表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/54

一.時の旅人

 2011年3月11日、昼過ぎの地下鉄ホームは閑散としていた。

正則はいつも乗る乗降マークで一旦立ち止まるとその先のホームに目をやった。


(何年も通った通勤乗降駅だが…ホームはこんなにも広かったのか…)

正則は何を思ったのか いつも乗る位置からホームの端へと歩き始めた。


暫く歩きホームの端付近まで来ると人陰は殆どなかった、正則はその先に乗降マークがないのを確かめるとようやく足を止めた。

(どうやらこのマークが先頭車のようだな)


視線を進行側トンネルの入口へ向けた。

その入口から続く穴は黒々と深く、穴壁に設けられた無数の燭は緩やかに右に曲がっていた。


その刹那、穴に吸い込まれるような感覚に思わず足を踏ん張る。

(おいおい目眩かよ、そんなに呑んだのかなぁ…)

眼鏡を持ち上げ指先で目頭を軽く揉んでみた。


そのとき背後に人の気配を感じ振り返った。

背後のプラベンチには腰を浅く下ろした高校生がめまぐるしい勢いでスマートフォンを叩いていた。


(ほーっ あの速さで文章が打てるとは凄い)

正則は感心しながらも携帯を叩く姿を見るとメールを打ってると思い込む己の歳に想いが行き苦笑した。


ホームに車両の進入を知らせるチャイムが鳴る、腕時計を見ると午後2時半を少し回ったところだ。


けたたましい轟音を放ちメタリックな車体がこちらに向かって走ってきた、そして急速に速度を落としながら正則が立つ乗降マークの前でピタリと止まる。


その真新しい車体はステンレス無塗装地にビーディング処理が施されただけのいたってシンプルな外観であったが、フロントのブラックマスクと大きな曲面ガラス、また車体に引かれたパープルラインのアクセントが都会的なセンスを感じさせた。


プシューッと音をたてドアが開く、しかし降りる人影は無い。

ホーム中央の階段から最も遠い先頭車両、そんな箱にわざわざ乗ろうという物好きは運転席が見たいとぐずる子供か暇を持てあます俺くらいだろうと苦笑した。


正則はうつむき加減に車両へ乗り込み 手摺を掴んでそのまま後ろを振り返った。

(おや…あの高校生は乗らないんだ)


ベンチに陣取った高校生は車両には目もくれず相変わらず携帯と格闘している。

(やはりメールじゃないんだ…しかし電話でゲームする時代が来ようとはな)


正則は微笑みながら何気なく視線を転じ足下を見る、そして今更気付いたように首をかしげた。

電車とホームの隙間は8cmほど…しかし床はホームとほぼ同じ高さだ。

(ほぉ…ホーム高さと電車床はこんなにもピッタリ一致していたのか…)


それはホームから電車内に至る導線が まるで続きフロアの様に感じたからだ。

(バリアフリー…もし地下鉄が床だけだったら動く歩道だな)


それは続きフロアなのに電車側のフロアだけが8cmの隙間を境に切り離され、滑るように目的地へと運んでくれる、そんなあたり前のことが今日に限って“奇妙”と感じられたのだ。


(あっ、そうだ…あの時も)


それは正則がまだ小学校に上がるか上がらないかのころ、父親に連れられ動物園に初めて行った時のことだ。


その日、父親に手を引かれ田舎の駅舎から蒸気機関車が牽引する3段ステップの客車へと引っ張り上げられ、街に着くとまたバスの3段タラップを恐る恐る踏み上がった。


しかし地下鉄は違った、ホームと電車の床はほぼ同一面で まるで襖を開け隣の部屋に入る感覚、靴を脱がなくてもいいのかと思ったほどだ。

幼児の目から見れば怖ろしい程の巨体電車、そんな荒ぶる巨躯のくせに すました顔で乗降フロアをピッタリとホームの高さに合わせている。


当時、乗り物に乗るという行為は子供にとっては油臭い巨大な鉄塊に登り上がるという感覚だった。

それが這ってでも乗降できる地下鉄という乗り物、そんなフラットな乗り物がわずか数センチの隙間を隔ただけですごいスピードで走ることが出来るのだ。


車体が轟音を発し走り始めとき言いしれぬ感動がこみ上げ父の足にしがみついた、それは正則が初めて「便利なる科学」を感じた瞬間でもあった。


その時の胸の高まり、そのときの光りや車内の匂いが60年の時を超え今一瞬脳裏によみがえった。


だがその感覚は淡く数秒で消え、再び騒音が耳に蘇るといつもの薄汚れた床が目の前に広がって見えた。


半世紀以上も昔、それも一瞬ではあったが突然よみがえったことに驚き、正則は思わずその床を見つめてしまった。



 電車の中は思った通り人影は数えられるくらいまばらだ。

正則は入口横の席にゆっくり腰を下ろし重い鞄は足下に置いた、そのとき手に痺れを感じ 手のひらを膝の上で返してみた、手の平は赤く染まり汗で濡れていた。


(結構重かったんだ…)

そう思いながら足下に置いた大きな鞄に目をやった。


(何十年も働いて私物がこんな鞄一つに収まるとは…)

しかし中身はたいした物は入っておらず破棄するつもりだったが、屑廃棄には分別廃棄が義務づけられていたため、それも面倒とばかりに持ってきたのだが…。


(こんな会社のゴミを持って帰ったら…洋子に小言を言われそうだな)

正則は妻の顰め面を思い出し、思わず鞄を踵で蹴るといつもの様に腕を組んで目を瞑った。


電車は滑るように走り出し すぐに眠気を誘う軽快なレール音を奏で始める、正則はつい先ほどまで役員らが催してくれた「歓送会」を兼ねた昼食会を反芻しはじめた。



 「浅尾取締役、今日でお別れとは寂しいですな」

横に座った専務の高橋が空いたコップにビールを注いでくれた。


「なぁに高橋さん、これからもちょくちょくお世話にならにゃいかんのですから、今日でお別れなんて寂しいこと言わんで下さいよ」


「しかし浅尾さんがもう65歳になられたとは本当に早いものです、昔は浅尾さんに散々航空機技術を叩きこまれたものです」


「叩きこむなんて人聞きの悪い、そりゃ私は先輩ですからアンタの教育係をほんの少しはやりましたよ…しかし何処かのエリートさんは あっという間に追い越し出世街道まっしぐらでしたよね」


「追い越すだなんて、私はただ運が良かっただけですよ、未だ技術は浅尾さんの足下にも及ばないのですから」


「技術ですか…」



 昭和40年代初頭、日本は高度成長期の走りの中にあった。

正則は大手財閥系の航空機製造会社に技術系社員として入社した、入社当時は航空機の機械装備設計部に配属され、次いでこれからはエレクトロニクスの時代と電気装備技術に従事、最後は機体設計部で60歳の定年を迎えようとしたとき役員に推挙され本日その延長5年間を満了したのだ。


この間 管理部門に上がる機会など幾らでもあった、しかし結局は技術部門から離れることは出来なかった。


そのためか出世と金には縁が薄かった、同期らはこぞって出世に地道を上げ、勝った者は早々に執行役員・取締役へ出世していったが 敗れた者はいつしか去って行った、だが正則だけは相も変わらず部長止まりで好きな飛行機をいじっていた。


生涯給料を考えれば何千万も損をしたことだろう、だが現場にとどまったおかげで彼らの数倍…いや数十倍は面白いことを体験し やりたい放題にしてきた、言い換えればそれら代償が今の地位と給料の多寡なのだと納得もしていた。


だが役員定年を迎えた今 妙に気が沈んでしまう、それは己が開発した航空機の完成を見ぬ間に出て行かなければならない執着心からか…いや それとは少し違うような気もする。


(待てよ、先ほど一瞬蘇った感覚、地下鉄で初めて科学に胸をときめかせた記憶。

あんなにわくわくドキドキした想いを味わいたくてこの業界に入ったはず…そうか!思えばあれほどの科学衝撃を味わうことなく去ることの悔しさなんだ、しかし何で退職の日にそれを思い出すのだ…)



 「さて、明日からは子会社の技術役員です、これからもいろいろ御世話になりますよって やりかけのプロジェクトは陰ながら応援させていただきますよ」と高橋にビールを注いで返した。


「浅尾さん陰ながらなんておっしゃらずズバズバ苦言を呈して下さいよぉ」と昨年執行役員になった後輩の太田がビールを片手に正則の横に割り込んできた。


「ところで浅尾さんの所の竹田君がシミュレーションでいいデーターを出したと聞きましたが…どうもシミュレーションばかりに頼る今の風潮は気に入りませんなぁ、やはり飛行機造りは浅尾さんの技術と感性が一番的を射ていると私は思ってるんです。


浅尾さん、楽隠居を決め込むのはまだ早いですよ、何とか初飛行を見るまではプロジェクトに協力して下さい、まっ我々団塊の世代がここまで日本の航空機産業引っ張ってきたのですからその行く末も見守る義務があるというもの、待ってますからね」そう言いながら無理矢理にもビールを注いで引き上げていった。


そののち、役員連が代わる代わるビールを持って現れ今後の技術支援を懇願されお開きとなった。



 正則は規則正しいレールの継目音が知らぬ間に消えているのにふと気づき我に返った、その瞬間 言いしれぬ目眩と吐き気をもよおし目を開いた。


だがその目に飛び込んで来たのはおどろに歪んだ奇っ怪な映像だった。

(馬鹿な!、それほど呑んでいないはず…)


正則は目を擦り再び目を開いてみた、すると視界には真っ白な霧がかかっていた。

心臓を鷲づかみにされる恐怖、脳梗塞・心筋梗塞…年齢相応の病気を一瞬に考え反射的に足下の鞄を抱え助けを求めるように周囲に人影を追った。


箱内は白い霧が消えると今度は眩しいぐらいに光りだした、そして前の座席や歪んだ窓が光りの中にどんどん吸い込まれていく。


(あぁぁ…消えていく)

今からとてつもないことがこの身に起きようとしていることは予見出来た。

(俺の体が異常なのか、それとも外界が異常なのか!)

その想いは恐怖へとすり替わり正則の体は無様に震え始めた。


近くで甲高い悲鳴がわき起こった、と同時に地響きに似た轟きが光りの奥から沸き上がり、次第に耳を劈く圧迫音に変わっていく。


車体は縦横に激しく振動を始め、車窓のガラスが叩かれるように弾け飛んだ、その破壊音に触発され正則は思わず鞄を抱きしめ床に這いつくばった。


直感的に巨大地震と感じ「脱線」を予感したのだ。

(この速度で脱線したら…)その衝撃は破壊的だろう、正則は四肢を硬直させると手で頭を抱え歯を食いしばった。


そのとき「きゃーっ」耳をつんざく悲鳴とともに女が正則にしがみついてきた、と同時に後方の箱から怖ろしい獣が突進してくるのが目端に映った。


この避けようもない感覚、正則は反射的に足が動いた、それはしがみつく女を安全と思われる扉側へ蹴り出していたのだ。


「ドーン…」


猛烈な衝撃と恐ろしいまでの加速度が体を襲い、正則の体は横滑りに宙を飛び運転席の隔壁に叩き付けられた、と ここで正則の意識はぷつりと消えた。




 (はぁ…なんて長い夢なんだろう)

正則はいつ醒めるともしれない たわいのない夢に少々飽き始めていた。


(もう起きるか)

しかし布団の中の暖かみは気持ちよく、すぐに起き上がる気にはなれなかった。


(あっ、そうか昨日退職したんだ、ならばもう少し寝ていてもいいんだ。

たしか子会社へは来月1日からの出社だから2週間以上の休暇か…さてさて何して過ごそうかな。

しかし体中が痛い、歳のせいかなぁ…この痛みじゃ老人が早起きになるのも頷ける)


正則は体の痛みに耐えかねおぼろに目を開けてみた。

(…………)

(はぁ、目も悪くなりやがった、何も見えやしない)

ベッド横のナイトテーブルに置いたはずの眼鏡に手を伸ばした。

(あれ…)いつもと違う。


テーブルが無いのだ、正則は手をもう少し伸ばそうと藻掻いた。

そのときすぐ脇から女の声が湧き上がった。


「あっ!お目覚めですか…お目覚めですね」


(んん、洋子の声にしては若すぎる…)


「父上!兄上」とその女は驚きの声を張り上げた。

妻とは明らかに違う甲高い女の声、(誰!)正則はギョッとして大きく目を見開いた。



 ぼんやりと人影は見えるが定かではない、正則は目を擦って辺りを窺う。

女性の顔が次第にはっきりしてきた、それも満面の笑みをたたえた美しい女性。


(エッ!、俺…いま何処にいるの)

天井・壁・襖どれをとっても見知らぬ佇まい、そのとき襖を開けて数人の男女が寝間に殺到した。


「御目を覚まされたか!おぉっ、これは奇跡 奇跡じゃ、志津江 命の恩人に御礼を申さぬか、ささっ早ように」


すると先ほどの美しい女性が再び枕元に現れた。

「あ…あのう わたくし、志津江と申しまする」ますます顔が近くなる。

「この度はわたくしを救うためこんなに深手を負われ…本当に、本当に有り難う御座いました」と うら若き女性は目に溢れるほどの涙を浮かべ深々と頭を下げた。


(…………何、これってどういうこと…)


正則は慌てて体を起こそうとするが体はピクリとも動いてはくれない。

(えっ、どうなったの俺の体)

狼狽でジタバタと藻掻き始めとき、先ほどの男が横合いからまたもやヌッと顔を出してきた。


「そこもとまだ動いてはなりませぬ、起き上がるなどとんでもない、二十日もの間寝ておられたのですから もそっと寝ておらねば体に触りまするぞ」


(20日…20日間も寝ていただと!)

「あ…あのぉ、ここは一体何処なんでしょう」


正則は初めて声を発した、もう何が何やら訳が分からない。

長い夢が覚め 起きたら他人の家、そして知らぬ女性が涙ながらに礼を言い、禿げたオヤジが20日も寝ていたと言う。


正則はパニックに陥った。


「おぉそうであった、何の説明も無く当方の一方的な物言い御無礼つかまつった、貴殿が我が門前で娘を荒馬から身を挺しお救いいただいたは桜が散る頃、今は皐月になりまするよって、そう…二十日以上にもなりますかな。


娘をかばって荒馬と娘の間に割って入り、おかげで娘は助かったものの貴殿は荒馬に飛ばされ五間先の松の大木に叩き付けられ、肋骨四本と足の骨を折られ、何よりも悪かったのは頭を強く打ったのがいけない、医者は呼吸していることさえ奇跡と言われましての。


寝たきりでもう起きること無く逝かれるものと最近は医者も匙を投げておりましたのじゃ、しかしこの娘が命の恩人じゃと日夜貴殿の横で寝起きし、水などを口に含ませ今日に至りましたのじゃが。


しかしそれにしても奇跡でござる、こんな喜ばしいことは生涯二度は無いことでござろうよ、本当に目出度い 我が家一同深く御礼申し上げまする」


そう言うと、居並んだ一同は神妙顔にお辞儀をする、その光景をまるで他人事のように見つめる正則であった。




 正則が目を覚まして既に一ヶ月が経とうとしていた。

傷も少しずつ癒え、筋肉も付いてきたのか最近では人の肩を借り屋内を少しばかりは歩けるようになっていた。


しかし正則にとってこの一ヶ月間は驚愕の日々であった。

それは、この時代が平成の時代ではなく何と江戸時代ということが分かったからだ。


そして、てっきり巨大地震による地下鉄脱線と思っていたのが何と暴れ馬に体当たりをくらったという、まるで狐につままれた話としか言いようのない出来事なのだ。


あのとき一旦目を覚ました正則であったが、聞いた内容があまりの荒唐無稽さに夢の続きなのだと思い再び目を閉じた。

するとすぐに意識は遠のき、またもや深い眠りに落ちていった。


次に目を覚ましたのは二日後の昼過ぎだった、あまりの空腹感に目を覚ましたのだ。

しかし二十日以上も飲まず食わずで生きていたとは…正則は己の頑強さに舌を巻いた。


初めは白湯、そして重湯から粥へと日を追って形有る食事を摂るにつれ、体中に生気が感じられるようになってきた。


醒めてからも2~3日は起き上がることもかなわず、娘の志津江が手ずから匙で食物を口まで運んでくれた、そして10日目にはようやく半身だけ支えられ体を起こすことが出来、震える手で匙を握った。


正則は震える腕を見つめる、何と青白な細い腕になったんだろうと思う。

体重計は無いが たぶん20kg以上は痩せたと感じる、というのもいつも気にしていた腹回りの贅肉は根こそぎ消失し、あろうことか肋骨さえ浮き上がり、こけた顎と頬には無精髭が長々と蓄えられていたのだ。


以降10日ほど寝屋で過ごし自力で半身の起き上がりと寝返り程度が出来るようになった頃、この屋の離れの陽が明るく入る八畳ほどの部屋が与えられ一日の殆どをそこで過ごすようになった。


そんな日が続いたある朝、騒がしい雀の鳴き声に目を覚ました、だが覚ましたのはやはり元の世界ではなく1世紀半も昔の世界、朝目覚めれば元の世界に戻っている…そんな思いをこれまで何度夢見たことか。


(妻や娘は今頃どうしているのだろう)


退職の日 突然失踪した夫、妻が考えることは事故か女…妻の疑心暗鬼はいかばかりか。

昔正則はある女に溺れた前科が一度有る、それを知った妻の悲しげな涙を見てすぐにその女とは別れたが。

(またぞろ俺が浮気していると思っているのだろうか、それとも震える思いで警察に捜索願を出したのか…父親思いの末の娘、今秋結婚を控えどれほど心細い想いをしているのやら)


タイムスリップ、まるで漫画のような馬鹿げたことがこの身に起きようとは、地下鉄…かつて経験したことのないあの時刻のあの先頭車両、その反日常的な行為がタイムスリップの引き金になったのだろうか、それとも地下鉄を脱線させる程の巨大地震…そう南海トラフ巨大地震のエネルギーが時空を歪ませたのか。


これはいくら考えても想像の埒外である、だからもう考えないようにしていた。

いくら考えたとて元の世界に戻る糸口など見つかるわけもなく、考えれば悲しさと虚しさで早晩狂うのではないかと危惧したからだ。


それより現実的に今をどう生きるかである、幸いこの屋は裕福と見えたが、それにしてもいつまでも居座る訳にもいかず回復すれば出て行かなければならない、だが出たとして生きる糧はどうすればいいのだ。


正則は人間一人になったとき如何にひ弱な生き物だということに気付かされた。

近親者、戸籍、経歴…全てが消えた今、それらが如何に必須であるかを思い知らされたのだ。


そんな悲しみの日々、唯一心の支えとなったのはこの屋の美しいむすめ志津江の存在であった。

歳は十八というが正則には二十歳過ぎの娘に見えた、その落ち着いた物腰と豊かな見識に裏打ちされた所作振る舞いからだろうか。


その志津江は一日の殆どの時間を割いて正則の看護にあたってくれた。

この離れに来た初日も朝から枕元に座り食事と下の世話、それから暖かい手ぬぐいで体の隅々を丁寧に拭いてくれた。


この離れに来た頃より介護は美しい志津江のみとなり、二人きりの生活が始まったのだが…そんな志津江は何の抵抗もなく正則が汚したオシメを交換し、全裸の男の体を優しく拭いてくれる。


正則は朦朧としていた頃はこの行為に何の恥じらいも無かったが、この離れに来て十日も経った頃…若い娘に体を拭かれること、オシメに付着した汚物を見られることに赤面する思いに変わっていった。


年頃の娘に得体の知れない男の世話をためらい無くさせるこの屋の家人。

現代ではとうてい考えられないが この時代では何でも無いことなのだろうか、それとも志津江が家の者には内緒で行っていることなのか。


最近では起き上がることもでき、厠や風呂にも入れるようになったため下の世話は無くなりホッとする正則ではあるが、正直優しく体に触られた想いは数ヶ月の禁欲生活を送る正則にとって性の渇きを助長する行為でもあり、自然と美しい志津江への想いへと刷り込まれていったようだ。


また、志津江からこの時代の文化・風習・生活についても詳しく聞くことが出来た。

特に、今年二月に大塩平八郎の乱が有り正則が暴れ馬に体当たりされ意識不明のころ大塩平八郎は潜伏先で自害しており、またこの前年に各地で飢饉が発生し奥羽地方では死者が十万人に及んだとか、国定忠治が円蔵らと共に赤城山に立て籠もった話とかをまるで講談でも聞くように聞いたのだ。


これらのことから総合して今は天保八年(1837年)の四月ということが分かってきた、つまりあの地下鉄事故に遭った日が2011年3月であったから174年もの年月を一瞬で遡ったということになろうか。


正則は子供の頃より父親の影響か歴史を調べるのが好きで、特に好きな時代は華やかし元禄から幕末であり その時代の年譜に沿った出来事には人並み以上に精通していると自負していた。


ゆえに大塩平八郎とか国定忠治という歴史上の人物が今はつい手の届くところに存在すると思うと妙にわくわくし、会えるものなら一目だけでも会ってみたいとの想いに強く駆られた。


またこの時代に活躍する高野長英・遠山景元・鳥居耀蔵・江川英龍・高島秋帆…等々、数え上げればきりが無いが興味をそそられる人物が続々と登場してくることを考えると妙に浮き足だった。



 いま住まいする離れから江戸城が目の前に見えた、正則が知る皇居からは想像もつかぬ壮大さであり、また江戸の一等地ともいえるここ番町に屋敷を構えるこの屋の主人も位は相当高い人物と想像できた。

ここで正則がこれまで知り得たこの屋敷と主人「鈴木庄左右衛門」なる人物とは。



 江戸城に近い鈴木庄左右衛門の屋敷は市ヶ谷御門に続く三番丁通りに面した閑静に有り、家禄は1500石大番家筋の旗本で所領は旗本領の500石、それに先手組頭職による足高の制で1000石が加増され合計1500石、そのほか役料として300俵が付加された三河以来の生粋の旗本であった。


庄左右衛門の父は鈴木吉右ヱ門といい、庄左右衛門と同様に御先手鉄砲頭であったが その後京都町奉行職に就任している。


京都町奉行職は宮中にも上がるため父吉右ヱ門は従五位下の官位を授かり能登守を授領していた、これにより父は三河以来の鈴木家先祖代々が就いた御役の最高位を極めたわけであるが、このためか庄左右衛門は幼き頃より母・親族縁者から父を超えよとプレッシャーを受け育ったという。


父親の死後、文化六年 庄左右衛門は家督を相続し小普請支配に組み入れられた、これにより石高は元の知行500石へと戻り深川へ御屋敷替えとなる。


小普請組は江戸城や寺社の修繕などの小工事に携わる非常勤の御役である、この非常勤が幸いしたのか彼は学問・武芸に打ち込むことができ、18歳のとき素読吟味を及第し昌平坂学問所に入所、20歳のとき出世の登竜門である学問吟味で甲科を主席で及第した。


また21歳で一刀流の免許目録を受領しその後西ノ丸御書院番士、同御徒士頭を経て父の就いていた御先鉄砲組頭となり、ようやく足高を加え1500石格に戻し屋敷も城に近い番町の片隅が与えられた。


この御先手鉄砲組頭は総御鉄砲頭とも呼び先手組の最高位である、一介の小普請組から実力のみでこの最高位まで上り詰めた庄左右衛門は並の人物ではない事がこの出世劇から物語ることが出来ようか。


彼の家族は、妻は三年前に風邪が元で他界、子供は長男の清太郎・次男の正次郎と末の志津江の3人、そのほか用人1人・内与力4人・家来衆8人・中間4人・小者4人、奥には女中が5人とその取締まり老女1人・他家行儀見習いの娘2人・下男3人・下女2人の大所帯であることもわかった、その数は現代の中小企業の従業員数に匹敵しよう。


そして当の主人・庄左右衛門はまだ45歳の若さというが、この時代では初老の部類に入るらしい、ならば65歳の正則なんぞ死にかけの老人と言うべきであろうか。

また、この離れに来た頃よりこの庄左右衛門と用人の秦野小平はしきりに正則の身の上を知りたがった。

そのたびに志津江は「父上、この方は口をきくことも困難な御様子、元気になられたら私の方からうかがいますので今は御容赦下さりませ」と遮ってもらっていた。


しかし体もようやく動く昨今、いつまでも隠し通せるものではない、思案の末この時代を生きるために考えついたのは記憶喪失をよそおうことであった。


年齢、生国、身分については一切思い出せず、姓名のみは何とか思い出せたと「浅尾正則」と本名を名のった。


主人は「あれほど強く頭を打ったゆえこれはやむを得ませぬ、まっ何れか思い出す日もくるでしょう、それまではなんの遠慮もいりませぬゆえこの屋敷でゆるりとお過ごしなされ」


何の疑いも顔に出さず好々爺を決め込んでくれたこの屋の主人に、正則は涙ぐむのを禁じ得なかった。


しかし疑いを表さない主人や用人にとっては降って湧いた様に荒馬の前に現れた男、その風体は筒袴ともいえない着物を着、髷もなく差し料も身につけず…ただ革製の大きな手提げ箱一個のみを持った奇っ怪な男と映り、その筋に届けるべきかと思案もしたが何よりも娘の命の恩人、医者や配下の者にも一切の他言を禁じ正則の存在を伏せてくれたのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ