囮作戦
先に地下室へとやって来たのはジャンヌでは無く、エルヴィラの方だった。
「エリーちゃんも来たんか、なんやゴタゴタに巻き込んでごめんなぁ」
「気にすんな、面倒ごとに巻き込まれるのには慣れてる」
そう言って、エルヴィラは部屋の隅でごろりと横になった。
「割と疲れたな…」
「何しとったん? ジャンヌのお手伝いかなんか?」
「…まぁそんなトコだな、用心深いったらありゃしねぇぜ」
「へぇ、そう言えば、作戦の事ローランには伝えてへんけど…」
「それをさっき伝えに言ったんだよ、万が一、忘れ形見達が取りこぼして、犯人がここに逃げ込んだ場合に、迎え撃って欲しいとな」
流暢に作戦内容を説明するエルヴィラに、ゼノヴィアは「すごいなぁ」と、感心する。
「…エリーちゃんは、不思議な子やね。まだこんなに小さいのに、すごい頼もしく見えるわ」
「体は子供、頭脳は大人だからな」
どこかで聞いた事のあるフレーズだが、思い出せない、どこだろう? その答えはここではない別の世界にあるような気がした。
寝そべったまま、ぼーっとしているエルヴィラに、ゼノヴィアは遠慮がちに、小声で尋ねる。
「な、なぁ…エリーちゃんってさ、もしかして、魔女?」
「ああ?」
自分の正体を当てられ、少し怪訝な顔をする。と、警戒してみたところが、別にバレても問題ない事に気付いた。
「その通りだ、よく分かったな」
「へへへ、なーんか普通やない雰囲気やってんなー、ウチの勘も捨てたもんやないやろ?」
「まぁ隠す気も無かったけどな、で、魔女ならどうする?」
「どうもせぇへんよ、ウチが納得したかっただけ…別にウチ、魔女嫌いやないからね、なんせ魔女になる予定やったんやから」
自信満々に胸を張って言うゼノヴィアに、エルヴィラは呆れて、わざとらしいため息を吐く。
彼女もまた、『鎧の魔女』ジャンヌ候補だったわけだ。
「ジャンヌになるってのは誇らしい事かもしれねぇけど…魔女になるなんて、名誉でも誇りでもなんでもねぇぞ」
「いや、そうは言うけども! やっぱウチら普通の人間からしたら、魔法なんて凄い力が使える魔女って羨ましいもんなんやでー? 当時は時代が時代やったから、ウチもはっきり言えへんかったけど、正直魔女には憧れててん」
照れくさそうにゼノヴィアは言う。いい大人だろうに、その姿は夢を語る無邪気な子供に見えた。
「周りはウチらみたいな魔女候補として産まれた子を不憫そうに見てたけど、ウチにとっては幸運やったなぁ、頑張れば、憧れの魔女になれるかもしれへんかったんやから」
「結果は年下の小娘に取られたけどな」
「ああ、それはまぁ、そうやなぁ、取られた…っていうのはちょっと違うんやけどな」
ゼノヴィアは気まずそうに苦笑いを浮かべる。
「実力の世界やからな、ウチはあの子より劣っとった、それだけやねんな、実力不足の女に、魔女の力は制御出来んよ」
「そうかぁ? 少なくとも、私には西支部の方が忘れ形見より実力が上に見えたが?」
「西支部?」
「お前、騎士団西支部の支部長らしいじゃねぇか、だから西支部」
エルヴィラの独特過ぎるネーミングセンスに一瞬戸惑いながらも、ゼノヴィアは自分の方が上だというエルヴィラの意見を緩く否定する。
「そう見えるのは、あの子がお人好しやからやで、ウチにも言える、あの子の唯一の弱点はそれや、身内に対して全く本気になれへん、あと一歩が踏み込めへん…それでもウチはあの子から一本も取れへんかった」
ここまでくれば、努力などはほとんど関係無く、才能の世界の話になる。持って生まれた者の差、それはどうしようと埋める事が出来ない、残酷で非情な現実。
「まぁ結局、その忘れ形見も、魔女にはなれなかったんだけどな」
「そやな…ウチから見たら残念やけど、あの子にとってはどうやったんやろな」
「残念? いや、お前本当は安心したんじゃねぇの?」
まただ、と自覚はするが、言ったことは取り消せない、エルヴィラの悪い癖だ、思った事を平気で口に出してしまう。敵が増えるわけだ。
「なんでそう思うん?」
「お前さ、少なからず、いや、かなり劣等感を抱いてたんだろ? 忘れ形見に対して、嫉妬しなかった事なんて、無いんじゃないか?」
どれだけ努力しても追いつけない差を持つ年下の小娘、自分の夢を断念せざる得なかった原因。自分の今までを、全て無にするかのような、圧倒的な力を持った存在。
嫉妬の対象とするには十分過ぎるだろう。
その上そんな相手に、更に魔法という力が加われば、その差は永遠に埋まらなくなる。
「だが、その力がライバルに加わる事は無かった、まだ自分達は、同じ人間という土俵には立っている」
そこに唯一の希望を見出せたからこそ、今の友好的な関係を保てている。
「本当はお前、忘れ形見が嫌いなんじゃないか?」
「エリーちゃん、それ以上言うたら流石に怒るで」
ゼノヴィアがピリッとした鋭い目つきでエルヴィラを見る。
「怒んなよ、悪い癖だ、でも実際どうなんだ? お前はの気持ちはどうなってんだよ」
エルヴィラが聞くと、ピリついた表情から一転して、ゼノヴィアは自身溢れる笑顔になる。
「ジャンヌの事は大好きや、ローランの事もロットの事も大好きや、ウチは自分が弱いからって周囲に対してその責任を求めたりせぇへん、そういうのはカッコ悪いし、プライドが許さへんねん」
明るい表情に、エルヴィラは少したじろぐ。しかし、ゼノヴィアは構わず続ける。
「ウチの強さも弱さも、全部ウチのもんや、誰にも譲らんし、問題があるなら自分でなんとかする、唯一自分だけでどうにかでけへんのは、家族やな、一人では家族はできへんやろ? 修行時代から四人一緒やったんや、ウチはウチを一人にせんでくれる大事な家族を、身勝手な理由で嫌ったりせぇへんよ、そんな恥知らず、騎士やないやろ?」
「暑っ苦しいな…まぁでも、悪くはねぇけどな」
エルヴィラは隠し持っていたナイフをしまって、だるそうに起き上がる。
「悪かったよ、試すような真似して、一応疑ってたんだ…犯行動機がジャンヌへの嫌がらせなら、お前も容疑者候補だなって」
「ええっ⁉︎ ウチ疑われてたん⁉︎ ひ、酷いわエリーちゃん! いや、もしかしてジャンヌが?」
不安そうな顔をするゼノヴィアだったが、「ちげーよ」というエルヴィラの言葉を聞いて、安心したように元の笑顔に戻る。
「自分で言ったんだろうが、アイツは身内に甘い、今回の事件も、外部の犯行だと信じて疑わねぇ…だが、身内に甘いのは確かだが…決して現実から目を背けるような奴でも無いけどな…でも、アイツは回りくどいから、とりあえず私が先に調べといてやっただけだ」
「エリーちゃん、もしかしてジャンヌの事好きなん?」
「何言ってんのお前」
みるみるうちにエルヴィラは不機嫌になっていく、物凄い剣幕で魔女に睨まれて、流石のゼノヴィアも血の気が引いた。
「え、いやだって、そんなジャンヌの足りひん部分を、エリーちゃんが今補ったんやろ? どうとも思ってへんのやったら、他人の為にそこまでせぇへんよ、普通は」
「だからって好きとか嫌いとか、そういう話になるのはおかしいだろうが、まだ壊れてもらっちゃ困るから少し手助けしただけだっつーの」
「ツンデレなんやね」
「うわー、うぜぇわ、マジでうぜぇわ」
「ごめんてー、怒らんといてーやー、可愛いなぁ」
不機嫌そうにそっぽ向くエルヴィラを、ゼノヴィアは子猫でも撫でるように抱き上げる。
無論凄まじい抵抗をしたが、ゼノヴィアも只者ではない、素早く手を移動させ、一瞬たりとも姿勢を崩される事は無く、ひたすらエルヴィラを撫で続けた。
「ただいま戻りま…何をしてるんですか二人とも」
そこへ、丁度帰ってきたジャンヌがその光景に対して冷静にツッコミを入れ、暴れるエルヴィラを引き剥がす。
「もうエルヴィラ、ムキにならないの」
「はぁ⁉︎ 私悪くねぇだろうが!」
「ゼノヴィアさんも、あんまりこの子達に対して、強引に乱暴な事するなら最下層の地下牢にぶち込みますよ」
「刑が重い!」
流石に重犯罪者が送られる地下牢に入れられたくは無いので、ゼノヴィアはすぐに大人しくなった。
仲裁に成功したジャンヌは、エルヴィラを抱きかかえながら、事の経過を報告する。
「いやお前も離せや、なんで我が子を抱く母みたいな感じ出してんだよ、ってかなんでどいつもこいつも隙あらば私をガキ扱いするんだ、こういうのは『不可視の魔女』の方が適任だろうが」
「んー、ギャップ萌え? いや、そんな事よりも、特に問題はなさそうなので、ゼノヴィアさん、例の作戦に移りましょうか」
「ん、ああ…ウルを囮にする作戦やな…心配やけど、やるしかないな」
剣を握り、強い決意を瞳に宿すゼノヴィア、そんな彼女をジャンヌは頼もしそうに見つめて、頷いた。
「必ず捕まえましょう、これ以上誰も死なせない」
騎士と魔女が、動き出す。
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作戦と言っても、そう難しいものではない。むしろ作戦と呼ぶにはあまりにも稚拙な、雀を捕まえる罠の方がまだ作戦らしいと言えるほどに、チープなものである。
隙だらけのウルに適当に夜の街を出歩いてもらう、ただウロつくだけでは怪しまれるかもしれないので、すぐに動けそうな、簡単な作業を任せてある。
「もう陽が落ちて視界が悪い、わざわざ隙を作らなくても危険な環境だからね、十分注意してね」
ウルにそう言って、ジャンヌ達は姿を消す。
正確には、ドールの魔法で透明化する。ちなみに透明化してる者同士はお互いを認識できるのだ。
「ジャンヌ、アンタ魔女の友達おりすぎやろ」
「頼りになりますよ」
建物の屋根に登って、上から様子を観察する。
「かかるか? これ」
エルヴィラは言いながら辺りを見回す。
「今日がダメでも、人を変えて明日、一度で成功するとは思ってないよ…とにかく根気よく待とう?」
ジャンヌ達は、出来るだけ音を立てないように、屋根から屋根へと移動を繰り返していく。
ダラダラと歩くウルに異変は無い。
「そういえば、今日午前中におったあの子はどうしたん?」
「…あ、ゲルダの事ですか? 彼女は私の部屋で休んでますよ、保護したばかりなので」
「あの子も魔女なん?」
ジャンヌは黙って頷く。なるべく音を立てたく無いのだろう。
「そっか…ジャンヌはすごいな、初めて見る子が魔女でも物怖じせぇへんのやな」
いや、腕は千切られましたけど、と言いたくなったが、余計なリアクションをされるかもしれないので、グッと堪えた。
ウルに変化は無い、まだ仕掛けないのか、もしくは今日は来ないのか。
犯人が優秀な剣士ばかり狙っているのなら、ウルは確実に狙われると思う。最年少の騎士という事で、騎士の間以外でも有名だ。
しかも、百人斬りをしている、と、思われる癖に、堂々と乗り込んだりはせず、一人一人、こっそりと、まるで暗殺者のように殺している。
暗闇の中、一人で隙だらけの彼は、かなりお手頃な的であるはずだ。
(だからと言って、ランスロットさんを殺せるほどの相手が弱いとは思えない、意識を集中させて、すぐに反応できるようにならないと)
全員で力を合わせなければやられる。
来るとしたら、どこからだろう。物陰とか、まさか家の中から奇襲を仕掛けてくるなんて事もあり得るだろうか。
いやそれこそ、自分達と同じく、建物の上から、とか。
ぞわり、と。
その発想に至った瞬間、ジャンヌは全身に蛇が巻きついているかのような、気持ちの悪さを覚えた。
犯人は普通じゃない、もしかしたら、魔法を持っているかもしれない。魔力を探る術を持っているのだとしたら、自分達の位置がバレていたって、おかしくはーー
「ジャンヌ様!」
突然、ウルが下から叫ぶ。
「上です! ドールさんが危ない!」
声を聞いた瞬間、ジャンヌとゼノヴィアは跳ねるように剣を抜き、目標を定める。
しかし、その場で起きた事の衝撃が強すぎて、すぐに反応出来なかった。
「ジャ…ン…ヌ…!」
月明かりに照らされて、ドールが、何者かに左胸を剣で貫かれていた。
剣が引き抜かれた瞬間、彼女の小さな胸から血が噴き出し、全員の透明化が解けてしまった。
「ドールちゃん!」
ドールは糸が切れた操り人形のようにぐらりと倒れ、屋根から地面へと落下していく。
「ふざけんなやぁ!」
途端に、激昂したゼノヴィアが敵に斬りかかる。
素早く鋭い剣先を、同じく剣で弾いて、敵はそのままゼノヴィアに突っ込んでいく。
「ハッ、甘いわぁっ!」
剣を弾かれ隙だらけになったかと思いきや、ゼノヴィアは鎧の脇から仕込み刀を取り出し、敵に向かって投げつける。
しかし、それを予想していたかのように、敵はそれをいとも簡単に避けて、そのままゼノヴィアを押し退けて騎士団の方へと走り去っていく。
「っ! マズイ!」
ゼノヴィアはすぐに追おうとしたが、足を止めて振り返る。
「ど、ドールちゃん…どうしよう、血が止まらない」
「ヤベェな、あの剣普通の剣じゃねぇぞ…ほっといたらコイツ死ぬかも…」
どんどん呼吸が小さくなっていく少女を前に、ジャンヌもエルヴィラも何も出来ないでいた。
「ジャンヌ! その子の事は任せた、ウチはあのクズ野郎を追うで!」
「待ってくださいゼノヴィアさん! 一人は危険です! 敵は普通じゃない! 魔法…いや、魔具を使っている可能性が高いです!」
「だったら尚更ヤバイやろ! アイツ多分、騎士団に乗り込むつもりやで!」
「僕も行きます、とりあえず、二人で追いましょう」
ウルが言うと、ゼノヴィアは黙って頷いて、ジャンヌの返事は待たずに走り出した。
「二人とも…! わ、私も…でもっ」
どうすれば、どうすればいい。
ドールを見捨てる? あり得ない、騎士としてだけではない、自分を慕ってくれる彼女を、見殺しになど出来るわけが無い。
しかし、この場に留まっていたって同じ事だ。あんな危険な存在をこのまま騎士団に入れてしまえば、もっと多くの仲間を見殺しにする事になる。
「忘れ形見、お前と西支部でアイツを追え、このガキは私がなんとかする」
ジャンヌの肩に小さな手を置いて、エルヴィラが言う。
「エルヴィラ…でも、貴女治癒魔法は使えないって」
「延命治療ぐらい頑張ってみせるさ…私だってな、このガキ死んだら張り合いが無くてつまらなくなるんだよ」
不敵な笑みを浮かべてエルヴィラは言う、しかし、その手は少し震えていて、冷や汗もかいている。
不安なのだろう、本当に治療できるのかどうか。
「忘れ形見、お前は団長として、優先すべき事があるだろう、これ以上背負ってたらお前本当に潰れちまう、自分の為でもあるんだ、行け」
「あのごめん、カッコつけてるところ悪いんだけど…私が役に立てないかな?」
いつのまにか、二人の間に立つように、もう一人の少女がいた。
「お前…ゲルダ!」
「なんか騒がしいなって思って、ついてきたら、案の定凄い事になってたね」
ゲルダはドールの傷口に触れる、その瞬間、傷口は塞がり、ドールの荒かった呼吸も元の調子に戻った。
「この子は私に任せて、ほら急ごう、完全に死んだら私も治癒できなくなるよ」
思わぬ救援に、ジャンヌは泣き出しそうになったが、すぐに立ち上がり、敵が走り去っていった方を睨みつけて、駆け出した。
「させない…もう誰も殺させない!」
懇願するように呟きながら、ジャンヌは走った。
先に行った二人にも追いついた頃には、騎士団へとたどり着いていた。
しかし、既に鼻を塞ぎたくなるような悪臭がする。
外まで漏れ出る、血の匂い。
恐る恐る扉を開け、中を見た。
思い付く限り最悪の光景がそこにはあった。
五十を超えるローランの部下達が、無残な姿になって散らばっていた。
死体は奥の広間へと続いており、死体が重なって、広間へと続く扉を開けっぱなしにしていた。
そこから見えたもの。
既に放心状態のジャンヌは、声すら出す、ひたすら奥歯を震わせた。
壁にもたれかかるようにして息絶えていたのは、ここを防衛してくれていたはずの、ローランだった。
彼は、斬り落とされた自分の頭を抱えた状態で、死んでいた。




