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魔女伝  作者: 倉トリック
墓標の剣編
84/136

ひとりぼっち

 ゲルダはある日、暗闇の中で目が覚めた。


 冷たく暗い、棺桶の中。


 本能的に、特異魔法を使って棺桶を地面ごとこじ開けて脱出したが、その時の彼女には、記憶が全くなかった。


 ただ分かる事は、自分がそう簡単には死ねないだろう、という絶望的な現実だけ。


 地面から這い出し、破壊された墓を見て、ゲルダは恐ろしくなりその場から逃げ出した。


 アテもなく、意味もなく、無我夢中で正体不明の何かに捕まらないように、必死で逃げた。


 追いつかれる、追いつかれたら、何もかも終わってしまう。


 記憶は無いのに、漠然とした恐怖だけが思考を支配していた。


 そんな時、自分の心の中に、正体不明の恐怖の他に、小さな安らぎが存在している事に気付いた。


 とても暖かく、安心できる、自分にとって唯一無二の存在。


 それはいつも自分の側にあったような気がする、でも、今はそれが無い、自分一人だけだ。


「探さなきゃ…探さなきゃ…」


 訳も分からないまま、ゲルダは、安らぎを探し続けた。


 一気に思い出そうとすると、頭が千切れそうになるぐらい酷い頭痛がして動けなくなるので、ゆっくり、一つずつ、安らぎの事を思い出していった。


 それは、人だったはずだ。だから人を探した。


 それは、若かったはずだ。だから若者を中心に探した。


 それは、男だったはずだ。だから若い男を探した。


 それは、優しかったはずだ。だからわざと困ってるようなフリをした。


 それは、両手に何か持っていたはずだ。だから見る人全ての荷物を観察した。


 それは、自分にとって、かけがえのない、代わりの無い者だったはずだ。だから…


 探せなくなった。


 動けなくなるのが嫌だったので、ゲルダは自分の事を考え始めた。


 自分は、女の子だ。見れば分かる。


 自分は、割と可愛いかったかもしれない。今は見る影もないほど汚らしいが。


 自分は、他の人とは何か違う気がする。不思議な力が使えたからだ。


 自分は、この力を、何の為に使っていたっけ?


「…特異…魔法…」


 自分は、魔女だ。人間では、無かった。


 ドスンと、何かにぶつかった。


 見えない何か、でも、それが生き物だとは、なんとなく分かった。


 姿が完全に見えない生き物などいない、だから、自分がぶつかったのは、普通ではない生き物。


「危ないから、気を付けなよ」


 親切心のつもりで言った。薄汚い女にぶつかったのだ、怖かったろうと思って、他の人間にぶつかったら、因縁をつけられるかもしれないと思って。


 見えない何かが、怯えたように思えた。やはり怖がらせてしまったのだろうか、きちんと説明も必要か。


「前をよく見ておかないと…何にぶつかるか分からないよ? 怪我したら大変、透明化なんてしてたら、誰にも気付いてもらえなくて、動けなくなるかも」


 すると、姿は見えないのに、声だけははっきり聞こえた。


「あ…え…わ、私が…見えて…」


 やはり何かいるらしい、不思議な事もあるものだ。


 いや、何も不思議じゃないのか、こういう事が出来る存在をよく知っているし、ついさっき、自分もそういう存在だと認識したばかりだ。


「…いや、見えないよ…見えないけど…気配でなんとなくわかる…というか、ボソボソっと声も聞こえたし…何かいるんだろうなぁって…」


 今度から気をつけてね、と言って、あくまで優しく、お姉さんらしく、振る舞ったつもりだった。


 自分も暇ではない、急いで安らぎを見つけないと…。


 優しく、お姉さんらしく。


 お姉さん?


「…私…お姉…さん?」


 自分は、自分達は、家族だった?


 自分の事を、姉と呼ぶ男。探しているのは、弟?


「…カイ?」


 記憶の復活が、止められなかった。頭の中で、脳みそが嘔吐しているのかと思うぐらい、次々と忘れていた事を思い出す。


 自分達は、『凍結の魔女』ゲルダと、魔女狩りのカイという、姉弟のコンビで、常に一緒だった事。


 魔女の為に破壊行為を繰り返す『反乱の魔女』討伐作戦に、金儲けの為に参加した事。


「そ、そうだ…『最後の魔女狩り』…! あれからどうなったの…なんで、魔女が街を普通に歩いてるの…? ど、どっちが勝ったの…」


 なんで、私はひとりなの。


 ゲルダは記憶を頼りに、当時自分達が戦っていた場所を巡り歩いた。そして、あの戦争を記録した本を見つけ、恐る恐るそれに目を通した。


 分かった事は、自分達『防衛の魔女』が勝利を収めた事、その結果、魔女と人が共存する世界になった事。


 そして、『防衛の魔女』は、ジョーンという魔女一人を残して、全滅したという事。


 戦死者の中には、自分の名前と、弟の名前も書かれていた。


「う…ウソだ」


 だって、自分は今もこうして生きているのだから。だから、カイだってどこかでのんびり生きているはずだ、自分の帰りを待っているかもしれない。


 何故かとても重く、思い通りにならない足を無理矢理動かしながら、ゲルダは、記録にあった、魔女達が眠る墓地へと足を運んだ。


 そこは、自分が最初に破壊した場所だった。


 いつの間にか修復されていて、墓標の名前もはっきりと見えるようになっていた。


 自分の名前が彫られた墓石の隣に立つ、弟の名前が彫られた石。


 弟は、間違いなく死んでいた。


 誰が、殺した。なんで、カイが死んだ。死ぬ必要なんて、無かったのに。


 あの子がいないと、私は、これからずっと、ずっとずっとずっと、


 永遠にひとりぼっち。


 その時、恐れていた何かに追いつかれた気がした。


 絶望という名の、闇に、飲み込まれた気がした。


 感情が爆発する、それと同時に、魔力が暴走する。


 辺りを凍らせ、巨大な氷柱が辺りを破壊して行く。


 もういい、全部どうでもいい、カイが居ない世界なんていらない、ひとりぼっちになるぐらいなら、みんな凍らせて終わらせてやる。


 パキッ、と、何かを踏み折る音がした。誰かがこちらを見ていた。


 二人、大きい女と、小さい女、大きい方は、騎士みたいな格好をしていて、小さい方は、少女らしくない、目つきの悪さをしていた。


 その目つきの悪さに、ゲルダは見覚えがあった。


 その途端、再び尋常じゃないほどの頭痛が襲う。


 痛い。痛い痛い痛い痛い。痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。


 止めて止めて、やめて、もう痛いのは嫌だ。


 止めさせて、アンタが原因なら、アンタを殺させて。


 痛みから逃れるように、怖いものから隠れるように、全身に氷を纏っていく。


「『凍結の魔女』ゲルダ」


 何故か分からないけれど、そう名乗らなければならないような気がした。


 残念ながら、声にはならなかったけど。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 気休めにしかならないが、とりあえず、ジャンヌを少しでもこの凍結エリアの外に出そうと、エルヴィラはジャンヌを蹴り飛ばす。


 わざわざ魔法で脚力を強化して、なるべく遠くへ転がっていくように、でも、あまりダメージにならないように気をつけながら。


「ぐえっ」


 利き腕がへし折れて、砕け散っているとは思えないほど、ジャンヌは間抜けな声を上げて後方へ吹っ飛んで行く。


「忘れ形見っ!」


 そこでようやく声が出た、自分で蹴り飛ばしておいてなんだが、一応心配の声である。


「クソッ…金属か…剣は金属だから、他の部分より冷えるのが早かったわけか…鎧に防御魔法付けといて良かったぜ…じゃなきゃ今頃粉々か…」


 冷えるってレベルじゃねぇけどなっ! そう言って、エルヴィラはゲルダにナイフの束を投げつける。


 しかし、ゲルダに近付くほど、ナイフはその勢いを徐々に殺され、彼女に届く頃には、簡単に受け止められるほど威力が無くなっていた。


 ゲルダは、ナイフを掴むと、そのまま粉々に握りつぶしてしまう。


 その瞬間、ナイフが握り潰されたのと同時に、エルヴィラの両手がパキパキと凍り始めた。


「うわぁっ! やっべぇ!」


 急いで距離を取る為、ジャンヌが転がっている場所まで引き退る。


 どうにか砕け散る前に、射程圏内から離れられたようだ。


「どんだけ寒いだお前の周り…どういう仕組みならそうなるんだよ…もっと普通に…常識的に魔法使おうぜ」


 物体が空中で停止しかけるほどの超低温なら、まず接近戦は無理だ、近づいた途端粉々にされてしまう。つまり近付かれてもアウト。だからと言って、遠距離武器が通じない事は、今まさに証明したばかりだ。


 そもそも、攻撃がそこまで届いたとしても、ゲルダ本体に当たらなければ意味が無い。


 彼女が纏っている氷の鎧、周囲と同じか、それ以下の低温で出来ているのだとしたら、彼女への直接的なダメージを与える事は不可能だ。


「…で、プラス死にすら見捨てられるほどの驚異的な再生魔法…馬鹿じゃねぇの?」


 分かりやすく無敵だった。討伐はもちろん、捕獲すら不可能である。


「萎えるわ、どうやっても勝てないってマジで萎えるわ…マジでどうすりゃいいんだコレ」


「エ、エルヴィラ…ちょっといい?」


 ヨロヨロと、ジャンヌがこちらに近寄ってくる。


「下がってろ忘れ形見、お前は…もう戦闘不能つーか再起不能だろ、今は大人しくしてやがれ」


「そうもいかないよ…まだ生きてるし、左腕はある…すごいね、人間って、こんな状態でも割と冷静でいられるんだ」


 役に立つ攻撃は出来そうにないが、せめて頭ぐらいは動かそう。


「何が出来るってんだ、こうしてる間にもお前の体は」


「私の腕は凍って砕けた…なのに、なんでエルヴィラは無傷なのかな」


「…あ?」


 ジャンヌは、無くなった右腕とエルヴィラを交互に見ながら言う。


「剣は金属だから冷えるのが早かった…って、本当にそれであってるのかな、いくら防御魔法を付けてたからって、ここまで強力な凍結魔法なら、鎧ごと私の体なんかバラバラに出来ちゃいそうだけど…」


「どういう事だ」


「常識が通じない、特異な魔法が特異魔法でしょ? この超低温空間の中で、私達がまだ動き回れるのはどう考えてもおかしいよ…凍らせて砕く、この攻撃方法には、()()()()()()()()()()()()()()()()…」


「発動条件…? どう見ても無差別にしか見えねぇけど…」


「じゃあ、アレの説明付かないよ?」


 ジャンヌが指差す先を見ると、ゲルダの足元に、小さな花が咲いていた。


 咄嗟で気付かなかったが、その他にも、彼女の周囲、あの環境下で生命活動など出来るはずもないのに、植物達は何食わぬ顔で咲いたままでいる。


「ドライフラワーみたいになってんじゃねぇの?」


「にしては瑞々しさが残ってるよ…私の考えの結論から言うけど、彼女はかなり分かりやすく、敵意や殺意、そして攻撃に反応してだけ、凍結を発動させてるんじゃないかな」


 ジャンヌが剣を握る時は、完全に戦闘態勢である。その為、多少なりとも、殺意とまではいかないが、戦闘意欲のようなものは持っている。


 もちろん、攻撃方法は剣だ。


 だからこそ、剣と、それを使う腕だけが凍って砕けたのでは無いだろうか。


 さっきの投擲だって同じ事、ナイフが攻撃に用いられたから、ナイフが凍って砕けた。


 そして、そのナイフを投げたエルヴィラの手が、凍り始めた。


 かなり分かりやすい仕掛けだが、それ故に強力である。攻撃の意思なく攻撃をする事など、どんな達人にも不可能だ。仕掛ける瞬間には、確実に殺気は出る。そしてその一瞬があれば、砕き散らすには十分だろう。


「じゃあ何か、攻撃の意思を見せなければ、近付けるって事か」


「多分ね、あまりに危険だけど…それに、近付けたからって、結局は攻撃出来ない」


「じゃあどうしろって…アレか、お前の好きないつものアレか…」


「アレだよ、でも、今回私には出来ないと思う…やるなら、エルヴィラじゃないと、ダメだと思う」


 エルヴィラは、諦めたようにため息をついて、ゲルダを睨みつける。


「あー、マジふざけてる…苦手なんだよな、説得ってよぉ」


 言葉が通じるかどうかも分からないし、そもそも敵意が無ければ凍らないという説が正しいかどうかも分からない。


「お願いエルヴィラ、貴女だけが頼りなの…このままじゃ…街に被害が出る…」


 この騎士は、自分の腕が砕けた事より、これから被害者が出るかもしれない事を気にしているのか、とエルヴィラは呆れる。


 呆れすぎて、笑いが出る。


 馬鹿らしすぎて、なんでもやってやろうという気になる。


「あーあー、はいはい、頑張りますよ、頑張らせていただきますよ、テメェ、後でそれ相応の対価は支払って貰うからな、この善人」


「ありがとう、もしダメだったら、そうだね…エルヴィラを忘れない」


「そこは一緒に死ぬとかじゃねぇの?」


「ごめん、まだ死ねない」


「それは同意、私もまだ死ねん」


 じゃあ、説得を成功させるしかない。


 エルヴィラは一歩、ゲルダに近付く。


 腕にも足にも、特に変化は無い。


 また一歩、また一歩と近づいて行く。


「おい…おい『凍結の魔女』! 久しぶりだな、私だ、『縄張りの魔女』エルヴィラだ!」


「ふぅぅ…シュウゥゥゥ…えぇる…ゔぃぃらぁ?」


 返答があった、どうやら話は通じるようである。


「そうだ、大変だったな、お互い…戦争を生き残ってよ、知り合いはほとんど死んじまったし、ひとりぼっちでさ、どうすりゃいいかも分からんし」


「…あ、あア…思い…出した…キン髪の…ロリね…アンタは…死んだって…書いてあったけど…」


「後が怖いからそういう事にしてたんだ、『反乱の魔女』にも残党みたいなのがいるらしいからな…」


 予想以上に、普通の会話が出来る。


 もう一歩、エルヴィラは近づいて行く。


「カイは…」


 ゲルダの口から、弟の名前が出る。


 下手に刺激しないよう、その話題を出すのはもう少し後にしようとしていたのだが。


 向こうから振ってくるなら、乗っても良いのだろうか。


(チッ…喋るのも気を使うのも苦手だってのに…私にはコンパとか絶対無理だな)


「カイは…本当に…死んデル?」


 どこか泣きそうな、縋るような声色に聞こえ、少し返答に迷ったが、長引かせて機嫌を損ねてもいけないと思い、正直に答える事にした。


「ああ、死んでる、お前と一緒に死んだ」


「ワタシと…いっしょ…なんで…私だけ生き返っタ」


「それは分からん、魔法が影響してるのかもな」


「カイはいない…私は、ひとりぼっちだ…もう守ってくれる人はいない…やだ、やだやだやだ、カイがいないなんて…いやだぁ!」


 感情に呼応するように、巨大な氷柱が現れて、辺りを破壊する。砕いた岩の破片が、エルヴィラの頬をかすめた。


「そうやって、駄々こねて…この世を破壊する気か」


「カイがいない…私が生きる意味がない…じゃあ、もうこんな世界いらない」


「お前一人の都合で終わらせられるほど、世界は軽くねぇぞ」


「いらないいらない…全部終わらせる、私も含めて、全部」


 グローアの回復魔法がある限り、ゲルダが死ねる事は多分無いのだが、彼女は、全てを巻き込んで自殺するつもりらしい。


 どうする、このまま気を使ってダラダラ喋りまくってても埒があかない、迂闊な事を言うのは危険だが、今必要なのは彼女の目を覚まさせてやる事だ。


 弟の代わりは確かにいないが、その役割なら、誰かが代われるかもしれない。


 最終目的はこの暴走を止める事だが、まずは理解させる事が先決だ。


「お前は…ひとりじゃないぞ、ゲルダ」


 慣れない事は言うものじゃない、エルヴィラは自分で言って寒気がした。


 しかし、伝えたい事の本質は間違っていない、我慢して、そのまま続ける。


「お前だけじゃない…あの戦争で、どいつもこいつも、大切なもんを失ってる…あそこで見てる女騎士いるだろ? アイツは『鎧の魔女』の弟子だ…今はその地位を継いで、騎士団の団長をしている…他の奴らなんか、死んでるんだぞ、お前だけが、奪われたわけじゃない」


「関係ない、私はジャンヌじゃないし、その他でも無い…私の悲しみは、私の苦しみは…私だけのものだ…それをどう主張しようと、私の勝手だ」


「中々身勝手だな…そうやって破壊すんのか、本当に? お前も含め、あの戦争に参加した魔女と、そして、お前の弟が、その命をかけて作り上げた今の平和を?」


 エルヴィラは、コツンと氷の鎧に拳を当てる。


「お前一人のわがままで、お前の弟の死を無駄にすんのか?」


「うぐぅ…がぁああ…しんっ…だらっ…元も子もないでしょおお…」


「弟はお前を庇ったんだぞ?」


「……なん…で?」


 見たわけでは無いが、カイがゲルダを抱えたまま死んでいるのをエルヴィラは見た。


 そして明らかに、ゲルダの表情に曇りが見える。


 今か。


「お前に、生きて欲しかったんじゃねぇの? まぁ、お前も一回死んじまったが、でも生きてる…アイツの願いは、叶ってるんじゃねぇのか」


「ぐ…ぐぐぅ…」


「お前の、自分勝手なわがままで、自分すら殺そうとして、弟が死んだ意味すら、お前自身の手で無にするのか? なぁ、何の為に、死んだんだ? お前さ、何の為に生きてたんだよ」


「う、うるぅざい…ワタシは…カイに…酷い事なんてしないぃぃ…あの男とは違うウゥう…! カイはっ、わたしのっ、生きるっ、ためのっ、…だから…いない、でも、もういない…やっぱり、意味が、無い」


「意味無くねぇよ、弟が生きる理由だっていうなら、そのままでいいじゃねぇか、お前の弟が生きてたって事を知ってるのは、それを思い出してやれるのは、この世でたった一人、お前だけなんだぞ? 死んでようが生きてようが、お前ら姉弟が生きてきた過去がある、その事実は変わらねぇよ、でもな、お前一人が死んじまうだけで、それすら無になっちまうかもしれない…いいのか、それで」


 そうなったら、本当の本当に、ひとりぼっちだ。


「…や、いやだぁあ…」


 ゲルダを纏う氷の鎧が、ガラガラと音を立てて崩れ始める。


「私はお前らの事を何も知らない、だから、ゲルダ、お前らの事何にも知らない奴と一緒に死ぬより、お前だけが理解してやれる、大切な人との記憶と一緒に生きてやれよ」


 お前はひとりじゃねぇぞ。


 氷が、溶けた。


 覆っていた氷が、全て溶け出して、涙になって流れていく。


 凍結の魔女は、再び生きる理由を取り戻した。


 と、カッコをつけてみたものの、エルヴィラは内心ビビりまくっていた。


 今現在、心底上手くまとまって良かったと安堵している。


 しかし、そんな心情を露わにできるような雰囲気でも無い。今はただ、全て流れきるのを待つしか無い。


(冷たい季節の後には、あったかい季節がくるもんだよな)


 上手く行ったな、そう言うつもりで、エルヴィラはジャンヌの方を見る。


 そこでは温かい視線を向けてくるジャンヌ、はおらず、右腕から大量に出血し、ぶっ倒れているジャンヌが居た。


「やっべぇ!」


 ゲルダの魔法の氷が溶けたのだ、当然、図らずも止血の役割を果たしていた氷も溶けるだろう。


 一安心も束の間、エルヴィラは血相を変えて、負傷者を抱えたまま、騎士団へと戻るのだった。

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