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魔女伝  作者: 倉トリック
墓標の剣編
85/136

ヒーラー

 ジャンヌを運ぼうとしたが、ダメだった。


 二分ともたなかった、重すぎたのだ。鎧がそもそも重いし、ダラリと力が抜けている成人女性を少女が背負っていくのはかなり無理があった。


「クッソ…!」


 止血はしているが、このままでは危ない。


 腕が無くなっているのだ、普通に重傷、致命傷である。


「出血が酷ぇぞ…なんとか…つーかゲルダ! こういう時こそお前の魔法が必要なんだろうが!」


「あ、うん、そうだよね、ごめん」


 ゲルダは慌てて駆け寄って、ジャンヌの千切れた右肩に触れる。


「あんだけ大暴れした後だからって…魔力切れとかねぇよな? ちゃんと治せよ?」


「大丈夫だよ、もう治った」


 触れただけ、たったそれだけで、ジャンヌの右腕は元どおりになっていた。


 千切れた後すら見当たらない。


「ふー…とりあえずは、一安心か」


「いや、失った血が回復出来てない…どちらにせよ危機は脱してないね、どうにかして血を補充したいんだけど、目を覚ましてくれないと、何か食べてもらう事も出来ないよ…」


「お前の治癒魔法で、血は補えないのかよ」


「ごめん、すぐには出来ないんだ…外傷と違うから、かなり難しくて…」


 今はとりあえず、治癒魔法をかけながら、休ませるしかない。


「…エルヴィラ、今更だけど、久しぶり」


「それこのタイミングで言う事じゃねぇだろ…」


 さっき殺しかけたとは思えないほど、ゲルダは気さくに話しかけてきた。


 正直、まだちょっと警戒している、ここでさっきみたいな氷の攻撃をされたら、確実に死ぬ。


 ちょっとビビってんだからな。


「お前さ…あの時確実に死んだよな」


「え…うん、首を落とされたのは覚えてる」


「じゃあ、どうやって蘇生したのかは、お前自身分かってないって事か…」


 ゲルダは小さく頷いて、自分の首を触る。


「記録で読んだけど、私達を殺した『救済の魔女』アラディアの特異魔法って、攻撃を全て致命傷に変える、みたいな、絶対殺す事の出来る魔法、だったんだよね?」


「らしいな、私は見てねぇから知らねぇけど」


「そんな能力すら超えて、本当に私、どうやって生き返ったんだろう?」


「…分からねえけど、一応、仮説は立ててみた」


 エルヴィラは、三年前のあの戦争を思い出しながら言う。


「ほら、死体を操る魔法を持ってた、イラつく魔女いただろ? えー…名前は、えー…あ、『屍の魔女』モリー」


「え、あ、うん、いたね」


「お前ら姉弟の死体、実はアイツに一回操られてんだよ」


 まぁ、自分と『鎧の魔女』が一瞬にして片付けたんだが、それは本人には黙っておこうと思う。


 というか、問題はそこじゃない。


「一度死んだお前らが、無理矢理その体を生きてるみたいに魔法で動かされた…それが、お前が蘇生するキッカケになったんじゃねぇか?」


「どういう事?」


 ゲルダは不思議そうに首をかしげる。


「操られるまでは、お前らは完全に死んでた、だが、魔力で動かされた時、お前の体だけは、仮死状態ならぬ、仮生状態になったんじゃねぇかな? だから、一瞬でも生き返った体を復活させようと、自動的に治癒魔法が発動した…とか?」


 流石にダメージが大きすぎた為に、三年間という時間はかかったわけだが。死と生を何度も繰り返しながら、ゆっくりと、彼女は生き返ることが出来た、のかもしれない。


「私だけ…か」


 ゲルダの声が、少し沈む。


「すげー事じゃねぇか、お前は本当に死なない魔女になったっつー事だな」


「望んでないけどね…」


 ゲルダは苦笑いを浮かべた。


 良かった、もうあの時ほど、取り乱したりはしないようだ。


 正直に言うと、エルヴィラはなんとなくゲルダが生きている事は分かっていた。信じられない事だったが、しかし、最初の墓荒らし事件を調査したあの日、エルヴィラはゲルダ生存の確信ともなる奇妙なものを見つけていた。


 寒い季節にだけ咲く花が、ゲルダが埋められていた墓の周りにだけ咲いていた。


(恐らく、コイツの冷気と治癒魔法の所為で、花の種かなんかが無理矢理成長させられたんだろうな)


 なんにせよ、もし生きているのなら、是非とも仲間になってもらいたいと思っていた。


 理由は簡単、この便利すぎる治癒魔法があるからだ。


 やはりヒーラーという存在は欠かせない。


「それよりさ、エルヴィラは今何してるの? そもそもこのお姉さんとはどういう関係?」


「あー…話すと長くなるけど?」


「やだ、シンプルイズベスト」


「目的の為に利用しあってる間柄」


 非常にシンプルかつ分かりやすい返答に、ゲルダは満足そうに頷いた。しかし、すぐにまた不思議そうな顔をして、ジャンヌとエルヴィラを交互に見つめる。


「んだよ」


 その視線を、まるで蝿でも追い払うかのように、鬱陶しそうに手を払いながらエルヴィラは言う。


「いや、その割には、エルヴィラは随分とこの子にご執心だなぁっと思って」


「ああ?」


「こんな如何にも真っ直ぐで真面目そうな人間の、しかも小娘の言う事を素直に聞くような柄じゃないでしょ、何か弱みでも握られた? それとも惚れちゃった?」


「どっちもありえねぇだろ…別に、役に立つから、捨てるには勿体無いってだけだ、長持ちさせる為に、私が一歩引いてやってんだよ」


 特に嘘を言っているようには見えない、だが、まだ何か隠しているような気がした。


 エルヴィラが、人も魔女も平気で殺してたような魔女が、たかだか人間一人の腕が千切れたぐらいで血相を変えるほど焦っていた。


 自分じゃどうしようもないから、襲いかかってきた魔女に助けを乞うほど、この人間を死なせたくなかったのだ。


「この子なんて名前なの?」


「忘れ形見だ」


「私の事馬鹿だと思ってる?」


「ちょっとした冗談だろーが…ジャンヌだよ、騎士団団長のジャンヌ」


 ジャンヌ、その名前を聞いて真っ先に思い浮かぶのは、やはり『鎧の魔女』だろう。

 あの戦争に参加していた、恐らく自分達『防衛の魔女』の中で最強クラスの実力を持っていた魔女。


 そう言われてみれば、どことなく似ているような気もする。着ている鎧など、まさにあの時彼女が着ていたものと同じだ。


 なるほど、後継者のようなものか、だからエルヴィラは忘れ形見と呼ぶのだろう。


「私達が死んだ後、『鎧の魔女』も死んだんだね、記録で見た」


「…ああ、その話、あんまりコイツの前でするなよ?」


「…なるほどね、深くは聞かないけど…いつかはちゃんと話してあげないとダメだよ?」


 恐らくだが、『鎧の魔女』の死に、エルヴィラは浅からず関わっているのだろう。もしかしたら、直接の死因はエルヴィラなのかもしれない。


 その時は死んでいたゲルダに真相は分からないが、エルヴィラは、その罪滅ぼしのつもりなのか、はたまた後ろめたい気持ちからなのか、そういうつもりで今のジャンヌを気にかけているのだろう。

 そして関わっていくうちに、彼女の事を悪しからず思い始めた、それと同時に、ジャンヌの先生を殺したのが自分だと告白するタイミングを逃していった。


 こんな感じだろうか、全ては想像に過ぎないが、大まかな事は当たっている気がする。


「そうだな…まぁ、時期が来たら話すさ」


 エルヴィラは視線を落としながら言う。


 ゆっくりと、ジャンヌが目を覚ました。


「あ、起きた」


 いつか話す、事の真相を話した時、自分達は今まで通りの関係でいられるのだろうか。

 エルヴィラは、始めて訳のわからない気持ちに恐怖した。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「まさか『凍結の魔女』が生きてるなんてねぇ」


 誰もいない街で、ジュリアは一枚の鏡に向かって話す。


「流石のボクもビックリ仰天だなぁ、グローアの魔法を奪ったあの子が仲間になったとなると…もうこの先君の手助けは必要ないんじゃないかな?」


 ジュリアが意地悪な笑みを浮かべながら言うと、鏡の向こうから、ため息混じりの声がする。


「確かに…彼女の治癒魔法は強力ですからね、加えてあの強力な凍結魔法…異端狩りだろうとマギアだろうと、最早敵ではないかもしれませんね…ただ、彼女がエルヴィラさん一行の()()()()()()と確信するのは、いささか早計な気がしますけどね」


 鏡の向こうには、桃色の髪と満月のような瞳をした魔女、ペリーヌがこちらを見ずに話している。


「どうしてだい? この先、『凍結の魔女』があの子達を裏切るようなフラグ立ってたかい?」


「エルヴィラさんとジャンヌさんが組んでいる理由は、利害の一致でしょう? 目的を同じにしているから、彼女達はお互いを裏切るメリットが無い…でも、ゲルダさんの場合、目的が無いんですよね、騎士団にいようとエルヴィラさんについて行こうと、彼女にとってはメリットもデメリットも無いわけです」


「損得が無いなら、裏切る可能性だって低くなると思うけど」


「仮に第三者から、彼女の利になるような話を持ちかけられた場合、ゲルダさんに断る理由が無いわけです、確かに低い可能性ですが…念の為その辺に注意していた方が良さそうです」


 いざとなれば…と言ったところで、ペリーヌは型抜きした生地を石釜に入れた。


「殺るって事かい?」


「害になるようなら…です、味方でいてくれるなら、これ以上心強い事はありませんから…それよりも…ジュリアさん、異端狩りの件はどうなってるんですか?」


 ペリーヌがようやくこちらを向いた、その目は鋭く、睨みつけている。


 睨まれたジュリアは、嬉しそうにニンマリと笑いながら自信満々に頷いた。


「大丈夫だよ、心配しないで、ボクだってジャンヌちゃん達に味方を作ってあげたんだから、いやー、偶然見つかって助かった、ボクが直接出る必要は無くなったからね、後は()が片付けてくれるはずだろうさ」


「貴女が自信満々の時って…特にめんどくさい失敗をされる事の方が多いんですが…?」


「大丈夫だって! っていうかいつもだって大丈夫だろ⁉︎ 一番君の役に立てるのはボクなんだから! 相棒を信じておくれよ」


「貴女を相棒だとは思ってません、まぁ、友達だとは思っていますけど…貴女は人間の気持ちを分かっているようで分かっていないから、貴女が誰かを利用しようとする時が一番不安なんですよ」


 ペリーヌに言われ、ジュリアは不満そうなむくれる。


「だってボク人間嫌いだもん、アイツら見てる分には面白いんだけどねぇ、理解しようとした途端にウザくなる、アイツらはカブトムシか何かだと思った方がいいね、見て楽しむ生き物」


「そうですか、ちなみに私は虫も苦手です」


 それからしばらく取り留めのない話をして、ペリーヌは鏡の向こうから消えていった、いや、厳密には、ペリーヌの目の前から鏡の方が消えたのだが。


 一人になったジュリアは、ニヤニヤと楽しそうな笑みを浮かべながら、椅子に腰掛けてブラブラと足を揺らす。


 ここは鏡の世界、ジュリアが作り出した、ジュリアだけの世界。


 この魔法を大袈裟に表現され、『世界を作り出す事の出来る魔女』なんて呼ばれ方をしているらしいが、面白いのでそのままにしておく。


「ボクのことを何も分かってない、世界を作り出す? あっはははっ! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 ボクの凄さはそれだけじゃないよ。


 体験した君なら分かるだろ? ジュリアは、楽しそうにしていた顔を一瞬で冷たい表情に変え、自分の背後に寝そべる者に言う。


 ポッカリと口を開け、乾いた瞳は何も写していない、ゴミのように捨てられた、少女の死体。


 彼女は元々魔女だった者だ。


「いやぁ、君が偶然にも、七つの魔法を持ってくれていて助かったよ、魔女ならやりやすいからねぇ、ボクさ、人間も嫌いだけど、無能な魔女も嫌いなんだよね、あ、ここでボクが言う無能っていうのは、なにかしら能力を持ってるくせにそれを使わない奴の事ね、宝の持ち腐れっていうの? そういう無能からは、勿体無いから没収しないとね」


 もっと有意義に使ってくれる人に、ね。


 ジュリアは再び鏡を出現させる。現れた四枚の鏡には、それぞれ違う風景が映されていた。


 騎士を介抱する魔女二人、解決しそうもない事件を必死になって捜査する騎士二人、首無し死体、怪しい動きを見せる烏合の集。


「ぷくくくっ、頑張れ頑張れ、もっとボクを楽しませておくれ」


 人間は嫌いだ、しかし、エンタメとしては最高だ。


 実に千年近く生きてきたが、ジュリアは一度も自分の人生を退屈だと思った事はない。


「人生がつまらない、なんて言ってるやつは、そもそもソイツがつまらないだけなんだよねぇ、それを人や世界のせいにする辺りが、つまらない奴っていう証拠なんだけど…見てごらんよ、こんなにも世界は面白い」


 千年近く生きてきたが、同じ人間は一人も居なかった。


 似たような思想や野望を持った人間はいたが、同じ人間はいない。


 それぞれが、その時を、何かの為に、全力で努力して突き進んでいた。


 それは犯罪だったかもしれないし、正義の執行だったかもしれない、英雄と呼ばれた者、戦犯と呼ばれた者、正義や悪、信頼に裏切り、好きや嫌いや、幸と不幸。


 見ていて飽きるはずがない、選り取り見取りな欲張りパックだ。


 そこに、たまにちょっかいをかけてやる。


 全力で突き進む頑張り屋な人間達が、信じてきた道の真ん中で、派手に、盛大にすっ転ぶ。すると、もう立ち上がれなくなって、絶望に沈みながら、次は他者を道連れにして腐っていく。


 まるで肉のドミノ倒し。


 爆笑しないわけがない。


「今回は、どうなるのかなぁ?」


 一人だというのを良い事に、ジュリアは腹の底から爆笑する。ペリーヌに見られれば、下品だと怒られるだろう。


 でも笑わずにはいられない、この世が自分中心に回っていると思うと、楽しくて仕方ない。


 歪んだ魔女は、狂ったように、いつまでも笑い続けた。

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