの、そう言えば誰だかよくわからなかったので相棒に話を振る。
ゴツいおっさんで、髭がもじゃもじゃでとにかく体毛が濃いのは覚えていたけどな。
あっちも細かいことは気にしなさそうだし、気は合いそうだった。
まあ、俺が適当でも真面目な相棒がちゃんとしてくれている。
代わりに龐徳が親父に答えた。
「たしか──董卓将軍でしたかと」
六
董卓、知ってるわ。
三国志の序盤のボスキャラみたいなのだよな。
なんか後々には敵になって群雄割拠する連中がいったん仲良くして立ち向かう酒池肉林の悪の親玉。
群雄割拠VS酒池肉林ってわけだ。
豪快なおっさんだけど、そこまで悪そうな人間にも見えなかったけどな。
まあいいや。董卓のおっさんに着いていけば群雄割拠が攻めてくるからな。強いやつと戦い放題だ。まあ、張り切りすぎて死なないようにだけは気をつけるか。
そんな感じで赴いた洛陽って都市だが、まあ、人は多いし西のほうより栄えてはいるけど、コンビニもやっぱりないし都会というにはいまいちだった。
もちろん悪いことばかりでもない。
「まだまだ、もう一回!」
「何度やっても同じことだ、小僧!」
俺はまた一撃で吹き飛ばされる。
すげえ……マジで半端なく強いな。
洛陽に出て来て一番良かったのは呂布のおっちゃんと訓練できることだ。
「これでどーだ、おっちゃん!」
「ひとつひとつの攻撃が軽い! あと俺はおっちゃんではない!」
呂布のおっちゃんは三国志でも最強で通ってるからな。
実際、強い。フィジカルとパワーで圧しまくるだけじゃなくて、繊細な技術の面でも洗練されてる。
参考になるわ。世代が離れてるから、この人が現役のあいだに俺がピークまで行かなそうなのは残念でもありながら、どこかホッとしなくもない。
この人を継いで、最強に君臨するのは俺だけどな!
「ヌルい! 龐徳も一緒に掛かってこい!」
「む、参ります!」
「おっちゃん、なめんなよ!」
俺は全力で躍りかかった。
相棒と交互に吹き飛ばされるだけだったけどな。
七
「あんたが呂布将軍に勝てるわけないでしょうに」
打たれたところを水で冷やしていると、突っ掛かってくる女がいた。
「バカじゃないの」
「うるせーな」
董卓のおっさんの孫で俺と同い年の董白だ。
なぜか事あるごとに俺を見下してくる発言をしてくる。
地元の女の子たちと比べると、なんていうか垢抜けているというか可愛らしいルックスをしてるのはいいんだが、とにかく口が悪いから減点でチャラな残念ガールだな。
「お爺様も、どうしてこんな子を連れてきたんだか!」
捨て台詞を残して去っていく。
「何なんだあれ……わかるか、龐徳?」
「さあ」
相棒の生暖かい視線の意味がわからない。
八
董卓のおっさんは世間での評判は悪い。
たしかに強引なところはある。
部下にマナーがなってない野獣のようなのが多いのも本当の事だ。
でも極悪人てのは違う気がした。
漢朝がパリッとしてないせいで横暴にでもリーダーシップを誰かが振るう必要はあったと思う。
少なくとも俺にとっては、酒池肉林はするけど気のいいおっさんだった。
口の悪い孫娘との結婚話を勧めてきたのにはまいったけどな!
九
「おっちゃん、何してんだ?」
「ん、馬超か」
呂布のおっちゃんを探していたら馬を見ているというので行ったら、本当に馬をチェックしていた。
「おっちゃんにはあの赤兎馬がいるだろうに」
「いや、俺の馬じゃねえんだよ」
何でもおっさんの指示で曹操の馬で良さそうなのを探しているそうだ。
曹操か。普通に味方っぽい感じでそのへんにいるんだよな、あいつ。
わりとしゅっとしたイケメンだが目付き悪いし、野心ありますって雰囲気出てるけど。
「曹操の馬か。なんかあいつ、細かいことで文句言いそうだな」
「だろ? まあ、でも面倒だから適当に選ぼうかと考えはじめ──」
「駄目だよ、おっちゃん。俺に任しときな」
なんせ地元は馬の名産地だからな。
馬については黙ってはいられない土地柄の生まれなんだ。
伊達に名前に馬ってついてないところを、呂布のおっちゃんに示してやらねば。
「お、おう、そうか?」
「うん。まず、こいつのこの太腿の筋質だけどな──」
十
そうしておっちゃんと馬を吟味していたとき、歴史を揺るがす事件は起きた。
董卓のおっさんが曹操の野郎に騙し討ちの暗殺をされてしまったんだ。
なんでも七星剣とかいうお宝を献上するふりをして、おっさんが油断しているところをグサリとやりやがったらしい。
曹操め。なんて卑怯な奴だ。
三国志としては、おっさんはまだ死ぬはずじゃないと思うんだがどうしてこうなってしまったのかは皆目見当もつかない。
とにかく曹操を実行犯にしたクーデターは成功。
俺は相棒や馬岱とともに董白を含むおっさんの一族を護りながら洛陽を落ち延びることになった。
十一
俺たちは董卓のおっさんと苦楽を共にしてきた古参の兵たちを従えて西へ。
長安とかいうところを拠点に軍勢を編成しなおして敵に備えることにした。
呂布のおっちゃんがいてくれるのが心強い。
しばらくして、洛陽では色々の駆け引きがごちゃごちゃしたあとに結局は董卓のおっさんの元部下だったナンタラって奴が軍と天子を掌握して曹操らクーデター勢を追い出したそうだ。ざまみろ、曹操。
それで、ナンタラと俺たちが合流できたかっていうとそうでもない。
ナンタラは自分が天下を取りたいって欲が出たみたいなんだよな。
董卓のおっさんの一族におっさんほどのカリスマがある人物がいないのも大きかった。配下につくならって条件でナンタラから仲間にしてやるって言われて、こっちから離脱者が出たくらいだ。
去るものは追わず、だ。
戦闘中に裏切りが出るよかよっぽど楽だからな。
で、長安では呂布のおっちゃんを立てて独立勢力としてやってくことになった。
親父に連絡をして西のほうとは同盟を組んだから背後の心配はない。いや、絶対大丈夫でもないか。細かい反乱はよくやる土地だからな。
曹操も洛陽から逃げたあと勢力を新たに立ち上げたそうだ。
俺らがナンタラと小競り合いをするうちにいつのまにやらでかくなっているみたいでムカつく。
ナンタラにいいようにされてる天子の奪還を目的に曹操が連合軍を作ろうって呼び掛け始めた。
話が呂布のおっちゃんのところにも来た。
断ったけどな。
洛陽より東の奴等はだいたい参加するらしい。
それはいいとしても困ったことに、おっちゃんは長安でチョーサンだかそんな名前の絶世の美女とやらに出会ってしまった。
で見事に骨抜きにされた。
見てられないくらいの骨付き軟体化だ。
俺でも、仕合をしたら一本取れてしまうくらいだ。
まだ十のうち九は負けるけどな。
俺は俺で、婚約者を呼び寄せて結婚した。
ほぼ同時になぜだか董白とも結婚することになった。
「お、お爺様の遺言だから、仕方なく結婚してやるんだからね!」
「そっか。じゃあ、よろしくな」
「……な、なによ……もう」
おっさんの遺言じゃ守らないとな。
なんだかんだ世話になった人の孫だ。俺は出来るかぎり彼女のことを大切にしようと思う。
十二
連合軍は破竹の勢いで洛陽に迫っているそうだ。
張さんと賈詡さんが揃って「背後から討つべし」と進言してきた。
最近仲間になってもらった人らだ。
呂布のおっちゃんに頭いい人入れたほうが良くね? って教えたのは俺だ。
もちろんおっちゃんが脳筋だからとか余計なことは言わない。
おっちゃんは最初、嫌そうな顔をした。
「だがなあ、賢い奴だと逆に俺たちが騙されたりしないか?」
「それな。だから人数雇ってつるまないようにしとけばいいんだよ。進言はみんなにさせれば、全員で嘘吐くことはないからな」
「なるほどな」
そんなわけで長安の近所にいた賢い人らに片っ端から声をかけた。
引き抜きとかもやった。
ナイセーも得意な連中だから、なんかここしばらくで長安はやたら発展している。
その人らが揃って言うのだ。
洛陽にいる天子を保護した者こそ真の天下人たりえるって。
そんなわけで美女に府抜けているおっちゃんは長安に置いておいて、俺と相棒の龐徳は兵を率いて出立する。
戦いの最中の洛陽を西側から強襲し、漁夫の利をおいしく狙うことにしたんだ。
十三
「僕も戦います」
馬岱が真新しい武器を手にして俺に詰め寄る。
段々といい面構えにはなってきた。
「やめとけ。危ない作戦だ。むしろ、俺に何かあったら董白のことを頼む」
「無理です。僕には手に負えませんよ」
「だよな。俺の手にも余ってる」
俺は必ず帰ることを約束して出陣することにした。
でもなんか変なフラグ立ってないか?
立ってないよな。
馬岱の次は董白が来た。
「止めるなよ。俺は行く」
「止めないわよ」
「そっか」
「私ね、天子さまが何かあったときに身を隠しそうな場所を知ってるわ」
しれっと、超重要な情報をもたらした新妻。
董白は宮廷が長かったし、お転婆かつ傍若無人に振る舞っていたから洛陽のそのへんのことは詳しいよな。
まったく、いい嫁を貰ったよ……
十四
作戦はシンプルだ。
天子を見つける。連れ帰る。以上。
問題はもちろんある。
混乱と炎上中の洛陽に入ってさっそく、どこだかの強い武将とやり合うことになった。
「俺様は許楮だ!」
「馬超だ。こいよ!」
まあまあ強かったけど、おっちゃん程じゃない。
仕留め損ねたが敗走させることはできた。
でも似たレベルのやつが二人、三人と続いてはさすがにしんどかった。
見るからに関羽なデカイのが見えたときには隠れた。
あの髭が間違いない。奴だ。
戦いたい気持ちもあるが、本音をいうとまだ何とかファイブに入るのを諦めたわけじゃない。今、あれと事を構えるのは止しときたい。
「夏候惇、参る!」
「馬超だよ。こいや!」
何か知らんが、わらわらと格ゲーの挑戦者みたく湧いてくる強キャラを撃退していくうちにボロボロになってきた。
帰ろうかなって言葉が脳裏をよぎる。
「相棒、血出しすぎだ退却していいぞ」
「お断りします。地獄までお供する所存!」
「げ、俺って地獄ルート決定なの?」
それでもなんやかんやで、董白が示したポイントには到達。
無事に対象を確保できた。
「さあ、とっとと逃げんぞ!」
「わかりました!」
だが、帰りがもっとヤバかった。
特に人を護りながら進むとか無理ゲーな世界でしかなかった。
三国志って、なんでこんなキャラ多いんだよ。
強いやつ多すぎなんだよ!
「こりゃ死んだかな」
「死んだとみていいかと」
ギリギリ惰性で戦いながら、俺と相棒はここが死に場と悟っていた。
でも、そうはならなかった。
「小僧、世話が焼ける!」
「おっちゃん!」
三国最強の人が助けに来たからだ。
ピンチに駆けつけるとか、なんか狙ってやってんのか、この人。
「あんた……大将が単騎で戦場にくるとか……バカなの?」
「うるせえ! 弱いやつはさっさと逃げろ!」
「さすがにひとりじゃ無理だって」
最近、衰えてるのに。
「俺を誰だと思っていやがる! ザコどもに俺の首はやらせん!」
おっちゃんは強い。
滅茶苦茶に強い。それは俺が一番わかっているつもりだ。
「ちゃんと長安に帰ってくるよな!」
「約束してやる! いいから行け!」
長居をしても邪魔になる。
わかっていたから俺と相棒は天子を連れて逃げた。
おっちゃんを残して。
十五
俺らが戻って丸一日。
夕暮れの長安に呂布のおっちゃんは戻ってきた。
ずたぼろになりながら。
ちゃんと約束を守ってくれた。
だけど自らも負傷した赤兎馬の馬上に座りながら、おっちゃんはもう息をしていなかった。
十六
なんか知らんが俺が次の大将だとみんなして祭り上げはじめた。
喪に服すとかねえの、この人ら?
ないか。そんな暇は。
いやでも、馬超だぞ俺。
そういうキャラじゃなくね?
しかし相棒から、あの呂布のおっちゃんがやってたポジションだよって言われて、なんか俺でも出来るかなって思ってしまった。
あの人にできてたなら、俺にもできる気はしてきた。
おっちゃんも自分に何かあったら、とりあえず馬超でいいやと言っていたらしい。
とりあえずって、酷くね?
さて、今まさに三国志ワールドは群雄割拠の時代に突入だ。
曹操とか、天子をよこせさもなきゃ攻めんぞって脅してきている。
賢さ担当に聞くと、袁紹やら劉表てのも強いらしい。
これが三国に絞られるとしたら俺もその頃にはおっさんだろうな。
なんかもう俺のうっすら知ってた三国志とは別物になってる気はする。
でもいいんだ。
俺は俺の物語を、仲間たちとこれからも生きていくのだから。
馬超転生 -とりあえず完-