第3章 7-1 あいつが魔神憑き
ぶつぶつ云うのが聞こえる。山桜桃子は、中川が錯乱していると思った。
「私にも見えます! 危ないから、センパイ早く!」
「ねえ……天御門……火が……火が見えるよ……」
「分かってますって!」
山桜桃子が中川の腕を掴もうとしたとき、
「……!!」
ボゥア!! ボウ、ボウ、ズボオァアア!! 忽然と炎が吹き上がり、中学校の屋上に火柱が立ち上る。ゾンは間一髪、山桜桃子を片手で持ち上げるや魔力で防御結界を張って一足飛びに屋上の端まで飛んだ。ズシャア! ゾンが着地すると屋上のコンクリートブロックが砕け、めくれ上がった。
「ま……」
ゾンの腕の中で、山桜桃子は信じられない思いでその真っ赤に燃える火の塊を見つめた。中川胡桃が、その炎の中心でぐったりとうなだれていた。
「まさ……まさ……か……」
「ユスラァ、覚悟きめろや」
ゾンが聴いたこともないような、厳しい声を出した。
「あいつが魔神憑きだ」
7
ゾンは山桜桃子を下ろし、火の塊に対峙した。山桜桃子には二十メートルは立ち上がった太い火柱にしか見えなかったが、ゾンには見えていた。強大な神気を禍々しくとぐろに曲げ、炎の剣を右手にした雄々しい古代スラヴ人の戦士の姿をしている。筋骨隆々のほぼ半裸で、革紐と鞣革で造られた胸当てには、雄牛の頭骨のレリーフがあった。全身が炎に包まれ、ゾンを睥睨している。
「おうおうおう、クソド田舎の火神風情が、それらしいかっこうしてるじゃねえか」
ゾンが鼻で笑いながら、普段より少しずつ溜めている魔力を解放する。使いすぎると自動的に元の世界から山桜桃子を通して供給されてしまい、山桜桃子の寿命を格段に縮めると考えられるため、加減が必要だ。
だが、加減が通用する相手かどうか。
手始めにドモヴォーイを相手にした時のように、ゾンは自らの全身へ自分の火をつけた。単純な耐火魔法や水力の対抗魔法は、魔力消費が激しいためご法度だ。現役時代ならば自動発動する無限耐火で、こんなとっくのとうに忘れ去られて引退した魔神の力など、火の攻撃の内にも入らないのだが、現在はこっちも引退している身分だ。工夫が必要である。火は火で防御する。これは逆に、アンデッドとなった今の状態でしか使えぬ技かもしれない。常識としてアンデッドは火に弱いが、基本的に幽体であるし、自分に自分の火は通用しない程には魔力が残っている。
「オラ、来いよ、ジジイ!」
現在の竜人形態では数倍の大きさの火の神スヴァロギッチめがけ、全身の燃え盛るゾンが一歩一歩近づいてゆく。
「ゾン、待って、センパイはどうなるの!?」
「覚悟きめろや! 土蜘蛛とおんなじだぜ!」
振り返らず、ゾンが叫ぶ。山桜桃子は身震いした。
「そんな……!」
山桜桃子にスヴァロギッチの姿は見えない。ただ、火柱の中で翻弄され、まるで蝋燭の芯のようになっている中川が見えるだけだ。
そのゾンめがけ、スヴァロギッチが雄たけびを上げて炎の剣を振り下ろした。その時、ようやく山桜桃子にもその姿が見える。しかし、山桜桃子には炎の塊の中に漆黒の煙が人の姿となって浮かび上がり、業火の空気を呑みこんで燃え上がる凄まじい轟音が響いているだけだった。
「ゾン! 天井を抜かせるな!!」
教室へあの猛烈な炎が雪崩こめば、生徒たちはまず間違いなく全員が黒焦げだ。山桜桃子は中川にかまう余裕もなくなり、ゾンへ命じた。
「難しい相談だぜぇ!」




