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第5話 芭蘭

 京の町を離れ歩くこと10分。

 木々がまばらに生える森の中にそれはあった。


「何か……普通だな」


 木々の中にポツンと出てきたのは木造の小さい小屋。

 何の色も塗られていない飾り気のないその家は、最近建てられたのかほとんど汚れていなかった。

 その家には窓や煙突の様なものは一切なかったがドアが一つだけ存在し、そこには陰陽京の住民らしき人が8人ほど並んでいた。


「どうやら間違いないみたいだな」


 ここが例の人物がいる場所だと確信した俺は二人を連れ裂の最後尾に向かい歩を進める。

 並んでる人たちはみな不安半分期待半分といった感じだ。


「おや、あんたらも芭蘭ばらん様に会いに来たんか。運がいい、まだ陰陽師の連中は来とらんぞ」


 列の最後尾に並ぶと、一番後ろに並んでいた老婆が話しかけてくる。

 どうやら俺たちが余所者だとは気づいてない様子。少し情報を引き出してみるか。


芭蘭ばらん様というのはこの小屋の中にいる魔人に変える力を持つ者、で間違いないですか?」


「ああ、ああ、そうじゃそうじゃ。神の如き御業を使い私たち平民を進化させてくださる救世主。それが芭蘭様じゃ」


 ありがたやありがたやと老婆は手を擦り合わせながら芭蘭とやらへ祈りを捧げだす。

 どうやら魔人を作る人物がいるというのはもう平民の間では周知の事実みたいだ。しかもその人物は救世主として信仰され始めているようだ。

 これはいよいよきな臭くなってきたぜ。


 そういや他にもなんか気になる事を言っていたな。

 そっちも聞いてみるか。


「さっき陰陽師が来ると言っていたがそれはどういう意味だ?」


「お主何も知らなんだな。まあいい、待つのも暇じゃから教えてやろう」


 老婆がおしゃべりな性格で助かった。

 どんどん口を滑らせてくれ。


「陰陽師共は力のない平民を支配し甘い蜜を吸っておるのじゃ。魔獣から守る代わりにわしら平民から税を徴収してな。だからその支配構造を壊しかねない芭蘭様が憎いんじゃよ」


「……じゃあ陰陽師と芭蘭は敵対しているのか」


しかり。そのせいで芭蘭様は居住を転々としておられる。この場所もしばらくすれば見つかってしまうじゃろう」


 どうやら事態は思ったより複雑みたいだ。


 謎の目的で魔人を増やす芭蘭なる人物とそれを崇拝する人々。

 そして魔人を増やされたくない陰陽師。


 この情報だけだと誰が悪いのか分からないな。

 もっと情報が欲しい。


「お、ほれほれ。さっき入った男が出てきたぞ」


 小屋のドアから一人、男が出てくる。

 男の表情は喜びが抑えられないのか口元が緩んでいる。


「殿……!」

「ああ、胡散臭い話だと思ってたがまさか本当だとはな」


 出てきた男からは確かに魔力を感じる。

 列に並んでる者たちからは一切魔力を感じないのでこの小屋の主の力はもはや疑いようのないものとなった。


 だとすれば並んでいるのも時間の無駄だ。


「眠れ、広範囲睡眠エクスティンシブスリープ


 半径20m程度の範囲で睡眠魔法をかける。

 ここからなら並んでる範囲はもちろん、小屋まですっぽりと覆う範囲だ。


「ちょっとちょっと! 魔法使うなら言ってや!」


 俺の突然の行動に抗議するハコだが事も無げに抵抗レジストしているのは流石だ。

 虎鉄も涼しい顔して平然としている。


「ごめんごめん。でもこれで道は開けたろ?」


 小屋の前には出てきた男含めて9人あスヤスヤと眠っている。

 中の人物にも効いていると助かるのだが。


「まあそう簡単にはいかないよな……」


 小屋の中からは何者かの気配を確かに感じる。

 魔力とも違う、何か異質な力。似たような気をどこかで感じた気もするが……今は思い出せない。


「お邪魔するぞ」


 一応声をかけつつドアを開ける。


 作られたばかりのきれいなドアは音一つ上げず俺たちを向かい入れるかのようにスッと開く。



「ふふふ、いらっしゃい。客人たちよ。進化を希望……ではないみたいだね」



 小屋にいたのは痩身の男。

 綺麗に短く整えられた髪にピシっとしたスーツを着こなしており、まるで一流企業のサラリーマンって感じだ。

 今の世界に昔のサラリーマンが現存しているかはわからんが。


 見た印象はそのくらいだが、醸し出す雰囲気が常人とは明らかに異なる。

 こんなにも思考を読めないのは初めてだ。


「……お前は何者だ」


「私は芭蘭ばらん。人の行く末を憂い、後に従う者を導く者さ」


 すらすらと意味の分からない事を言いやがる。

 どうやら想定していたよりもやべえ奴に出会ってしまったらしい。


 虎鉄とハコもそれを感じ取ったのか臨戦態勢に入り、芭蘭を囲むようにジリジリと移動している。


「いやあ今日はめでたい日だ! ようやく私のことを見つけ出してくれる者が現れた! 陰陽師共ではなく君たちに目をつけとくべきだった!!」


「何言ってんだお前。陰陽師共はお前を追ってるんだろ?」


 ならば俺たちより先に会っているはずだ。


「ふふ、彼らは私の事を不思議な力を持つ魔人くらいにしか思っていない。しかし君は違う、そうだろジーク君(・・・・)?」


「……!!」


 その言葉を聞いた瞬間、俺の全身を寒気が走り抜ける。

 今の俺の体に魔王を感じさせるものは一切ない筈。それなのになぜ!?


「君は既にこの世界を変質させた者の存在に気づき始めている。その上で私の元まで辿り着いた。これは凄い事だよ」


 ……どうやら俺の正体どころか何を研究しているかまで把握されているみたいだ。

 俺はいつしか自分が全てを上手くやっているつもりになっていたらしい。


 俺の、俺たちの想像を超える化け物はいたのだ。


「そんなに怯えないで欲しい。私は君たちを害すつもりは全く無い。むしろ応援したいくらいなんだ」


「そんな言葉を信じられると思うか?」


 俺の言葉に芭蘭はやれやれといった感じで肩をすくめる。


「君達じゃ無駄だと思うけど……そんなにやりたいならかかっておいでよ」


 芭蘭は面倒くさそうにかかってこいと言わんばかりに指をくいくい曲げる。

 完全に舐め腐ってやがる。


「虎鉄!!」


「御意」


 俺の呼びかけに一瞬で応じた虎鉄が腰に掛けた刀に手をかけ一瞬で距離を詰める。

 虎鉄の居合術の速さは魔王国の中でも最高クラス。この距離で放たれれば何が起きたかも理解できないだろう。


 当たれば即死は免れないだろうがまあいい。

 死んでからでも情報を引き出す方法はいくらでもある。


 最も悪手なのはここで様子見をしてこちらに死人が出ること。

 それだけは避けなければならない。


「――――切り捨て御免ッ!」


 まるで吸い寄せられるかの如く芭蘭の首筋へ振り抜かれた刀は寸分狂わず首に命中し……切り払われた。

 宙へ舞い上がった首はくるくると回りながら芭蘭の足元へ落下する。


「……ふう」


 ひとまず安心だ。

 まだわからないことだらけだが当面の危機は去ったと言えよう。

 これから忙しくなるぞ。


 さて死体を回収するか。


「何かおかしい」


 刀を抜き放った状態の虎鉄がつぶやく。


「確かにいくら何でも弱すぎるな」


「そうではござらん。斬った感触があまりに異質・・でした。硬さこそ人体に近いですがもっと無機質な感じでした」


 芭蘭だったものをよく観察する。

 首のないその体を、この体に搭載された解析装置で解析してみるが人体で間違いないとの結果が出る。

 しかし、妙な点がある。


 細胞の一つ一つが、若いのだ。

 まるで今しがた産み落とされた赤子の様だ。


「ふふふ、驚いていただけたかな?」


「!!」


 狭い小屋に鳴り響く芭蘭の声。

 その発生源、それは切り落とされ絶命したはずの頭からだった。


「貴様、何をした……!」


「簡単なこと、君たちが入り込む直前にこの体を作ったのさ。本物の私はもうとっくに逃げおおせた」


「これが仮初の肉体だと!?」


 確かにだとしたら細胞が若いのも頷ける。


 だけどありえない。


 人体錬成など魔法の域を超えている。

 それは神の領域に近しい行為。神の真似事をしている俺たちでは到底及びつかない行為だ。


「私を見つけた君たちの進化を願い一つ教えよう。この技は君たちの知るところの『魔法』とは根本から異なる。そうだな、名前を付けるなら『神秘』とでもしようか」


 神秘とは御大層なネーミングだ。

 しかし確かにこれはそう呼ぶに値する所業だ。


「貴様らの狙いはなんだ?」


 もう逃げられるのは確定している。

 せめて出来ることと言えば情報を引き出すことくらいだ。ただでは逃さんぞ。


「最初に言いましたよね。人類の進化こそが我らの願い。どうかあなたたちも美味しく育ってくださいね?」


 そう喋るのを最後に芭蘭の死体はパラパラと崩れ消え去っていく。

 それは床にした立っていた血も同様で、数秒後には奴のいた痕跡は部屋に無くなってしまう。


「……どうされますか殿?」


 あまりに多くの事が起こり過ぎた。

 俺の脳はもうオーバーフローだ、少し休みたい。


「一回休んで対策を練ろう。早くしないと陰陽師が……」


 来る。と言おうと瞬間入り口のドアが蹴破られ黒装束の人間がドカドカと入ってくる。

 ……手遅れだったか。


「我らは陰陽京見回り部隊! 大罪人芭蘭を捕らえにきた!」


 大声で名乗ってるところ悪いがお探しの奴はとっくに逃げ出している。

 名乗りを上げた陰陽師の男は部屋を見まわしていき、そしてなぜか虎鉄と目が合い固まる。


「お、お前虎鉄じゃねえか!? 一体こんなところでなにやってんだ!?」

「……」


 男は警戒を解き虎鉄のそばに近寄ると背中をバシバシ叩いて喜ぶ。

 叩かれている虎徹は迷惑そうにはしてるが、抵抗してないとこを見るにどうやら顔見知りではあるようだ。

 どうやら昔の知り合いの様だ。


「……で? あんさんは誰なんや?」


「おっとこれは失礼! 俺は玄流院げんりゅういん興亀こうき。陰陽京所属の陰陽師にしてそこの侍野郎の友人だ!」

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