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二十八.米国東インド艦隊

 明成元年(1846年)7月18日14時40分、正則が乗った大型爆撃機は羽田の空軍飛行場に着陸した。


専用タラップで地上に降り立った正則の横に黒塗りの乗用車が横付けされた、助手席から一人の軍人が降り立つと正則に敬礼し恭しく後部座席のドアを開いた。


敬礼したのは新沼親太郎大佐である、彼は現在陸軍参謀本部付きで正則の直属の部下であった。


正則が後部座席に座るとドアが閉められすぐに走り出した。


「新沼よ、えろう急いでおるようじゃが…例の米国 戦列艦の件かのぅ…」


「はっ、海軍省の井上左太夫中将が品川第一軍務局でお待ちかねで御座ります」


「左太夫か…あやつはいつまでたっても心配性でいかんのぅ」


「小池一太郎外務卿と参議の鈴木庄左右衛門様も今し方 軍務局に入られた由、少々揺れますが急ぎ品川まで走らせます」


言うと新沼は運転手に速度を上げるよう指示した、車は軽快に走りだし穴守稲荷を右に曲がった、すると右の車窓には羽田の漁村が大きく開けた。


正則は元世ではこの羽田空港をよく利用したが…昔はこれほど長閑な漁村であったのかと今昔の風景差に驚き、暫し時間を忘れ車窓を見やった。


品川へと続く海岸線の道路は土を慣らしただけの道路のため、車の後方にはもうもうと土埃が舞い上がり、通行する人々は一様に口を押さえ顔を顰めた。


また車も馬車にエンジンを載せたレベルであり、その振動は尋常ならざるものがあった。


この民需乗用車は3年前より民間で始められた事業で、発動機は陸軍工廠供給のもので軍用車を模倣し造られたものだ、しかし所詮は素人造り、でこぼこ道では舌を噛みそうになり、そのポンコツ感に辟易する正則だった。


東京府のインフラ整備は、電気・水道・下水・通信・道路など皇居を中心に半径5km圏内は比較的進んでいたが品川以南は未だ江戸時代のままに推移していた。


しかし鉄道は、皇居東に東京駅が設けられ、それを中心に上野-品川間、新宿-木場間の十字単線鉄路が今春より開業し5両編成のディーゼル車がそれぞれ1日12往復するようになっていた。



 正則が乗る車が品川の海軍省支局である海軍部第二軍務局に入ったのが15時20分。

すぐに会議室に通された、すると井上・鈴木・小池の3人は待ちかねたと言わぬばかりに正則を見詰め一斉に立ち上がって敬礼した。


「三田閣下、遅いでは御座りませぬか」口火を切ったのは左太夫である。


「また婿殿は飛行機に乗ってはしゃいでいたので御座ろうよ」と庄左右衛門が追い打ちを掛けた。


「ええい、うるさい 紅毛の船2隻くらいで騒ぐでない!」と正則もやり返す。


正則は笑いながら椅子に座って3人を見た、いずれも爺になったものよと思う…正則が35歳、小池が40歳、左太夫が48歳、庄左右衛門が54歳と老人の域で有る。


この中では正則が一番若いことになってはいるが…実は正則の実年齢は既に74歳になろうとしていた。

この3人は正則の元世年齢を知っているだけに時折正則を耄碌爺扱いするのだ。


「三田閣下、例の歴史書から米国船2隻の詳細が知れもうした、艦隊司令官はビッドル……」と左太夫が勢い込んで喋り出すのを正則は遮った。


「そんなことはとうに承知済みよ、それよりあの歴史書はまだ持っておるのか、儂は捨てよと申したではないか」


「そ…それは存じておりまするが…何となく勿体なくて捨てられませぬ…」と左太夫が言葉を詰まらせた。


「あんなものがあればお主はあれに頼ろうとする、維新の初めに儂が言うたであろうが、これからの歴史は儂らの手で新しく作ろうとな…」


「閣下…もう良いでは御座りませぬか、儂から左太夫には申し聞かせるよって、それより米国東インド艦隊の件はどう対処致しましょうぞ」と庄左右衛門が矛先を変えた。


「ふむぅ…その件は儂より海外事情に詳しい小池外務卿に意見を聞きたいものよ」と正則は小池を見た。


「三田閣下、今般の米国東インド艦隊司令官に任命されたジェームズ・ビッドルが1846年7月7日、戦列艦コロンバスおよび戦闘スループ鑑ビンセンスを率いて日本に向かってマカオを出港する件は7年前に例の書類(正則所有のパソコン全データーをコピーした秘密書類)より見つけ記憶に留めておりましたが…維新以降の目まぐるしい世の移り変わりにすっかり忘失しておりました、誠に申し訳御座りませぬ」


「これ!、外務卿がどうした事じゃ…これはお主の本分であろうが…」と正則は鼻を鳴らした。


「閣下、小池は元々学者では御座りませぬか、嫌がる小池を強引に外務卿に仕立てたのは閣下で御座ろうが、慣れるまでは多少は目を瞑って下さりませ」と庄左右衛門は正則を和やかに諫めた。


「ほんに舅殿は皆に甘くていかん、小池よ歴史を抜きにしてお主の率直な意見を聞こうか」


「はい、我が国は現在オランダ以外は国交を閉じておりまする、これは以前閣下より日本が海外に通用するほどの国力を有するまでは国交はするべきではないとの命に従っておりますが…しかしながら外務省としては海外事情が分からぬでは幕府と何ら変わりが御座りませぬ。


よって外務省創設以来、現在28カ国に対し外務局員を渡航させ秘密裏に諜報を行っておりまする、諜報先で取得した情報は逐次無線で知らされ記録されておりますが…。


最近の情報ではオランダが故意に日本の情報を漏らしておる節が御座って、彼の国には利権を与えるとて箝口を強いておりもうしたが…いやはや紅毛の誠心など無きが等しいと覚えまする。


そのような状況から今後日本の実状を秘匿するは困難にあり、また日本の国力を国内の消費のみで増強するは些か限界を感じておる次第です。


よって鎖国政策を廃止し多くの諸外国に門戸を開き、貿易を盛んにし富国化するは歴史からして自明の理と覚えまする。


ただ歴史にあるが如く日本人を侮った不平等条約しかり、また英清の南京条約、米清の望厦条約、仏清の黄埔条約に見られるが如く、武威を背景に東洋人を余りにも愚弄した権益拡大には断固鉄槌を下し、正当なる交易を以て富国化を計りとう御座いまする。


なお、日本の富国強兵化が進みましたら…彼ら列強が清国に行った卑劣行為と同様の手段で西洋列強に報復するのも彼らに反省を促す意味で一興と覚えまする」


「おいおい、最後の言葉は捨て置けぬなぁ、お主は一体何を考えておるのやら…、しかしもうそのような時期に来ておるのか、もう数年は日本の実状は知られたくはなかったが…。

して今回の米国東インド艦隊の処置はどう考えておるのだ」


「はっ、今回彼ら東インド艦隊の目的は日本との外交折衝開始が目的であり、彼らは望厦条約と同様な条約を日本と結びたいと考えているでしょう、望厦条約とは周知の如く米国の権益一色で塗り固められた条約で、東洋人を弱者と決めつけ侮りに満ちた外交折衝に他ならず、これは黄色人種への人種差別がその根底に有るやと思われまする。


であるならば彼らを品川港に曳航し、上陸させて首府東京をその目に見せ付けてやりましょう、彼の米国より文明が高度に進んだ東京を目の当たりに見て、なお望厦条約と同様な条約を日本と結びたいと言えるか一興というもの…」


「やはりお主は不穏じゃのぅ…まっ、以前おぬしらに話した百年後の太平洋戦争の際、日本は2発もの原子爆弾が落とされたが、あれほど欧州人を鬼畜に殺戮したドイツには1発とて落とされてはおらぬ、これのみを考えても黄色人種がいかに人間扱いされていなかったかが分るというもの、わしが生きておった170年後でも米国南部を旅するとアジア人は黒人以下の扱いじゃったから人種差別は不変ともいえようのぅ…。


庄左右衛門殿は東インド艦隊についてどうお考えで御座ろうか」


「いや儂はどうでもええ話しと聞いておったのよ、彼の米国はこの後 米墨戦争に続いて南北戦争と打ち続く戦乱で日本との外交折衝どころでは御座らぬのよっての…。


しかし米国とはいずれ交易はせねばならぬじゃろうのぅ…ならば折角遠いところからわざわざやってくる使者を無下に追い返すのもちと大人げない、まっ上陸させ旨いものをたらふく食わせ土産でも持たせて帰したらどうじゃろうか」


「はははっ、舅殿にかかったら外交も“たなごころの内”ですなぁ、そうするか…それも一興じゃて、のう左太夫」正則は左太夫を笑いながら見やった。


「そ…そんなことでよいので御座ろうか…」とボソッと左太夫が呟く。


「お主は固い、固いのぅ それでよいのよ、まっ今後の日本の動き方は儂なりに考えた方策が御座るよって、おいおい皆の衆にも聞かせるが、今回の仕儀は庄左右衛門殿の意に沿って動くようにの、小池 解ったな」


「はっ、承知致しました、すぐにも手配致しまする」


「それと左太夫殿、いま海軍の巡洋艦2艦が東インド艦隊に向け航行中であろうが、まっ面倒と思わず彼らを丁重に品川までお連れ申せ、それとの…ちと悪戯が過ぎて帆船マストを折ってしもうたかもしれん、修繕してやれ」


「…………」


こうして話しは雑談に移り、いつもの如く左太夫の木訥さの揶揄に座は盛り上がっていった。




 ジェームズ・ビッドルは旗艦コロンバスの艦長室で日本へ渡す書簡を読み返していた。

手には気に入りのクレイパイプを持ち、時折吸うと我に返った顔で辺りを探す…。


これは5日前にパイプ煙草を切らし パイプを吸っては煙草葉を探す癖に我ながら苛ついていた。


(日本に煙草葉が有ればよいが…)


その時 突如大音響が轟き、遅れて船が大きく揺らいだ。

音は一瞬で遠ざかったが船の揺れは尋常ではなくビッドルは部屋の柱にしがみついた。


暫くして揺れは収まったが…机上にあった物は全て床にぶちまけられていた。

ビッドルは慌てて艦長室を飛び出し甲板へと駆け上がった。


甲板にいた船員らは一様に震えながら船の舳先方向の空を見詰めていた、ビッドルは近くに佇む兵を捕まえ何事が起こったのかと揺さぶった。


「と…鳥が…頭上をかすめて行きました…」と答える。


「馬鹿者!鳥がかすめたくらいで船がこれほど揺れるか!」


「いえ…鳥といってもこの船の倍ほどもある鳥で…」


「貴様何を寝ぼけておるのか、話にならん!」

ビッドルは舳先へと走り遠く水平線を見詰める水兵に再度同じ台詞を怒鳴った。


「あ…あれで御座います」と水兵が指を指した。


指の先には小さいが…過ぎ去っていく鳥陰らしきものが見えた。

しかしどう見ても水鳥にしか見えぬ…しかし羽ばたきもせずそのままの姿勢で遠ざかって行くのは不思議である…暫くすると水平線に吸い込まれる様にその陰は消えた。


「あの鳥はそんなに大きかったのか」と何度も水兵に聞いた。


「はい、巨大な怪鳥です」と見た者は一様に口を揃え、震え始める。


ビッドルはそれを見た殆どの水兵が震えているのを見て、これはただ事ではないと感じ始めた。


(この島国には巨大な怪鳥が巣くっているのか…しかしそんな話 清国人やオランダ人からは一度も聞いたことがない…)


ビッドルは通過したであろうマストの上端を見上げた。

後尾のジガーマストとメインマスト上部のヤードが無残に折れ、トガンセールが折れたヤードに引っ張られた形で垂れ下がっていた。


ビッドルは震える水兵に、ブレースギヤを操作し 垂れ下がった帆を回収するよう命じた。


しかしマストが折れなくて良かったと思う、マストが折れれば致命的である…それにしてもあの太いヤードをへし折る風圧は尋常ではない…やはり巨大な怪鳥は存在するのか。


水兵は轟音に気付き空を見上げたときは…怪鳥は遥か彼方に飛び去っており正確な形を誰一人として見た者はいないという。


だとしたら猛烈な速度で飛ぶ怪鳥であろう。


結論が出ぬまま船は東北東に向けそのまま進み、暫くして左に半島の突端が見えてきた、海図から伊豆半島と知れた。


この頃になると水兵から不穏な空気が漏れ出てくる…怪鳥が向かった先には巨大な巣があり、この船はまさにその巣穴へと向かっているという流言である。


ビッドルは暴動の危険を感じ全員を甲板上に整列させた、そして先の現象はこの島国特有のトルネード現象であると説明した、


船員七百数十名の内、実際怪鳥を見た者は5%にも満たない、艦長の自信に満ちた言葉に船員らの動揺は次第に薄らいでいった…しかし実際に見た者は船長の言葉には全く納得はしていない。


辺りには涼しい潮風が吹き帆は大きく膨らんだ、船は蹴られる様にその速度を増していく。


そして艦船後方の空が真っ赤に焼け始めたころ、右手には大きな島が黒々と聳え…海面は夕日の赤で血の色に染められ、おどろおどろしい雰囲気が辺りを包みだした。


甲板に出ている船員達は先ほどの怪鳥の想いも相まって一様に気味の悪い雰囲気にのまれていく。


その時甲板前方の水兵が悲鳴を放った、甲板にいた水兵らもその悲鳴に 怯えるが如く前方を凝視した。


前方より何と巨大な黒い塊が二つ、船を挟むように迫ってくるのが見えたのだ。


船員らは甲板上を右往左往と逃げ惑い、ある者は衝突を恐れ帆を下ろそうとギヤを出鱈目に操作し始める。


ビッドルは甲板上の悲鳴を艦長室で聞いた、その声に甲板へと駆け上がった。

ビットルは前方を見た、巨大な塊が目の前に迫っていた。

その反射で尻餅をつきながらも塊を見上げる…それは形容出来ない巨大な壁であった。

即座に「帆を下ろせ!」と怒鳴り戦艦後方へと走る。。


数人の船員が左右のロープギヤへと走り一斉に帆を下ろし始める、船はブレーキを掛けるように減速しだした。


後続のスループ鑑ビンセンスを見ると同様に帆を下げていた。


左右に迫った壁は徐々に減速し…暫くすると船と壁双方は完全に停止した。

ビッドルは左右に聳える壁を交互に見上げる、まるで夢を見ているようだ。


船員らは恐怖でその場に蹲り頭を抱え震え上がっている、しかしビッドルはさすが艦長だ 震え上がる船員を縫うように走り抜け 船縁へと走った、その壁を見るためだ。


ビッドルは手の届きそうにある壁を凝視した、よく見ると所々継ぎ目が見え上部には鋲と思しき人為的加工が散見された。


(こ…これは造り物…)そう解ると恐怖は薄らいでいくから不思議だ。

得体の知れないものが人為で造られたものと分かれば対処のしようもあろうというもの。


しかし巨大である…両の壁は本船と後続船を合わせたよりさらに余りある長さなのだ。


その時頭上より大音声で声が投げかけられた、それも母国語である。


「我々は日本海軍である、貴船は我国領海を侵犯している、よって拿捕しこれより曳航する、抵抗せず我が方の指示に従え!」


ビッドルは声の方を見上げた、しかし人影は見えなかった。


この声を聞きつけた船員らが手に手にスプリングフィールド銃を持ち、船底から飛び出してきた、そして巨大な壁に驚くと 声がする方へ眼鞍滅法に銃を撃ち始めたのだ。


これにはビッドルが驚いた「やめい!やめぬか馬鹿者!」

銃を撃つ兵を慌てて蹴りつけこれを何とか押しとどめた。


「お前ら、全員整列せよ!」と大声をかけた、それでも並ばぬ者は引きずり倒して列に加えた、ビッドルはこれほど巨大な動く壁が造れる者らには…どう挑んでも勝ち目はないと本能が教えていた。


ようやく甲板上に全員が整列したが巨大な壁に圧倒され兵達は全くの上の空である。


こうして旗艦の銃声は何とか鳴り止んだが…後続船からはいつまでも銃声は鳴り止まない、ビッドルは苛立ち「後続船の射撃を止めさせろ!」と士官の一人に怒鳴った。


士官が鑑の後方へ走り始めると右の巨大壁上部より100インチ程の棒状の物が後続船の甲板へと向けられていく。

と同時にその先から「ドドドドッー」重低音が響き太い火矢が後続船の甲板上へ走った。


その重低音は銃声と分かるも今まで聞いたことの無い腹に響く銃声である、銃声は数秒で止み静けさが戻った。


もう後続船からはスプリングフィールド銃の乾いた単発音は聞こえなかった。


暫く静けさが続いたが再び頭上より大音声で声が鳴り響く。

「これ以上の抵抗は無駄である、抵抗を続ければ貴艦を破壊する!」


先と反対側の左壁上の巨大な筒2本が大きく旋回し、その先端が下からもよく見える角度で止まった。


「これより当艦の威力を見せる、あくまでも威嚇である よく見よ!」


と同時に強烈な炸裂音が轟き筒口から巨大な火を噴いたのだ。

その衝撃波は耳を劈き船体を揺さぶった、重巡洋艦伊豆の20cm主砲が火を噴いたのだ。


甲板に居並んだ船員は衝撃波に吹き飛ばされるが如く甲板上に薙ぎ倒された、その爆音は凄まじく立て続けに三回の号砲が夕空に殷々と響き渡った。


船員らは一様に甲板に伏せ、頭を抱えて震えている。

ビッドルは150ポンドパロット砲ほどの口径と見たが…威力は桁違いだ、火薬量は数倍と思われた。


暫く沈黙が続くと壁上に機械音が聞こえ巨大なブームがマスト上へと旋回してきた、旋回が止まるとブームの先から黒いロープの様なものが降りてくる。

そしてロープの先端に付いたフックが大きな音をたてて甲板上に落下した。


ビッドルはそのロープを見た…ワイヤー製である、アメリカも最近ドイツから輸入し始めた新製品で、現物を見たのは初めてであった。


「そのロープをフォアマストの根元に繋げ」と頭上から声が投げかけられた。


ビットルは兵らに命じロープをマストに架けるよう指示する、兵らが走りそのロープを手に取った…しかし持ち上がらない、フックだけでも100kgは優にあり 続くロープも異常に重かった、結局10人がかりで何とかロープをマストに廻し繋ぐことが出来た。


また後続船も同様に上方よりワイヤーロープが垂れ下がっているのが見えた。




 ビットルは甲板に座っていた、前方には巨大な艦船が巻き上げる白い飛沫が激しく舞い上がっている。


この巨大な艦船はどうやら尾部に付いた回転するもので前に進むらしい…それにしても帆船を牽引しこの速度で航行出来る機関とは一体…。


ビッドルが巨大な壁が艦船と理解したのは本船を牽引するために壁が一旦離れ、大きく転回したとき…その真横の全容が視野に入ったからだった。


昼間の巨大な怪鳥といい…この見上げるほどの鋼鉄戦艦といい、日本という国の情報が聞いていた内容とこんなにも違うとは思わなかった。


ビッドルは清国でオランダ人に聞いた情報から 日本の文化・技術の水準は清国よりさらに劣り、東方の果ての島々に住む土人程度と理解していた、故に江戸という村落の空に空砲の数発も撃ち出せば条約の批准など造作もないと考えていたのだ。


(そうだ…先ほど確かに私の名が呼ばれた…ということは、こちらの来訪は既に日本側に知られているということ…やはりオランダ人に陥れられたのか…)


辺りは闇に包まれていた、ビットルは自失呆然に前方の飛沫を見ていた、そのとき痛烈に煙草を欲した、煙草さえ有ればこの恐怖は幾分でも和らごうかと。




 船は大きな入り江の奥に侵入し停止した、入り江と感じたは廻りを囲む岸辺と思われる付近に多くの明かりが見えたからだ。


左手に灯台らしき物が見える、強烈な光りがゆっくりと廻っていた。


曳航してきた戦艦は碇を下ろして止まっている、辺りは凪に静まり海面には前方の街の明かりが鮮やかに映し出されていた。


どうやらここで停泊し、明るくなってから港へと曳航するのだろうとビッドルは感じた。


鑑の正面そして左右…明かりは煌々と輝き数階建てのビル群も見えた、ビッドルは幼い頃フィラデルフィアの夜景を見たことがあった…その輝きは夢見るように圧倒された想いがあった、しかしこの街はそれ以上の輝きに満ちていたのだ。


東洋の辺境にこれほどの都市が出現するとは…。

眼を擦ってまた見渡した、夢ではない…この時 ビッドルは思う 何が辺境の村落だと…。



 爆音でビッドルは目覚めた、どうやら甲板上で眠ってしまったようだ、辺りは既に朝の光に満ちていた。


眼を擦りながら半身を起こした、するとマスト越しに巨大な物体が横切った。

ビットルは驚いて立ち上がり、物体が飛び去った方向に走った 巨大な飛翔体がぐんぐん上昇しながら大きく右に弧を描いて遠ざかっていく。


ビッドルは自失呆然にその機影に見とれていた、するとまた後方より轟音が聞こえる。

先よりさらに巨大な飛翔体であった、今度はしっかりと見ることが出来た、丁度車輪を己の腹に仕舞う所さえ見えたのだ。


明らかに人為による製造物であった。

(これが怪鳥の正体だったか…)


ビットルはその機影の速度に舌を巻いた、みるみる内に遠ざかり見上げるほどの高空に浮かぶ雲間へと消えていったのだ。

(もしあの中に人が乗っているとしたら…凄い乗り物であろう…)


ビットルは空から視線を水平に転じた、気が遠くなるほどの巨大戦艦が浮かんでいる、そしてその向こうには霞がかかるほどの巨大な工場群が何処までも続いていたのだ…。


(この国は一体…何なのだ)再び恐怖がビッドルの心臓を鷲づかみに締め上げたのだ。


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