生存者
半ば引きずられながら、エルヴィラはジャンヌと共に墓地へと向かう。
「ふわぁ…ねみぃ…一体何事だっつーの…」
「もう、しっかりしてよ…あのね、ランスロットさんが殺された、かもしれないの」
ジャンヌが言うと、エルヴィラは眠そうな目をパチリと見開いた。どうやら驚いているようである。
「あのおっさん殺されんのかよ、めっちゃ強キャラ感あったのに…上には上がいるもんだな、で、今から埋葬か? ってか、かもしれないってなんだよ、死んだかどうかにかもしれないもクソもねぇだろ」
「遺体はまだ本部だよ、首無し死体なんだよね、だから、本人かどうかの確証が持てない」
「中肉中背ならまだしも、あのデケェ図体なら、首から下だけでも誰か判別出来るだろ、現実逃避してねぇで、はやく犯人見つけて、ぶちのめして、供養してやった方が良いと思うけどな…ふわぁあ」
やる気無さそうに欠伸をするエルヴィラに、何か一言言おうかと迷ったが、これでも丸くなった方なのか、ととりあえず無理矢理納得する。
もう少し前の彼女なら、事の全てを放棄して、強引に七つの魔法の捜索を優先させていただろう。
ただ単に、三つも魔法を回収出来て余裕が出ているだけかもしれないが。
(まぁ、無理もないか…エルヴィラ一人で三年間頑張っても一つも回収出来なかったのに、たった数ヶ月で三つ、そりゃ嬉しいか)
それに貢献できているなら、良しとしよう。
「つーか忘れ形見、どこに行くんだ」
「ん? 墓地」
「ハッ、墓場で殺すたぁ中々粋な犯人じゃねぇか、いつでも埋葬出来るようにってか」
「あ、違うよ、現場は墓地じゃない」
否定すると、エルヴィラは怪訝な顔をしてから、呆れたように鼻の頭を掻く。
「こういうのはまず現場からだろ、こんな時に墓参りなんてしても意味ねぇだろ、大体なぁ」
「違うよ、お墓参りじゃない、ちょっと気になる事があるの、私達騎士団にとっては、結構重要な事だと思うし…」
あっそ、と言って、エルヴィラは早足でジャンヌを追い越して行く。
前回も思った事だが、エルヴィラは墓地に行く事を、いや、正確には、『防衛の魔女』の墓に近付く事をどこか避けているように見える。
戦争の事を思い出して、ブルーな気持ちになるのか、死んでいった仲間たちの事を思って悲しくなるのか、生き残った事に対して罪悪感を抱くのか、それは分からない。
寝起きを共にして、死闘を繰り広げてきた。決して付き合いが長いとは言えないが、時間とは釣り合わないほど、エルヴィラ達との日々は濃いものだ。
しかし、未だにエルヴィラには謎な部分が多い。割と本音で話し合っている気もするが、肝心な部分は上手くはぐらかされている気がする。
彼女の事を全部理解しようだなんて、出来るとは思っていないけれど、少なくとも仲間として、抱えているものがあるなら、支えるぐらいは出来るようになりたい。
(傲慢かな)
他人の持ち物に、勝手に手を出して、尚且つ恩着せがましく仲間面するなど、身勝手にも程があるだろうか。いやしかし、目的を同じくする自分達は、言わば運命共同体、一連托生ともいえる関係だろう。
どちらか一方に偏るのは良くない、と思う。
ん? そもそもこんな風に思っている自分が、エルヴィラから距離をとっているというか、どこか他人行儀になっているのだろうか。
エルヴィラはとっくにこちらに対して、気の置けない仲間だと思っているからこそ、余計な事は自分から言わないだけなのかもしれない。
意外と普通に聞けば普通に答えてくれるのかも。
「ねぇ、エルヴィラ」
「あん?」
「エルヴィラってさ、もしかして、墓地嫌い?」
「あー、あんまり好きじゃねぇな、つーか好きな奴いるのか? 動いて喋って生きてた奴が、死んだ瞬間石の下に閉じ込められてモノ扱いだ、そりゃ死体をそのまま放置しろってワケじゃないけど、なんとも言えない気分になるんだよ」
それが知ってる奴ならなおさらな、とエルヴィラは言う。
「なるほど、やっぱり一緒に戦った『防衛の魔女』達の事を気にしてたんだね」
「普通に初対面ばっかりだったけど、あの短期間とは言え、少なからず会話した奴もいるからな、お前の先生とも…まぁいいや、なんでそんな事聞くんだよ」
「ん、いや、あまり気乗りしてないみたいだったし、無理矢理連れてきて悪い事したなって思って」
「今更だろ、別に嫌がる程じゃねぇし、本当に嫌だったら死ぬ気で抵抗してるわ」
うーん、エルヴィラに全力で抵抗されたら、抑えきれるかどうか分からない。彼女の持つ特異魔法は一通り見せてもらったけど、だからと言って対策が出来ているわけではない、というかそもそも対策など考えていなかった。
「つーか、それをいうなら私はお前の方が嫌がってると思ってたぞ、忘れ形見」
「え、なんで?」
「あの石の下に、お前の先生はいねぇんだぞ」
「ああ…そういう…」
先生の、『鎧の魔女』ジャンヌの遺体はどこにも無かった。鎧や剣の破片すらも見つからなかった、しかし、彼女は確実に亡くなったと、伝えられた。
いくら話しかけたって、死人に口なし、ましてや墓石相手に言葉が通じるわけもない。
なるほど、不憫に思われていたのは、自分の方だったのか。
「…どうした忘れ形見、もしかして気に障ったか、怒んなよ、悪かったって、私も師匠の事を他人に言われたらイラつくから気持ち分かるからよ」
気まずそうにこちらに近寄ってくるエルヴィラを、とりあえず抱き上げて頭を撫でる。
「別に怒ってないよー、なになに、怒られたと思った?」
「お前最近ガチで私をナメてるよな、私が自分より歳上だとか、魔女だとか、そういう事全部理解した上でここまでガキ扱いしてくるもんな」
「ちょっとぐらいいいでしょ、私だって色々癒しが欲しいのー、アニマルセラピー的な、エルヴィラって大人しくしてたら超可愛いし、たまには癒させてよ」
「ついにペット扱いか、お前っていう人間がどんな奴かついに分かったぞ」
腕の中で滅茶苦茶抵抗されたが、魔法無しのサシでの勝負ではジャンヌは中々手強く、結局二人は目的地に着くまで不毛な攻防を繰り広げ続けた。
その様はまさに、抱っこが嫌いな仔犬と戯れているようだった。
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戦闘もしてないのにお互いボロボロで、墓地入り口まで辿り着いた。
最近ここに訪れる機会が多い、しかもその都度大騒ぎしている。死者の魂が安らかに眠れていないのではないかと、かなり申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
自分が死んだ時、クレームの嵐にならないだろうか。
冗談はさておき、なるべく静かに奥へと進んでいく。
「人がいねぇな、朝っぱらから肝試ししてる気分だ」
髪をくくり直しながら、エルヴィラは言う。
彼女の言うとおり、何故か人が一人もいない。確かに朝だが、早朝というわけでもない。もう陽が昇ってだいぶ経つし、そもそも墓参りに時間は関係ないだろう。
たまたま、偶然だろうか。
「つか、妙に冷え込むな、もうチラホラ蝉とか見るっつーのに、これも朝だからか?」
「そうだね、なんでだろ」
エルヴィラがブルっと身震いするほど肌寒い。夏の朝だというのに、一枚上に羽織りたい気分だ。
まぁ、まだ夏本番ではない、午前中だけ気温が低い日だって無いとは言い切れないだろう。
しかし、これがただの異常気象で無い事はすぐにわかる事になった。
奥に行くにつれて、寒さがエスカレートしていく。
踏んだ地面がパリッと音を鳴らすほど、辺りが凍り始めていた。
「おいおい、めんどくせぇ…ここなんか呪われてんのか? それとも私らが疫病神か?」
「それ後者だと嫌だなぁ…もう迂闊に来れなくなるし…」
雑談をしながら、しかし二人は警戒をしながら慎重に奥に進んで行く。
わざわざ人を寄り付かせなくしている、つまりは近付かれる事を恐れている、そんな相手が友好的だとは考えにくい。
とりあえずは様子見、どうするかはそれから考えよう。
「おい忘れ形見、分かってると思うが、これは魔女の特異魔法だ」
唇を紫色にして、小刻みに震えながら、エルヴィラが言う。
「ちょっと、エルヴィラ大丈夫? 顔色すごく悪いよ? 防寒の魔法とか無いの?」
「私が使えるかぁ、そんな便利な魔法。つか、いいから話を聞け…いいか、忘れ形見、この先にある魔女は、お前が思ってるよりかなりヤベェ奴だ」
「…え、エルヴィラ、この魔法を使う魔女を知ってるの?」
「ああ、親しくは無いが、知り合いだ…まぁ、詳しい話は後だ、ここで立ち止まってたら氷のアートになっちまう…でな、とりあえず、ほぼ確定してるが、正体を確認出来た時点で、私達はすぐに逃げるぞ」
「に、逃げる?」
珍しく弱腰な彼女を見て、ジャンヌは驚きを隠せなかった。戦う前から逃げる、だなんて、エルヴィラらしくも無い、いつもの彼女なら、気付かれる前に始末しろとか言いそうなものなのに。
「ああ逃げる、こうなってる以上、私もお前も、アイツの間合いに入った時点で勝ち目は無い。だから、顔だけ確認したらすぐに逃げるぞ」
慎重に歩を進めながら、エルヴィラはこっそりと言う。
黙って頷いて、それからジャンヌはエルヴィラの後を追っていく。
そして、ズラリと並んだ『防衛の魔女』の墓全体が見える適当な墓石に隠れて(勿論下で眠る主には小声で謝って)、相手が何者なのか確認する。
確かに、彼女はいた。
息が白くなるほど寒くなっていると言うのに、墓石の前で佇む彼女は表情一つ変えていない。
くすんだ白髪をだらし無く伸ばし、生気のない死んだ様な目をし、頬は痩せこけ、爪は異様に伸びている。虚ろな表情をしたまま俯く彼女は、見ようによっては老婆にも見えた。
言い方はかなり悪いが、彼女への第一印象は、死人だった。
墓から這い出てきたゾンビ。
「ん、なんだろ、アレ」
色々異様だが、それとは別の違和感が彼女にはあった。
髪が邪魔でよく見えないが、彼女の首は凍っている様に見える。まるで首輪の様に、いや、まるで首と胴を繋ぎとめているかのように凍っていた。
「ねぇ、エルヴィラ…あの人、なんなの」
隣で震えるエルヴィラを見ると、ポカンと口を開けたまま、その場で完全に停止していた。
「ちょっと、エルヴィラ?」
肩を揺すると、ようやく我に返ったエルヴィラは、何度も目をこすって不気味な彼女を確認する。
「驚いた…いや、マジで、ここ最近で一番ビックリ仰天だ、まさかとは思ったが…あの野郎…本当に生きてたのか…いや、この場合、マジで生き返りやがったのか。」
「生き返ったって…それどう言う事なの、エルヴィラ?」
「奴は、三年前に死んだはずなんだよ、私はその瞬間を見たわけじゃねぇが、アイツが首を刎ねられてて、首無しのままその死体を操られたところは確かに見た、そして、忘れ形見、お前の先生がアイツらの供養をしてくれたのも見た…あの時、確実にアイツは消滅したはずなのに」
流石は恐るべき特異魔法、というべきなのだろうか。ある意味不憫ではあるが、しかし、場合によってはこの状況、かなり幸運であるかもしれない、とエルヴィラは思わずニヤける。
「さ、三年前って…ねぇ、あの人誰なの? 何でこんな事してるの?」
「しっ、声がデカイ、アイツが周りを凍らせてるって事は、アイツが深く絶望してるって事…らしい、そうだろうな、なんせ弟の方は生き返るわけがねぇもんな…つーか誰って、大体予想つくだろ、アイツは」
その時だった、まるで稲妻が落ちたかのような凄まじい衝撃と轟音が鳴り響いた。
何が起こったのかすぐには理解出来なかったが、その惨状に、エルヴィラもジャンヌも絶句するしか無かった。
天まで届きそうな巨大な氷柱が、魔女の墓の一つを粉々に破壊したのである。
「な…え?」
「アイツ…!」
何か言葉を発するより先に、再び轟音と衝撃が響く。
気がつけば、氷柱が二本、二つの墓が破壊されていた。
それと同時に、不気味な魔女は頭を抱え、低い呻き声を上げながら、その場にうずくまり、寒さでは無く、別の何かに怯えているように震えだした。
一つ、また一つと破壊されたく。
考えはまとまっていないが、反射的に、ジャンヌは思わず立ち上がった。
「バカッ…! お前何やって」
「ダメ…やめてっ…!」
フラフラと、暴走する魔女に近付こうとするジャンヌの袖をエルヴィラは強く掴み静止させようとする。
しかし、一歩間に合わず、ジャンヌは落ちている枯れ枝を踏み折ってしまった。
パキッ、と、乾いた音が鳴る。
戦慄が走る。
エルヴィラの中で危険信号がけたたましく鳴り響く。
魔女がこちらに気付いてしまった。
死んだように濁った瞳が、確実にこちらを見つめている。
「あ…」
図らずも破壊行為を止める事には成功し、わずかながら正気を取り戻したジャンヌは、事の重大さに気付き青ざめていく。
「…あー、あっ、あっ、あ、あ、うううう、ああああ、い、イダイイイイイイイイッ! あったっま! 割れるるるるるるっ!」
突然頭を抱え、そう叫ぶ彼女、その周り、今までとは違う冷気が集まり始めていた。
「忘れ形見…コイツには勝てない、しかし、もう逃げる事も出来ない…覚悟を決めた方がいい」
「な、何、誰なの、アレ」
三年前、魔女同士の戦争で、唯一、人間の弟と組んで参加した一番若い魔女がいた。
真っ先に死ぬだろうと誰もが思った彼女達だが、『反乱の魔女』を二人も撃破するという凄まじい戦果を残し、最後の最後で散ってしまった、と、そう思っていた。
彼女の氷は、敵も味方も苦しめるほど、強力なものだった。
「『反乱の魔女』の一人、『治癒の魔女』グローアから、その遠慮知らずの容赦の無い究極の治癒魔法を奪った魔女、『最後の魔女狩り』終盤の戦犯とも言える厄介な小娘…アイツは」
こちらを見つめる彼女が、氷に外殻に覆われて、その姿を怪物へと変化させて行く。
「しゅるるぷっシュウゥゥゥゥゥウ…マ、マ、と、ととと」
「ハッ、ろくすっぽ名乗れなくなってるのか、仕方ねぇな、私が代わりに紹介してやるよ」
苦笑いを浮かべながら、エルヴィラは言う。
「『凍結の魔女』ゲルダ、実質一番多くの敵を死に追いやった、超厄介な氷の化け物だよ」
「…あっ」
言葉が出なくなる。
その脅威を、ジャンヌは身をもって知る事となった。
剣を握る右腕が、折れて砕けてしまっていた。
超低温の地獄が、再び襲う。




