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匠、現る

「はぁ……」



 やけに濃い茶色の太眉が特徴的であるポニカという女性は、寂れた酒場のような場所の受付で一人ため息をついた。かつては初級の冒険者たちで賑わっていたこのギルドも、今では随分と寂しいことになっていた。


 ポニカはこの寂れてしまった街、アルタロス出身の元冒険者である。彼女は常人が辿り着ける限界と言われている銀の一階級にまで昇り詰めた後、大きな怪我を切っ掛けに引退して冒険者ギルドに就職しようと思い地元へと戻ってきたところだった。


 だが知らぬ間にアルタロスはダンジョンの荒廃が命取りとなり、今では目立った産業もない寂れた街へと変貌していた。その現状を知らなかったポニカはかつての賑わっていた街に比べての変貌ぶりに愕然とした。


 しかし仮にも自分は銀階級の冒険者だ。それもダンジョンが問題ということなら自分が頑張れば解決できるのではと考え、ポニカはやる気満々で故郷であるアルタロスの冒険者ギルドに就任した。



(モンスターを倒すだけって話じゃないしなぁ……)



 だが一ヶ月もしない内に彼女は自分一人で現状が変えられないことに気づかされた。アルタロスの抱える大きな問題は荒廃し誰も寄り付かなくなってしまったダンジョンに凝縮されている。しかしその原因は初心者向けダンジョンに強いモンスターが住み着いてしまっただとか、ダンジョンコアが暴走を起こしスタンピードが発生したなどといったことではなかった。


 かつては冒険者の登竜門と謳われていたアルタロスのダンジョンは、今ではゴミ捨て場と見間違うほどに汚れていた。その汚れ具合は今まで数々のダンジョンを探索してきたポニカが見たこともないほど悲惨であり、冒険者たちが訪れなくなったのも無理はないほどだった。


 入り口には人工的な大型廃棄物などが放棄され、既に生ゴミが腐った臭いを漂わせている。その内部はもっと悲惨だ。繫殖力だけは高いゴブリンの死体があちこちに散乱して腐臭を漂わせ、地面にはうじが蠢きえげつない数のはえが集っていた。ダンジョンの最奥にあるダンジョンコアにはコボルトのマーキングを示す糞尿が堆積し、黄ばんだスライムが徘徊している。



(あれを一人で片づけるなんて絶対無理。でもモンスターに慣れていない人が入れるような場所でもないから、少なくとも自衛できる人じゃないと片付けも務まらない。今いる子供たちを何とか冒険者に育てていくにしても、気の遠くなるような話になる。それに育てたところで報酬の見込めないダンジョンの掃除をしてくれるかもわからないし、はぁ……)



 ポニカは銀階級の元冒険者であるため、下級モンスター程度に遅れを取りはしない。しかしアルタロスに残っている一般的な者たちからすれば、ゴブリンやコボルトも脅威になりえる。そのため初級ダンジョンといえどある程度の戦闘訓練を積んだ若い者しか入れない。


 それにこうして悩んでいる間にもダンジョンコアからは新しいモンスターが次々と生まれ、周囲の街から不法投棄をする人間たちも後を絶たない。ポニカ一人が一日中掃除したところで、翌日にはダンジョンの入り口にゴミが積み重ねられている。


 この問題を解決するためには個人の力だけでなく、街を上げての大きな力が必要なのは明らかだ。しかし今のアルタロスにそんな力はない。冒険者は既に身体を壊して引退した者くらいしか存在せず、他の街にある冒険者ギルドへ依頼するにしても資金がない。


 仮にあったとしても冒険者から3K認定されたダンジョンの清掃依頼などを受ける者などいないだろう。冒険者なら自分の経験にもなりPTを組むきっかけにもなる人気の初心者向けダンジョンに行った方が効率はいい。元冒険者であるポニカだからこそ、それはよくわかった。



(でもこれで私までいなくなったらこの街が立ち行かなくなるかもしれないし……じゃあ、このまま一人でまた掃除するの? ……嫌だ、嫌だ、何で私が、街のためとはいえ、こんなことを続けなきゃいけないの?)



 引退した女冒険者には黄金ルートがある。冒険者を引退した後はその経歴を利用してギルドの受付嬢に就職して見込みのある新人冒険者に目を付けて育て上げ、有名になったところであわよくばそのままゴールイン。同業者からもよく聞く話だ。


 太眉を筆頭に太い足や二の腕がコンプレックスであまり異性と付き合えなかったポニカからすれば、それは夢のある話だった。だからこそギルドから重宝される経歴でもある銀階級まで頑張れたといっても過言ではない。今からでも他の街の冒険者ギルドに就職願いを出せば遅くはないし、現に両親たちからも他の街への移住を勧められている。


 しかし自分がこの街から離れてしまえば、それこそダンジョンの問題を解決する目処すら立たないだろう。このまま自分の故郷が誰も近づかないような汚い街だと言われ続けるのも忍びない。



(……取り敢えず、行動するしかないか)



 一日に訪れる者が一桁を越えたら良い方なギルド受付を終え、ポニカはもはや本業と化していたモンスター狩りに向かおうと気持ちを切り替えた。そしていつもと変わらない日報の記入を終えて防具などを装備しようと立ち上がる。


 するとこの時間には滅多に開かないギルドの扉が動いた。


 その者はいつも来てくれる狩人でもなければ、畑荒らしの害獣退治を依頼してくる老人でもなかった。驚くほど真っ白なマスクのようなもので鼻と口元を覆い、目元だけを出している怪しげな男性。



(……誰だろう。医療関係の人がこんなところに来るわけないだろうし、お土産にでも貰ってわけもわからず着けてるのかな?)



 そのマスクは冒険者であった時のポニカが活動拠点としていたイリナという大都市で、医者たちが似たようなものを着けていた記憶があった。とはいえ医者たちのマスクはどちらかといえば鳥頭のようなもので、彼が着けているものとは異なるが。


 するとその男性はおもむろにギルドの中を見回した後、ちらほらと張り付けられている依頼書の前へと向かった。そして特に迷うこともなく一枚の用紙を手に取ると受付へ歩いてくる。



「この清掃依頼を受けたい」

「……はい?」



 前に提出された依頼書類と同時に出された金色に輝く紋章――冒険者の金階級を示すものを目にしたポニカは思わず目を丸くして聞き返した。


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