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魔女伝  作者: 倉トリック
墓標の剣編
80/136

集合

 その日、エルヴィラは慌ただしい大量の足音で目を覚ました。


 三つ目の魔法を回収してからもう一ヶ月ほど経ち、青々とした葉やセミの鳴き声、そして、耐え難い暑さと共に、夏が本格的にその姿を現し始めていた、そんな朝。


 ただでさえ寝苦しく、布団もパジャマも全て取っ払ってようやく眠っていた。いつもなら、後二時間は寝れるはずの時間帯にも関わらず、無理矢理起こされたエルヴィラはいつも以上に不機嫌だった。


「っせぇなぁ…なんなんだよ」


 気だるげにベッドから降りて、寝ぼけ眼を擦りながら扉を開けて廊下を見る。

 そこでは、団員達が必死に何かの作業を進めていた。


「なにやってんだ…こいつら」


 重そうな荷物をどこかへ運んでいく者、床を箒で掃き、雑巾で拭く者、見たら分かる、全員で大掛かりな掃除をしていたのだ。


 だから、エルヴィラがここで言う、なにをやっているんだ、とは、なんでこんな時期にいきなり大掃除なんかしているんだ? という意味合いであり、決してエルヴィラがいつも掃除をサボっているせいで、掃除という行為すら知らないというわけではない。


 みんなエルヴィラには目もくれず、必死に作業を進めている。


「…おい、なにやってんだよ朝っぱらから」


 しかし、そんな事は御構い無しに、エルヴィラは団員の一人にそう尋ねる。


「あ、魔女、起きたのか…いや、いつまで寝てるんだ」


「あん? まだお日様は登り切ってねぇだろうが、東の空に浮かんだ頃だぜ、寝てても不思議じゃねぇぐらい早朝だよ、そんなぐっすりおやすみゴールデンタイムを邪魔してくれたお前らは、一体何をやってんだっつーの」


「見て分からないのか、掃除だ」


「なんでいきなり」


「だよな、なんでいきなりってなるよな…全く…西支部長殿は思い付きで行動される…何を考えておられるんだ」


 箒を握る彼は、つまらなさそうに愚痴をこぼす。


「にししぶちょう? 誰だそいつ、もしかして、そいつが来るからってお掃除か? さぞお偉い方なんだろうな」


 なるほど、そいつがいきなり来るせいで自分の睡眠は妨げられたのか。具体的に恨める相手が発覚して、エルヴィラの機嫌はほんの少しだけ落ち着いた。


 しかし、団員はがっくりと肩を落としながら首を横に振る。


「西支部長殿だけではない、彼女だけなら、ここまで大掛かりな事はしない…そう、彼女だけならな」


「んだよ、他にもまだ来んのか」


「ああ、ここ以外の三つの支部、その全ての支部長が今日、ここに来られるんだよ」


「ほへぇ」


「ほへぇ…って、はぁ、お前は良いよなぁ、組織の枠組みなんていう不自由なしがらみから外れてて」


「組織の枠組みどころか、生物としての理りからも外れてるぞ」


 なんせ不死身だからな、とエルヴィラは言って大きなあくびを一つする。


 なるほど、騎士団はここ一つではないのか。


 まぁ、広い国をここ一つで全て管理するなど到底無理な話、各地域に各支部を作っておく事ぐらい、当然といえば当然すぎる話だ。


 いつもジャンヌが処理している書類の山は、その各支部からの報告書もあるのだろう。


 ん、そういえば。


「おい、そういえば忘れ形見はどこだ」


「忘れ形見?」


 団員が首を傾げながら繰り返す。忘れ形見では通じないのか、いつもあれだけ呼んでいるというのに。


「お前らの大好きな団長様の事だろうが」


「ああ、団長なら今頃迎えの馬車の準備だろ」


「あいつの方が立場が上…だろ? なのにわざわざ迎えに行くのか」


 上下関係がよく分からない。団長は騎士団のトップじゃないのか。はて?


「団長は、まぁ、言い方は悪いが、親の七光りで団長になった、みたいな所があるだろ。本人もそれは自覚している、団長の実力も人格も申し分ないが、それでも、いや、だからこそ支部長の御三方には頭が上がらないんだよ」


「言い方が悪いどころか、明らかに違うぞ、お前ら、騎士団の団長ジャンヌっていう歴史を教わってないのか?」


「歴史…? 何の事だ」


 もしかして、本当に知らないのだろうか。あのよそ者以外の何者でもないカーミラですら、多少の事情は知っていたというのに、とうの騎士達が何も知らない。


 いや、知らされていないのか。


 だとすれば、自分が口出しするのは違うな、と、エルヴィラそれ以上言うのをやめた。


「まぁいい、馬車だな」


「あ、おい、魔女、あまり団長の邪魔になるような事するなよ」


「はぁ? 私が忘れ形見の邪魔になるってか? ありえねぇだろそんな事」


 自信満々にそう言って、エルヴィラは部屋に戻っていく。


 どうやら掃除を手伝うという気はなさそうだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 食堂からくすねた小さいパンをかじりながら、エルヴィラは馬小屋へと向かう。


 流石にまだ出発はしていないだろうとのんびり構えていたが、外に出てみれば、今まさに馬車が三台出発する直前だった。


「おお、マジかよ」


 横切っていく巨大な馬の足にほんの少しだけ圧倒されたが、すぐにジャンヌの鎧につけた魔法の気配を察知し、馬車の屋根に飛び乗る。


 ダンッ、という何かがぶつかったような音が上から聞こえ、中のジャンヌは不思議そうに見上げた。


「何の音だろ」


「さぁな、魔女かなんかが飛び乗ってきたんじゃねぇの?」


 当たり前のように隣でパンをかじるエルヴィラに、ジャンヌは色々驚きながらも、もう慣れたと言わんばかりに大きな溜め息を一つ吐いた。


「もう…どこから…って、飛び乗って来たのか…ダメでしょエルヴィラ、今日はお留守番しててねって、昨日の夜言ったでしょ」


「ああん? 昨日そんな話したか?」


「したよ! 来客があるから大人しくしててって…聞いてなかったの…ああ、そういえばずっとパズルしてたもんね、立体のやつ」


「あ、あーあー、アレな、あの時な、オッケーオッケー、思い出したわ、言ってた気がするな、昨日の夜な、パズルが全然完成しなくてイラついてたから全く耳に入って無かったわ」


 勝手に忘れてた事を勝手に思い出して、勝手に気持ち良くなっているエルヴィラ。言いたい事は山ほどあるが、ここでお説教しても仕方がない。


「というか、本当に何しに来たの? エルヴィラが来ても面白い事一つも無いよ? それより、飛び乗った挙句窓から入って来ちゃダメでしょ、危ない、それに、食べながらウロウロしちゃダメでしょ、行儀悪いよ」


 結局説教くさくなってしまった。そして、どうやらそれが、エルヴィラの癪に触ったようで、一気に不機嫌になっていく。


「うっせーな、母親かテメェは、つーか面白い面白くないは関係ねぇんだよ、私は私で今からお前が会う連中に用事があるんだ」


「え、面識無いよね? 何する気?」


「そいつらが来るってだけであんな大掛かりな掃除しやがって、クソ暑い上にうるせぇから寝てられねぇんだよ、私の睡眠の邪魔しやがって、タダじゃおかねぇ」


「理由がしょうもない! ちょっと! 頼むから大人しくしててよ⁉︎ 後でいくらでも寝てていいから!」


 この際付いて来た事に対してはもう諦める。だが、あの三人に対して失礼な事をしようとしているなら、全力で止めなければならない。


 彼らがいなければ、騎士団はまともに機能しないのだから。


「つーか、結局騎士団っていくつあるんだよ?」


 エルヴィラは、さっき団員から聞いた話を思い出しながら言う。


「ん? ああ、えっと、五つだよ、王都にある本部…つまり私達がいる所が中央支部、それから東支部、西支部、南支部、北支部の計五つ」


「お前もしかして総団長?」


「大袈裟に言うとね? でも、私よりももっともっと権力のある人達が、見えないところで最終決定はするんだ…まぁ、九割は私に任されてるけど…」


 やっぱり、歳の割には背負っているものが大き過ぎるとエルヴィラは思う。こんな小娘に大役を任す事を、権力のある人達の中で、誰一人として疑問に持たなかったのだろうか。


「それに、支部長とはいえ、実際その力は団長と同等だよ、だから団長が四人いるって思った方が正解かも」


「自分のところは自分で管理するってか、まぁ当然だわな…つーか、待て待て、支部って五ヶ所だろ? お前と…今日来るのは三人って聞いてたけど、後一人どこ行った」


「あ、それがちょっと厄介でね…南支部には支部長が居ないんだ、西と東、そして中央で交代で管理してる感じ」


「なんだそりゃあ、なんで南には誰もいねぇんだよ」


「んー…実は、この国の南って、ほぼゴーストタウン化した廃墟だらけなんだよねぇ…誰も居ないから、そもそも秩序が必要かどうかも分からない…」


 この国、平和に見えて実はかなりギリギリのバランスで保っているらしい。よくもまぁそんな状態で、魔女狩りだなんだと騒いでいたものだ。


 いや、魔女狩りの終焉をきっかけに、こんなにアンバランスになってしまったのだろうか。だとしたら、ザマァみろだとエルヴィラは思う。


 どちらにせよ、魔女によって支えられて来た国という事だ。魔女を理不尽に蔑ろにし続けて、都合のいい時だけ頼りきった結果がコレなんだとしたら、腹の底からスカッとする。


 まぁ、その結果苦労をしているジャンヌの事を思えば、素直に笑えないのは事実だが。


「そんな事なら、クロヴィスの野郎を南支部に送っちまえば良かったじゃねぇか」


「あの人ただの旅人でしょ、縛り付けちゃ可哀想だよ」


「馬鹿野郎、拠点が出来るんだぞ? そこを中心にして、自由に旅すりゃいいじゃねぇか」


「そこを自分の場所にして、完全にこの国の住人になっちゃったら、他国を旅する時かなり不便になるでしょ。それに、南支部にも、仕事が全く無いってわけじゃないんだから、支部長になったら責任重大で、旅なんてしてられなくなるよ」


「あー、めんどくせぇ、国だ管理者だ責任だなんだと、本当に人間ってめんどくせぇな、もっと皆で力合わせて平和に生きていけよ」


 もっともな話だが、本当にそんな世界になるとすれば、それはもう人類滅亡寸前の時じゃ無いだろうか。


 もしくは、強大で、共通の敵が現れた時か。


 そういう意味で言えば、『反乱の魔女』は必要悪だったのかもしれない。…いや、彼女達を敵だとしていた当時ですら、人が一つになったとは言い難い状況だった。


 一つになっていれば、『大虐殺』だなんて、思いつきすらしないはずなのだから。


 どう転んでも争いからは逃れられないのは、最早自然の摂理なのだろう。獲物や縄張りを巡って、野生動物ですら争うのだから。


 所詮は人間も、自然の産物なのだ。


 どれだけ個人に権力や力があったとしても、人外から見てみれば、結局人間という個体に違いはない。


 平和に暮らしたい、この共通の認識があるにも関わらず、自らの手で争いを生んでいくのは、人間ですら、個々人の意見を優先せず、他者を別の個体と認識しているからに過ぎないのか。


 いや、それよりも、もっと簡単な理由か。


「ねぇエルヴィラ」


「んだよ」


「エルヴィラには、強い魔法がある、不死身の肉体がある、その気になれば、世界そのものをひっくり返すぐらいの力がある、その力を私利私欲の為に使おうとしないのって、なんで?」


「やって欲しいのか?」


 突然の意味不明な質問に、困惑を隠しきれない。ただの雑談にしては重すぎるだろ、とすら思う。


「なんでって言われても…普通に疲れるから? それに、私以上に化け物な連中がわんさかいるし、到底世界征服は無理だろ…いや、出来たとしても、やらねぇけどな」


「疲れるから?」


「いや、別に、今の世界をそこまでひっくり返す必要ねぇと思ってるから…だな」


「ああ、やっぱり」


 つまりは、そういう事なのだろう。


 不満や不服があろうと、それぞれが動き出そうとしないのは、本当はそこまで深く考えていないから、だろう。


 生き辛くて、苦しくてしんどくて、世の中が嫌になったとしても、その状況をひっくり返すのは、今以上にしんどい思いをするかもしれないから。


 傷付くかもしれないし、最悪死ぬかもしれない。


 割りに合わない、と言えばいいのだろうか。


 つまり、そう思い留まれるほどには、みんな、今の世界に、文句を言いながらも、満足はしているのだ。


 なんだかんだで、今のバランスが、心地いいのだろう。


 みんながそう思っているのに、一人だけ、少人数だけで声を上げたって、そりゃ相手にされないわけだ。


 空気を読めと、排除されるに決まっている。


 なるほど、世の中は甘くない。個人の意見など、尊重してくれないわけだ。


 …じゃあ、どうやって、私達は守れば良いんだろう。


「こんな風に思ってるの、私だけなのかなぁ」


「何が」


 思わず声に出してしまったようで、エルヴィラが怪訝な顔をする。


「ううん、なんでもないよ、それよりエルヴィラ、集合場所についたから、くれぐれも失礼の無いように、良い子にしててね」


「相手の出方次第だな」


 勝手について来たくせに随分な態度だが、ぶっちゃけもう慣れちゃった。


 集合場所は噴水のある中央広場。


 既に馬車がいくつか停まっていて、数人の人影が見える。


 しまった、一番最後の到着になってしまった。


 急いでジャンヌ達も馬車を止め、駆け足で彼らの元に向かう。


「遅かったやーん! 会いたかったでー!」


 ジャンヌの姿を見るなり、ゆるいカールのかかった青髪の彼女はそう叫んで手を振った。


「お久しぶりですゼノヴィアさん、すみません、お待たせしてしまいました…」


 ジャンヌが申し訳なさそうに頭を下げると、ゼノヴィアは笑いながらその肩を叩いて言う。


「気にせんでええよ! 相変わらず堅いなぁマリ…ああ、ちゃうわ、今はもうジャンヌやな!」


「そうそう、気にしなくていいよジャンヌ、コイツが早すぎるだけなんだ、僕らより先にここに来て、既に一通りの観光を終えた後なんだってさ」


 そう言ったのは、鎧すら着崩しているゼノヴィアとは正反対にピシッとした正装に身を包んだ、いかにも潔癖そうな青年だった。


「ありがとうございます、ローランさん…今日は鎧は置いて来たんですか…?」


「ん、そんなわけないだろう? 馬車の中だよ、ただ、君達に会うのに武装するなんて、まるで、信用してないみたいで失礼だと思ったから着てないだけさ」


 何があるか分からないから装備は外さないで欲しい、と、ジャンヌは一瞬思ったが、すぐに、この人なら装備無しでも大丈夫だという事を思い出した。


「ええやん、楽しかったで、久々の王都! ローもちょっとはハメ外したらどうなん? 身内で集まっとんやから、もうちょい肩の力抜いたらええのに、鎧着とんのと変わらんやん」


「これでも十分肩の力は抜いてるつもりなんだけどね、ある意味君が羨ましいよ、脳のどの部分を抜けばそこまで能天気でいられるんだい?」


「普段からこんなんちゃうわ! ウチかってやる時はやんねん、オンオフが得意なんや、いつまでも気張っとったら人生損すんで」


「あ、あの二人共、喧嘩はやめましょう?」


 突然口論を始めたローランとゼノヴィアを慌てて静止するジャンヌ。しかし、そんな彼女を、二人はキョトンとした顔で見つめていた。


「ウチら別に喧嘩しとらんよ?」


「そうだよ、思った事を話してるだけさ、心配性だなジャンヌは」


 今の喧嘩じゃなかったのか…。いやしかし、ジャンヌが二人の間に入ったのには、別の理由がある。


 こちらを見つめる、彼に萎縮したからだ。


「あ…あの、お久しぶりです…ランスロットさん」


 ジャンヌは緊張で声が裏返りそうになりながらそう言った。


 そんな彼女を見つめる、長身の男。着崩しているわけでもなく、正装をしているわけでもない、ただ鎧を身につけたその姿は、『いつもどおり』という言葉がぴったり合う印象だった。


 しかし、他の二人とは明らかに格が違う、強者のオーラとでもいうのだろうか、雰囲気が全然違う。


 それはそうだろう、なにせこの中で一番強いのは彼だ。分かりやすく、最強である。


 それこそ、剣聖と呼ばれるほど。


「…ああ、久しぶりだな」


 それだけ言うと、ランスロットはそれ以上何か言葉を発する事は無かった。


「もお、ロットも今日ぐらいもうちょっとオープンになったらええやん、可愛い後輩がわざわざ迎えに来てくれたんやで」


「…なんの話だ、俺はいつも通りだ」


 必要以上の事は喋らない、三人共昔からお世話になった人物だが、ランスロットの事だけは、ジャンヌは未だによく分からないでいる。


 ただ一つ言える事は、悪い人では無い、という事だ。


「不器用で恥ずかしがり屋なだけやで」


 ジャンヌの心を読んだかのように、ゼノヴィアがニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべながら言う。


 ランスロット、ローラン、ゼノヴィア、ジャンヌ、騎士団をまとめる四つの頭が、ここに揃っていた。


 本当は今すぐにでも場所を変えたいというのが、ジャンヌの本心である。


 こんな場面を人々が見たら、たちまち自分達は囲まれて身動きが取れなくなってしまうだろう。


 特に美形のローランは、若い女性に人気だ。


「四天王って言ってたな」


 ジャンヌの背後で、エルヴィラが言う。


 その姿に、一番最初に反応したのは、ゼノヴィアだった。


「へぇっ⁉︎ 何この子! めっちゃ可愛いやん!」


「あ? ちょ! おい触んな! 抱き上げんな!」


 抵抗するエルヴィラを無理矢理抱き上げて、ゼノヴィアは頬擦りしながら言う。


「なんやのこの子! もっちもちやん! 髪めっちゃ綺麗やし! ええなぁ金髪! ウチもこういう髪が良かったわ! というかほんまに誰なん⁉︎ もしかして…ジャンヌの子か⁉︎」


「なっ⁉︎ そうなのかい⁉︎ ジャンヌ、いつの間にそんな相手が」


「ち、違いますよ! この子は…えっと、訳あってウチで預かってる子です」


「訳あり…? ああ、もしかして孤児かいな? 可哀想になぁ、怖い思いしたんとちゃう? 世の中まだまだ物騒やさかいなぁ、でも大丈夫やで、怖い奴とか悪い奴らはぜーんぶウチら騎士がやっつけたるさかいな!」


「まずお前が怖えよ! いい加減頬擦りをやめやがれ! つーか離せ! はなれろよぉおおおお! オアアアアアアアッ!」


 もがき続けてようやく解放されたエルヴィラは、ダッシュでジャンヌの背後に隠れる。


「ああん、もっと触りたかったのにぃ」


「なんだコイツ! 危ねぇ奴だ! 絶対敵だぞ! 今回の敵は絶対こいつだ! なんか事件起きたら絶対こいつが犯人だ! 女児誘拐とか起こったらまずこいつを疑うべきやで!」


「エル…エリー、口調移ってるよ」


 ジャンヌは荒ぶるエルヴィラをなだめてから、簡単にエルヴィラの紹介をする。勿論、念の為魔女という事は隠して、名前も偽名の方を使ってだが。


「そうか、魔獣にね、それは災難だったね、怖かったろうに、だからそんなに口調も荒くなってしまったんだね…エリー、良い人に保護されて良かったね」


「まぁな、かなり快適だぞ」


「僕達の事も怖がらなくていい、ジャンヌの家族みたいなものだ、君に酷いことはしないよ」


「さっき襲われたが?」


「ゼノヴィアも、本当は悪い奴じゃないから安心してくれていいよ、でも、怖がらせてしまったお詫びだ、キャンディをあげよう」


「仕方ねぇな特別に許してやるよ」


 ローランからキャンディを受け取り、若干エルヴィラの機嫌が治った事にジャンヌは引くほど驚いたが、まぁ今は大人しくなってくれて何よりだった。


 いや、いつもこのぐらい素直でいて欲しい。


「ほな、そろそろ行こかいな」


 ゼノヴィアがそう言って馬車を親指で差す。


「あんまりここでたむろしとっても仕方ないやろ?」


「そ、そうですね、それでは皆さん、行きましょうか」


 先が思いやられるが、ひとまず、中央へ戻る事にした。


 何も問題が起こらない事を、今はただ願うばかりである。

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