第2章 4-2 刀精
ユスラが青い顔して口へ手を押さえている。具合が悪ぃのか?
その日はそのまま帰って、女給たちがなにやら部屋へ入ってユスラの世話を焼いていた。どうも、気分が悪くてハラが痛えらしい。
ストレスかねえ……。しばらく休んだほうがいいと思うがね。
次の日、ばあさんが用事から帰って来て、あの禁煙でガムくってるねえちゃんもやって来て打ち合わせをした。ユスラは学校へ行ったが、やっぱりずっと調子が悪かったようで、下校時も図書室で本も読まずに帰った。
ガムねえちゃんとばあさんは、けっこう長い間打ち合わせをしていた。屋外にある、茶を飲む専用だっつう掘っ建て小屋みてえなばあさんの部屋は強力な結界があって、ゴストテラも入られねえ。
ねえちゃんのゴステトラも、部屋の外で待ってやがる。
「ご機嫌うるわしゅう、ゾンどの」
にやけたすましヅラで、口元を長い袖で隠してオレに挨拶する。
「おう、お疲れさん」
別にいけすかねえとかじゃないので、オレもふつうだ。
こいつはこいつで、またちょっと変わっている。鎌倉時代の狩衣っていう古い装束に似ているが、正確には違うよくわかんねえちゃらい格好をした美青年だ……。実在の人物じゃねえ。最初は女装でもしてるのかと思ったが、別にそういう趣味とかじゃなく、なんか……最初からこういうもんらしい。ちゃらくて細面の優男だが、こいつ、そうとう強えよ。ウスイサンに匹敵するだろう。
こいつは、云うなりゃ武器の精霊だ。この国の古い刀のな。なんか、そういうゲームがあるだろ。人間の姿をした刀の精霊を絵駒として使うやつ……ああいうのは、別に単なる思いつきじゃなく、やっぱり、こういう輩が「見える」やつらがそれをヒントに考えてるわけよ。単なる思いつきで、あんな刀だ、軍船だが人間になるなんてものを考えるやつぁ、頭脳を医者に診てもらうことをお奨めするぜ。
「どうだい、火付けの犯人は分かったのか」
「なかなか尻尾を出しませぬ。ただの土蜘蛛では無い模様にて……」
刀がため息交じりに憂い顔で答える。やっぱりな。ふつうの土蜘蛛はあんなこたあしねえ。オレの思ったとおりだ。
「けど、土蜘蛛案件なんだろ? あんたやねえちゃんが出張ってるんだからよう」
「他にやる役所が無いのですよ。それに、なにやら外つ国がからんでいるとか」
「とつ……外国がか?」
他の都市国家ってことか? そういや、ユスラたちとは違う人種のガキがいたな。てっきりこの国に住む少数民族だと思ってたが。ユスラの仲間の、火のゴストテラ遣いじゃあねえのか。
「オレぁこっちに来たばかりだから、よく分からねえが……土蜘蛛ってのは、その場その場で発生するもんじゃねえの? そんな、余所の国から来るなんてえのがあるのかよ」
「ええ、古くは、例が無いわけではありませぬ。唐、天竺、高麗より海を渡って来た土蜘蛛もおりました」
海を渡って? 確かに、この都市にゃでけえ港があるが……。
「えっ、なに、この国って島なの?」
「大八洲ですよ」
意味がわかんねえ。
とにかく、余所の国から土蜘蛛がねえ……。余所の国の土蜘蛛は、やっぱり変わってるのかもしれねえ。言語がちがうと発想や思考もちがうからな。土蜘蛛が人間を贄としている以上、土蜘蛛になっても人間だったころの考え方に影響を受けるのかもしれねえ。わかんねーけど。
「ま、オレやユスラにゃ関係のねえことだ。まきこまねえでくれ」
「分かっておりますよ。ゾンどの……」
オレなんかに流し目したって、どうにもならねえだろうに……おもしれえやつだな。
夕方近く、用事の終わったガムのねえちゃんがユスラの部屋を尋ねた。ユスラはベッドへ横になっていたが、ねえちゃんが来ると表情を和らげ、起き上がった。




