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魔女伝  作者: 倉トリック
墓標の剣編
86/136

犠牲者

 目を覚ましたジャンヌは、ひとまず日陰に移動させられ、それからエルヴィラが買ってきた大量の食料をひたすら食べさせられた。


 主に肉が中心の食事だったので、かなり胃にもたれたが、構わず次々に口の中へ放り込まれる。


「ほら食え、食えなくなっても食え、今お前に必要なのは、血を補えるようになるだけの栄養だ」


「ま、まさか今度は私が貧血で倒れるとは…むぐぐ」


 必死に咀嚼しながら、ジャンヌは周囲を見回す。


 もう不思議な事には慣れっこだが、あれだけ派手に暴れて出来たはずの破壊痕が何一つ残っておらず、最初から何事も無かったかのように、綺麗に、元どおりになっていた。


 修復に人を割かなくて済んだのは良かった、つくづく魔法というのは凄いものだと思う。千切れた腕まで元どおり、当たり前のように動く。


「…あの…ごめんね、迷惑かけて」


 白髪の少女がシュンと落ち込んだ様子で謝罪をしてくる。


「気にしなくていいよ、ありがとう…えっと」


「ゲルダ、『凍結の魔女』ゲルダ」


「私はジャンヌ、騎士団の団長をしてるんだ、すごい魔法だよね、なんでも直せちゃうなんて、お墓も、私の腕も、本当にありがとうね」


「どっちもソイツがやった事だけどな」


 無神経なエルヴィラを、軽いチョップで制裁する。その仕返しと言わんばかりに、エルヴィラはさらに食べ物を口の中に突っ込んで来た。


「私に手を出すたぁいい度胸じゃねぇか、忘れ形見ぃ、ご褒美に美味いもんで窒息させてやるから感謝しろよ」


「ゴホッ! ガハッ! いや自業自得でしょ! デリカシーのない事ばっかり言うから!」


「私は思った事は口にしちゃうんだよ、それよりも、忘れ形見、お前結局ここに何しに来たんだ?」


「あ、そうそう…エルヴィラ、先生のお墓を見てくれる?」


 急に何を言い出すのかと思ったが、エルヴィラは一応指示に従い『鎧の魔女』の墓を見る。ゲルダの魔法によって綺麗に修復されている、どこにも違和感などは無いように思う。


「綺麗な墓石だが? なんか気になるのか?」


「えっと…なんか変なものとか無い? 具体的には、折れた剣の破片とか…削った様な痕があるとか、とにかく、お供え物じゃない異物」


 言われて辺りを見てみるものの、それらしい物はどこにも無い。


「やっぱりねぇぞ、変わったもんは何も」


「そっか…ありがとうエルヴィラ、じゃあ、とりあえず一旦戻ろうか…って、私はこのまま現場まで行かないと…悪いんだけど、エルヴィラ、ゲルダを騎士団まで送ってあげてくれないかな?」


「お前この期に及んでまだ仕事するつもりか、明らかに負傷中なんだから休めっつーの、あの変な訛りが入った女と、キザくせえ男には私から説明しとくからよ」


「ダメだよ、こればっかりは私が行って色々説明しないと…」


「だからって、お前まともに動けるのかよ、言っとくけど馬車も何もねぇぞ」


 ジャンヌが万全の状態で無い以上、結局は身動きが取れない。なぜなら、このままジャンヌを置き去りに出来ないのが、主な理由である。


 自由に動けないジャンヌなど、敵にとってチャンスでしか無い。この機に乗じて、ジャンヌを殺し、めんどくさい約束を反故しようと異端狩りが動くかもしれない。


 向こうには、凄まじい情報収集能力を持つリオと言う少女がいる。もしかしたら既に、この事は彼女の耳に入っているかもしれない。


 そうでなくても、あの女吸血鬼が、再び襲いに来ないとも言えない、カーミラは、ジャンヌを酷く恨んでいるはずだ、寝首を掻かれる可能性だって無いわけじゃない。


「チッ、お前敵多すぎなんだよ」


「ご、ごめん」


 出来れば嫌われない様に努力したいが、世の中そう上手くいかないようだ。


「んー…馬車用意しなくても大丈夫かも」


 不意に、ゲルダが指差ししながらそう言った。


「あん?」


 彼女が指す方向を見ると、二つの馬車が、墓地の入り口の前に止まるのが見えた。


「アレは…ゼノヴィアさんとローランさんの」


 ジャンヌの言う通り、慌てた様子で二人が降りてくる。


「あー、色々面倒だ、おいゲルダ、お前とりあえず髪切れ、んで、そのボロ布みたいな服装どうにかしろ、今すぐに」


「怪しまれる事間違い無しだよね…でも髪は切れるけど、服がさぁ」


「あーもう手間のかかる奴だなぁ!」


 エルヴィラは、転移魔法で大きめの服を用意してゲルダに着るように言う。


「ブッカブカ…特に胸元…着てるというより上から羽織ってる感じ」


「贅沢言うな、後で自分で買えば良いだろうが、とりあえず今はこれで良い」


 ゲルダが着るのを確認すると、素早くエルヴィラは、長く伸びた髪をナイフでザクザクと切っていく。かなり雑に切られているような気がしたが、一応整えられているようだ。


 そして切り終わったのとほぼ同時に、ローランとゼノヴィア、その他数名の騎士がやってきた。


「エリーちゃんにジャンヌ! 無事やったか!」


「あ、すいませんゼノヴィアさん…ちょっと問題が…って、あの、無事だったとは?」


 突然の事で反応が遅れたが、ゼノヴィアの不意な安否確認にジャンヌは疑問を覚える。


「良かった…二人とも無事みたいやな…って、そっちの子は誰なん?」


「あ、私は」


「そうじゃないだろゼノヴィア、とにかく、一度騎士団まで戻らないと、話はそれからだ」


 冷静に言うローランだったが、その顔は青ざめ、冷や汗をかいている。


 何か良からぬ事が起こったのだろう。


「まぁ、そう言うわけや、とりあえず二人…ああ、三人? も、乗ってや、早いとこ帰ろ!」


「いや、そうしてぇのは山々なんだが…生憎こっちも色々あってな…忘れ形見が動けねぇんだよ」


「な、なんでや…なんやこっちも色々あったみたいやな、ほらジャンヌ、ウチの肩に掴まり」


「あ、ありがとうございます…すいません」


 ゼノヴィアはせっせとジャンヌを運んでいく。今彼女が掴んでいる右腕が、さっきまで無かっただなんて、思いもしないんだろうな、とエルヴィラは何故か少し笑えた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「犠牲者…ですか」


 騎士団について、真っ先に知らされたのは、まさかの新たな犠牲者が出たという事だった。


 ここに着くまでの馬車の中で、少しだけ睡眠を取らせて貰ったおかげで、だいぶ具合は良くなってきていたのだが、報告を受けた途端に、がっくりと肩を落とす事になった。


「カルロスって騎士だ、ゼノヴィアのお気に入りだったみたいでね、僕が調査をしていると、暴れているような物音がしたから、見に行ってみたら、彼が胸から血を流して倒れていたんだ」


 ローランが、落ち込むゼノヴィアの代わりに言う。


「犯人の顔とかって…」


「残念だが見ていない、背中から心臓を一突きだ、犯人は相当の手練れだな」


「すいません…私が最初からここに来ていれば…」


「責めるつもりは無いけど…ジャンヌは何しとったん? なんか手がかりはあった?」


 憔悴しきったゼノヴィアが、弱々しく尋ねてくる。責めるつもりは無いとは言っていたが、言葉にはどこかトゲがあった。


「犯人が騎士を、しかもランスロットさんを狙った事から…もしかしたら、犯人は腕試しをしているのでは無いかと思いました、最強の剣士でも目指しているのかと…だから、当時最強の剣士と謳われた『鎧の魔女』の墓に、何かしらランスロットさんの遺品を置いているかも、と思いまして」


「なんやそれ、まさか犯人が、百人斬りでもしてるって言うんか?」


「そういう可能性を見たというだけで、確信はありません、それに、遺品らしきものは見つかりませんでしたし…はやり、怨恨という可能性の方が」


「でも、二人目も騎士、剣士だった…ジャンヌの推測も視野に入れておいた方がいいな」


「なんやそれ…そんな事の為に、ウチの部下が殺されたんか…!」


 今にも怒りが爆発しそうなゼノヴィアをローランがなだめる。当たり前だろう、自分の仲間が殺されて、冷静を保てる者などそうそういるわけが無い。


 思い入れが強かったとなると尚更だ。


「なぁ、忘れ形見…」


 こっそりと、エルヴィラがジャンヌに話しかける。


「どうしたの?」


「百人斬りってなんだ、魔女狩りの一種か?」


「え、ああ、そっか…えっとね、百人斬りっていうのは、強い剣士を百人斬れば世界一を名乗れるっていう、超昔の剣士達の儀式みたいなもの、勿論今やったらただの殺人だけど、昔は神聖なものだったらしいよ」


「それと、『鎧の魔女』の墓に殺しの報告するのとなんの関係があるんだよ」


「前に最強と呼ばれた剣士がいる場合、その者を超えた証として、殺した剣士の遺品を墓に飾るって言うルールみたいなものもあるんだ」


「なるほどな、だから調べさせたのか…で、最初の遺品は無かったが、二人目の剣士が殺された今、犯人の目的が、最強の剣士になるって言う説が濃厚って事か?」


「あくまで可能性の話だけどね」


「じゃあ、私達みたいな魔女以外、ここにいる全員が危ないんじゃないのか? 他の騎士どもを野放しにしといて大丈夫か?」


「それもそうだね…うん、とりあえず、みんなの安全を確保するのを優先した方が良いね」


 ジャンヌは、ありがとう、と言ってエルヴィラの頭を撫でる。直後振り払われたが気にしない。


「あの…ローランさん、ゼノヴィアさん、犯人がもし百人斬りを行なっているんだとしたら、ここにいる騎士全員が標的のはずです…だから、まずはいくつかグループを作っておきませんか?」


「一人になるのは危険…と、なるほどね、確かに、そもそもランスロットを殺せるような奴に、僕達が勝てるとは思えないからね」


「厳しい話をすればその通りです、そんな化け物に一人で立ち向かった所で勝てるわけが無い…だからこそのチームです」


 だから、と、話を進めようとしたジャンヌを、ゼノヴィアが「ちょっと待ってや!」と言って止める。


「こんなん、内部の人間の仕業としか考えられへんわ! 人殺しと同じとこにおったら、それこそ袋の鼠やんか!」


「ゼノヴィアさんの言う事はもっともです、でも、内部の人間の仕業と決まったわけじゃない、否定も肯定も出来ないなら、どれか一つの可能性に絞らないと、結局皆殺しにされるだけです」


「アンタらは部下殺されたわけやないから、そんな風に冷静でおれるんやろ! いやむしろ、アンタらが犯人っていう可能性だってあるわけやんか!」


「おいゼノヴィア、それは流石にやめろ、それを言うなら君にだってその疑いはある、こんな時に仲間割れを誘うような事を言うな」


 ローランに言われ、悔しそうに歯を食いしばりながら、ゼノヴィアは黙り込む。


 いけない、これは良くない流れだ。


「じゃあ、ゼノヴィアさん達は、私と一緒にいましょう?」


「…ジャンヌと? それなんの解決になるん?」


「私は犯人じゃない、その証拠もあれば、証人もいます。完全にシロだと分かってる私となら、少しは安心出来ませんか?」


 大丈夫です、もう一度強く言って、ジャンヌはゼノヴィアの顔を見る。不安で泣きそうになっていた彼女は、ゆっくりとだが、落ち着きを取り戻し、静かに頷いた。


「せやな…少なくとも、ジャンヌはシロや…ごめんな、取り乱して…」


「無理も無いですよ、私だって、自分の大切な人達が殺されたら、ああなります」


 ゼノヴィアをなだめながら、ジャンヌはローランに目でサインを送る。


 一団固まって、奥の広場で待機してください。


「なるほど、身内で固めろと…やれやれ、僕の疑い晴れてないじゃないか」


 不服そうな視線を送ると、ジャンヌは慌てて手を合わせて、謝罪の意思を伝えた。それを確認すると、別にいいよ、と口パクで伝え、ローランは自分の部下を集め、そのまま広場へと向かっていった。


「…さて、ゼノヴィアさん、ここからが本題です、もう二人も犠牲者が出ています、このまま野放しにするわけにはいきません…なので、犯人を今日中に捕まえましょう?」


 ジャンヌの予想外の提案に、ゼノヴィアは目を丸くして驚いた。


「は、犯人分かってんの?」


「いえ、でも犯人の目的に目処がついているなら、やりようは色々あります」


 少々危険ですが、とジャンヌは申し訳なさそうに付け加える。


「私達は、凄腕の剣士です、おまけにゼノヴィアさんは美人です、犯人が狙わないわけがない」


「美人は今関係ないやろ」


 ゼノヴィアは赤面しながら否定する。


 美人である事は否定しないのかよ、と、近くで聞いていたエルヴィラは言いたくなったが、グッと堪えた。


「私達で、犯人を誘き出すんです、一人では勝てなくても二人…いや、みんなとなら出来ない事は無いはずです」


 ウル、とジャンヌが一声かけると、どこからともなく白髪の少年騎士が降ってきた。


「うわぁ! びっくりしたなぁもう!」


「お呼びですか」


「ウルも狙われてるだろうし、ちゃんと聞いてね、ウルには囮と、私達の護衛をして欲しいんだ」


「分かりました」


「ええっ⁉︎ 今ので分かったん⁉︎」


 二つ返事で了承するウルに、ゼノヴィアは困惑を隠せずにいた。


「僕が囮になって犯人を誘き寄せ、お二人が奇襲する、その際の援護をしろ…という事ですよね?」


「もし犯人が聞いてたら厄介だから、本当は声に出して言わないで欲しかったけど…うん、その通り」


「す、すごいな…」


 以心伝心っぷりに感心していると、ジャンヌが部屋の鍵をゼノヴィアに渡した。


「とりあえず、地下室の鍵です、私達はそこにいましょう?」


「え、ええけど、全員入るん?」


「全員は入りそうも無いので、他のみんなには別の部屋に居てもらいます、大丈夫です、秘策があるので…ゼノヴィアさん、先に行っててください、ウル、護衛任務は始まってるよ」


「分かったわ、でも早よ来てよ!」


 不安そうな顔をしながら、残りの部下を連れ、ゼノヴィアとウルは地下へと向かう。


「さて、と、本題の本題、エルヴィラ、それから…いるんでしょ? ドールちゃん」


「わ、バレた」


 何もなかった空間から、美少女が浮き出てくる。


「やっぱ私達の力を借りるのか」


「是非頼りたいなぁ、これ以上死人出したく無い」


 ジャンヌの声は、少しだけ震えていた。それは恐怖というより、決意から来るものかもしれない。


 その気持ちが伝わったのか、ドールはにっこりと笑って拳を上げる。


「ジャンヌの為なら、頑張るよ!」


「とりま結界貼っときゃいいか…その他は?」


 心強い二人の味方に、ジャンヌは非常にシンプルな指示を出す。


 復讐なんて、騎士のやるべき事じゃ無いが、今回ばかりは少しぐらい痛い思いさせないと気が済まない。


「エルヴィラ、ドールちゃん」


 ジャンヌは優しい笑顔のまま言う。


「犯人が現れたら、ソイツに全力で魔法攻撃をぶち込んで欲しいんだ」


 優しい笑顔のまま、悪魔のような事を言い放った。

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