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三十四.巨大戦艦の脅威

 7月7日朝、旗艦サスケハナの士官トーマス・ニコルソンは双眼鏡で北の水平線を見ていた。

琉球を出たときから船陰を見たのは日本の海域手前までで、それ以降は一隻たりとも漁船を含む全ての船は海上より消えたが如く陰さえ見なくなっていた。


遠く水平線の彼方に日本の山陰が望める、今日は快晴のためか80km彼方の山陰は霞んでいるが朧には望めた。


トーマスは双眼鏡を水平線より少し上に向け山陰の上空を眺めた、黒い点が微かに認められるもレンズに付着した埃なのか鳥陰かは分からなかった。


今度は反対側の船縁に行き南の水平線を望む、双眼鏡を水平に大きく動かすも何も見えず、ただ水平線が広がるばかりであった。


トーマスはデッキに設えた椅子に腰掛け、手を頭裏に結び これから向かう日本の都邑を想像した。


日本の首都は東京という、その都邑はアジアでも頭抜けロンドンに匹敵する人口と途中の寄港地 上海で聞いていた。


アメリカの全人口が1500万人というに、この小さな島国では3000万近い民が住むという…。


トーマスは上海で聞いたサムライ・チョンマゲという風俗がどの様なものか話だけでは実感が無く、是非ともこの目で見たいと思っていた。

また、それだけの人口を抱えながらも文化水準は清国・朝鮮より遥かに劣り、一握りの支配階級が多くの民を搾取し、民は疲弊に喘いでいるとも聞いた…。


トーマスは今回の渡航は武威をもって閉ざされた日本を解放すべく日米和親条約を締結し、あわよくば通商条約も締結する予定と聞いていた。


この時代、産業革命を迎えた西ヨーロッパ各国は大量生産された工業品の輸出拡大の必要性から、インドを中心に東南アジアと大陸清への市場拡大を急いでおり、後にその市場争いは熾烈な植民地獲得競争となっていくのだが…。


市場拡大競争にはイギリス優勢のもとオランダ・フランスなどが先んじており、インドや東南アジアに拠点を持たないアメリカ合衆国は完全に出遅れていた。


ゆえに今回の日本との条約締結も本来ならば長崎で行うべき所…オランダの邪魔が予想され急遽 日本の首都に直接上陸を敢行するとある。


英国・フランス・オランダさえも首都近隣に戦艦を乗り付けることは日本に対し礼を失するとして長崎で対応するに、ペリー代将は「そんな悠長な事をしていたならヨーロッパ列強に遅れをとる」と笑い飛ばし、武威を頼んで直接首都に乗り込み砲艦外交で一気に日本を畳み込む作戦だ。


トーマスは上陸に際し一戦は止む無しと考えていた、戦えば英国があの大清国に勝ったように、さらに弱小の島国なら造作なく勝てると信じて疑わなかった。


日本の武器は刀・槍・弓矢と僅かな火縄銃と聞いている、トーマスは出来ることなら戦利品として噂に聞いている日本の優秀な刀を故郷の土産に持ち帰りたいと願っている。


想いに耽っていたその時、北の方角より潮風に混じり微かな唸り音が聞こえたと思った。

彼は耳を澄ましその微かな音を探ろうと目を閉じた、やはり聞こえる…それは今まで聞いたことの無い奇妙な爆音であった。


トーマスは再び左の船縁に歩き双眼鏡で空を見詰める、しかし海にも空にも何も見当たらず首を傾げて双眼鏡を下ろした。


しかし音だけは依然として聞こえてくる、トーマスは先ほど見た黒点を思い出した。

再び双眼鏡を目に当てると先ほどの山陰上空辺りを見た、「いた…」それは先程より若干大きく見えたが…どう見ても海鳥にしか見えなかった。


「海鳥があのような音を奏でるとは思えぬ…」トーマスはさらに見続けていたが次第に小さくなり、ついに霞へと埋もれてしまった。


だがこの時 奇妙な胸騒ぎがした、それは3000万の民を抱えるこの国が、まる二日もの間 船一艘も近海に出さぬはずは無い…この疑問に相まっての微かな爆音、これが胸騒ぎの正体であろうか。


トーマスはペリー代将に知らせるべきか迷った、しかし一笑に附されるであろうと思い止まった。


その後は奇妙な音も聞こえず晴天の内に日は西へと沈んだ。

次の朝 日本の半島であろうか左手間近に陸が見えてきた、あと二日で東京上陸…そう思うと胸が躍った。


トーマスは5年前に士官学校を卒業し海軍に入隊した、しかし3年間は事務方で働き 今回は急な抜擢でペリー代将の下へ士官として赴任したのだ。

ゆえに今回の上陸で、もし日本の侍と戦うようなことになれば初陣であろうか…。


しかしトーマスは正直怖かった、自分に人が殺せるものかと、この想いは出航の時から常に胸奥で燻っていた。

先輩士官らは東洋の辺境に住む土人の一匹や二匹、殺したとて胸など痛みはしないと言い切っている、彼らは米墨戦争の強者等であった。


そのことを思えば思うほどに胸が痛んだ、彼は立ち上がると手足を揺さぶり緊張を解く、このような憂鬱感を払拭するは走るに限ると上官から聞いていた。


いつものように艦上を端から端までぐるりと走り始める。

汗を掻き 息が上がってくると次第に勇気が湧いてくる、くよくよ思うことが馬鹿らしく思えてくるから不思議だ。


そして5周目、船の最後部の手摺りに両手で掴まり、息を整えながら後続の帆船鑑プリマスを何気なく眺めた。


トーマスは一瞬「おや」と思い…目を擦った、おやっと思ったのは最後尾に着けているミシシッピのさらに後方にあった。


トーマスは見つめる内に全身の毛が逆立った、そして思わず脚は後ずさる。

彼は それが何かを見定めようと目を懲らした…ミシシッピの後方に巨大な黒い塊群が黒煙を噴き上げ、今にもミシシッピに襲いかかるが如く見えたのだ。


彼は小さく悲鳴を上げると踵を返し、腰砕けになりながらも艦長室へと走った。



 旗艦サスケハナの後部甲板には200名を超える乗員が犇めき一様に震えながら後方を見詰めていた、近くでは信号手が狂ったように後続船に手旗信号を送り、その信号はさらに後方鑑へと送られていく。


その間に巨大な塊は二手に割れ、船団を押し包むように両側へと回り込み恐ろしい速度で迫って来る、それは黒々とした巨大な海の化け物としか言いようがなかったのだ。


やがて巨大な塊は船艦と知れた…それは想像を絶する巨大戦艦だ、その艦橋は天を突くが如く恐ろしげに聳え立ち、その幾重もの砲門はサスケハナの帆柱さえ凌駕する巨大な砲であった、その戦艦が先頭を走るサスケハナ左右に差し迫ると速度を落としサスケハナと速度を合わせるように並走に移っていった。


やがて左右300mに巨大戦艦は聳え、その巨大な砲門は旋回し当艦へと向けられていく。


特に陸側の戦艦4隻は想像を絶する巨大さで、その戦艦一隻でサスケハナ・ミシシッピ・プリマス・サラトガの4鑑を連ねる長さに匹敵した、それら4鑑がピッタリとアメリカ艦隊の一隻ずつをマークし陸側を覆ったのである。


また反対側右舷とミシシッピ最後尾にも同様に艦船が覆い尽くし、完全に退路を断たれた形に成り果てた。


ペリー代将は自失呆然にそれら巨艦を見上げていた、途中気付いて逃げようにも速度が違いすぎた…ただ囲まれるのを傍観するしか無かったのだ。


トーマスは艦上で震えていた、これほど巨大な戦艦など見たこともなく、こちらに向けられた砲門はサスケハナの砲門など遥かに超える口径に覚え、一発で当艦など粉砕できそうにも感じられた。


その時、昨日聞いたあの爆音が耳をつんざく距離に聞こえてきた。

トーマスは音がする上空後方を見た、空一面に何十ものトンボのような飛翔体が空を覆い尽くし、こちらへと一斉に飛翔してくる。


その速度は気の遠くなるほどの速さだ、気付いたときには一気に頭上に飛来し、マスト先端近くにピタリと停止すると、等間隔に配置を整えサスケハナの船速に同調するかのようにその黒い天幕は前方へと滑り出したのだ。


それら飛翔体の上には目に止まらぬ早さで何かが勢いよく回っていた、それらが巻き起こす風はまるで暴風が如く、その爆音と巻き起こる風に船員らは我がちに甲板に身を伏せ頭を抱えて震え上がってしまった。


トーマスはそれでも体を起こし後方を眺めた、左右は巨大戦艦の壁が覆い 上空は何十もの飛翔体が覆い尽くす、その光景はあたかも超巨大なトンネルを進むに見えたのだった。


やがて一瞬でその飛翔体は陸側へと消えた、それも恐るべき速度である それら飛翔体が陸側に傾いた瞬間…その中に人が見えた、これはトーマスに限らず多くの乗員も見たはずだ。


あれは空飛ぶ乗り物なんだと思い知らされた、その時 陸側の戦艦4隻の砲門が大きく上方に弧を描くと斜め30度近くで止まった、と同時に耳を劈く大音響が轟いた、それは35.6cm連装砲4門×4艦が一斉に火を噴いたのだ、その轟音は凄まじく衝撃波で甲板が大きく波打ち、爆風で艦上の乗員が薙ぎ倒される程の迫力だった。


その轟音は3回立て続けに吼えて鳴り止んだ、300m程も離れているのにその衝撃波は凄まじく、船を揺らしマストのリード数本をへし折り乗員の耳を劈いた。


トーマスにも激しい耳鳴りが襲う、そして暫くは何も聞こえなかった…。


火薬の煙が辺り一面を覆い何も見えなかった、彼は無我夢中で近くの手摺りを掴み体を何とか引き起こした。

そして立ち上がると煙が薄らぐのを待った…潮風に次第に視界は開けていく。

彼は手摺りに沿ってふらふらと歩き出した、と足にぶつかった物がある、彼は立ち止まってその正体を見た…そこには何と惚けたように座り込むペリー代将を見たのだ。


あの代将の威厳は微塵ほども無く、ただ戦意喪失した老人が怯えを露わに小さく佇む姿が映ったのだった。



 その後、巨大戦艦に小突かれるように帆走を強いられ、大きな入り江近くに入った。


やがて左右の巨大戦艦は間合いを次第に詰め、とうとう船縁に触れるまで近づいた。

それは巨大な壁が迫り来るが如くその閉塞感は尋常ではなく恐怖が甲板上を支配した。


それら巨艦で狭窄する行為は、サスケハナを左右から押し潰すつもりかと覚えた、その迫り来る恐ろしい黒壁はまるで巨大なプレスを思わせたのだ。


この時 乗員の憔悴と怯えは頂点に達した、泣き叫ぶ者 海に飛び込む者、気が狂ったように走り回る者…それは地獄絵の如きであった。


その怯えの中、壁上から大音声で声が発せられた。

「我々は日本帝国海軍である、これより貴艦に乗り込む、抵抗はするな 抵抗すれば即座に撃沈する、よいか抵抗はするな」それは流暢な英語であった。


日本海軍……甲板上の全員が顔を見合わせた、まさかこの巨大戦艦が日本国籍とは露程にも思わなかった、日本は清国・朝鮮より文明は遥かに遅れた土人レベルの国と聞いていたからだ、そんな国がどうしてこの様な世界にも類をみない巨大戦艦が造れるのだと…。


乗員は半信半疑でこの大音声を聞いた、やがて左右の壁上から縄梯子が何本も降ってきた、それに続き武装した兵が何百と降りてくる、瞬く間に濃紺の戦闘服に身を包んだ海兵隊員に小さな艦上は満たされていった。

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