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魔女伝  作者: 倉トリック
墓標の剣編
93/136

ただの普通の

「ぐぅ…おおっ!」


 頭を砕かれた、つまり、一度死んだのだ。


 蘇生回数も残りわずかとなっているこのタイミングで、あんな一瞬で、たった一回とはいえ殺されてしまった。


「ふざけるなよ…魔女がっ」


 再生と同時に、ゲルダを引き裂く為に巨大な左腕を振るう。狙い通りゲルダの体を大きく引っ掻いたが、しかし、乾いた音共に砕けたのは、ランスロットの爪の方だった。


「あ…?」


 直後、再びゲルダの拳が炸裂し、今度は胴体を真っ二つにされてしまった。


 蘇生も後回しにして、ランスロットは右の砲手から岩石を撃ち出す。


 しかし、巨大な岩石も、ゲルダがかざした右手だけで受け止められた後、粉々に破壊された。


 攻撃が、まるで効かない。正確には、届かない。


「貴様…図に乗るなよ…!」


 再生したランスロットは、ウルから奪った剣をおもむろに飲み込んだ。そして、右腕から発射はせず、砲口から刃だけを出して装備する。


「無駄な怪我させやがったな…だが、氷は溶かせばいいだけだ、形代の案山子は、命を使う事で、武器を魔具化させる事だって出来るんだよ」


 ランスロットの声に反応するように、胸の人形が怪しく光り、そして、剣が炎を纏い始めた。


「ふん、返してもらうぞ」


 ランスロットは炎の剣で、自分の腕と同化していた魔剣を包んでいた氷を溶かす。そして再び、属性魔法を操る魔剣を装備した。


「お前の氷は凄まじい、一本じゃ不安だったからな…だが、これなら多少は効果があるだろう」


 二本の剣を構えたランスロットが、ゲルダに斬りかかる。


 防御もせず迎え討とうとするゲルダだったが、何かに気付いたように飛び退いて、ランスロットを睨みつける。


「惜しい…が、どうやら効果はあるようだな」


 剣がかすった腕の氷が、タラリと少し溶けていた。


 ゲルダの氷を凌駕するほどの熱があったのだろう、それはまさに、太陽に匹敵する熱さかもしれない。


「いや、それよりも!」


 エルヴィラが、慌ててゲルダの背後へと回って、大声を上げた。


「おいゲルダ! お前意識あんのか⁉︎」


 エルヴィラが言うと、ゲルダは少し振り向いて、小さく頷いた。


 どうやら今回は、暴走はしておらず、氷獣にはちゃんとゲルダの意思が反映されているようである。


 だからこそ、無闇に突っ込んだりせず、攻撃を躱すという行動に出たのだろう。


「だったら少し落ち着けや! 側から見てりゃ暴走してるのと見分けが付かんかったわ! お前がすげぇ戦力になってくれたのはありがたいけど、だからこそもっと落ち着いて戦略を立てろ!」


 ゲルダはプシューッと白い息を吐き出して、腕の傷を直しながら、


『戦略って? 具体的には?』


 と、洞窟の中で反響しているような声で言った。


『アイツの装備した剣の炎で私の氷は溶かされた、凍らせて動きを止めるっていうのは、既に没案だと思う。氷が効かなくなった役立たずの私がどうにか出来るほどの戦略は、ちゃんとあるの?』


「いや、お前が役立たずってわけでもねぇだろ、少なくとも、動きを一瞬でも止めれるなら、希望はあるぞ」


 そう言って、エルヴィラはランスロットの胸元を指差す。


「見ろ、あの気持ち悪い人形、さっきより体から出てきてやがる、あれなら狙いやすい」


『破壊するの? 無駄だと思うよ、さっきからあれだけやってるのに、あの人形だけは傷一つ付いてない、流石七つの魔法で作られた魔具って感じ…』


「いいや、出来る、なんせ私らには、アレがあるんだからな」


 エルヴィラの視線の先には、ジャンヌが立っている。


 この期に及んで、最後は人間頼みなのかと、ゲルダは少し呆れた。


 確かにジャンヌの戦闘能力は高かったが、それでもランスロットには手も足も出なかった。仮に彼女とランスロットの実力が互角だったとしても、破壊出来ない魔具をどうしようと言うのだろう。


 もしくは、彼女を囮にする、と言う事だろうか。いやしかし、今のエルヴィラにとって、ジャンヌはかなり必要な存在のはず、そんな風にぞんざいに扱う事は考えにくい。


『エルヴィラ、一体あの子に何させるの』


「まぁいいから見てろ、お前はアイツの動きを止める事に集中してくれればいい」


『だから、氷は溶かされるって』


「一瞬で溶けるわけじゃねぇだろ…それに、お前が治癒…つーか、再生出来るのは人体だけじゃねぇはずだろ」


『………』


 まだ不服そうなゲルダだったが、エルヴィラは既にジャンヌに視線を送り、何やら合図らしきものを送っていた。


「西支部、お前も、とにかく撃ってくれ…もう終わらせるぞ」


「え、ああ、うん」


 エルヴィラの指示で、全員がランスロットを囲むような形を取る。

 あの炎を振りまく事が出来る状態の彼に対して、この陣形は確実に悪手な気がするが、それでも、エルヴィラはさっきまでとは打って変わって、自信満々な表情を浮かべている。


「何の真似だ、魔女」


 自分を取り囲む魔女と騎士を見ながら、ランスロットは言う。


「何の真似って、お前を倒す作戦だよ、今までお前をぐちゃぐちゃにしてきた事が、無駄じゃねぇって事を証明してやるのさ」


「俺の蘇生可能回数の話をしているのか? 全くもっておめでたい奴だな…確かに少なくしてやるとは言ったし、実際もう数えるほどしかないが…それでも、お前らを全員斬り刻むぐらいには蘇生も再生も出来る、余るぐらいかもな」


「いいや、もうお前の可能回数は関係ない…見誤ったんだよ、お前はなっ!」


 エルヴィラは、お得意の転移魔法で、いつも通りナイフや短剣を大量に出現させる…と、誰もが思っていた。


 しかし、出て来たのは、物では無く、人だった。


「特異魔法だ」


 エルヴィラ自身の特異魔法『縄張りの痕跡(マーキング・エリア)』。その場に居た、その場で起きた過去の存在や現象を現在へと引っ張り出し、己の使い魔として使役する魔法。その気になれば、自然災害すらその場で再び引き起こす事が出来る恐るべき魔法。


 その最大のメリットは、一秒前だったとしても過去として扱われ、人物を引っ張り出す事だって出来るという事である。そして、最大のデメリットは、一度に大量の過去を召喚した場合、その攻撃対象は無差別である事だ。


 エルヴィラが、一人一人ちゃんと指示を出すまで、無差別に攻撃が行われる。


 だから、本来エルヴィラは、この魔法を味方が大勢いる今のような場面では使わない。というか、普段から使いたがらない。引っ張り出した過去は、同じ時間からは二度と召喚出来ない、だからこそ、ここぞという時に使いたいのだ。


 そう、本来なら、だが今は、そんな事を言っている場合ではない。


 とどのつまり、やむを得なし、という事である。


 無差別攻撃の危険性がある大量召喚、あろう事かエルヴィラは、その魔法で、大量のランスロットを過去から引っ張り出したのである。


「何やってるのエルヴィラ⁉︎」


 次々と襲いかかってくるランスロットを薙ぎ払いながら、ジャンヌが叫ぶ。過去から連れ出した使い魔的な存在とは言え、実力は本人そのもの、冗談抜きで死んでしまう。


「テメェらぁ! 狙いはあの両腕がバグってる奴だ! 他のはいいからアイツだけ狙え! アイツだけだ! 他のは無視しろ! 標的は一人だ! 遠慮なく殺せ!」


 それぞれ動き回るランスロット達に、忙しそうに指示を飛ばすというシュールな光景を見せられながら、本物のランスロットは不愉快そうに、襲いかかってくる自分を斬り捨てる。


「中々趣味の良い嫌がらせだな…俺に俺を斬らせるとはな…なるほど、だからどうした」


 遠慮無く、躊躇なく、容赦無く、情け無用に、ランスロットは自分を斬り刻んで行く。


 自分の弱点など知っているし、例え知らなかったとしても、一振り見れば太刀筋は覚える。


 自分自身が相手だったとしても、全く変わらない。


 そこに加えて、他の連中が攻撃を仕掛けてこようと、問題はない。


 ゲルダが拳を振り上げて襲いかかってくる。殺したばかりの自分を盾にして防御する。


「ふん、とんだ墓穴を掘ったな、エルヴィラ…精神的にダメージを与える事が目的だったのか? それとも単なる戦力か? どちらにせよ無意味な事だ、むしろ、お前の仲間の方が混乱しているじゃないか」


「さぁ、どうだろうな」


「…はぁ…いい加減…ああ?」


 一瞬の事だったが、気付いた時には、ランスロットの首は斬り落とされていた。


 勿論蘇生した後再生もしたが、あまりに突然の事だったので、理解が出来ない。


「攻撃を、受けたのか、今…俺が?」


 斬った相手を探すが、自分しかいない。同じような動きしかしない、過去から連れてこられた自分。


 いや、居た。ランスロットの群れの中に、斬った犯人が居た。


「ジャンヌ…貴様ぁぁぁぁぁぁあっ!」


 過去ランスロットの攻撃の間を縫うように、ジャンヌが攻撃を仕掛けている。ジャンヌの攻撃に合わせて、周りのランスロット達が攻撃方法を変えている、変えざるを得なくなっている。


「忘れ形見の最大の強さは、剣術でも体術でも無い、賢く人を使えるって言うのが、コイツの強さだ」


 例えそれは、意思のない使い魔であったとしても同じ事である。


 人に指示を出して的確に動かし、指示が通らない相手ならば、自分がそれに合わせてベストな動きをする。


 仲間が居てこそ、ジャンヌは最大の力を発揮出来るのだ。


「統率力…かっ!」


 思い出した。過去の訓練の事を。


 当時の団長、『鎧の魔女』ジャンヌとの、一撃与える事が出来れば合格という内容の訓練で、まだ幼く、しかも泣き虫だった彼女をリーダーにした際の団体戦で、記録的な速さで合格できた事を。


 最後に攻撃を与えたのはランスロットだったが、あれは、自分がすごかっただけじゃない。


「操られていたのか、あの頃から」


 歳上相手に、うまく指示は出せないから、他の三人が最大限に力を発揮出来るような立ち回りをしていた。他人を直接動かすのではなく、人が思い通りに動いてくれるように自分が動いた。


 昔から、そうだったのだ、この女は。


「多数になればなるほど強くなる、一対一には絶対に向かない…騎士にあるまじき性質だな! 貴様! それで恥ずかしくないのかっ!」


「恥ずかしくありませんよっ!」


 直後、ランスロットは喉を貫かれる。意識が飛ぶ寸前に、ジャンヌがもう一本剣を持っているのを見た。


 透明で綺麗な、ガラス細工のような剣。


 その剣が右腕を刺した途端に、そこから魔力が消えた。


「ぐぅうう⁉︎」


 もう炎は出ない、そこにはただ、腕に刺さった鈍があるだけだった。


 どうやらそれは、魔力を奪う魔剣らしい。


「頼れる仲間が居るって事の、どこが恥ずかしいんですか」


 斬撃の嵐の中、ジャンヌの声がする。


 一人が強いより、全員が強い方が有利なのは、当たり前だ。ましてやその団体をうまく操れる者がいれば、負ける事など無くなるだろう。


 そんな単純な事が、分からなかったのか。


 ずっとずっと一人だった。一人で頑張って、頑張って頑張った。


 頑張って、頑張って頑張って頑張って、死ぬほど努力して、自分の意思なのかすら分からなくなるぐらいまで、一生懸命に、ただひたすら、一人で頑張った。


 頑張って、頑張ったのに。


 たかだか多数というだけで、負けるのか、格下に。


 負ける、負け、死ぬ、意味がなくなる。


 負けるのは、弱い奴。


「ふぅぅざぁけるなぁあああああああああああっ!」


 ランスロットが叫ぶ、それと同時に、彼の体から鋭いものが爆発するように飛び出した。


 鋭いそれは、彼の肋骨だった。異様な形に変形し、弾丸のように飛び出して、自分を取り囲む大量の自分達を、一斉に刺し殺した。


 そしてあろう事か、それはジャンヌの腹部をも貫いていた。


「ガハッ…!」


 ガクリとその場で膝をつく、そんな彼女に、ランスロットはフラフラと近づいて行く。


「俺が…強いんだ…勝つのは俺だ…勝たないと…じゃないと…俺は…何の為に…」


「ランスロット…さん…!」


 形代の案山子は目の前だ、今貫けば、終わる。


 素早くジャンヌは腕を振り上げ、オーバードーズを突き刺そうとする。しかし、それよりも早く、ランスロットに剣を弾き飛ばされてしまった。


 ランスロットはみるみる回復して行く。


「小賢しい真似しやがって…何が統率力だ…所詮は他人の陰に隠れながらでしか攻撃できない最弱者が…お前の方が弱いんだよ、殺してやるよ、弱い奴は、死ぬべきだ」


 ランスロットが剣を振り上げる。


『また粉々にしてやる!』


 ゲルダが氷壁で取り囲もうとするが、一振りした剣から放たれた炎で、みるみるうちに溶かされる。


「チィッ! 魔力が足りん!」


 一度に大量の召喚を行った事により、エルヴィラは既に攻撃不能状態にある。


「ジャンヌ様!」


 剣を奪われ、生身では炎に飛び込む事も出来ない、優秀な若き騎士も、今や無力な少年だった。


「ロット! もうやめぇや!」


 ゼノヴィアが、必死に引き金を引く。


 緊張のあまり、指に力がこもり、一発放つのに少し時間がかかった。


 弾丸がランスロットの振り上げた腕に命中する。


 その瞬間。


「がぁっ⁉︎」


 剣は砕け散り、ランスロットの腕は爆散した。


「えっ⁉︎」


 発砲した本人ですら驚くなか、ジャンヌは素早くオーバードーズを取り上げてランスロットの胸に突き出した。


「ぐうっ! 甘いっ!」


 咄嗟に右腕に刺していた剣を発射して、再びオーバードーズを弾き飛ばす。


 更にそのまま、ジャンヌの腕を剣で貫き、地面に固定した。


「ーーっ!!」


「どいつもこいつも猪口才な…お前ら如きが…俺に勝てるわけ」


「…ええ、勝てませんでした…そうですね…結局、私達じゃあ、勝つ事は出来なかった…貴方の勝ちです…ランスロットさん、貴方の言う通り、私は弱かった…貴方に勝てるのは…」


 貴方だけですね。


 ザクリ、と、ランスロットの胸から剣が飛び出した。


 剣先がジャンヌの鼻先で止まり、少し、冷や汗を垂らす。いや、この汗は、自分の周りを囲む炎のせいか…いや、単純に、刺された手が痛いのか。


 とにかく、透明な剣がランスロットを貫いた、いや、正確には、人形を貫いていた。


「…誰…だ…俺を背後から…気配も無く…」


 声を震わせながら、ランスロットは振り向く。


 そこに居たのは、自分だった。喉に骨が突き刺さり、確実に死んでいるはずの、エルヴィラの魔法で連れてこられた、過去の自分。


「…魔女の…魔法…何故だ…さっき…全部」


「過去から引っ張ってきたとは言え、結局は私の魔力で動かしている超高性能な使い魔みたいなもんだ、魔力さえ残ってれば、死んでたって少しは動くさ…それに、ここには最強の治癒魔法を使う魔女がいる」


 へたり込みながら、エルヴィラは言う。その隣で、ゲルダの氷が溶けていく。


「訛りのお姉さん、ナイス『溜め撃ち』」


 何のことか分かっていないが、ゲルダが親指を立ててくるので、とりあえずゼノヴィアは同じように親指を立て返す。


「…ふ、ふはっ…だからどうした…もう一度蘇生して…」


「無駄ですよ…貴方を突き刺したのは…『オーバードーズ』という、魔力を奪う魔剣です…一本じゃないんですよ、それ…だってそれも、エルヴィラの特異魔法ですからね、彼女が頑張ってくれれば、何本でも作れます」


「ぐ、ぐうううっ⁉︎」


 魔力が切れたのか、力尽きたようにオーバードーズを刺したランスロットは倒れ、同時に、オーバードーズも、本物のランスロットからズルリと抜け落ちた。


 支えを失った本物のランスロットもまたバタンと倒れ、ただ呻いていた。


「いったた…これで…良いでしょう…ランスロットさん」


 手に突き刺された剣を抜いてから、ジャンヌは言う。


「ガハッ…いい気味か…! 俺を…見下しやがって…さぞ、楽しいだろうな…お前らにとって…俺は、既に…弱者か…!」


 形代の案山子があったからこそ、無理に改造した身体でも動けていた、しかし、既に魔力の補助は一切無くなっている。そうなれば、ぐちゃぐちゃになった身体は、ただの瀕死の体である。


 呼吸をするだけでも血が噴き出し、動く事すらままならない。


 瀕死どころか、確実に、死は目前だ。


「ツケが回ってきたな、人の命を利用して、自分の体を弄りまくった代償だ…」


 ゲルダが氷で炎を消し、エルヴィラがオーバードーズを回収する。


「ロット…」


 ゼノヴィアが駆け寄り、その名を呟く。


「ランスロットさん」


「うるせえ…! うるせぇよ…! 負けてねぇ…まだ剣がある…戦える…負けるか…負けてたまるかよ…ここで…負けたら…俺は…意味もなく死ぬ…死んだら俺は…何の為に…!」


「意味なんか無いですよ」


 ジャンヌは、酷く冷たい声で言う。


「貴方がしてきた事なんて、なんの意味もない…わざわざ人を殺して…しかも仲間を殺して力を得た事に、何の意味も無いですよ…! 罪のない人を大勢殺しておいて、負けたくないだとか、死にたくないだとか、あまりにムシが良すぎるでしょう⁉︎ 何を被害者面してるんですかっ! 貴方に殺された皆の方が圧倒的に被害者ですよ! 私達は、本当に貴方の事が大好きだったのに!」


「…お前らなんかに…何が…分かる…俺は…負けちゃいけなかったんだ…勝ち続けて…殺し続ける事が…俺達の存在する意味だったのに…罪もない人を殺しただと…? くくくくっ…! 笑わせんなよ…俺に、負けた…だけだろ…弱かったから…死んだだけだ…死んだ奴が悪いんだよ…そうだろうが…じゃないと、困るだろ? お前ら…そうしないと…俺を殺したお前らまで…悪になるぞ…?」


「ロット…」


「俺は…俺は特別なんだ…そう、魔女すら凌駕する…最強の騎士になって…俺は…最強になって…英雄に…」


「ロット」


 ゼノヴィアが、ランスロットの前に座り、頭を撫でる。


「みんな知っとったよ、ロットが頑張っとる事」


「やめろ…見下すな…俺は…最強の騎士だ…」


「ロット、アンタはほんまは…ジャンヌがどうとか、最強の騎士とか…そんな難しい事考えてへんやろ? アンタの行動理由は、もっとシンプルやったはずや」


「うるさい…だまれ…お前なんかに…何が分かる…!」


 ゼノヴィアは、ランスロットの頭を撫でながら、言う。


「アンタは…いや、アンタも、普通に生きたかったんよね…」


 ランスロットの目が、大きく見開いた。しかし、その視界は、薄れつつある。


「死と隣り合わせやない、ただの、普通の人生が送りたかっただけなんやろ…ウチもそうやったもん…ローランも、ジャンヌも、きっと先代だって…みんなみんな、ただ当たり前に生きたかっただけやんな」


 生きる為に死闘を強要される、ランスロット達のような立場の人間の運命は、生まれた時から過酷だった。


「強くなる必要があった、生きる為に、生きていいよって許してもらう為に、ウチらは、アンタは特に、強くならんとあかんかった…厳しかったよな…苦しくて、辛くて…生きる事に、了承を得るなんて、普通やないもんな」


 ただ、普通に生きたかった。それが許されない、生まれた時から、ずっと。


「ふざ…けるな…よ…」


 ランスロットは、消えそうな声で、言う。


「ふざける…な…俺達が…何をしたって…言うんだ…ただ生まれてきただけなのに…何が違うって言うんだ…飯を食って…働いて…寝て…普通の人間と同じなのに…俺達は…なんで…」


「それが分かっているなら…尚更どうして…人の命を簡単に奪うような事をしたんですか…ランスロットさん…貴方が一番、分かってるじゃないですか…人の生死を、他人が決める権利なんて、どこにも無いって」


「それしか…やり方を知らなかったからだ…俺には…生きるか殺すしか…選択肢が無かった」


 ランスロットは、プフッと血とともに笑いを噴き出し、自嘲する。


「知らない…選べない…生きられない…なんだよ…俺は…生まれた時から、敗北者じゃないか…何を、今まで必死になってたんだろうな…ずっと一人で…なんで、生きたいなんて、思っちまったんだろうな…俺なんて、生まれて来なければ…どんなに楽だったんだろうな」


「ロット」


「ランスロットさん」


「笑え…笑えよ…俺は、生まれてきた事すら後悔しながら…死んでいく…お前らの仲間を大勢殺した悪人の、どうしようもないぐらい自業自得で、相応しい死に方だろう…?」


「ロット」


 自分を嘲り笑うランスロットを、ゼノヴィアはそっと膝の上に乗せて、子供をあやすように撫でる。


「ウチは、アンタが大好きやったよ…アンタが絶望の中で死んでいく事なんて望んでない…」


 でも、助ける事も、もう出来ない。いくらゲルダの治癒魔法があっても、既に作り変えられた体を元に戻すなんて事は、不可能だ。


 だから、だからせめて。


 普通に死なせてあげたかった。


「頑張って生きたんよね…辛い事沢山あったけど…それでも、ロットは生きる為に頑張ったんよね…死ぬ為やなくて、生きる為に生きたんよね…アンタは偉いよ、ほんまによく頑張った…頑張り過ぎや…だから、ちょっと寝よか、な?」


 ランスロットの目が、次第に閉じていく。


 大嫌いだった。どいつもこいつも、弱いから。


 大嫌いだった。どいつもこいつも、辛い現実の中にいるくせに、楽しそうで。


 大嫌いだった。絶望的な人生なのに、幸せになる為に輝けるコイツらが、殺したいほど大嫌いで、恨めしいほど羨ましかった。


 俺だって、幸せになりたかった。


 そう願う事すら許されないのに。


 目から光が失われていく、体温が、消えていく。


 他の誰でもない、ランスロットの命が、今度こそ消えていく。


(なんだよ…コイツら)


 自分を見下ろす二人の騎士。ジャンヌと、ゼノヴィア。


 二人は、泣きそうな顔をしている。


(悪人が死ぬんだから…嬉しそうにしろよ)


 悲しそうに見下ろすんじゃなくて、見下せよ。


 死を惜しむように、悔しそうに、悲しそうに、まるで看取るように。


 これじゃあ、まるで。


「…おれ…ふつう…に…しぬみたいじゃ…ないか」


 ただの、普通の、人間みたいに、愛されて死んでいくみたいに。


 似合わねぇな。愛されるのは、似合わない。


 俺みたいなクズを愛しやがって。


 こんな最期だっていうのに。


 まだ生きたいって、思っちまうだろうが。


 生きて、お前らと一緒に、幸せになりたいって、思っちまっただろうが。




 死にたくねぇな。





 最強の騎士、ランスロットは、二人の騎士に看取られながら、息を引き取った。


 七つの魔法。

 四つ、回収完了。

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