臆病者の騎士
血と臓物の絨毯が広げられた室内を、エルヴィラとゲルダは隅々まで捜索する。
残念ながら、生きている者が残っている気配は無かった。
「ゲルダ、お前探知魔法使えたっけ」
「使えるけど、精度低いよ? 私こう見えてまだ本調子じゃないんでね」
「私が加われば大丈夫だろ、とりま気配探ろうぜ」
建物全体に魔力を通して、生き物の気配を探る。
死臭漂う中ではあまり集中できず、モヤモヤとしていたが、すぐにその作業は終わった。
「…ここにいるのは私達だけだ…ここで防衛にあたっていたメンバーは全員死亡って…惨憺たる結果だな…おい忘れ形見、早いとこあのクソ野郎追おうぜ」
「……ローランさんも居たのに…ここにいる全員で立ち向かって…足止めすら出来なかった相手…」
「忘れ形見?」
頭を抱え、青い顔をし、今にも泣き出しそうに目を潤ませながら、ジャンヌは必死に脳を動かしていた。
こんな状況だが、否、こんな状況だからこそ、不気味なぐらい違和感を覚える。その違和感の正体を探る事を脳が優先させるせいで、素直に叫んだり、悲しんだりする事が許されない。
口と足の震えは止まらない、しかし、それでも、確認する為に、ジャンヌは近付いていく。
自分の頭を抱えながら死んでいる、ローランへと。
「…忘れ形見、何してんだ?」
「…ローランさんだけ…なんでこんなに不自然な死に方をしてるんだろう…」
「…どういう事だ?」
ジャンヌはこみ上げる吐き気を必死に抑えながら、ローランの遺体を調べていく。
着ている服、装備している剣、どれも今日生きていた時に着けていた物と同じだ。ここに不自然な点は無い。
「どうしてローランさんだけ、こんなにも丁寧に殺されているんだろう…?」
首を斬り落とされている死体なら、他にもいくつもあった。しかし、その全てが無造作に斬り捨てられ、落ちた首は明後日の方向へ転がっていたのだ。
唯一、ローランだけが、自分の首を持ちながら、座って死んでいる。まるで誰かがそうさせたように。
「…エルヴィラ、ゼノヴィアさんは?」
「ああ、西支部なら、今白髪のガキと一緒に二階を調べてるだろうよ、まぁ、生きてる気配なんか感じなかったから、無駄足だろうけどな」
「…そっか、じゃあ…呼び戻そう、何があるか分からない」
「大丈夫だ、向こうから来た」
エルヴィラが指差す方を見ると、暗い表情を浮かべながら階段を降りてくる二人が居た。
無かったのだろう、犯人の手がかりも、生き残っている者も。
「…ジャンヌ…どないする…」
驚くほど冷静で、無表情のまま、ゼノヴィアは漠然とした質問をジャンヌに投げかける。
この問いに対する、的確な回答など無いだろう。何故ならこの質問にもまた、明確な意味など無いのだから。
突き付けられたのは残酷な現実だけ。ジャンヌの部下も、ゼノヴィアの部下も、ローランの部下も、そしてローラン自身も、ここに居た者は一人残らず殺されてしまった。
多くの仲間と精鋭を失い、自分達に今出来る事は、ただ行方知れずの犯人を恨み、絶望の闇に沈んでいくだけ。
ゼノヴィアはそう思っていた、しかし、意外にも、ジャンヌから返答が来た。
「一つ確認したい事があります…それが終わったら…急いで馬車を走らせて墓地へ向かいましょう」
「また墓場かよ、前回と舞台が被ってんじゃねぇか…」
ネタ切れだと思われるぜ、とボヤくエルヴィラに、ゼノヴィアも顔をしかめながら便乗する。
「なんで、このタイミングでまたお墓なんや…? 今からみんなを埋葬しに行くんか…?」
「違いますよ…とりあえず、今はあそこへ」
ジャンヌは足早にある場所へと向かう。地下へと降りて、本当はあまり入りたく無い場所へ。
長い、地下牢の廊下を進んで行く。目的の場所はもうすぐだというところで、ジャンヌの足は止まる。
「…開いてる…」
あまり好きじゃ無い場所、死体安置室の扉が、半開きになっていたのだ。
「だんちょーさん」
その時、嘲笑うような声で、自分を呼ぶ者がいた。
振り向くと、牢の鉄格子にもたれかかり、背を向けたままクスクスと愉快そうに笑う、エイメリコの姿があった。
ジャンヌが初めて回収した『七つの魔法』。魔獣事件に関わっていた異端狩りの一人。あの日から、彼の口から仲間の情報が語られた事は一度も無い。
「なーんか…すげぇ事になったみてぇだなぁ? ひひひっ」
「…貴方には関係ないでしょ…というか、貴方は無事だったんだね、一番安全な場所だったからかな?」
ジャンヌが、半ば八つ当たりのように嫌味を込めて言った途端、エイメリコは急に向きを変え、その赤い瞳でジャンヌを睨み付けた。しかし、その目はすぐに歪んだ笑顔に変わる。
「安全な場所ねぇ…いやぁ、どうもどうも、守っていただいて感謝ですよ団長さん、ひひひっ…だがなぁ、俺が無事だったのは、どうやらここに引きこもってたから、だけじゃあないようだぜ」
エイメリコは、ニヤニヤと笑いながら言う。
「だって俺剣士じゃねぇもんな」
彼の含みのある言い方は、ジャンヌの予感を確信へと変えていく。
「……何か知ってるの」
詰め寄ると、更にエイメリコは口元を歪めながら楽しそうに言う。
「教えてやらねぇ、ここから出してくれたら、教えてやっても良いけどな」
「じゃあいい、自分で考える」
あっさりと諦めたジャンヌに、エイメリコは舌打ちと大きなため息を吐いて、「仕方ねぇなぁ」と死体安置室の方を顎でしゃくる。
「今回の相手はオバケなのかぁ? ひひひっ…いや、ゾンビかぁ? どちらにせよ、お前、勝てるのかよ? そこから出てきた奴は騎士だった、お前らの仲間じゃねぇのか?」
ああ、やっぱりそうなんだ。
ジャンヌは今度は本当に諦めたように肩を落とし、来た道を戻っていく。
「確認しなくていいのかぁ? 俺の言う事信じちゃうわけ?」
「…まぁ、確定したようなものだから、もういい、ありがと、外には出してあげないけど、暇つぶしのオモチャなら今度何か持ってきたあげる」
「ガキじゃねぇんだよボケ」
背後で喚くエイメリコを無視して、ジャンヌは次なる目的地へと向かう。
装備を整え、戦闘の準備を万全にしてから、馬車を走らせた。
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彼は、彼女の墓標を前にして、無感情に、無表情に、持っていた物を無造作に投げつけた。ガラガラと、雪崩のように、決して供え物のようには見えないそれらが積み上げられていく。
月明かりに反射されて輝くそれらは、折れた剣だった。元々、騎士達が装備していた剣。
彼は地に落ちたそれらを見下すと、不敵な笑みを浮かべた。
「本当は、アンタが生きている時にこうしてやりたかった」
誰よりも強く、誰よりも才能がある事を、誰よりも強く、誰よりも才能があった彼女に、見せつけたかった。
俺が一番強い事を、証明したかった。
「…だが、まぁいい、一番やりたかった事が、向こうから来る」
あの生意気で弱々しい小娘をこの墓の前で叩き斬って殺してやれば、間違いなく自分が最強だ。
四人もいらない、最強は、一人で良い。
「おい見ろよ、やっぱ夜の墓場なんて来るもんじゃないぜ、オバケと出くわしちまった」
背後から、少女の声がする。
「吸血鬼の次は幽霊かよ、夏の企画の定番だな、この調子だと、次の相手は秋らしく食欲旺盛なゾンビとか、冬は雪女かぁ?」
「氷を使う魔女ならここにいるけど?」
「どちらにせよロクなもんじゃねぇわ、お前も含めて、魔法を悪用する奴ってのは魔女だろうと人間だろうと、普通の悪人よりもタチが悪い」
少女達の話し声を、鬱陶しそうにため息で掻き消して、彼は気だるそうに振り向いた。
「やはり、魔女だったか…見た事が無い奴もいる…さっき串刺しにしてやった奴も合わせれば、三体も居たのか、自分が魔女になれなかったからと言って、なりふり構わず魔女に力を借りまくる、お前、騎士としての自覚あるのか?」
彼は、そんな魔女達の更に背後にいる彼女達に言う。
「生きてたんですね…ランスロットさん」
そんなランスロットを、ジャンヌが睨みつけながら言う。
追い付いてきたゼノヴィアは、彼の姿を見て目を丸くして驚いた。
「ラ…ランスロット…なんで…」
「カラクリは分かっていませんが…彼の死は偽装だったみたいですね…現に、彼は今、私達の目の前に立っています」
ランスロットは、確かな殺人の証拠を持ち、犯行の証言を口にした。
しかし、ランスロットは「違うな」と首を横に振る。
「俺は死を偽装などしていない、確実に死んでいた、俺はただ俺が死んだという事実を他人に押し付けただけだ」
「…どういう…」
「すぐに分かる、お前も同じ様に殺してやる」
ランスロットはそう言って、剣を構えた。
一目見て、それが今回の回収対象である事が分かった。それほどまでに、その剣は禍々しかった。
ドス黒い刃は、まるで波打つ炎のような形をしており、そしてまるで脈打つ血管のように、赤い筋が走っていた。
「それは…魔具…しかも、七つの魔法で作られていますよね…」
「詳しいな、俺も最近手に入れたばかりだが…中々の代物だ、なるほど、あの女が最強だと謳われていた理由が、今なら分かる…所詮は、魔法というオプションがあったが故の評価だったわけだな」
ランスロットは、投げ捨てた騎士達の剣を嘲笑いながら言う。そんな彼の姿を、ジャンヌは悲しそうに見つめていた。
「分からないです…ランスロットさん、貴方がどうやって…いや、それよりも、貴方が何故、こんな事をするのか…」
「…なんだ、分からないのか、そんな事も察する事が出来ないような奴が団長を務めているとは、嘆かわしいな、騎士団の落ちぶれ方は」
ランスロットは、『鎧の魔女』の墓に剣を突き立てながら言う。
「俺はこいつの事が大嫌いだった」
「…そんな…嘘ですよね」
「嘘だと思うか? 俺はな、昔から、剣しか無かったんだ、剣を握っている時だけは、俺は俺らしい評価を受けてきた…だから、俺が俺でいるために、ひたすら剣に打ち込んできたんだ」
「そ、そんなの、私だって…」
「お前とは違うよ…何故なら、俺は男で、お前が女だからだ」
ランスロットの顔が、そこで大きく歪む。怒りや憎しみを込めた、憎悪の表情。
思わずジャンヌは怖気付き、一歩退いてしまう。
「だ、男女は関係無いでしょう?」
「バカかお前、世の中はそうでも、俺達騎士団は違うだろうが。俺達、騎士団の、種と母体から産まれさせられた候補達は、女じゃないと意味が無いだろうが」
候補とは、団長候補の事。そして、騎士団の団長を務めてきたのは、代々魔法を受け継ぐ魔女だ。つまり、女性でなければならない。
「分かるか、どれだけ訓練を重ねても、どれだけ多くの実績を残しても、俺は這い上がれない、穢れた血だけを引いた忌み子という運命から逃れられない、雑魚どもにナメられ、無能どもにこき使われる、どれもこれも全て魔女のせいだっ!」
「ランスロットさん…」
「許せなかったんだよ、そんな俺達の気も知らないで、偉そうに騎士道だなんだと講釈垂れるあの女が…。ずっと、あのしかめっ面を苦痛に歪めてやりたいと思っていた…この手で殺してやりたいと、あんな奴より、俺の方が実力は上なんだと、証明して、踏みつけてやりたかった…しかし、アイツは魔女、俺がいくら斬りつけようが死にはしない」
ガクリとランスロットの肩が落ち、目から光が失われていく。
「俺の心は、あのまま死んでいくだけだった。本当の俺を知られる事の無いまま、死んでいくんだと、諦めていた…だがな」
ランスロットは再び顔を上げる、その顔は、さっきまでとは打って変わって希望に満ち溢れた清々しい顔をしていた。
「あの女は死んだ、下らない魔女同士の殺し合いに負けて、無様に死にやがった、ザマァ見ろ、死体すら見つからないまま、こんな石の下で眠ってる事になっている、なんとも無様だよな」
「それ本気で言ってるんですか! ランスロットさん! いくら貴方でも、私は許しませんよ!」
聞くに耐えない尊敬する師への侮辱に、ついにジャンヌの堪忍袋の尾が切れた。怖気付く自分は何処かに行き、激しい闘志だけが湧き上がっていた。
しかし、そんな彼女の怒りを更に上回る勢いで、ランスロットは怒号を上げる。
「許さないのは俺の方だ! あの女が死んで、魔女制度がなくなって、俺が…今度こそ俺があの座に立てると思ったのに…お前みたいな小娘が…最強を受け継ぐ騎士だと…? 笑わせるな…俺の…足元にも及ばない癖に、何が四天王だ、最弱の癖に…俺に一回だった勝った事がない癖に…ケツの青いガキが…身の程知らずが…許せねぇ…許せねぇ…」
彼の感情に呼応するように、黒い剣から赤黒い蔓のようなものが伸びて、ランスロットの体を這っていく。
「俺だ、最強は、強いのは、俺だけだ…俺だけが強いんだ…俺を強いと、認めてれば良かったんだ…馬鹿にしやがって…俺は強い、俺が強い、俺だけが強い、今から証明してやる…念願叶う時だ、この下に死体はねぇが、あると思って遊んでやる、先代の穢れた魔女の前で、無能な現団長の首を斬り落としてやる」
「まさか…騎士殺しは…その為だけに…? 私への嫌がらせだけの為に…ローランさんも、みんなも…」
「守れなかったのはお前だ、俺に勝てるように育てなかったのもお前だ、自分の無能さに絶望しているか? お前ごときが俺に勝てる要素など、どこにも無いぞ」
確かに、ジャンヌは絶望していた。自分の無能さに、そして、目の前にいる、家族同然だと思っていた人を、この手で斬らなければならない事に、どうしようもない現実に、ただただ絶望していた。
「私は…貴方を尊敬していました」
「俺はお前に殺意しか無かったよ」
そうですか、そう言って、ジャンヌは剣を構える。魔力を奪う魔剣『オーバードーズ』では無く、愛用の、普通の剣を。
「う、ウチも加勢するで」
状況を理解しきってはいないが、ゼノヴィアも剣を握ってランスロットの前に立とうとする。しかし、袖を掴まれその動きは止められた。
「待てよ西支部、お前の気持ちも分かるが、今は忘れ形見に任せろよ、二対一なんて、騎士道精神的な何が許さないだろ?」
「か、かなり曖昧やな…いやでも、そんな事言うてる場合やないよ! 相手はロットやで! いくらなんでも…力の差があり過ぎる」
ゼノヴィアは、不安そうにそう言うが、エルヴィラはむしろ得意げに笑っていた。
「私はあの男がどれだけ強いか知らねぇが、お前らだって知らねぇだろ、この数ヶ月間、忘れ形見がどんな状況を生き残ってきたのか」
まぁ見てろって。
エルヴィラが不敵に笑う。
「ランスロットさん、一つだけ、教えてもらえませんか」
「ああ?」
無感情に、質問するジャンヌに、ランスロットは怪訝な表情を浮かべる。
「なんで、このタイミングで動こうと思ったんですか? 私が気に入らなかったのなら、継承式の日にでも、襲えば良かったじゃないですか、どうして、三年も経った今なんですか?」
「…その為の力を、偶然手に入れたからだ、この組織をひっくり返せるほどの、巨大な力を」
「それも嘘ですよね」
ジャンヌはきっぱりと否定する。
「あの、さっきからカッコよく言い訳しているようにしか聞こえないんですよ、ランスロットさん。貴方の証言と行動は辻褄が合わなさ過ぎる、何もかも回りくど過ぎる、自分の力を示したいなら、わざわざ保険をかけるような事をする必要無いですよね」
ジャンヌは、心底軽蔑しきった目で彼を見て、ため息混じりに言う。
「貴方、大見得切って負けるのが怖いんでしょう?」
「…口には気をつけろよ小娘が、俺がお前に負ける要素は一つも」
「ありますよ、一つどころか、いくつもある」
安い挑発だ、この程度で心を乱すような相手じゃない。だからこれは、本当はすごく意味の無い行為。だけど、はっきりさせておきたかった。彼の言う最強の騎士が、どれだけ臆病者なのかを。
「貴方がこのタイミングを選んだのは、墓荒らし事件があったからですよね、今なら、墓荒らしの所為に出来る、自分の責任を、あろう事か犯罪者に押し付けようとした」
そして、それは同時に、自分の思惑が失敗した時の保険にも使える。そうで無くては、わざわざ四人で集まって、その場で尊敬する師の仇討ちだ、なんて言うわけがない。
自分の立場を守りたいが為の、子供じみた嘘。
「ちなみに、墓荒らしの件ですけど、アレは故意にやったわけじゃなくて、事故だったみたいですよ、どうしようもない理由があったんです、ね、ゲルダ」
「ういっす」
ゲルダの軽い返事を聞いてから、ジャンヌはランスロットに言う。
「貴方は自分の行動に自信が持てない、どころか責任感すらない、常に言い訳で身を固めて、情けなく自分を守ろうとしている、そんな人に、騎士団の団長は任せられませんね、そして、そんな卑怯な臆病者には、私は負けませんよ、団長ですから」
それが、貴方が負ける要因の一つです。
しばらく沈黙が続いた後、ランスロットが、急に声を押し殺し、ブルブルと震え始めた。
どうやら、笑っているようだった。
「楽しみだ、そこまでデカイ口をたたくお前を、この手で斬り刻む瞬間が、実に楽しみだぞ、俺の剣で死ねる事を光栄に思うと良い」
その頃には、俺が新騎士団を創設しているだろうさ。
それから、言葉が交わされる事は無かった。
次の瞬間には、お互いが動いて、剣がぶつかりあっていたのだ。
騎士同士の戦いが、幕を開けた。




