傷心
「クッソがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああ!」
木材を組み合わせた簡単で質素な墓の前で、異端狩りの幹部である、マルティンが悲鳴にも近い怒号をあげた。その声に、ただでさえビクビクと震えていたリオが更に怯えてコソコソとマシューの陰に隠れてしまう。
「落ち着きなってばマルティン、リオの前で見っともない」
「あぁっ⁉︎ テメェはなんとも思わねぇのかよボダン! アンリはなぁ! 俺達を逃す為に死んじまったんだぞ⁉︎」
「そりゃ辛いさ、気持ちはみんな一緒だ、でもな、騒いだって仕方ないだろ…今は、一刻も早くアンリを殺した犯人を見つけて、生まれた事を後悔するぐらい痛めつけてから殺す、そっちの方が優先だろ?」
「クソがっ! クソがっ! クソがっ! やっぱりあの時俺も残るべきだったぜっ!」
アンリと別れた翌日、つまりはマシューがジャンヌと交渉をしたそのすぐ後、彼らは再度会議に使っていた山小屋に戻り、そこで、変わり果てたアンリを見つけたのである。
陸地での溺死、その死に方は、敵が普通の人間でない事を証明していた。
冷静に敵の分析をしていたマシューとは反対に、マルティンはアンリを発見してから今までずっと怒り狂い取り乱していた。
乱暴で好戦的な性格ではあるが、仲間意識は誰よりも強い。そんな彼にとって、苦楽を共にした仲間が既に三人も目の前から消えているという事実は、耐え難いものだった。
「リオォ!」
「ひぃっ…! な、なな、なんでしょうか…」
マルティンの気迫に圧倒されながらも、リオはひょこっと顔だけ出す。
「敵についての情報はねぇのかぁ!」
「落ち着けと言っているのが分からないのか、マルティン、貴様は言葉も通じないほど知能が低かったか?」
静かに、しかし重い声で、マシューが睨みつけながら言う。
「いつまでもガキみたいに喚くんじゃない、リオは傷心の中でも情報をかき集めるのに必死になっている…お前、最近何かしたか? 暴れるだけ暴れて肝心な事は放ったらかしだ…喚くだけなら誰でも出来る、仲間の事を思うなら、仲間の為にお前にしか出来ない事をしろ、見つからないのなら探せ」
「ぐぐぅ…!」
まさに不満丸出しという表情を浮かべるが、とりあえずマルティンは大人しくなる。隣にいたボダンは、呆れたように首を振り、垂れた冷や汗を拭った。
「だから言ったじゃないか…マシューを怒らせたら怖いよ、敵には容赦無いし、身内にも厳しいんだから…殺されるまではいかなくても、二度と立てないようはされるかもしれないよ」
「うるせぇな、分かってんだよそれぐらい…」
「あの…あのぉ…ま、マルティン様ぁ…」
マシューの静かな怒りに更に気圧され、既に泣きそうになりながら、リオは言う。
「て、敵の顔や名前…何者なのかまでは…分かりませんが…そのぉ…敵の正体は、ま、魔女であると思います…」
「ああ?」
反応してみたものの、何も不思議な事は無い、魔女を狩る自分達は、常に魔女からも狙われるだろう。
だから、そこでは無い、マルティンが疑問に思ったのは、もっと別のところだ。
「魔女がなんでお前を狙ったんだよリオ、お前が握ってる情報は…魔女にとっても有益なものって事かぁ?」
「てっきりマギアの連中かと思ったが…違うのかい? 魔具使いでは無く、魔女であると思ったのは何故?」
「ああうう…げ、現場に残されていた破壊痕を、わ、私はあの後…も、もう一度調べましたぁ…し、侵入者がいたと思われる…屋根裏…実際に戦闘が行われた室内…い、いずれも、見つかったのは…ア、アンリ様の魔具、『千針刻』が突き刺さった痕ばかりでしたぁ…」
リオは、ビクビクと怯えながら、全員の魔具をチラチラと目で追いながら言う。
「み、皆様も…ご、ご存知の事と思われますが…そのぉ…ま、魔具使い同士の戦いで…どちらか一方の武器の破壊痕だけが残る…というのは、お、恐らく有り得ない事だと思いますぅ…あ、あったとしても、その場合は…い、一瞬のうちに決着がついている場合があり…そ、そもそも破壊痕そのものが…しゅ、周囲に残っていない場合が多いです…」
魔女の魔法と、魔具の最大の違いは、その用途にある。魔法は状況に応じて様々なサポート効果を得る事が出来る、回復や武器の補充など、魔法は戦闘面以外にも幅広く役に立つ、しかし、魔具はそもそも武器として作られた、直接攻撃をサポートする道具である。
普通の打撃にプラスアルファ、何か威力を増すなり、属性魔法効果を付けるなり、とにかく、攻撃の補助では無く、追加効果を与えるのが魔具だ。
その結果、魔具を使った戦闘において、破壊が行われないという事はほぼ無い。大なり小なり、人や物が必ず壊れる。
「こ、今回の戦闘の敗者は…アンリ様…しかし、攻撃の破壊痕はアンリ様の魔具のものしか残ってはいませんでした…このむ、矛盾…とも言えませんが…お、おかしな部分がどうしても引っかかっていたのですが…相手が魔女であるなら…なんとなく腑に落ちるのです…か、完全に私の推測なのですが…!」
「敵が魔女だとなんで腑に落ちるんだよ」
リオのつっかえつっかえの喋り方に、マルティンのボルテージが再び上がりつつある。それを察したリオは、出来るだけ舌を滑らかにする努力をする…のではなく、再びマシューの陰に隠れてしまった。
「ま、魔具使いは…魔具の効果以上の事は出来ません…に、人間ですので…し、しかし、魔女なら…魔法の併用が出来る個体も存在します…た、例えば…己の身体を他の物質に変化させる…など…」
彼らは記録でしか読んだ事が無いが、『皮剥ぎの魔女』マリ・ド・サンスはその代表的な魔女だろう。己の身体を魔獣化させ、完全に操る事が出来る『魔獣化』という魔法を持っていた。
更に言えば、『不可視の魔女』ドールの透明化も、身体を変化させる魔法である。
いずれも、普通の魔具では出来そうも無い、魔法と魔法の組み合わせによってなせる上位を超える特位、もとい、特異魔法。
「こ、今回の敵は…そういった特異魔法を持っている魔女では…な、ないでしょうか…透過する、もしくは、し、死因が溺死ですし…液体を操る…とか…あ、アンリ様の針を避ける、防ぐ事が出来る魔法など…わ、私如きではそうそう思いつきません…す、すみません…」
以上です、と、リオはそれっきり黙ってしまった。
「満足か、マルティン」
マシューのズボンを掴み、子犬のように震えるリオを呆れたように見る。
「大体分かったぜ…とにかく、それっぽい魔女を片っ端からぶっ殺せば、その内アタリが引けるって事だなぁ?」
「バカか君は、この間の騎士団との交渉内容を忘れたのか、彼らとの接触、戦闘を極力避ける為に、無意味な魔女狩りはしないと言ったばかりだろう」
「誰がバカだこの野郎っ! あんな約束律儀に守ってやる必要ねぇだろうが! どうせその内ぶっ殺してやるんだからよぉ!」
「それだと完全に意味がなくなるだろ、今のところ、約束を守ってるおかげで、ややこしい騎士団との接触は持っていない、彼らの敵視が強くなれば自由に動けなくなる、今はまだ我慢だ」
マルティンとボダンがいがみ合っている間に、マシューはもう一つ聞きたい事があるのを思い出し、リオを自分の足から引き剥がした。
「リオ」
「は、はいぃ…!」
「もう一つ聞きたいんだが…というか、こっちの方が優先なのだが…七つの魔法はどうなっている」
マシューが言うと、リオは力無く頷いて、再びつっかえながら話し始める。
「よ、四つ目の魔法なのですが…しょ、少々厄介な場所にあります…こ、今回ばかりは…き、騎士団に…ゆ、有利過ぎます…」
泣きそうに唇を震わせながら、リオは言う。
四つ目の魔法の在り処を。
「よ、四つ目の魔法は…」
ひっそりと、耳打ちする。
そして、リオが言い終わると、マシューは
「クックックックッ」
と、楽しそうに笑った。
「え…え? ええっと…ま、マシュー様?」
心配そうにこちらを見上げるリオの頭にポンっと手を置いて、マシューは言う。
「リオ、奴らとの約束を守ろう、その事を騎士団の団長に伝えて来るんだ…奴らにとって有利? いやいや、そんな事は無いぞリオ、上手くいけば、魔法を回収出来るだけで無く、騎士団を壊滅に追い込めるかもしれん」
ああ、実に楽しみだ。
あのお人好しな女騎士が、情けなく取り乱す所が見たい。
マシューは楽しそうに笑った。
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所変わって騎士団本部。
前回のメンバーが、再び顔を合わせていた。
しかし、今回は楽しげな雰囲気も、何かを企んでいるような張り詰めた緊張感もない。
ただ、ずっしりと重たい空気が三人にのしかかっていた。
三人の目の前には、大きな寝台があり、その上にはよく知る男…らしき者が寝ている。
本人なのか、どんな顔をしているのか、全く分からない、それはそうだ。
頭が無ければ確認のしようが無い。
「最初に発見したのは僕だ」
ローランが、ため息混じりに言う。
「昨日、あの後、ランスロットだけが、まだ納得してなかったんだけど…知ってたかな」
「何となく察しはしてました…」
「やる言うたら何としてでもやる人やったからなぁ…」
二人が言うと、ローランも頷く。
「そう、ランスロットは自分の意見を簡単に曲げるような人じゃ無い、一人で無茶な事する前に、僕は彼を説得しようとしたんだ…丁度僕達、同じ宿に泊まってたから…昨日の夜、彼の部屋で話をした…かなり怒ってたけど…なんとか僕の話は聞いてもらえたんだ、で、今朝、もう一度彼の部屋をノックしたんだけど、返事が無くて…でも鍵が開いてたんだ、だから、心配で部屋に入ってみたら…」
ランスロットの無残な首無し死体が、横たわっていたと言う。
「それが大体いつ頃の話ですか…?」
ジャンヌが言うと、ローランは暫く考えてから「もう六時を回っていたかな」と言った。
「最後にお話をされたというのは…」
「大体夜の十時ごろ…それから一時間ほどだけ、話した、その時は、生きてたんだ」
「なるほど…」
昨日の今日、突然の事過ぎて、まだ感覚が麻痺している。第一発見者のローランはかなりダメージを負っているが、自分にこのダメージが来るのはまだもう少しかかるだろう。
自分が泣いたり、取り乱したりする前に、考えられる事を考えようと、ジャンヌは脳を必死に動かす。
犯行時間は、ローランと話が終わった十一時から、発見された朝六時の七時間。
鍵は空いていて、密室では無かったという事は、犯行は誰にでも可能。
「争った形跡などは」
「無かったね…ランスロットは剣を握っていたけど」
「え…剣を握っていたんですか?」
だとすれば、いや、最初からあまり考えられなかったのだが、ここまで来ると普通におかしい。
無防備で無抵抗なランスロットなら、まだチャンスはあるかもしれないが、国内最強の騎士である彼が、剣を握ったまま殺された?
彼をよく知るジャンヌや、支部長の二人だからこそ分かる事だが、そんな事、まずあり得るはずが無いのだ。
彼が剣を握り、そして鞘に収める頃には、敵は一人残らず斬り捨てられている。その時間は一瞬だ。
そんな彼が、剣を抜いているにもかかわらず、その結果殺されるなんて、しかも争った形跡がないと言う事は、抵抗する間も無く、殺されたという事になる。
「犯人…人間じゃないかも…?」
「ん、どういう事やジャンヌ」
「宿の主人曰く、交代で見張りをしているらしいです、でも、昨日の夜は誰も来なかったし、出て行かなかった…となれば、犯行は昨日から宿を利用していた客か従業員にしか出来ない…と、思いますが、そもそもあの中に、ランスロットさんを、しかも剣を握ったランスロットさんを殺せるだけの実力を持った人間が居たとはちょっと考えにくいですよね」
もちろん、完全に居なかったとは言い切れない、隠れた才能を持つ者はどこにでもいるものだ。しかし、現実的に考えて、そんな人間が偶然その場にいたとして、ランスロットを殺す理由がどこにある。私怨だとしても出来過ぎだ。
それよりも、外部から侵入した者による犯行と考えた方が、現実味がある。
「…えっと、失礼を承知で言います、一応、ローランさんにも、犯行は可能、ですね」
「バカ言わないでくれよジャンヌ、僕にそんな実力があると? そもそも理由が無いし…いや、まぁ、可能性がある、ぐらいにとどめておいてくれれば良いか」
「ご理解感謝します…ちなみに、ゼノヴィアさんはどちらに?」
「酒場で酒飲んでたわ、これは証拠も証人もおるよ、店主に、一緒に飲んだ知らんおっさんと…ほら、レシートもあるよ」
無理しているのがバレバレな、作り笑いを浮かべながら、ゼノヴィアは言う。
彼女のアリバイは完璧か。
「あ、ちなみに、私は昨夜は出歩いてました、その宿の付近も通りましたね…一応証人として、エル…エリーがいます」
今この場にはいないが、エルヴィラと一緒に居たのは本当だ。
「とまぁ、つまり、密室では無かったですが、彼を殺せる人間なんて、あの場には居なかったわけです…だから、もしかしたら、外部から、しかも人以外の、もしくは、特殊な能力を持った者が、侵入して犯行に及んだのかも」
魔女とか、魔具使いとか、残念ながら、この世界には密室破りを出来る可能性の持ち主が多すぎる。
「なぁ…ほんまにこれ、ロットなんか?」
ゼノヴィアが死体を見ながら言う。
出た、この話は確実に出ると思った。
「首無し死体や、入れ替わりが起こってても、不思議やないよ?」
「そう思いたいのは、僕も同じだが、しかしゼノヴィア、武器に防具、背丈格好までランスロットと同じだ、これも犯人同様、彼とここまでそっくりな人間、あの場に偶然居るとは思えないな」
「そうかな」
「そうだよ」
そう、これだ、首無し死体。これが、自分達の感情が麻痺したように曖昧な原因だ。
本人かどうか判別出来ない、だから、悲しさや怒りよりも、困惑が先に来る。
人一人死んでいるのだ、不謹慎極まりないが、これがもし、ランスロットでは無かったら、という希望がまだチラホラ見え隠れする。
(ダメだ、これはこれで、冷静になれない、落ち着きすぎて、考える事が多すぎる…一旦絞ってリセットしないと)
ジャンヌは深呼吸をしてから、二人に言う。
「とにかく、調べましょう。ここで考えていても埒が無いです…ローランさんとゼノヴィアさんで、もう一度現場を見てきて貰えませんか? 私は、別のところを当たってみます」
「別のところ? 宿以外になんか心当たりがあるんか?」
不思議そうにするゼノヴィアに、ジャンヌはうーんと自信なさげに言う。
「そうですね…一応、見てきます…ランスロットさんを狂わせた原因を」
つまりは、荒らされた『鎧の魔女』の墓。
確証は無いが、何かあるかもしれない。
「終わり次第、すぐにそちらと合流しますので、しばらくお願いしても良いですか?」
「ええよ、というか、団長のジャンヌが言うんやったら、ウチら断れへんしな」
こうして調査が始まった。
支部長の二人は犯行現場へ。
ジャンヌは部屋でくつろいでいたエルヴィラを連れて、魔女たちが眠る墓地へ向かう事にした。




