第3章 4-2 本部道場
太正時代に天皇の裁可を得て明心神宮敷地内に作られた八尺天心守護闘霊本部道場は、都内の一軒家にしては寺社仏閣並に大きいが、それでも思いのほかこじんまりしていると似衣奈は思った。てっきり、明心神宮並に大きいと思っていた。
とはいえ、武道場や茶室、華道の稽古場も備え、そこそこの施設規模ではある。日本狩り蜂協会そのものは既に新宿でビルを構え、こちらは宗家としての機能しかない。日本の守護闘霊界の総本山にして総本家であるが、狩り蜂の数が必然、限られているため、そう大きな組織ではない。ただし、影響力は中世より朝廷や幕府へ厳然と仕え、近代化後は帝国政府直轄となり、民間となった今でも各方面へ果てしないものを持っている。
公園を横切り、一般人は立ち入り禁止の森の中へ忽然とその門は現れる。鳥居のように、門だけがそこにある。常に警備員とそのゴステトラが幽体や実体で周囲を監視していた。警備員ですら、狩り蜂だ。警備隊長は、協会の職員で免許保持者だった。
山桜桃子は今でこそ慣れたが、この物々しさに息が詰まって越してきてから四月中ごろまでは本当に憂鬱だった。
似衣奈は見張りに気づいているのかいないのか、この二十一世紀の現代においても鬱蒼とした都会の中の森林に佇む古めかしい特殊な力の根源という独特の雰囲気の中で興奮していた。
門をくぐり、道場の裏へ回ると母屋がある。菫子と山桜桃子の家だ。古い家で、リフォームはされているが基本的に山桜桃子の亡くなった祖母の杜若子や、母の櫻子が住んでいたころと変わっていない。道場にもつながっていた。今は、菫子と山桜桃子の二人しか住んでいない。
道場では、かつては修験道のように霊力を高める守護闘霊の厳しい修行も行われていたが、戦後、実はあまり意味がないことが分かって、現在は形式的に簡素化したものが精神修練として行われている。
またゴステトラ同士の模擬戦も稽古として行われた時期もあったが、これもあまり意味がないことが判明し、かつ危険なため今は行われていない。というのも、ゴステトラは最初から力、すなわち「強さ」がほとんど決まっていて、修練しても特に強くならないのだった。あとは「どう遣うか」という狩り蜂の問題だったので、それは座学として各狩り蜂が基本的なことを学び、自分のゴステトラに合わせてどう実践するかは各個人にまかされていた。ゴステトラは道具であり、道具同士をぶつけ合っても道具の性能は上がらない。
そのうえ、ゴステトラが傷つくと狩り蜂も反動でダメージを受けるので、無暗に戦わせるのは意味がない上に非常にリスクが大きいのだった。
そのほか、八尺天心流茶道、華道、兵法(弓、杖、剣、小太刀、居合、長刀、手裏剣、鎖鎌)が常に稽古されていた。門人は全て協会員で、狩り蜂が基本だが普通の職員やその家族も学ぶことができる。それらの宗家も、全て菫子であった。
山桜桃子は、その三道宗家を継ぐことも求められていたが、さすがにもうそれはいいだろうという空気にもなっている。現代人の生活で、それら全てを極めるのはもう困難であった。せめて名前だけの名誉顧問になるとか、手はあった。
「でも、そろそろお稽古、はじめるんでしょお?」
「うぇ……ん……ま、その……うん……」
堅苦しいことが大嫌いな山桜桃子は、心の底から稽古が嫌だった。特に華道と茶道だ。着物も嫌なら正座も嫌だった。武道関連は、実は面白そうと思っている。
「そのうちね」
などとごまかして、山桜桃子はまっすぐ部屋へ案内した。
「えっ、なに? お手伝いさんがあんなにいるのお!?」




