第3章 1-1 茶室
「ユスラ、おめえ、あの小っせえおっさんがなんなのか、知ってるか?」
「は?」
ユスラが、こいつまた意味不明なこと云ってる……という憐憫の眼でオレを見つめながら、
「知るわけないじゃん」
と云い放った。つまり、少なくともユスラの知ってるこの国の古い精霊じゃあねえってこった。
こりゃあオレの推測だが……ありゃ、あの異国のガキの国から来た精霊じゃねえか。小っせえおっさんのカオが、この国の民族のカオじゃあねえ。基本的な造りっつう意味でな。高え鼻とかよ。あの異国のガキに似ていやがった。
どうやって来たのか、まではしらねえけど。
あの異国のガキは、この国でそれを狩っている。それも、ユスラ達の許可を得ねえで、勝手にな。仲間もいるってこった。あの、センパイん家を見張ってたのは、あいつの仲間だろう。つじつまが合うぜ。
てえことは、あのガキの個人的な仕業じゃあなく、そのロシアっつう国の政府か、少なくともロシアの狩り蜂協会の正式な任務でやってるんだ。小せえ話じゃねえぞ。
やれやれ、こいつぁめんどくせー。そんなのに巻きこまねえでほしいなあ。
オレはゆっくりと消えた。もう、火事どころじゃねえ。
ユスラも、オレが消えたのを確認すると素早くその場から立ち去って、まっすぐ家へ帰った。少し、休んだ方がいいだろう。
それにしても……得体のしれねえ精霊と、それを人の縄張りで勝手に狩る異国の連中とはねえ。面倒を極めるが、ユスラの立場じゃあ関わらねえわけにゃいかねえだろうぜ。
ところが、オレとユスラはまだまだそんなもんじゃねえ、とんでもねえやつと戦りあう羽目になりゃあがった。
雨季が終わって、にわかに天気が良くなった。
日差しがまぶしいぜ。ゾンビにゃあよう。
第三章
1
六月も最終週へ入ったその日、天御門八尺天心守護闘霊本部道場の隅にある太正時代に建てられた古い茶室で、宗家当主の天御門菫子と一時期はその後継者とも目された愛弟子にして内弟子の籠目千哉が、定期的な師弟のみの極秘の打ち合わせを行っていた。銀を基調とした菫模様の留袖に、プラチナ糸により八尺天心流の勾玉紋様が入った帯をした菫子の自動人形の域にまで達した天御門流茶道の所作が、仄暗い茶室の中で幽玄に映える。片や千哉は警察の制服だ。菫子手作りの干菓子を食べ、千哉が薄い鼠志野の茶碗できれいに泡が螺旋に渦巻く茶をのむ。
「ロシアはなにか云ってきましたか?」
茶碗を返してから、静かに千哉が問うた。
菫子が音も無く水で注いで拭き清め、一切の澱みのない所作でお代わりを点てながら、
「やっと、退治の許可を求めてきましたよ」
それは、日本国内で正式にロシアの狩り蜂が退治を行って良いかという、ロシア狩り蜂協会からの許可申請だ。
「隠しきれなくなったと思ったのでしょうか」
「向こうの切り札が、こちらの切り札と接触したのが大きいみたいね」
菫子が笑う。千哉は笑えなかった。
「それで、日本政府はなんて?」
「まだ、ロシア政府から正式な話は何も無いようです。しかし、ロシア内務省からは内々に警視庁へ話がありました。日本国内での、ロシア狩り蜂協会構成員による一切の退治の黙認を求めてきました」
「見返りは?」
「上は何かしら考えているようですが、私には、何も……」
菫子が茶のお代わりを出した。
「一切の退治とは……やはり、土蜘蛛だけではないようね」
「お嬢様の報告にあった、古いロシア土着精霊と思わしき存在でしょうか」
「それと……」
「ジヤヴェーク」




