3Kダンジョンの下見
(何で金階級の冒険者がこんなところに、それもダンジョンの清掃依頼を受けるなんて……でも、何か裏があるにしても一体何が?)
マスクで顔の大部分を隠している謎の男性からの依頼書を受領したポニカは、ギルド長から彼をダンジョンまで案内するよう頼まれて先導していた。だがタクミと名乗る男が何故こんな寂れた街に訪れたのか未だに不明であり、彼女は疑念を抱いていた。
提出された金の紋章が偽物ではないかは既に確認している。それを調べるためにギルドで埃の被っていた資料を取り出し、その特徴を一つずつ照らし合わせた。そして最後に魔力を通してその紋章にマスクをしたままな彼の顔が写真のような鮮明さで映し出されたことを確認し、念のためギルド長にも確認を取った。
その傷一つない紋章からして金階級に登録されたのが最近であるということは気掛かりであるが、それに間違いがないことはギルドが発行している紋章が示していた。しかしだからこそポニカは不思議でならなかったし、それは老婦のギルド長も同様だったようだ。
今も続々と増えている冒険者たちの憧れとなっている金階級は化け物揃いだ。全ての精霊に愛されている公国の騎士団長や、魔法学園の中でも選りすぐりの者しか入れないルノワール学園を飛び級で卒業した天才魔術師など、そういった特別な者でしか銀階級から上がることは出来ない。
自分の後ろを歩いているタクミという男は、金の三階級とはいえそういった特別な者たちの同類ということだ。そんな彼がアルタロスに来た目的は何なのか。ギルド長とも少し話してみたが、さっぱり見当がつかない。
「……酷いな」
ポニカがあれこれ考えながらもアルタロスのダンジョンまでの道を歩いていると、匠が唐突に低い声で呟いた。その声に驚いて肩を跳ねさせた彼女が振り向くと、匠は目を細めながら前方を睨め付けるように見ていた。
「あれが、アルタロスのダンジョンですよ。入り口は見えにくいですがあちらです」
「……ポニカ。あれは、入り口なのか?」
「はい」
今はもう慣れてしまったので特に感想も浮かばないが、そういえば自分も初めて見た時はそんなことを思ったものだ。だが自分とは別次元の人だと思っていた金階級の冒険者でもそんな感想を抱くのが意外で、ポニカは自嘲するように笑いながら紹介した。
アルタロスのダンジョンは洞穴型のポピュラーなものだが、その周囲には人工物のゴミ山がこれでもかと言わんばかりに積み上げられていた。一応ダンジョンへの入り口だけは確保されてあるものの、傍から見ればゴミを積み上げた際にたまたま出来た空洞のように見えるだろう。
「俺だけではあの入り口を見つけるのに苦労したと思う。案内、助かった」
「いえ、仕事ですので。……もしよろしければダンジョン内もご案内しましょうか? 元々このダンジョンは私が掃除もしていましたので、お邪魔にはならないと思いますが」
「それは助かる。お願いしたい」
「い、いえ。ギルド長からも出来れば手伝うように言われていたので、タクミ様はお気になさらず」
その口調こそやや乱雑ではあるものの、まるで新人冒険者のように頭を下げてきた匠にポニカは驚きながら謙遜の言葉を返した。そしていつものように三角巾を口元に巻き付け、頭にバンダナを巻いてダンジョンの入り口へと向かう。
すると匠はマスクの横側についている金具を外し、服のポケットから緑色の円筒を取り出して装着した。そして三角巾で口元を防護しているポニカに尋ねる。
「臭いは大丈夫か?」
「私はもう慣れているので大丈夫です。……タクミ様はその、マスクで対策を?」
「あぁ。それと、敬称は不要だ。俺は公国語に詳しいわけではないから、言葉の礼儀に欠けているだろう。呼び捨てで構わない」
「そ、そうは言われましても、流石に金階級の冒険者を呼び捨てには出来ません。……タクミさんと呼ばせて頂けますか?」
「了解した。それと、臭い対策でその布に魔法をかける」
匠はそう言うとポニカが口元に巻いている布に向かって指差した。すると緑色の魔法陣が布に刻まれ、ポニカはまるで大自然の中にいるような空気を突然味わった。
「……これは、凄いですね?」
「完全に臭いを除去できるわけではないが、ないよりはマシだ。服装についてはよく考えられている。特に問題は起きないだろう」
ポニカはこの一ヶ月であのダンジョンに入れば汚れることは身をもって味わっているので、服装は長袖長ズボンの古着で、汚れが入り込む余地がないような長靴を履いている。
「そういえばタクミさんも、よく見れば掃除に適しているような服装ですよね。特注品ですか?」
匠の服装は水を弾く材質で作られた防護服のようなものだが、若干のデザイン性もありポニカの言う通り特注品である。有り合わせのもので安く済ませている彼女からすればお洒落に見えたのでそう言ったのだが、匠は途端に魚が死んだような目つきになった。
「あぁ。……子供の頃は父によく溝浚いをさせられていた。身体が小さく溝に入りやすかったからな。下水管に入って糞まみれになりながら詰まりを直したりもした。その時に俺は誓った。掃除をする時は、装備を揃えるとな」
「そ、そうなのですか」
彼の装備しているものはほとんどがかのドワーフによって作られた魔道具であり、魔力を媒体にすることで様々な効果を発揮することも出来る。それに匠が金階級にまで上がる一番の要因となった魔法も、今となっては掃除に役立つよう改良していた。
「俺の父は清掃会社の社長だった。だから掃除のことに関してはある程度詳しい方だ。……まさかそれがダンジョンの掃除に生かされるとは思いもしなかったが」
匠は足元に散らばるゴミを足で退け、淡々とした口調で話しながらダンジョンの入り口へと向かう。そんな彼にポニカはずっと思っていたことを尋ねる。
「タクミさんは何故、わざわざこのダンジョンを掃除しようと思ったのですか? ……掃除が好き、ってわけではなさそうですけど」
「恩のある知人に頼まれたからだ。俺はそんな物好きじゃない。汚い場所に近づけば近づくほど嫌な気分になる。何だ、このやけにどろどろとした氷柱のようなものは」
ダンジョンの入り口の上から垂れ下がっているテカりを帯びた物体を、匠は嫌そうな目で見上げていた。そんな彼にポニカはいつもの異臭を感じないこともあってか、上機嫌そうに解説する。
「これはスライムの死骸が何重にも固まったものですね。入り口部分は私が除去しているのでこの程度ですが、内部では地面まで着いているものまでありますね」
「……入り口でこれでは、先が思いやられるな」
「同感です」
このダンジョンへ初めて訪れた過去の自分みたいな反応をしてくれる匠に、ポニカは少しだけ嬉しそうにしながらも入り口へと招き入れた。