第3章 1-2 魔神憑き
礼をして椀をおしいただき、茶を飲み終え、また千哉が礼をして碗を返す。
「ご存知ですか?」
菫子はしばし無言で椀を洗い拭き清めていたが、それを自分と千哉の中間へ置き、千哉へ向き直った。本来であれば客が茶碗を鑑賞する場面だが、
「先代から、聴いたことはあるわよ。真偽のほどは、定かではなかったけれど……ロシア革命のどさくさでロシアの古い魔導師が蘇り、革命政府へ紛れこんで各地の教会を破壊。ロシア正教の封印を次々に破って、悪魔や魔神として封じられていた古い精霊、異教神をみんな解き放ったと」
「それが、どうして日本へ?」
「さあ……それは分からないけれど……白系ロシア人へ憑いて、満州経由で日本へ来た可能性はあるわね」
「どうして現代に活動を始めたのでしょうか?」
「それも分からないわ」
「ジヤヴェーク、とは?」
「魔神憑きよ」
「魔神憑き!?」
千哉が目を丸くする。聴いたこともない。
「土蜘蛛とは……違うのですか?」
「そうねえ、似たようなものだけど、単に強力な土蜘蛛というわけではないわ」
「土蜘蛛ではない……」
「ええ」
菫子の顔から微笑が消えた。千哉も背筋を伸ばしなおす。
「悪魔もピンからキリでしょうけど、魔神級の存在は、人間を次々に贄として遣い、遣いつぶして次の人間へ移るの。土蜘蛛みたいにその贄と一体化しない。自分は配下の精霊や妖怪、悪魔、下位魔神、または土蜘蛛を遣い、正体をけして表さない。やっと突き止めて退治しようと思った頃には、次の人間へ移っている場合が多く、なかなか退治できないとされている。もちろん、力も、免許が退治するような土蜘蛛の十体分にも二十体分にも、相手によってはそれ以上にも相当する」
「それが東京に!?」
「そのロシアの狩り蜂がそう云ったのなら、そうなんでしょうね」
「ど……」
千哉は喉が緊張で乾き、声が出なかった。なんとか唾を出し、
「どうすれ……ば……いいでしょう……か……」
さしもの菫子も、軽く嘆息した。自分が二十年……いや、十年若ければ……杜若子が死ななければ……櫻子が出て行かなければ……全ては、過ぎてしまった現実だ。過去は変わらない。
「ロシアが責任をもってやるというのなら、やってもらうしかないわね」
「しか、しかし、ここは日本です!」
千哉は、思わず声を荒らげてしまった。すぐに、失礼を詫びる。
「……申し訳ありません」
「魔神憑きを退治できる狩り蜂は、いまの日本にはいないでしょう」
「それは……!」
また菫子が水差しへ向き直る。視線を外し、
「山桜桃子には、まだ早いわ」
千哉が黙った。まったくもって、その通りだ。いくら山桜桃子が、自分や菫子を超える超天才だったとしても。圧倒的に経験が足りぬ。
「いま、山桜桃子に何かあっては困るの。分かるでしょう? たとえ、貴女が跡を継ぐことになったとしても」
千哉が息をのむ。




