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三十.ビッドルの想い(深川から羽田へ)

 次の朝、室内電話のモーニングコールで起こされた、室内放送で今日は午前が陸海空の工廠見学、午後からは工廠沖から船で羽田空軍飛行場へ行き旅客機という乗り物で富士山一周の観光、午後遅くには府内の百貨店で物産展の見学と放送された。


ビッドルは室内放送に…聞いたことのない単語が多く混じり殆ど理解は出来なかった。

それにしても…枕元の小さな箱から聞こえる声には驚いた、その箱を手に取りパイプが繋がっていないか調べるも、極細い線が繋がっているだけだ。

(こんな細いパイプにあれほど音量が伝わるとは何としたことか…)朝一番の首傾げである。



 ビッドルらは深川の工廠に着いた、始めは陸軍工廠から見学を始める。

巨大な製鉄・製鋼設備、工作機械群などにも驚嘆したが巨大な鋼鉄製の砲身加工や組立、試射場での自走式18cm榴弾砲の実射や40mm機関砲の威力に度肝を抜かされた。


次ぎに巨大な戦艦用ドックや艤装中にある鋼鉄製の戦艦内部の見学で技術の圧倒差を見せつけられ、次の航空機製造風景には恐怖さえ感じた。


巨大な工場に戦闘機という小型の航空機が数機並べられ、流れ作業のように機体が組み上がっていくのだ、そして完成であろうか工廠横の広い敷地へと引き出され、それに人が乗り けたたましい爆音を上げ飛び去っていく様を見、息も継げず興奮する。



 工廠沖から羽田に向かう船のなか、ビッドル始め士官等は憔悴の体でソファーに身を委ねていた、もう驚かぬと心に決めたはずであったが…埒外の技術を見せられ声も出なかった。


船は工廠対岸の羽田に入港し、徒歩で飛行場と称する敷地内へと入っていった。

その広い敷地には、先ほど工廠で見た戦闘機と称する航空機や窓が沢山有る中型機、それと昨日の朝見た巨大な怪鳥も並んでいた。


ビッドル等は窓が沢山有る中型機へと案内されタラップを上った。

その機内には多くのソファーが左右2列ずつ並び、およそ50人程が座れる機内だ。


ビッドルは左の窓側に座らされ隣には添乗員が寄り添い同乗した。

座って暫くすると係員がワゴンを押して現れ、前席の背からプレートを引き下げ冷えたビールとつまみを置いた。


ガラス製ジョッキには水滴が滴り冷えていることは一目瞭然、先程来よりの驚きの連続で喉の渇きは頂点に達していた。

ビットルは目を剥きジョッキを掴むと一気に喉に流し込んだ、そして立ち去る係員の袖を引張り「I'd like a refill, please」と叫び、髭についた泡を満足そうにぬぐった。


やがて窓の外の翼に付いた羽根車のようなものが爆音を立てて回転を始める、隣の席の添乗員がベルトを締めよと言い手伝ってくれた。


機体はゆっくりと進み出す、そして少しずつ速度を上げながら敷地の端へと進んでいった。


敷地の端でUターンすると一旦止まり、翼に付いた羽根車が勢いよく回り出すと機体全体が震え始める。


ビッドルは思わず膝掛けを握った…一体何が起こるというのか。


その時猛烈な加速度に体がソファー押し付けられる、窓の景色は矢のように後方へと過ぎ去っていく。

速度はあの列車の比ではない、ビッドルは頭をソファーに押し付けられ恐怖に眼を閉じ堪えた、その時である…座席を下から持ち上げられる感覚に驚いて眼を開けた。


機体が傾斜している、ビッドルはさらに肘掛けを強く握り足を踏ん張った。

そして窓を見る、先まで見えた地面が遠く眼下に見えた(う、浮いている…)


ビッドルは窓に頬を付けて地面に続く前方を見た、大きく海が迫っていた…瞬間海に飛び込むのかと身構え眼を瞑った。


飛び込む衝撃が無い事で再び目を開け窓を見やる、前方にコロンバスのマストが見えた、が瞬時にその頭上を擦過したのだ。


機体は大きく右に傾き窓から空が見えた、そして体が窓側に押し付けられる。

機体が水平になったとき眼下には遥下に街が小さく見えた…。


(ああぁ…飛んでいるのだ、俺はまさに空を飛んでいるのだ…)


やがて機体は雲間を抜け雲の上を飛び始めた、眼下には陽に照らされた雲海が一面に広がりを見せる。


ビッドルはその光景を食い入る様に見詰め暫し時間が経つのを忘れた。


「現在高度は4000メートルです、もうすぐ伊豆半島の上空ですよ」と添乗員が教えてくれた。


(えっ、まだ30分しか経っていないだろうに)とチョッキの懐中時計を見やった。


確かに雲間から半島らしき海岸線が見える、どれほど猛烈な速度であろうかと思う。

そして疑問が湧いた、この空飛ぶ乗り物でアメリカまで行けるのかと…。


ついに我慢できず隣の添乗員に問うた。

「この乗り物でアメリカまで行けるのか」と


「アメリカまではさすがに無理です、せいぜい香港までが限界で御座ろうか、香港であれば8時間ほどで行けると思いますが」


「8時間!」ビッドルは眼を剥いた、自分らは12日間かかってこの日本に来たと言うに…12日間でも早い方と米国の帆船技術を誇りに感じていたのだ。


続けて添乗員が

「飛行場にあった大きい航空機、あれは爆撃機ですが旅客用に改造すれば、ハワイを経由し貴殿の故郷フィラデルフィアには2日もあれば着けますよ」と何気なく言う。


(2日…2日…明後日には家に着く…子供らに会えるのか)

郷愁に一瞬くれるも、馬鹿なと切り捨てた。


俺はこの国に国務長官の特使として訪日しているのだ、という思いに心を緊張させた。

そしてここにいる間、少しでも多くこの国の内情を調査せねばと思い直した。


「先ほどの爆撃機とはどの様なものでしょうか」と添乗員に問うた。


「爆撃機とは爆弾を積んで敵国の上空へ飛び、爆弾を投下し敵の都市を殲滅する兵器の一種です、ちなみに貴官が見られた大型爆撃機は200kg爆弾が最大45発搭載できます、小さな都市であれば1機で殲滅は出来ましょうな」


(たった1機で小都市を殲滅、凄い話しである…と言うことはあの1機でフィラデルフィアは壊滅出来るということ…)


この時ビットルは戦慄した、清国と交わした望厦条約と変わらぬ日本への修好通商条約、その内容を知るだけに愕然としたのだ。


東洋の果ての劣国へ、武威を背景に侮りに満ちた条約の強要、多分昨夜の内にも一読されその場にて破り捨てられたであろう。


この日本という国は、我々を笑顔で出迎え豪勢な晩餐会まで催し、国の重要施設さえ開けっぴろげに見せ、秘匿すべく先進兵器まで見せてくれた…。


彼らは腹の内で笑っておろう、どちらが土人であろうと…。

何が修好通商条約か、この国へアメリカが一体何を売ろうというのか。


ビッドルは今までの日本側の修好な態度は、アメリカなどとうに凌駕した大国の余裕からであろうと、彼は情けなくもようやく気が付いたのだ。


ビッドルは恥じ入り反対の窓を見た…富士山の頂が遠くに霞んで見えた。

早くこの国を発ち故郷へ帰りたいと真剣に想うビッドルであった。



 二日後の昼過ぎ、マストの修理を終えた旗艦コロンバスとビンセンスはタグボートに曳かれ浦賀沖へと曳航され、浦賀水道でセールを張ると東方へと走り去った。


ビッドルは艦長室で土産の紙巻き煙草を燻らせ瞑想に耽っていた。

その瞑想とは、日本がその気になればアメリカなどいつでも植民地化出来るであろうと…。


その実力の程を今回の訪日でまざまざと見せ付けられたのだ、自分と士官にあれほど手の内を見せ付けたのはひとえにアメリカへの警告に他ならないのだと。


ビットルは国務長官ジョン・カルフーンに今回の訪日の顛末をどう報告すればよいのか悩んだ、それはどう報告しても決して分かって貰えないだろうと。


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