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魔女伝  作者: 倉トリック
魔導兵器編
96/136

何も無い場所

 この国の南地方は、極端に過疎化していた。


 誰もそこへ足を踏みいれようとはせず、無冠城よりも巨大な廃墟と化していると言っても過言ではないほどに、ゴーストタウンだった。


 正確に言えば、全く人がいない訳ではないのだが、活気などは微塵も無く、まるで何かに怯えるように必要最低限の行動しかせず、ひっそりと隠れるように暮らしている。


 本当に人がいないのは、その地方の中心部。


 ドーナツ化とも呼ばないほど人はいないが、その中心部には、人はおろか、動物だろうと、あるいは魔女だろうといない。


 南に住む者たち、そして、騎士団南支部の人間もある一線から近寄ろうとすらしない。


 外部から、もしくは面白半分の好奇心で立ち入ろうとする者がいれば、皆口を揃えてこう言う。


 …中に入るな、もう生きて帰れなくなる。


 なんともありきたりで、まさにそれらしい言葉だが、しかし実際、その忠告も無視して奥へと入り、そして帰ってきた者は、一人もいない。


 この国の南地方は、極端に過疎化している。


 その理由は、実はかなり明確だったりする。


 そこには昔、一人の魔女がいたそうだ。


 その魔女は、酷く魔女を憎んでおり、魔女の身でありながら、日夜魔女殺しの開発に勤しんでいたと言う。


 自分に近寄る者は、魔女だろうと人間だろうと、御構い無しに、問答無用で攻撃し、その場で殺害、時には瀕死にしてから、どこかに連れ去っていったと言う。


 都市伝説では無く、実話として語られているこの話の影響で、誰も南には近付かなくなったのだ。


 そう、立ち入れば、今もその魔女に殺されるかもしれないから。


「と、まぁそんな話があるらしいんだけどー、だけどー、この話に出て来る『魔女を恨む魔女』ってさー、確っ実にあの子の事だよねー?」


 白く輝く髪をなびかせながら、彼女は手鏡に向かって言う。


『まぁ…彼女の出身地ですからね…それはもう色々あるでしょう、物騒なものが大半でしょうが…中には、貴女の気に入りそうなものも』


 鏡の向こうでは、桃色の髪をした、可愛らしい少女が、呆れたような表情をこちらに向けながら言う。


 言わずもがな、彼女達は魔女。


『鏡の魔女』ジュリア。


『お菓子の魔女』ペリーヌ。


 世界を恐怖のどん底に叩き落とした『反乱の魔女』の創設者であり、今なお世界を監視する観測者である。


 三年前の『最後の魔女狩り』で、求めていた形では無いが、とりあえずは魔女狩りを終焉させる事が出来た二人。


 しかし、その代償があまりにもめんどくさく、その後始末もかなり大変だった為、急遽作戦を変更。


 彼女達の目的は、あくまで人間と魔女が対等な立場で、共生する世界を作る事である。その為には、どちらかに力が偏っていては意味がない。


 再び世界を混乱の渦へと巻き込みつつある、『七つの魔法』。それを巡って既に争いが起こっている。


 これは良くない、何故なら、魔法とは元々魔女の力だからだ。


 魔女の力が原因で世界のバランスが再び崩れたとなれば、魔女狩りの再会を願う声が大きくなるかもしれない。


 実際、既に異端狩りなどという過激派組織がいる。彼らは今のところ犯罪集団扱いだが、事が大きくなれば、彼らが英雄扱いされても、なにも不思議ではない。


 だからと言って、ジュリアとペリーヌの最強魔女コンビでさっさと片付けてしまったとしても、それはそれで人間達は騒ぎ出す。


 恐るべき力を持った二人の魔女が、世界を牛耳っている。


 そんな独裁者のような扱いを受けた挙句、掻かれる筋合いも無い寝首を掻かれる心配をしなければならない生活など、御免被る。


 勿論ジュリアもペリーヌも、その辺の人間や魔女が太刀打ち出来るような魔女では無い。


 ジュリアはともかく、ペリーヌに至っては、そもそも戦いにすらならないのである。


 文字通り、ペリーヌとは誰も戦えない。


 話が逸れたが、どちらにせよ、二人が目立つ事も好ましく無い。


 あくまでも裏から、適切にサポートし、平穏を維持する役に回らなくてはならない。


 だからこそ、二人が考えたシナリオはこうだ。


 魔女狩りで大切な人を失った、魔女と人間が協力し、その絆の力で世界を救う。


 まさに大衆受けしそうな、ありふれたストーリーである。


 しかし、誰にでも分かりやすい方が受け入れられやすい。それがベストアンサーだろう、シンプルイズベストだ。


 それに、配役にぴったりの二人もいたのだ。


 騎士団の団長ジャンヌと、『縄張りの魔女』エルヴィラ。


 お互い、魔女狩りで大切な人を失っており、エルヴィラに至っては、その際に記憶の改ざんに加えて、人格の操作までされている(操作したのはエルヴィラ自身だが)。


 社会的に大きな影響力を持つジャンヌに、事の解決をさせれば、人間側への悪い印象は無いはずだ。


 そんな彼女を、魔女であるエルヴィラがサポートしたとなれば、魔女と騎士の共闘により、世界を危機から救ったという、完璧なストーリーが出来上がる。


 ペリーヌ的には、そのポジションにエルヴィラを使う事がかなり気に入らなかったようだが、裏から手助けするというジュリアの提案を受け、渋々了承し、今に至る。


 とにかく目立たないようにする、それが力を持ち過ぎている彼女達のやり方だ。配慮と言った方が良いのかもしれない。


 さて、そんな彼女達が、何故か今回に限っては、『七つの魔法』の在り方思われる場所へ、自分達で足を運んでいた。


 事の真相を全て知っておきながら、まずジャンヌ達を導く事はせず、今回は、自分達で実際に現場を訪れた。


「流石に予想外だったんだよね、人形をあげた彼が、騎士団を裏切るなんてさ」


 苦笑いを浮かべ、冷や汗を一つ垂らしながら、ジュリアは言う。


「こんな事なら、わざわざ元の持ち主殺さなくて良かった気がするよ…おかしいなぁ、彼とジャンヌちゃんは仲間だったんだろ? 力を持ったら、助けてくれると思ったのに…」


『貴女は人間というものを本当に微塵も理解していないんですね、驚きです…千年近く何を見てきたんですか』


 鏡越しだというのに、睨まれたジュリアは少し身を縮こませる。


「いや、だってさ、騎士だよ? あるんでしょ? なんかそういう…きしどーせーしんって奴がさぁ…味方裏切るとか…まして昔から恨んでたとか…思わないじゃん普通…」


『いや、今までも結構あった展開ですって…子供を殺す親や、親を殺す子供がいるぐらいなんですから、同僚を裏切る騎士ぐらいいるでしょう』


 ぐぬぬ、とジュリアは悔しそうに下唇を噛む。


「まぁいいさ、今回はそのお詫びというわけだものね、五つ目の魔法をパパッと回収して、ジャンヌちゃん達にあげる、ボクってば面倒見がいいんだから」


『こっそり渡してくださいね、貴女はジャンヌさんどころか、エルヴィラさんとだって接触ないでしょ』


「ボクは誰とも関わらないさ、ボクには君がいればそれで十分…まぁもっとも、君がボクに他者とも関われと言うのならば、ボクはその通りに、君以外の誰かと真の友情を築く…フリぐらいは出来るつもりだけどね」


『…貴女の私への執着もなかなかどうして折れませんね…まぁ、悪い気はしませんし、私だって貴女の事は悪しからずに思っています…だからこそ、失望させないでくださいね、貴女の事はエルヴィラさんの次の次くらいに好きですから、どうか好きなままでいさせてください』


 言われたジュリアは、頬を赤らめ嬉しそうにニヤリと笑う。


「いやぁ、嬉しいなぁ、嬉しいねぇ、君に直接好きだなんて言われる日が来るだなんて、やっぱり生きてみるもんだねぇ。死ぬなんてバカらしい、命に限りがあろうがなかろうが、生きてるうちは生きておくべきだ」


 さて、と、ジュリアは更に街の奥へと進み出す。


「嫌われないように精一杯やらないとね」


 手鏡からペリーヌの姿が消え、自分の顔が映る普通の鏡に戻る。


「ん?」


 そこで彼女はようやく気付いた。鏡に映る自分の顔、の、背後に人影が見えた。


「おやおや、ボクとした事が…」


 ようやく気付いた、では済まされない。相手が魔女なら二、三回は殺されていたかもしれないのに。


 会話の相手がペリーヌだとつい気を抜いてしまう。


「なんだい、どうしたんだい、ボクみたいなか弱い女の子の後をコソコソつけるだなんて、もしかしてストーカーってやつかな?」


 振り向いて気さくに声をかけてみる。仲良くする気などサラサラ無いが、たまにはすぐに殺さず話してみるのも面白いかもしれないと思ったからだ。


「か弱い女の子だぁ? 何百年も生きてるような女は最早女の子でもババアでもねぇよ、ただ怪物だろうが」


 威圧的な喋り方をする男は、両手に持つ小さな筒をクルクルと回しながら、恐れる事なくジュリアに近付いていく。


「怪物ねぇ、つまり君は、ボクが魔女だと知っているんだね?」


 当然、ジュリアもそんな男に怯えたりはせず、必要な事だけを淡々と確認していく。


「しかし失礼だな、君は、魔女とはいえこんなに可愛い女の子に対して化け物呼ばわり、しかも名乗りさえしていない、顔も名前も知らない奴から突然罵倒を浴びせられる謂れは無いよ」


「魔女相手に礼儀もクソもあるかよ、一々挑発するような喋りしやがって、ぶっ殺されてぇのか、ああ?」


「当然ぶっ殺される筋合いもないね。ねぇ、せめて名乗りぐらいしないかい? 例え殺されるのだとしても、名前も知らない奴に殺されたくないんだけど、というか、男の子とこんな風に話すのは物凄く久しぶりでね、どんな風に接すれば良いのか分からないんだから、喋り方の方は勘弁願いたいね」


 接し方が分からないという割には、流暢に喋り続けるジュリアに嫌気がさしたのか、男は額に浮いた血管をピクピクさせながら、怒りで震えた声で渋々名乗る。


「『収縮の異端狩り』マルティンだ、魔女は淘汰すべきである…ってなぁ、つまりお前ら魔女を狩る者だ、納得したかぁ? 満足したかぁ?」


「あ、あー、あー、異端狩りね! なるほど! それなら納得だ! ボクが殺されるいわれ大アリだったね、いやぁ、失敬失敬、別に君達の信念を甘く見ていたわけじゃないんだけど、まさかこんな所にまで来て魔女狩りに勤しんでいるなんて思わなかったから、ついボクに一目惚れでもして、路地裏に連れ込もうとしている輩なのかと勘違いしちゃったよ、ほら、ボクって可愛いだろ?」


 異端狩りと聞いて、ジュリアは表情を明るくする。


 まるで、買い物ついでに掘り出し物を見つけたかのような、思わぬ収穫があったという反応だった。


「それで」


 ジュリアは笑顔のまま言う。


「ボクを殺しに来たのかい?」


「場合によっちゃあな」


 即座に殺す、かと思いきや、この威圧的な男、もとい、マルティンから返ってきたのは意外な答えだった。


「すぐには殺さない、つまり、ボクから何か情報を聞き出そうとしているわけだ、なるほど、その答えによってボクの生死が決まるわけだね?」


「いちいち癪に触る野郎だな…まぁいい、素直に答えろ、今はテメェみたいなウゼェ化け物の相手をしてる暇はねぇんだ」


「化け物化け物と失礼だな、ボクにだってちゃんと名前があるんだよ?」


「テメェの名前なんざどうでも良い、殺されたくなかったら素直に答えろ」


 どうせ七つの魔法の事なんだろうな、と、ジュリアはちょっとがっかりする。


 一途に自分を殺しにだけ来てくれていれば楽だったのに、わざわざ余計な手間を挟まなきゃいけないなんて、どうして人間はこう非効率的な事を好むのだろう。


「俺達異端狩りの仲間、針の魔具を使うアンリっていう女を殺したのはお前か?」


「七つの魔法はねぇ…この先に…なんだって?」


 またもや予想外。この男は一体なんの話をしているんだ。


 アンリという名の女を殺した犯人? 知るわけないし知ったこっちゃない。


 この男はバカなんじゃないのか、明らかに目的が違うだろう。彼らのリーダーがこの場にいたら、どう思うのだろうか。


「えっと…いや、知らないな、誰だいそれは、というか、君、七つの魔法の情報はいらないのかい?」


「ああ? いらねぇよ、そんなもん()()()()()()()()()()()


 ああ、なるほど。相当優秀な情報屋がいるのだろう。


 感情を優先して仇討ちに来れるほどの余裕があるという事は、かなり詳細な部分まで知っているのだろう。


「お前じゃねぇっていう証拠を見せろ」


「君ねぇ、さっきからズレてるなぁ…証拠なんてあるわけ無いだろ、やった証拠もやってない証拠もないよ、存在自体知らないのに、用が済んだのなら、ボクはもう先に進みたいんだけど、この先に大事な用事があるんだ」


「テメェこそ分かってねぇな、テメェの生死を決める質問はまだ終わってねぇんだよボケ」


 …彼は常にこのテンションなのだろうか。いつか血管が切れてしまうんでは無いかと、ジュリアは少しだけ好奇心をくすぐられていた。リアルに怒りで血管が切れる所を少し見てみたい。


「…はぁ、分かったよ、で、君が満足する証拠っていうのは、どうやったら見せられるんだい? この場で裸になって、隅々まで調べれば満足かい?」


「気色悪い事言ってねぇで、素直に魔法を見せろ」


「ほう?」


 魔法が証拠になるとは、それで特定出来るほど分かりやすい殺され方をしたのだろうか、そのアンリという女は。


 なんともまぁ、殺した側もマヌケだな。


「ボクの魔法ねぇ…使っても良いけど君死ぬよ?」


「ああ?」


 ジュリアはわざと挑発してみる。


 彼がどんな方法で自分を殺しに来るのか、色々好奇心がくすぐられたのだ。


 これだから人間いじりはやめられない。


 人間は嫌いだが、おもちゃとして扱うならこれ以上にないぐらい良い遊び道具だ。


「言葉通りの意味さ、ボクの魔法はちょっとばかしややこしくてね、見せるとなったら、君を殺しにかかるぐらしか方法が無い」


「テメェ死にてぇのか」


「別に問題ないだろう? 君は異端狩りなんだから、魔女を殺すのは君の本来の目的のはずだけど?」


「ならぁ! 望み通り殺してやるよぉ!」


 マルティンは、両手に持った小さな筒の蓋を親指で弾いて開けた。


 なんとなく、予想できた事だが、その威力に流石のジュリアも驚いた。


「おおっ! 吸われるっ!」


 凄まじい突風が起きたかと思ったが、違う。周りのものが、全てマルティンの持つ筒の中に吸い込まれているのだ。


「俺の魔具ナイトメア・キャップはなぁ! この世のどんな物だろうと吸い込んぢまうんだよ! この中に吸い込まれたら最後! たとえ不死身の魔女だろうと脱出は不可能なんだよぉ! 何故ならこの中で縮んで縮んで、最後には無くなっちまうんだからなぁ!」


「なるほど、この世から存在を消してしまうわけだ、なんと恐ろしい魔具か」


 余裕な態度を見せつけようとしたジュリアだが、踏ん張りも虚しく、ズリズリと引き込まれていく。


「うーん、これはマズイ」


 流石に存在ごと消されてはたまったものじゃない。


 なるほど、強敵だ。今までの人生で、こんな強敵はいただろうか。


「ボクが立ってた場所から五歩分も動かされるなんて、まいったね、どうも」


「何ごちゃごちゃ言ってやがるんだ! ああ⁉︎ さっさとテメェの俺を殺す魔法とやらを発動させるか、命乞いでもしたらどうなんだよ⁉︎ オイ!」


「ああ、使うさ、じゃあ、さよなら」


 突如、ジュリアの姿が消えてしまった。


「ああ⁉︎」


 吸引は止めず、マルティンは辺りを見回す。


「どこに消えやがったあの化け物ぉ! 何が殺す魔法だ! 隠れるだけしか能がねぇのかボケェ!」


『酷いな、ボクはここにいるじゃないか』


「ああ⁉︎」


 洞窟の中で響いたようなジュリアの声がして、マルティンは振り向いた。


 しかしそこにジュリアの姿は無く、代わりに小さな手鏡が一つ置いてあるだけだった。


「んだよアレ!」


 あまり深く物事を考えないマルティンだが、こればっかりは妙だった。


 魔具を解除していないのに、周りの物は順調に吸い込んでいるのに。


 その手鏡だけ、その場からピクリとも動かないのだ。


 まるで空間に固定されているかのように。


「どうなってんだコレぇ⁉︎ これも魔具かぁ⁉︎」


 近付いて直接筒を当ててみるも、全く吸い込めない。


『あはは、無駄だよ、その鏡はそちらからでは破壊出来ない』


 再びジュリアの声がする。よく見ると、その鏡の中に、にやけたジュリアの姿があった。


「テメェ! やっぱり隠れてやがったのか⁉︎ 卑怯者が! 出てきやがれ!」


『何を言っているんだい、ボクは逃げも隠れもしていないよ、()()()()()()()()()()()()()()()()()


「んだそりゃよぉ! どういう意味だゴラァ!」


 鏡を掴みあげようとしたが、ビクともしない。その瞬間、マルティンは大変な事に気付いた。


「な…俺のナイトメア・キャップが⁉︎」


 確かに、今の今まで持っていたはずの魔具が、全て手元から消えていたのだ。


 確かに、しっかりと握っていたのに。


『これ、便利そうだけど、危ないから破壊しておくね』


 鏡の向こうで、ジュリアが必死になって筒に蓋をしている。


 筒、何の筒? 決まっている。


「俺の魔具が⁉︎」


『ほらほら、君が気にするべきは、そこじゃないだろ?』


 言われて、マルティンはやっと辺りの異常に気付いた。


「んだぁ? ここ」


 何か変だ。さっきまで居た場所と全く同じはずなのに、何かが違う。さっきまでと、何かが確実に違う。


 ふと、廃屋の看板を見る。


「どうなって…やがる?」


 元はなんだったのだろうか、すぐには判断出来ない。


 それもそのはず、その看板に書いてある文字は、全て反転していたのだ。


 いや、文字だけでは無い。よく見ると、建物の位置が、さっきまでと逆になっている。


「どこだここは…オイ! テメェ何しやがった!」


『何しやがったは無いだろ? 君が望んだんじゃないか、魔法を見せろって』


 鏡の向こうで、ジュリアが怪しげな笑みを浮かべながら、小さくお辞儀をして言う。


『はじめまして、ボクは『鏡の魔女』ジュリア、映るものを創り出す事の出来る魔法を持っているのさ、ね? 体験してみないと分からないだろ?』


「『鏡の魔女』だとぉ⁉︎ 世界すら創り出せるとかいうふざけた魔女かぁ! 実在してたのかよ! ああん⁉︎」


 こんなにもピンチだというのに、キレ続けられる彼のブレない姿勢は、普通にすごいと思った。


 だから、最期にお話くらいしてあげようと思う。


『目的の魔女じゃなくて残念だったね、だけどね、ボクにとって君はある意味目的だったんだ、異端狩りの排除もボクの仕事だったからね』


「んだと…⁉︎ どういう事だテメェそりゃあ!」


 異端狩りの排除。その言葉を聞いた途端、マルティンは更にボルテージを上げて怒り出す。


 なるほど、バカだけど、仲間思いなのか。


 そんな彼の絶望した顔は、断崖絶壁にだけ咲く美しい花と同じくらい見ものだろうなぁ。


 人間は嫌いだが、人間の見せる表情は大好きだ。


『そのままの意味さ、君達異端狩りはかなり邪魔なんだよね、存在しなくて良かったんだ、いやぁ、悪いとは思ってる、ほとんど遊び半分で作ったようなものだったからね』


「誰が、何を…作っただとぉ⁉︎」


『分からないかい? 教えてあげるよ、君達異端狩りはね、()()()()()()()()()()()


 マルティンの表情が、みるみる暗くなる。


 いや、そりゃそうだろう。じゃないと、説明がつかない事だらけだろう。


 この子は本当に馬鹿だなぁ。


『君達が自慢げに使ってる魔具、誰が作ってると思ってるのさ…魔法集めにちょっとは役に立ってくれるかと思って、わざわざ作ってみたけど…全く君達は、余計な仕事増やすだけ増やして役に立たない、結局君達なんか最初からいらなかったわけか、ジャンヌちゃんとエルヴィラちゃんがいたしね、はぁあ、つまんない』


「テメェ…嘘つくんじゃねぇ! この魔具は…俺らのリーダーが魔女に無理矢理作らせたもんだ! 俺達はリーダーについて出来た家族みたいなもんだ! 魔女なんかに、踊らされてたまるかよぉ!」


『マシューでしょ? 頼まれてボクが七人分魔具を作ったんだよ? 裏で色々繋がってるのさ、残念だけど、君達が彼に忠誠を誓って、家族ごっこをする前から、君達の運命なんてボクの掌の上だったってわけ、なんかごめんね』


 テヘッ、と舌を出して、おどけた態度でジュリアは言う。


 マルティンは、いよいよ激昂して鏡を何度も殴りつける。


「テメェ! 許さねぇぞ! 殺してやる! 出て来い! ぶっ殺してやる!」


 何度も何度も破れない鏡を殴る続けるマルティン。


 そろそろ、飽きた。


『そんなに破りたいのかい? やめたほうが良いと思うけどなぁ』


「うるせぇ! 殺してやるっ! 不意打ちみたいな真似でしか攻撃できねぇような! テメェみたいな卑怯者は俺がぶっ殺してやる! 他の奴らには手を出させねぇからなぁ!」


『はいはい、うっさいな』


 パリンッ!


 鏡が破れるような音がして、マルティンは拳を止める。


 殴りつけていた手鏡に、ヒビが入っている。


「破れたのかぁ…?」


『なわけないでしょっ』


 パキッ、パリンッ!


 再び音が鳴り響く。


 マルティンは、ふと空を見上げた。


「なんだぁ…こりゃあ」


 空に、まるで破れた鏡のように、ヒビが入っていた。


『言ったでしょ、消えたのは君の方、君が今いる世界は、ボクがこの手鏡で写して作った鏡の世界…作り物の世界さ、その世界を作った鏡を、ボクが破ってしまえば、どうなると思う?』


 世界が、ガラガラと崩壊を始める。


「な、なんだぁ⁉︎」


『その世界を築いた基礎となった鏡が破壊されれば、必然その世界も壊れる。その後に残るのは、何も無い、無の世界さ…君の肉体は崩壊しても、その意識はそこに残り続ける、永遠に、無の世界を彷徨い続けるのは、死ぬのとどっちがマシなのかな?』


 ボクは、死んでもごめんだね。


 ジュリアは勢いよく手鏡を地面に叩きつける。


 鏡の世界では傷一つつかなかった手鏡は、あっさりと、粉々に破れてしまった。


 その向こうでは、マルティンの叫び声が聞こえる。


 粉々になった破片から、微かに見える様子を、こっそりと覗いてみた。


 消えゆくマルティンは、必死に何かを訴えかけている。


「何が言いたいんだい?」


『テメェ! 俺の仲間に同じことして見ろ! お前もこっちに引き摺り込んでやる! 俺の仲間に! マシューに、リオに、ボダンに指一本でも触れてみやがっーーーー』


 鏡の破片から魔力が消えて、マルティンごと、向こうの世界は無になってしまった。


「…すごいな、恐怖のあまり命乞いでもするかと思ったら…仲間思いなんだね、もっと賢く生きれば良かったのに」


 呆れたように小さなため息を一つ吐いてから、ジュリアは目的地までのんびりと歩き出す。


 無に返した者のことは、五分後には既に忘れていた。

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