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魔女伝  作者: 倉トリック
魔導兵器編
97/136

故郷

 五つ目の魔法は南にある。


 その情報に確かな根拠は無いが、今回騎士団としての動きはかなり早かった。


 魔法の所有者が、魔女や人間でない事も、異端狩りのリオから聞いている。


 事前に情報があるとこんなにも楽なのかと、ジャンヌは真剣に情報屋を雇う事を検討していた。勿論信用できる、嘘を吐かない、ちゃんと情報提供を商売としている情報屋を。


 前回リオと話した事で、ジャンヌは、自分達の組織には足りない物が多過ぎると確信した。


 むしろ、よく今までここまで情報不足のまま戦って、勝ち残って来れたものだと、褒めたくなる。


 単に運が良かっただけなのだろうか。


 いや、そうなると、あれだけ優秀な情報収集者が居るにも関わらず、未だ収穫ゼロの異端狩りはどうなるのだろう。


 彼らの実力は決して低いものじゃない。戦闘を極力避けたいと思うほどには強敵揃いだ。


 そんな彼らが、未だに収穫ゼロ。


 それは、運が悪いだけなのだろうか。


 マギアの事も忘れてはならない。彼らの教祖、アレックス・マーガレットも、七つの魔法を狙っているのだ。


 布教活動とは名ばかりの、半ば暴力にも近い強引な勧誘をしてくる彼らに、魔法の力が加われば、それこそ、異端狩り以上の脅威になりかねない。


 実際、一度騎士団をも取り込もうとしたのだ。彼女は恐らく、目的の為なら手段は選ばない。恥じる事なく、恐れる事なく、堂々と姑息な手段を使ってくるはずだ。


 いつのまにか、周りは敵だらけである。


 もっとみんな、平和に生きようとは思わないのだろうか。


 ふと、自分が握った剣を見る。


(平和に…か)


 少なくとも、間違いなく、この剣という武器は、平和からは程遠いものだろう。


 皮肉な事に、平和を守る為に、今日もまた、平和を脅かしに行こうとしている。


 他ならぬ自分自身が。


「もっと良い方法は無いのかな…」


 しまった、と思う。思わず口に出てしまった。


 慌てて周りを見るが、全員気付いてる様子は無い。


 エルヴィラの話し声で、聞こえなかったのだろう。


「南っつったら、昔師匠が行ったことがあるって言ってたな」


 身支度を整えながら、エルヴィラがふと思い出した事を言う。


「そうなんだ、というか、度々聞くけどエルヴィラの師匠ってどんな人だったの」


「…どんな人だったかと言われれば、そうだな、すげぇ美人なのに目付きと口が悪くて、正義感とかは皆無な癖に、妙に世話好きで、自分の時間を大事にしてて、それを阻害されるとマジギレするような人だったかな」


「…? エルヴィラ、私はエルヴィラの師匠の事について聞いたのであって、別に今更自己紹介して欲しかったわけじゃないよ?」


「あん? 誰が自己紹介なんかしたよ、師匠事について話せって言うから話してやったんだろうが」


 お互いに頭の上に大量の疑問符を浮かべながら、顔を見合わせる。


 何故か会話が噛み合っていない。


「諦めなジャンヌちゃん、自分で自分の事なんか中々わかる事じゃないよ、相手がエルヴィラなら尚更だよね」


 鎧を着るのに悪戦苦闘しながら、ゲルダは言う。


「エルヴィラのその性格は…師匠譲りなんだね、残念美人ってやつ?」


「私の何がどの辺が残念要素なんだよ、どう見てもただの美少女だろうが」


「嘘ぉ…」


 ジャンヌは自分の耳を疑ったが、どうやらエルヴィラは心底真面目に言っているようだ。


 いや、その容姿がかなり可愛らしいのは認めるが、残念要素が無い事は無い。というか、あり過ぎて反応に困る。


「んあー、ジャンヌちゃんすごいね、こんな重いもの着て良くあんなに動き回れるね」


 鎧に身を包んだゲルダは、そのあまりの重量に、よちよち歩きの赤ちゃんのようになってしまっている。


「まぁ、ある程度鍛えてるから…というか、それ男性用だし、そもそもゲルダに鎧って必要かな? 大体の攻撃は魔法で無効化できる気がするんだけど…」


「え、うん、着る必要ないよ、単にどんなものかと着てみたかっただけ」


「もう、遊んでる場合じゃないんだからね」


 前回から、ジャンヌは妙に焦っていた。


 七つの魔法を野放しにしておけば、甚大な被害が広がっていく、その危険性を身をもって体験したからだろう。


 悪意というものは、人間に行動力を与える。そして、七つの魔法は、その欲求を満たせるだけの力を与える事が出来る。


 自身の欲望のためだけに動く人間の手に魔法が渡れば、世界だって滅ぼされるかもしれない。


 異端狩りに、マギア、それだけじゃないかもしれない、悪意を持つ人間というものは、かなり身近に、それもかなりの数いる。


 力を持つと、人は変わる。そんな例を、この数ヶ月で嫌という程見てきた。


 怒りと恐怖に囚われ、その身を化け物に変えた老人。


 憎しみを糧にして、その命すら容易く削って魔物を操っていた青年。


 目的達成の為に、幻覚を見せ、人を操り人形にしようとした吸血鬼。


 己の劣等感に打ち勝てず、多くの仲間を無意味に殺害した元仲間。


 彼らの姿を見ていると、自分までこうなってしまうのでは無いかと、どうしようもなく不安になる。


 魔法の回収が目的とは言え、自分だって魔法の力には頼っている。鎧につけてもらった魔法効果を存分に使い、魔法を吸収する魔剣を使って、回収に当たっている。


 最早この戦いに、人間の力だけで挑む事など出来ないのだ。


 そんな中で、もし自分に魔が差して、手に入れた魔法を悪用しようなんて考えがよぎったら、どうなってしまうのだろうと、ふと考えてしまった。


 ジャンヌだって普通の人間なのだ。人並みに欲求はある。


 それらを全て満たせるだけの力を、今自分は四つも持っている。


 魔力を封じ込めた剣を、この身に突き刺せば、彼ら彼女らのように、夢のような力が手に入るのだ。


(怖い)


 そんな発想を持つ自分が、()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()と、まるで夢見る子供のように胸をときめかせる自分が心の奥にいる事に気付いてしまった事が、シンプルに恐ろしい。


 なんでも出来るとなれば、なんでもしてしまうかもしれない。


 そうなれば、自分は完全に、悪になるのだろう。


(そうなりたく無いし、させたくない)


 だからこそ、早く回収して、一刻も早くこんな争いは終わらせなければ。


「んで、エルヴィラ、その師匠は、今回出向く事になってる南には、何かあるとか言ってた?」


 普通の服に着替えたゲルダが、なんとなく聞いてみる。


「ん、いや…これと言って気になることは…あー、いや、なんか言ってたな、確か…あそこは隠れ家には丁度いいとかなんとか…まぁ、当時から相当過疎ってたんだろうな、あの住処には贅沢な師匠が褒めるって相当だぜ?」


「隠れ家…ねぇ」


 まるでちょっとした探検にでも行くみたいだな、とゲルダは思う。


「というかさ、ジャンヌちゃん、ドール先輩は連れて行かないの?」


「連れていけないよ、いつもの事だけど、危ないし…前回だって、ドールちゃんは殺されかけてる、あの子の透明化は便利だけど、万能じゃない。見破られた時に真っ先に狙われるのは、間違いなくドールちゃんなんだから」


「なるほど…それで先輩は満足してたの?」


「いや、全然…だから、とりあえずここの防衛をしてもらうっていう事で、ちょっと無理やりだけど、納得してもらった」


「防衛?」


「具体的には、この騎士団の拠点を丸ごと透明にしてもらうって事」


「何それ、あの子そんなすごい事出来るの?」


 まるで信じられない。彼女はまだ魔女としては未熟者かと思っていたが、半人前でも魔女は魔女、しかも特異魔法が使える魔女。


 なるほど、どう転んだって普通では無いという事だ。


「確かにな、あいつの魔法って、人体に使うよりも、武器や防具に使う方が向いてるのかもしれねぇな」


 人間は、というか生きている物は、大体目で見たものを真実だと信じきってしまう。武器が見えなければ、武器を持っていないと判断するだろうし、防具が見えなければ無防備だと思い込むだろう。


 全て透明化して、見破らられれば、全ての行動に警戒され、強烈なカウンターを食らう恐れだってある。


 武器や防具、拠点の透明化というのは、かなり上手い使い方なのでは無いだろうか。


「まぁ、敵が透明な奴を見破れる事前提の話だけどな」


「見破ってくるような敵しかいないでしょ、私達の周りには…」


 というか、透明化に限らず、従来の自分達の攻撃方法が当たり前のように通じなくなっているのだ。


 魔法は見破られるし、剣は弾かれる。


「そう…私達にも、何か必要なのかもね」


「何がだ?」


 どうやら再び心の声が漏れてしまったようだ、しかも今回はバッチリ聞かれていたようで、エルヴィラが怪訝な表情を浮かべながら顔を覗き込んでくる。


「お前、なんかこの間から変じゃねぇか?」


「な、何の事? 私は別にいつも通りだよ」


「なんか…心に余裕が無くなってる感が滲み出てるんだよなぁ」


「余裕なんて…あるわけないでしょ…残り三つ、その三つだけで、世界が丸ごと変わってしまうかもしれないんだよ…私達の手にかかってるんだから…だから、そう、だからこそ、新しい対抗手段が必要なんだよ」


「新しい対抗手段ねぇ…」


 エルヴィラは上を見上げながら、呟く。


 急に言われても、そう都合良く便利な魔法が発現するわけでも無い。というか、現在エルヴィラが持っている特異魔法は四つ、かなり許容量ギリギリのラインなのだ。


 このタイミングで別の魔法なんて持ったら、確実に暴発して、最悪魔獣化してしまう。


「私は今が限界だな、なんか期待するならゲルダにしとけ、コイツは可能性の塊だ」


「うおおい、勝手な事言わないでよ、私だってもうギリギリなんだから、治癒魔法がものすごい容量の大きいんだよ、便利だけど私個人としては普通に迷惑なんだよね」


「だそうだ、まぁ、新戦力については、またおいおい考える事にしようぜ」


「そう…だね、エルヴィラにもゲルダにも、無理はさせられない…もっと別の方法を…」


 とにかく、とジャンヌは足早に部屋を出る。


「ここの事はドールちゃんに任せて、私達は早急に魔法の回収に向かおう。今回だって楽なわけが無い、気を引き締めて行こう」


「…おう」


 ジャンヌの焦った様子、というより、どこか苛ついているような態度が少し気になったが、彼女の言う事に特に反論は無かったので、エルヴィラとゲルダは黙ってジャンヌについていく。


「ジャンヌ様」


 部屋を出てすぐのところで、白髪の騎士、ウルが現れた。


「あ、ウル、準備は出来た?」


「はい、防具も体調も万全です」


 ウルの返事に満足したように、ジャンヌは頷く。


「じゃあ、よろしくね」


「大きな区画整理も無く、地理が変わっていなければ、大体の道は分かります」


「…? おい忘れ形見、コイツはなんの話をしてるんだ?」


 まるで今から行く場所に所縁があるかのような言い方だったが。


「あれ、言ってなかったっけ? ウルがね、今から向かう場所に土地勘があるらしいんだ」


「へぇ、なんでまたそんな場所に」


「なんでって、決まってるじゃないですか」


 ウルは当たり前の事を一々聞くな、とでも言いたげな表情を浮かべながらエルヴィラに言う。


「そこが僕の出身地だからですよ。今回の任務は、図らずも僕の里帰りみたいになるわけです」


「マジかよ」


 そんな偶然あるものなんだな、と、この時のエルヴィラは、そんな程度にしか思っていなかった。まさかこの後、更に衝撃的な事実を知らされるなんて、夢にも思わなかった。


「あの地には、昔魔女が住んでいたんですよ」


 ウルは、懐かしむように、では無く、まるで嫌な事を思い出してしまったかのように、表情を曇らせながら言う。


「おい白髪、その昔住んでた魔女っていうのは…もしかして…『暗闇の魔女』クリフって奴か?」


 尋ねるエルヴィラの顔が、少し強張っているような気もした。


「…いえ、そのような魔女は知りませんね…僕が知っているのは、もっと別の魔女です」


「…あっそ、なら良い」


 途端に興味を無くしたように、エルヴィラから覇気が消えた。


 それでももう一人、ゲルダの方は興味津々だった。


「ウル君は知ってるの? 昔住んでたっていう魔女の名前」


「ええ、勿論ですよ…あまり良い思い出はありませんがね」


「…という事は、知り合いなの?」


「…ええ、まぁ、知り合いといえば、その通りです、それだけの関係ですよ」


 ウルの声が、少し沈む。


「きっと貴女達も名前ぐらいは聞いた事あるはずですよ」


 ウルは、暗い表情のまま、その名を口にした。


 その名前を聞いた途端、ゲルダとエルヴィラは血の気が引いていくのを感じた。


「『皮剥ぎの魔女』マリ・ド・サンス。昔あの地に住んでいた魔女です、三年前の『最後の魔女狩り』で命を落としたと聞きますが…」


 聞いた事があるどころの話ではない。


 マリ・ド・サンスは、二人にとって、とてつもないトラウマを与えた魔女であった。

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