第1章 4-2 オレたちの案件
トホホ……また家庭教師か。二人ともいい学校行ってるから、あたしとはアタマの地がちがうんだよー。あたしがなんでわかんないのかがわかんないんだ、二人とも。
公園の隅にあるおしゃれなカフェで、二時間くらい二人で問題集を見てくれる。あたしは特に理数系がダメで……英語もだけど……眞はもともと理数科だし、雷は経済学部かなんだかだけど、そもそもけっこういい大学だから、中一の理数なんか幼稚園児にあいうえおを教えるレベルだと思ってる。二人とも根気よくこんなあたしにつきあってくれてるけど……わかんねーもんはわかんねーよー。
二時間もするとあたしの集中力が限界だった。二人は、それもよく分かってる。
「ケーキでも食おうや」
ケーキは雷がおごってくれる。いちおう、一番年上だし、大人だから。
窓が少し開いていて、五月の風が心地よい。碧のにおいがする。
また、遠くから消防車の音がした。今日、三回目じゃん。
あたしが風に乗って聴こえてくるその音へ顔を向けてると、
「気になりますか?」
メガネへ夕日を反射させて、眞が聴いてきた。
「放火かも、だって」
「放火だったら、警察の出番だなあ。オレたちには関係ないね」
雷は紅茶党だ。眞はコーヒー派。あたしは、ケーキにジュースでOK。子供だしね。でも炭酸は嫌い。よけい子供か。
「警察といえば、警視庁が大先生のところへ来てました」
「警視庁……籠目先生か」
「そうでしょうね」
「籠目先生のご登場なら……こりゃ、オレたちの案件かもな」
そう。籠目千哉さん。ババアーの超秘蔵っ子。すっごい狩り蜂。もし、あたしがここへ来なかったら、千哉さんを養子にして跡を継がせるって話も進んでたくらい。そんくらいスゴイ。なんたって、二十三歳でとっくに免許。たぶん、いま免許保持者で最年少だ。たしか十五歳で入門して、三年と十か月で免許になった。道場史上、三番目か四番目くらいの記録のはず。大学を出て、そのまま警視庁に就職した。警視庁の、特殊現象対策課ね。土蜘蛛犯罪専門の部署。免許をもった狩り蜂が六人くらいいるって聴いた。その中でも、千哉さんは一番若いのに、別格に強いんだ。
そもそも、なんで警察に狩り蜂がいるのかというと、土蜘蛛は出てきたらすぐに退治しちゃうんだけど、中にはふつうの人間の犯罪者と組んでる場合もあるから……あたりまえだけど、人間は退治しないで逮捕しなきゃならない。それに、もし逮捕した人が土蜘蛛になる前の状態だったら、ババアーみたいに「除障」ができる人に悪いゴステトラを祓ってもらえば、助かる可能性もある。その人がゴステトラ持ちじゃなくても、強いゴステトラの影響によって身体を壊す場合や、その「影響」が成長して……新しい土蜘蛛になる例もあるから、やっぱり祓ったほうが断然いいわけ。
千哉さんは、除障ができる数少ない狩り蜂の一人なんだ。
それより、オレたちの案件って……。
「放火犯が、土蜘蛛ってこと!?」
すぐ、二人が指を口へ当てる。
「あっ……」
ここは道場じゃない。一般人も多いのに、あまり不用意なことを口走るとパニックになるので、声をひそめるのが常識だ。忘れてたけど。
「ごめん……」
雷が咳払いをし、周囲を確認する。お客さんはそこそこ入ってたけど、気づかれなかったみたいだ。
「まだわかんないけど、籠目先生がわざわざ大先生のところへ何か相談、もしくは報告に来たってことは、よっぽどでかい案件と思っていい」
雷と千哉さんはみっつしか歳がちがわないけど、紙切と免許じゃ月とスッポン。とうぜん、千哉さんは「先生」だ。たとえ相手が年下でも、免許だと「先生」になる。
「でかいって、どういう意味?」
「土蜘蛛が、大物なんでしょう。もしかすると、組織犯罪かもしれません……」
「どうゆうこと?」
眞のメガネが光った。