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魔女伝  作者: 倉トリック
墓標の剣編
94/136

邂逅

 いつも通りの、王への報告は、今回は省かせていただく。

 と、言うのも、今回の件で騎士団は莫大なダメージを受け、その後の対処に追われてゆっくり報告している暇も無いのである。


 重要兼必要事項だけを口頭で伝え、詳細は後日書類にして提出、という形を今回だけは取らせてもらった。


 騎士団中央支部の死者二十五名、西支部の死者十二名、東支部の死者十三名。北支部から、支部長が一名。


 合計五十一名の死亡者が出た。ただでさえ人手不足な騎士団にとって致命的な人数である。


 そして何より、団長であるジャンヌの、心の傷も深刻だった。


 そんな中、王への報告も簡単なものだったというのに、ジャンヌと向かい合って座る人物がいた。


 これが今回、報告よりも省けない重要で、厄介な邂逅となっていたのである。


 邂逅、というのは、ジャンヌにとってそうだというだけで、相手からすれば、ここで出会うのは必然だったかもしれない。しかしいずれにせよ、このタイミングで会うには精神的にかなりしんどい相手である事には間違いない。


 精神的にしんどい、という事に関しても、軽く説明しておくと、ジャンヌにとってのしんどいとは、気を使わなければ会話すらままならない相手と会う事なのだ。こうなってくると、エルヴィラや王、サッフィは勿論、マシューやマーガレットの方がマシと思えるほどなのだ。


 そんな相手が、今、目の前で自分の様子を伺っている。


 幼い少女、帽子を目深に被り、見るからに臆病な姿は、どことなく昔の自分を思い出す。


 その帽子の端に付けられたエンブレムは、そんな弱々しく怯えた様子の彼女に対してでさえ、こちらに油断しないようにさせるほどの威圧感を持っている。


 彼女の名はリオ。魔女撲滅派、魔女狩りの再開を支持する過激派組織『異端狩り』の一員、信じられない事に、幹部だと言う。


「あ、え、あ、あ、うう、あの、えっと、ええっと…あうう…」


 すっかり寂しくなってしまった騎士団に訪れた招かれざる客、しかし、ジャンヌの性格上、震えている子供をすげなく追い返すような真似が出来るはずも無く、仕方なく客間へと招き、お茶を入れ、対面して座ったのだ。


 そして、かれこれ一時間。


 全く話が始まらない。


 こちらの顔色を伺って、呻いているだけだ。


(ここにエルヴィラがいたらキレてただろうなぁ…)


 というか、正直暇ではないので、必要な事だけ手短に話して欲しいのだが、異端狩りとはいえまだ子供、武装した大人を前にして、不安なのかもしれない。


 素直に待ってあげる方が良いだろう。


 と、普段なら思っただろうが、今回は本当に事後処理が大変で時間がない、多少強引にでも喋ってもらわなければならない。


「…貴女、異端狩りの一員なんだよね」


「えっ、あのっ、あ、はい…」


 ビクリと一瞬身を震わせてから、震えた声のままリオは答える。

 よしよし、会話は出来るようだ。


「うん、貴女はまだ子供だし、正直異端狩りっぽく無いから正直微妙なんだけど…私達が組織同士であんまり仲が良いわけじゃないのは知ってるよね?」


「はいぃ…」


「私達騎士団にとって、異端狩りは警戒すべき組織なの、そんなところの、しかも子供とはいえ幹部が目の前にいて、しかも大事な話があるとなると、更に身構えちゃうわけ、内容によってはすぐに動かなきゃならないし、決断や行動が遅れると何もかもが手遅れになる、貴女は今、そういう重要な判断をさせる立場にいるの、交渉させるつもりとかが無いなら、早く要件を話して欲しいな」


「す、すす、すみませんでしたぁっ!」


 少々キツイ言い方をしただろうか、ものすごく怖がられてしまった。


 リオはお茶を一気に飲み干して、若干むせながら、申し訳なさそうに話し始める。


「こ、今回の…事なんですが…その…も、申し訳ありませんでした」


「ん? どういう事?」


 突然の謝罪に困惑する。更にいえば、今回の事とは何の事だろうか。


「形代の案山子」


「⁉︎」


 ジャンヌは思わず息を飲む。


 今回の事とは、つまり、そのままの意味、今回の七つの魔法の事に関してだった。薄々そんな気はしていたが、やはりというべきか、流石というべきか、決して良い事では無いのだが、異端狩りは形代の案山子の情報も、キッチリ掴んでいたのだ。


 それが分かっていて、手を出して来なかった。驚くべき事に、異端狩りは前回の約束を守っているのだ。


「てっきり反故されると思ってたけど…」


「しょ、正直に申し上げますと、わ、私は即刻回収すべきだと思いましたっ!」


 思ったんかい。


 しかもそれを堂々と言うあたり、ビクビクしている割には強かな子だと思う。


「ですが…その、装備者が装備者でしたので…」


「…なるほどね…、結局手は出せなかったと」


 ランスロットに野心がなければ、そのまま持っていて欲しかったものだ。彼の強さは、異端狩りが恐れるほどだったのだから。


「それで…結局どの辺に謝罪要素があったのかな?」


「…え、いえ、だから…その…じょ、情報を持っているのにも関わらず…あ、貴女への報告が遅れてしまった事に対してですぅ…」


「…あー、そこか…ごめん、今いっぱいいっぱいで、理解が追いついてなかった…なるほど、確かに、そうなるとそうだね、もうちょっと早く教えてくれていれば、こんなに被害は出ずに済んだのに」


 普段はこういうやり方は嫌いなのだが、相手が相手なだけに、嫌味というか、少し叩いてみる。


「もしかして、これが目的だった? 魔法の保有者がランスロットさん、つまり、騎士団内部の存在だと知っていて、なおかつ内乱まがいな事が起こる事を知っていたからこそ、騎士団がめちゃくちゃになるのを待っていた、とか?」


「そ、そんなぁ…それは…そのぉ…わ、私個人として思っていただけで…それでも、決して故意に報告を遅らせたわけでは…」


 やっぱり思ってたんかい。


 どれだけ幼くても、しっかりと異端狩り、しかも幹部という事か。


「じゃあ、なんで遅れたの?」


 ジャンヌがそう言うと、リオは更に怯えながら、震える声で答えた。


「そ、それは…そのぉ…ほ、報告に向かう最中…足止めをされたのですぅ…」


「足止め…?」


 リオのうんざりした表情から察するに、誰に何をされたのか、大体予想が出来た。


「…もしかして、マギア?」


「ご、ご名答です」


 リオは控えめに拍手をしながら言う。


 半泣きになって怯えたり、かと思えば冗談交じりに拍手してみたり、どうにも情緒が不安定な子だ。


「うう…あ、あの変な仮面をつけた…マ、マギアの下っ端に囲まれて…」


「よく平気だったね」


「い、命からがら、に、逃げましたぁ」


 そこだけ妙に嘘っぽい。異端狩りとマギアが鉢合わせして、戦闘にならないなんて事あるのだろうか。


「そ、それで、その、ここからが…本題なのですけれど…」


「うん?」


 リオは何度も発言内容を確認するように口を動かしてから、ようやく声に出して言う。


「その際、次なる魔法の情報を掴んだので、その報告をさせていただきたいと思います」


「次の…魔法…⁉︎」


 一体、何者なのだろう。


 やっとの思いで四つ目を回収したばかりだというのに、彼らは、既に五つ目の情報を掴んでいる。


 回収しようと思えばいつでも出来るという事だろうか。


「か、形代の案山子の件は…遅れてしまったので…こ、今回は、早めに…言っておこうと、思いまして…」


「それは…どうやって」


「ほ、方法を知る事は…じゅ、重要では無いのでは…? あ、貴女に必要なのは…その、あくまで、魔法の情報だけであって…わ、私の事は、どうでも良いでしょう?」


 守るべき所はキチッと守っている。優秀な子だ、マシューは人を見る目は確かにあるようだ。しかし、リオ個人に対しての情報がいらないものかと言えば、全くそんな事は無い。


 むしろ彼女を知る事が、今後大きく役に立つ気がする。


「では、報告します」


 リオは弱々しいが、ジャンヌの目をしっかりと見ながら言う。


「次なる魔法…き、騎士団にとって…い、五つ目となる魔法…の…あ、在り処はここより…み、南の地方に存在しております…」


「南…」


 よりによって南、騎士団の支部がまともに機能していない場所。ゴーストタウン化して、何故か人が寄り付かない場所。


「それは…人? それとも魔女? 魔具化しているのかな? まさか、魔獣?」


「ど、どちらかと言えば…、ま、魔具で、しょうか…い、いえ…魔獣…? す、すみません…な、なにぶん、び、微妙なラインなので」


「つまり、行ってみたほうが早いって事か」


 なるほど、やや情報不足だが、次の目的地が決まったのは素直に嬉しい。これでかなり動きやすくなる。


「ありがとう、それで…貴女達は回収に向かわないの?」


「騎士団の先行が失敗すれば、その時に向かいます…わ、私的には、失敗する事を願います」


「素直に言えば良いってものじゃないんだよ?」


 この子、低姿勢というだけで、腹の中はドス黒い。自分達の成功しか願っていないし、自分達以外の失敗しか望んでいない。


 将来が心配である。


「そ、それでは…私はこれで…」


 リオが立ち上がり、そそくさと部屋から出ようとする。


 そんな彼女を、ジャンヌが「ねぇ」と、呼び止めた。


「は、はいぃ?」


「もう一つ聞いて良い?」


 ジャンヌは振り向いて、微笑みながら言う。


「探し物は見つかった?」


「ええ…?」


 リオは、まるでイタズラがバレた子供のように目を泳がせ、冷や汗を垂らす。


「部屋に入ってから一時間、長過ぎるよね、その割には喋り始めたら喋ってくれたし…時間稼ぎにしか見えなかったんだ…まるで何かを探す時間を稼いでいるかのようにね」


「う、うう…」


「回収した魔法を探してたんだとしたら、残念だったね、ここには無いよ、貴女達の手に渡すわけにはいかないもの…」


「…し、強かですね…ま、負けました…」


「しかも、これも貴女個人の判断でしてたでしょ」


 半泣きになって、がっくりと肩を落としながら、リオはその場を後にした。


 静かになった部屋で、ジャンヌは一人、大きなため息を吐いた。


「そっか…まだ、あるんだよね」


 こんな戦いが、まだ続くのだ。


 もう五つ目だというのに、全くゴールが見えない。


 不安を拭い去るように、ジャンヌは紅茶を飲み干した。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ジャンヌ、どうや、元気か?」


 外に出ると、手を振りながらゼノヴィアが立っていた。


「ゼノヴィアさん、私は…いや、まだ辛いですよ…一気に寂しくなってしまって」


「ウチのとこもや、ほんまに…大打撃やな…これからどうなんねやろ、騎士団は」


「一応王には、急ぎで新たな入団者を募集させてもらえるように頼みました。それに、必要なら同盟国から騎士を派遣してもらえるそうです」


「へぇ…それなりに動くもんねんな…」


 ゼノヴィアは空を見上げながら、ポツリと呟いた。


「ウチらがあれだけ苦しい死闘を繰り広げて、必死に魔法を回収しても、結局世界はどうにでもなるねんな…」


「…そうですね、私達が何をしたところで、世界に大きな影響は与えられませんね」


 それこそ、魔女でもない限り、ただの人間に出来る事なんて、与えられる影響なんて、限られている。


 出来る事が限られている時点で、やはり騎士とは言え、普通の人間なのだ。


「ジャンヌは、まだ続けるんか? 魔法の回収」


「ええ、あと三つも残ってます」


「…大丈夫なんか?」


「いえ、死ぬかもしれませんよ」


 ジャンヌは苦笑い浮かべながら言う。


「…せやんな、こんな事しとったら、いつ死んでもおかしくないやんな…はぁ…しんどいな、色々」


「そうですね、大変な事だらけです」


 でも、ジャンヌは知っている。いや、きっと誰でも知っている。


「…確かに大変な事だらけですけど、でも、良い事が全く無いってわけじゃ無いですけどね」


「例えば?」


 不思議そうに首をかしげるゼノヴィアの手を取って、ジャンヌは笑う。


「ゼノヴィアさんは、生きてくれてますし」


「…は、恥ずいな…こう、面と向かって言われると」


 ウチなんもしてへんよ、と、ゼノヴィアは顔を赤らめながら笑う。


「いやぁ、そんな事無いでしょ」


 そんなゼノヴィアの顔を、背後から手のひらで覆い隠す少女がいた。

 その手はひんやりと冷たくて、赤面しているゼノヴィアには心地良いぐらいだったが、突然の事に驚いて、結局無理やり剥がしてしまった。


「びっくりしたなぁ! 誰やっ…て、なんや、氷の魔女さんやないか」


「『凍結の魔女』ゲルダね、っていうか、訛りのお姉さん、何もしてない事無いでしょ、少なくとも、お姉さんの無限射撃はかなり有効だったはずだよ」


 ゼノヴィアの腰にぶら下がる、二つの拳銃を見ながらゲルダは言う。


「これかてゲルダちゃんの魔法のおかげやん、っていうか、これ返すわ」


「え、いらないよ、私のものじゃ無いもん」


「ええ…じゃあ、これどうすんのよ」


「普通に、訛りのお姉さんが使えば良いじゃない。射撃は得意なんでしょ?」


 ゲルダの提案に、ゼノヴィアはしばらくうーんと考えてから「そうするわ」と言って、腰に装備した拳銃を撫でる。


「今の時代、やっぱ魔具があった方が便利やもんな」


「えっと、ゲルダ、これって大丈夫なの? 使用する事によって体に負荷がかかるとか」


 不安そうにジャンヌが言うと、ゲルダは自信満々に胸を張って言う。


「大丈夫なんだなーこれが。私の魔法は普通の魔法とは違うのさ、ノーリスクで使いまくれるチートアイテム化するからねー…まぁ無限銃限定だけど」


「十分だろ、ちなみに私は魔具すら作れん」


 今度はどこからともなく現れたエルヴィラが大きなあくびをしながら言う。


 寝起きだったのか、髪はところどころ乱れて、服はヨレヨレのパジャマのままだった。


「もー、エルヴィラ! だらしない格好で外に出てきたらダメでしょ!」


「うるせぇな、頭にガンガン響くから今怒鳴るなっつーの…ったく…つか忘れ形見、ドールの奴が不貞腐れてるぞ」


「ドールちゃんが? ああ、そっか、あの場にいたのに、最初にやられちゃったのドールちゃんだもんね」


「役に立てなかったって落ち込んでんだろ、あほくせ、私は慰める気とかねぇからな、保護者のお前がどうにかしろよ」


「そんなこと言って、お菓子とか持って来るくせに」


 ジャンヌとエルヴィラのやり取りを見ていたゼノヴィアが、突然クスクスと笑い出す。


「あん?」


 エルヴィラは、そんな彼女に怪訝な顔を向けた。


「ああ、いや、ごめんな、なんや親子みたいやなって思って…仲ええんやなぁ」


「けっ、私の面倒見がいいだけだっつーの」


「よく言うよねぇ! 服とか脱ぎ散らかして、片付けてるの私なんだよ⁉︎」


 再び喧嘩を始める二人は放っておいて、ゲルダはゼノヴィアに向く。


「訛りのお姉さんは、西支部に帰るの?」


「そうやな、出来ればもうちょいここにおりたいけど…向こうにもまだ仕事は残ってるしな」


「そっか、でもたまにはおいでよ、銃のメンテナンスしてあげる」


「ほんまに? おおきに…っというか、ゲルダちゃんがこっち来てくれたら早いんやけど…」


「それに関してはごめんね、パス、ここには弟の墓があるから、離れたくないんだ」


「そっかー、残念やわ…ウチも魔女のパートナー欲しかったねんけどなぁ」


 名残惜しそうにそう言ってから、ゼノヴィアは迎えの馬車に乗り込んだ。


「ほなそろそろおいとまするわ、新入団員とか、色々分かったらまた教えてな、ジャンヌ」


「ええ、勿論です」


「エルヴィラちゃんも、ゲルダちゃんも元気でな、無茶したらあかんよー」


 手を振るゼノヴィアが、どんどん小さくなっていく。


 そして、見えなくなった頃、ゲルダがジャンヌの手を取って、乞うような目をしながら言う。


「私も騎士団でお世話になっていい…かな…?」


「え?」


「多分、色々役に立つと思うんだ、私の魔法は色々と…絶対迷惑かけないから、お願い、ここに置いて欲しいの」


 弟からなるべく離れたくない、まるで、そう言いたそうだったし、実際そう思っているのだろう。


 姉が弟を想うなんて、当然の事じゃないか。


「勿論良いよ、怪我した人とか…治してあげて欲しいな」


「まーた魔女が増えた」


 つまらなさそうにエルヴィラが言う。


 まるでいつもと変わらない風景。


 でも、組織の中には、もう二度と顔が見れない人が沢山いる。


 世界になんの影響も無くても、確かに残る傷跡を、ジャンヌはしっかりと感じていた。


「五つ目…南か…」


 終わらせなきゃ、早く。


 こんな傷を、これ以上増やしちゃいけない。


 じゃないと、壊れてしまう。他ならぬ、自分が。


「エルヴィラ、ゲルダ」


 呼ばれたエルヴィラはジャンヌの顔を見て、思わずため息を吐いて、ゲルダはそっとジャンヌの頭を撫でた。


「なんつう顔してんだよ、お前」


「辛いなら、泣いて良いよ、ジャンヌ」


「ごめん…ごめんね…ちょっと…しんどい」


 耐えていたものが、溢れ出す。


 辛いに決まっている、一緒に仕事をして、支えてくれていた仲間が、家族同然の人達が、一度に大量に居なくなってしまったのだ。


 これが、まだ続くのかと思うと、怖くて仕方がない。


「お願い…お願い…みんな…居なくならないで…」


 エルヴィラとゲルダに支えられながら、ジャンヌはまるで昔のように、大粒の涙をこぼしながら、泣いた。


 これ以上、居なくならないで欲しい。


 その為にも、こんな事早く終わらせないと。


 全部回収して、もう誰も傷つかないようにする。


 ジャンヌは、そう心に誓った。

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