第3章 8-3 転校してきた火の鳥
車が出ると、ようやく仕事の話となった。ロシア語の会話なので日本人にはまず分からないだろうが、念のため外では絶対に話さない。つまり、
「スヴァロギッチを倒したのは、日本の狩り蜂というのは本当ですか」
「本当だ」
厳しい顔で、二人を出迎えた内務省の人間が云う。彼が、四人の責任者だった。
「スヴェーチカは、なにをやってたの?」
「そいつの、補佐をした」
「補佐を!? あのスヴェーチカが!?」
女の青い眼が丸くなる。それほど、スヴェータの気位の高さと実力は仲間内でも高名だった。
「どれほどなの、その日本の狩り蜂は」
部下である少し若い職員が、見たままを報告する。狩り蜂の二人の顔が、見る間に強張った。
「最後は、その子を倒さなきゃならないんじゃないの!?」
女が不安げな声を出す。
「いちおう、日本狩り蜂協会の秘蔵っ子だ。そう簡単にそうはならないと思うが……」
「スヴェーチカはどうするの?」
「そいつの監視任務につく」
何とも云えず、女が黙りこむ。
男は、車窓から日本の景色を眺めだした。
「なんにせよ、ロシアの狩り蜂トップスリーがしばらく日本にいるんだ。なんとかなると思うよ」
「だといいがな」
内務省の職員たちの顔は、あくまで厳しかった。
男は、それから東京まで一言も発しなかった。
山桜桃子のクラスはあまり火災の被害がなく、なんとか授業を続けられる状態だった。しかし、学校全体の焼け焦げた臭いが酷く、マスク無しではとても焼けた教室には近づけない。また、男女合わせて五分の一ほどの生徒が休んでいた。あと一週間もすると夏休みに入るので、そのまま家で休ませることになった。ほとんどまっ黒こげで使えない教室もあり、既に誰も登校していない。割れた窓ガラスもまだ板や透明パネルが応急修理で張っているだけで、エアコンの調子も悪く、暑かった。配電盤が生きていて、動くだけましだったが。
「こんな時期だけど、留学生が来ます」
担任の村内教諭が、存外落ち着いた声で紹介する。四十代の女性教諭だった。シングルマザーで、自分の子供は、まだ小学生だった。
「さ、入ってください」
勢いよく横開きの扉を開け、入ってきたのは誰あろう、スヴェータだったので山桜桃子が仰天して席から立ちあがりかけた。
しかし、制服ではなくいつものボロい古着みたいなTシャツと片方が膝で破けたダメージジーンズだったので、皆がざわつく。背も大きいし、発育もよく、高校生に見える。とても中一には見えない。亜麻色の髪を後ろで結んで、アンバーの眼が蛍光灯を反射して光っている。
「ちょっとまだサイズが合わなくて、二学期から制服になりますから、あと一週間くらい我慢してね」
村内教諭がクラスとスヴェータの両方へそう云った。
「アタシは、別にずっとコレでもいいけど」
いきなり日本語を上手に話したので、ざわつきが大きくなる。
「そうはいかないの。さ、自己紹介してください」
スヴェータが腰へ片手を当て、モデルのように長い脚を開いて教室を睥睨し、
「スヴェトラーナ・アレクサーンダラヴナ・ムラヴィーンスカヤです。スヴェータでいいから」
圧倒され、教室は静まり返った。スヴェータが目を白黒させて眉をひそめている山桜桃子へ向けて、ウィンクした。
校庭では、幽体のゾンとイヴァンが並んで、ぼんやりと眩しそうに火の神を討ち破ったグラウンドを眺めていた。
戦いの名残のように、陽炎が立っている。
今日も晴れ。日差しはさらに強い。
ゾンの足元を、アリが列を成して歩いていた。
了
初めて1人称に挑戦しましたが、結果として最後まで書き切れず大失敗でした(˘ω˘;)
たぶんもう1人称では書きません。
この作品のネタは、ちがう作品に活かせたらいいなと思います(^ω^)
ありがとうございました。




