第3章 5-1 スヴァロギッチ
「ヘエエ!? 神様!?」
山桜桃子はふきだして笑って、傷が痛くて顔をしかめた。
「ばっかじゃないの。どんな神様だっつうの」
鼻を鳴らして、山桜桃子は家へ戻ってしまった。ゾンは無言で、木々の向こうの火柱の上がった方角をみつめた。
火の霊気……いや、神気なのだろうが、それはもはや魔神といってよいほど変質している……その火気の痕跡が、いまだ色濃く立ち上っている。
(いまごろ、あのガムのねえちゃんはてんてこまいだろうよ、ヘッヘ。ま、オレにゃあ関係ねえけどな)
そう思いつつ、火神野郎がロシアのガキがらみだっつうんなら、関わらざるを得まい。ゾンはもう、いかに山桜桃子へ負担をかけずに火の神クラスの相手と殺りあうか、ゆっくりと考え始めた。久しぶりの大物相手に、ゾンビでゴースト、それに魔力を全開にできないというハンデ付でどうやるか。意外と楽しい。
(なんてったって、ここでユスラに死なれちゃあ、オレも困るからよう、ヘッ、ヘッ、ヘヘ……)
久しぶりに味わう本気の戦闘感触に、ゾンは満足していた。
夕刻前の薄い青空に、ゾンの眼のような白い月が浮かんでいる。
5
スヴェータことスヴェトラーナ・アレクサーンダラヴナ・ムラヴィーンスカヤは、父親の仕事の関係もあり、七歳から日本語を学ぶ環境にあって、十三歳となったいまではほぼ不自由なく話すことができる。ただし、漢字はまだよくわからない。
ロシア内務省と密接に結びついているロシア狩り蜂協会にあって、スヴェータのゴステトラは最強クラスといってよかった。火の鳥……すなわち、ロシアの民話にある王子イヴァン・ツェレヴィチと火の鳥と灰色狼の、火の鳥である。これは、中国や日本の鳳凰や、アラビア神話によるフェニックスとは微妙に違う存在であった。
いま、少数精鋭でスヴェータを筆頭に何人かのロシアの狩り蜂が秘密裏に日本で退治を行ない、ロシア内務省がそれを全面的にバックアップしている。
「ダモヴォーイをつぶした数は、今日時点で合計十七匹です」
「あと数匹かつぶせば、ヤツも焦れてくるのではないかと?」
「なんとかして、尻尾を出させるんだ」
新宿の某ホテルの上階室で、内務省の担当者たちがスヴェータと打ち合わせをする。しかし、いくら実力がナンバーワンだとはいえ、他の狩り蜂とちがいスヴェータはまだ子供であり、あまりこみ入った話は長続きしない。
現に、スヴェータは山桜桃子とケンカをした日からすこぶる機嫌が悪く、まともに話を聞こうともせぬ。こちらも、顔や手にベタベタと貼られている絆創膏や湿布、ガーゼが痛々しい。
「おい、スヴェータ……」
「うるさい! そっちはそっちで、勝手にやってよ! あたしは、云われたことだけやってるから!」
内務省特殊現象情報部のスヴェータ担当補佐官三人は、毎度のことながら嘆息と共に肩をすくめるしかない。
「合計ったって、あたしはまだ五匹だし……しかも一匹は日本のゴステトラにとられちゃったし……」
窓際でソファに踏ん反りかえり、デニムのショートパンツに新しいTシャツ姿で足を組んで窓を眺めながらブツブツ云う。
「本命はダモヴォーイじゃない。小さいメンツにこだわるな」
日本では保護者も兼ねるコンスタンチン隊長が、自身の娘とあまり変わらない歳のスヴェータを色々と諭すが、一人っ子なうえ十歳からロシアを代表するエリート狩り蜂をやっているスヴェータには、ほとほと手を焼いていた。
「知ってるって。あんなの、スヴァロギッチがいくらでも生み出せるじゃない。いつまでちまちまやっつけてるつもり!?」
「そうは云っても限界もある。そろそろ、ヤツも何らかの……」
「アッ!!」




