風邪
朝から体が怠かった。
頭痛もするし、喉は痛いし、何より熱っぽい。
しかし、動いていれば治ると思っていた。
大体いつもそうなのだ、朝しんどくても、いつも通り動いていれば、昼には無くなって、いつも通り動ける。
だから、今回も同じようにした。
甘かった。
滅多に風邪をひかない人間にとって、たまにひく風邪がどれほど強力で凶悪な威力を発揮するのか、知らないわけでは無かったのに、甘く見ていた。
この歳にもなって、自分の体調管理も出来ないなんて情けない、と朦朧とする意識の中でジャンヌは思う。
新人の訓練を指導している最中に、彼女は突然ぶっ倒れたのだ。
完全に目を回し、自力で動けない彼女を、数人がかりで医務室まで運んで、今に至る。
額には氷の入った布袋が乗せられ、鎧と制服は女性団員達の手によって引っ剥がされ、パジャマに着替えさせられている。
「うぅ…あたまいたい…」
喉が痛いのと、マスクをしているせいで、声がこもって上手く喋れない。
しかし、長く休んではいられない、すぐに治して訓練に戻って、孤児院に行って、王に経過報告をしてから、七つの魔法調査を進めて、エルヴィラに鎧と籠手の魔法のメンテナンスをしてもらって、ドールと遊んで…それから、それから。
「わ、わたしのせいで、みんなにふたんをかけるわけには」
重い体を起こそうとしたが、それ以上体が動かない。
誰かが肩を掴んで動きを止めるのだ。
「お前なぁ、大人しく寝るって事を知らねぇのか」
ぼんやりとした視界に映る、二つに結って垂らした金髪と睨みつけているように鋭い目つき。
両手にタオルを持ったエルヴィラが、ため息混じりにそう言った。
「えるびら…?」
「エル『ヴィ』ラだ、二度と間違えるな、ウに点々つけて、小さいィで、エル『ヴィ』ラだ。こんな簡単な発音も出来ねぇほど弱ってんのか…ったく」
呆れたようにエルヴィラは言う。しかし、その声にいつものトゲはなく、少しおとなしいと言うか、控えめと言うか、どことなく、不安げな声だった。
「ごめんね…どうしたの? うつすとわるいから、あんまりちかづかないほうがいいよ」
「魔女が風邪なんかひくか、それより、ちょっと上体起こせ…って、自力じゃ無理か…」
そう言って、エルヴィラはジャンヌの肩を抱え、ゆっくりと垂直に起こす。
「向きは変えれるか? 足もこっちに出せ、ちょっと頑張ってくれ」
ジャンヌは力なくこくんと頷いて、モゾモゾとベッドから足を出す。
熱にうなされ全身汗だくになっている。
エルヴィラはジャンヌの服を捲り上げると、持ってきたタオルでその体を拭き始めた。
「わぁ、くすぐったい…なにしてるの?」
「汗拭いてるに決まってんだろ、汗をかくのはいい事だがな、そのままにしてたら体冷やして悪化すんだよ…ほら、腕上げろ」
エルヴィラは、くまなく、そして素早く全身を拭き取ると、そのままベッドへとジャンヌを戻す。そして、新しい氷袋を転移魔法で取り出して、交換した。
「また夕方に飯もってくる、食欲無くても食わせるからな、それまで大人しく寝てろ」
そう言い残してエルヴィラは出て行った。
(エルヴィラ…看病してくれたんだ…)
じっとりと湿っていた体がスッキリとした。心なしか、体調も少し楽になってきた気がする。
(ほんと…風邪なんて…久しぶり…)
最後にひいたのって、どれぐらい前だったっけ?
(ああ、そうだ、風邪で寝込むぐらい弱ったのは、十年も前だ…元気だなぁ、私)
いつもなら、少しの風邪ならそのままいつも通り生活してたから、こんな風に倒れたのは、あの日が最後。
確か訓練中、真冬の池に落ちてしまって、そのまま訓練を続けた次の日に、朝起き上がった瞬間倒れたんだ。
(あの時は確か、先生が看病してくれたっけ…仕事もあったのに、何回も私のところに来て…)
そして、何故かずっと謝っていた。
すまない。君に無茶をさせ過ぎた。
魔女と人間の強度の違いを把握しきれていなかった自分のミスだと、申し訳なさそうにしていた。
弱っていた当時のジャンヌは、弱々しく首を振る事しか出来なかったけど、心の中では、それは違うんだと、何回も何回も繰り返し訴えていた。
背負い込まなくていい事まで、先生は自分の背中に乗せてしまう。
魔女や騎士である前に、一人の女性だった彼女は、今にも潰れそうだったのかもしれない。
無茶しなくて良いのに、任せられる事は、全部誰かに任せちゃえば良いのに。
(あ…私もか)
過去を振り返って、ようやく気付く。
今、エルヴィラやドール、団員の皆が自分に抱いている気持ちは、当時の自分と同じなのか。
ジャンヌが倒れた時、駆け寄ってきたみんなの顔は、不安でいっぱいだった。あのエルヴィラでさえも、表情を曇らせたのだ。
それは軽蔑ではなく、自分が無茶をさせ過ぎたのかもしれないという、後悔からくるものなのかもしれない。
自分が役に立たなくて、ジャンヌにばかり負担をかけているから、こうなったのかも。
当時のジャンヌだって、先代が傷を負って帰ってくるだけで、よく自己嫌悪に悩まされたものだ。
(あぁ、やっぱり…私もまだ…未熟なんだな)
じゃあ、今出来る事は、言われた通り、休む事だけか。
これ以上皆に余計な心配かけたくは無い。
そっと目を閉じて、夢の世界に落ちかけた、その時だった。
扉が開き、誰かが入ってくる。
狭い歩幅、小さな足音、小柄な人物だ。
「…?」
再び目を開け、ぼんやりとした視界でその姿を確認する。
一瞬エルヴィラかと思ったが、違う。今度の相手は長い黒髪だった。
「ジャンヌぅ…大丈夫…?」
今にも泣きそうな声でそう言うのは、『不可視の魔女』ドールである。
彼女は、恐る恐る、ジャンヌの手を握りながら、潤んだ瞳で心配そうに様子を見ていた。
「どーる…ちゃん? ごめんねぇ…きょうは、あそんであげられなくて…かぜうつるから、あんまりちかよっちゃだめだよ」
「私…魔女だから平気だよ…それより…ジャンヌ、しんどい? 私に…何か出来る事…ない?」
自分の為に何かしたいと言うドールの気持ちはすごく嬉しかった。しかし、大方の必要なものは、さっきエルヴィラが用意してくれた。飲料水の入った容器が二つに、着替えにタオルに毛布、更に水の入った桶に小さな筒が大量に入った擬似加湿器など、設備は完璧だった。
「きもち…げほっ! ごほっ! …!」
気持ちだけで十分だよ、と、言おうとした。
しかし、タイミング悪く、勢いよく咳き込んでしまったのだ。更にその影響で、元々出にくかった声が、全く出なくなってしまった。
「え? きもちわるい? もしかして…吐きそう? 分かった、気分が良くなる方法探してくるね…!」
ドールは微妙な勘違いをしてからどこかに走り去ってしまった。
うわぁ、嫌な予感がする。
なんだろう、ドールは頭は良い子なのだが、あのテンパり方…とても嫌な予感がする。
気分が良くなる『薬』ではなく、彼女はさっき、気分良くなる『方法』を探してくると言っていた。
熱にうなされて、まともな思考は出来なくなっているジャンヌだが、さっきのドールも、お世辞にも冷静だとは言えない様子だった。
そんな不安だらけのタイミングで、更に訪問者が現れた。
控えめに扉を開けて入ってきたのは、不安そうな顔をしたウルだった。
「ジャンヌ様…具合はどうですか」
「…だ…………ぶ…………こ…が……い」
大丈夫だけど、声が出ない、という声すら出せないので、まともな返事すら出来ない。
口をパクパクさせるジャンヌを見て、ウルはますます不安そうな顔をする。
「ジャンヌ様…まさか声が…なんと…おいたわしい」
流石ウルだ、瞬時に声が出ない事を察してくれるとは、出来ればこのままそっとしておいて欲しいところだが。
「ジャンヌ様、何か必要なものはありませんか? 声が出なくても大丈夫です、僕は少しなら、読唇術が扱えますので、ジャンヌ様の仰りたい事は分かります」
なんと優秀な部下だろう。これは頼らざるを得ない。
不安が拭えないジャンヌは、必死に口パクで伝える。
どーるちゃんをとめてきて。
ウルは口の動きをジッと見つめ、しばらく考えてから、笑顔で「分かりました」と言った。
良かった、これで一安心だ。
「『不可視の魔女』のドールさんを連れてくれば良いんですね?」
微妙に違った。しかも全然安心できない結果になった。
必死にジャンヌは首を振るが、何故かその仕草の意味だけウルに伝わらない。
才能が偏りすぎてる。
「なるほど、ドールさんは気が利きますね、恐らくお薬が何かを取りに行ったのですね? それを僕も手伝えば良いと、了解しました、このウル、命に代えても無事任務を遂行してみせます」
そう言ってウルは出て行ってしまった。
何故かは分からないが、いつの間にかジャンヌは、静かに泣いていた。
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「………………」
しばらくして、とても良い顔をした二人が帰ってきた。
両手に抱えたカゴには、溢れるほどの薬草 (らしきもの)。その背には、もはや看病とは関係の無いものと思われる謎の物体が背負われている。
いやほんと、背負ってるの何? 何かの木像?
なんでそんな苦しそうな歪んだ表情してるの?
あれ? 今なんか木像の目が動かなかった? 幻覚?
「ジャンヌ様、これで治ります」
「良かったね…ジャンヌ!」
その根拠と自信がどこから出てくるのか分からないが、弱ったジャンヌに対抗する術は無く、ただただこの状況を受け入れる事しか出来なかった。
そんな無抵抗なジャンヌに、ドールが笑顔で近寄る。
「ジャンヌ、喉が悪かったんだね、そんなジャンヌの為に…薬作ってきたんだ、喉が良くなるように…えっとね…なんだったっけ、なんとかっていう薬草と、あと…名前忘れちゃった…なんだったかな、なんとかっていう薬草と、…あと、多分熱を冷ます効果があったとおもう雑…薬草を、混ぜたか捏ねたかして作った塗り薬!」
うん、なんて?
情報量が多すぎてどこから突っ込めばいいのか分からない。
まず効果も名前も全部不明な草しか入って無いものを薬とか言っちゃダメでしょドールちゃん。それはもう薬じゃなくて正体不明の何かだよ?
で、何より怖いのは、今ドールちゃん自分でも不明要素あったよね? 最後の方『多分』って言ったよね?
で、その多分のやつ、聞き間違えなら申し訳ないんだけど、雑草って言いかけなかった? しかもそれを混ぜたか捏ねたかしちゃったんだ。
怖いなぁ。
いやでもドールちゃん、すごい良い顔でそれを掬って私に塗ろうとしてくるものなぁ、拒めないなぁ。
顔中に塗られてパックみたいになってるけど。
「よし、これで喉は大丈夫そうですね、ドールさん、流石です」
「いえーい」
すごい仲良しになってるじゃん。
「ではジャンヌ様、お次はこちらです」
そう言ってウルは何やら長い植物のようなものをズルズルと取り出した。
アレは、ネギ?
そして、それをおもむろに首と頭に巻き付け始めた。
え、何、怖い怖い。
「首だったか頭だったかに、ネギ…か、何かを巻き付ければ風邪が早く治ると聞いたので、まぁ、とりあえず」
この子もこの子で情報が曖昧だなぁ。
っていうか、巻き方が雑い。首は半ば締め付けられたみたいになってるし、頭なんか長さ足りなくてもうグシャグシャになってるじゃない。
うわぁ…ネギの汁が頭から垂れてきたよぉ、くっさ。
ちなみに、ネギを首に巻く行為自体は実はかなり効果があるらしい。皮膚から直接栄養が行くわけではないが、その成分を呼吸を通して鼻から取り入れる事が出来るそうだ。
「ジャンヌ、まだあるよ」
まだ終わらないの?
「アロマセラピーって言ってね、花とか草の良い香りでリラックスする方法があるんだって、弱ってるジャンヌにはぴったりだと思って、たくさんお花摘んできたよ」
ええ、可愛い。今までで一番可愛い。笑顔で摘んできたお花を持って来てくれるドールちゃん本当に可愛い。
でもなぁ、飾り方がなぁ。
そんな、わざわざ私の両手を胸の前で組ませてから全体にばら撒かなくても良くないかな?
これ完全に私死んでるみたいになってない? お葬式のソレだよねこれ、あ、花束を胸の前に、これ完全に意識してやってない? お葬式意識してるよね?
不謹慎だからやめなさい。
「そして、最後はやっぱり魔除けですね」
何がやっぱりなのか分からない。ウルの中の看病ってかなり独特なのかしら?
あ、その不気味な木像魔除けのために使うんだ、私の横に置い…近いなぁ、すごく近いなぁ、もう、なんか、顔覗き込まれてるみたいで本当に怖いんだけど。
さっきも思ったけど、なんでこの像の顔、こんなに苦痛に歪んでるの? 呪われそうなんだけど。
このカオスな状況に一切の疑問を持たず、二人は清々しい顔をして頷きあっていた。
すごい、一仕事やりきった感を出している。
「それではジャンヌ様、お大事に」
「ジャンヌ、早く良くなってね」
え、待って、このまま放置? あ、本当に行くの?
やだ、怖い。特に像が怖い。本当にこれ取って、これだけどけて、いや待って待って、行かないで、この状況で一人にしないで。
私、何か悪い事したかな?
ジャンヌは、静かに泣いた。
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「おい、飯もって来た…ってなんじゃこりゃあ⁉︎」
夕方、食事を運んできたエルヴィラの第一声はそれだった。
そりゃそうなるよね。
「んだこれ! おい忘れ形見! お前生きてるよな⁉︎ なんでそんな花ばら撒かれて、安らかに眠ってるみたいになってんだ⁉︎ ってかそれよりなんだそのキモい奴! 木像⁉︎ 何の為に⁉︎ なんでそんなお前を見つめてんだよ! それに一体何の意味があるんだよ! どけろどけろ気持ち悪い…くっせ! なんだ周囲がネギくせえ! なん、なにが…忘れ形見、お前の首か! お前の首と頭に執拗に巻き付けてあるそれか! 百歩譲って首は分かるけど頭の奴絶対意味ねぇだろ! 外せ外せ…うわなんだこれ⁉︎ お前の顔ヌルんヌルんじゃねぇか! これ何が塗ってあん…くっせ! これもくっさ! ネギ臭とは別の異臭がする! どういう状況なんだよこれ! 攻撃か! 攻撃されてんのか⁉︎ まさか敵が来たのか⁉︎ 私が留守の間に卑怯者め! ただじゃ済まさねえぞ! 誰にやられた忘れ形見!」
私を慕う味方にやられました。と、言ったらどんな顔するのだろう。いや、どっちにしろ言えないんだけど。
エルヴィラは周囲の看病(?)の跡を綺麗に片付けながら、再び私の体を拭き始める。
これは汗云々より、異臭を取るための行為だろうけれど、正直かなりスッキリする。
まさかエルヴィラに対してここまでまともな印象を抱く日が来るとは思わなかった。
「ったく…目を離すんじゃ無かったぜ…ああ、でも、熱は引いたみたいだな」
「げほっ…ごほっ…ありがと…えるびら…あれ?」
声が、出るようになっている。そういえば熱もかなり治っている。もしかして、ドールの塗り薬やウルのネギが本当に効いたのか。
魔除けにも効果があったとは、何となく思いたくない。これのせいで変な夢見たし。
「よし、だいぶマシになった…顔に塗ってあったやつ、なんかブヨブヨのパックみたいになってたぞ…肌は滅茶苦茶綺麗になってるけど、あんまり訳の分からんもんを使うなよな」
本当にパックとしての効果も発揮したようだ、ドールちゃんは一体何を調合したんだろう。
いやマジでツルツルモチモチ肌になってる。ちょっと嬉しい。
タオルと自分の手を洗って、エルヴィラはもって来た鍋の蓋を開ける。
ホカホカとした湯気が立ち上り、白いツヤのある、美味しそうなお粥が入っていた。
「わぁ…おいしそう」
「お、食欲があるのは良い事だ、明日には良くなってるだろ」
エルヴィラはレンゲで少し掬うと、フーッと数回息を吹きかけて冷ましてから、ジャンヌの口に運ぶ。
ジャンヌが口をつけると、匙を傾けて粥を口の中に流し込む。
柔らかく、ほんのりとした塩味が効いて美味しい。
「おいしい…これ、もしかして、えるびらがつくったの?」
「そうだよ、何意外そうな顔してんだ、私が粥の一つも作れねぇポンコツだとでも思ったか、まぁ薬草あっても薬とかは作れないけどな」
ジャンヌはもう一度口を開けると、仕方ねぇなと言いたそうにしながら、エルヴィラは再び粥を流し込む。
「さっきね…どーるちゃんとうるがきて、かんびょうしてくれたんだ」
「さっきのカオスな状況はアイツらが作ったのか…ってかアレが看病なのか…」
真剣に困惑している。しかし、別に怒っているわけでは無さそうだった。
「ゴチャゴチャしてたら余計しんどくなるっつーのに、アイツら、まぁ、必死なのは伝わったけどな、それにしても、お前愛されてんな」
「うん、あんなにみんなしんぱいしてくれて…ちょっともうしわけないけど…うれしかったな」
「そいつらだけじゃねぇぞ? 私が粥の材料買いに行った時でも、そこら中からお前の容体を聞かれたよ、あまりにしつこくてウゼェから、途中で全部追い払ったけどな」
「おいはらっちゃ、だめでしょ」
苦笑いを浮かべながらジャンヌは言う。
そんな様子を見て、エルヴィラはバツの悪そうな顔をする。
「どうしたの?」
ジャンヌが首をかしげると、エルヴィラはモゴモゴと何か言いにくそうに口を動かした。
「その…なんだ…わ、悪かったな…」
「え?」
突然発せられた謝罪の言葉に、理解が追いつかず、ジャンヌは間抜けな声を上げる。
「お前がぶっ倒れたのは…明らかに疲労からだろ…その、なんだ、お前に色々押し付け過ぎたなって…だから、悪かったな」
「…ぷっ、あははは」
「ああ?」
子供のようにむくれながら言うエルヴィラの姿がおかしくて、思わず笑ってしまう。それに対して、エルヴィラは不機嫌そうな声をあげた。
「何がおかしいんだよ」
「あはは…ごめんね、えるびらがそんなふうにおもってるなんて、いがいだったから…でも、えるびらのせいじゃないよ? わたしがたおれたのは、わたしがへただったから」
「下手?」
「うん、はたらきかたが、へたなんだよ、たおれるまできづかないなんてばかだなぁ、わたしのまわりにはこんなにたよれるひとがいるのに」
「ああ、なるほどな…それは、一理あるな、もっと他人を頼れ、そもそもトップである団長のお前が一番動き回ってどうすんだよ」
エルヴィラの言う通りだ、そもそも、頼れる仲間を頼らないなんて、失礼にもほどがあるだろう。まるで、頼りないと言っているようで、少々嫌味な態度に見えるかもしれない。
人の上に立つには、やはりまだ未熟なのだ。そんな事を言っている場合じゃないだろうが、事実なんだから仕方がない。
「まぁこれも…けいけんってことで…つぎからきをつけるよ…もっとたよらせてもらおうかな」
「そうしろ、人に頼って、人を使うのもお前の仕事だ…ま、そのお前を使ってるのは私なんだけどな」
クックッとエルヴィラは笑う。
「じゃあえるびら、さっそくたよりたいんだけど」
「あん?」
「おかわりちょうだい?」
ジャンヌはあーんと口を開ける。
「…仕方ねぇな」
ため息をつきながらも、どこか嬉しそうに、エルヴィラは粥をジャンヌの口に運んだ。
鍋いっぱいあった粥を全て食べ終わると、ジャンヌは新しい服に着替えさせられて、そのまま眠りについた。
ジャンヌが完全に眠るのを確認してから、音を立てないように、エルヴィラはそっと部屋を後にした。
翌日、ジャンヌの体調は、昨日までが嘘だったかのように全快していた。
「体が軽い…風邪引く前より調子良いんだけど…」
自分の体調の良さに逆に驚きながらも、ジャンヌはとりあえず洗面所に向かう。丸一日寝ていたので、顔もろくに洗えていないし、髪も乱れている。ひとまずこれをなんとかしたかった。
「あ」
洗面所に向かう途中の廊下で、同じく寝起きであろうエルヴィラと出会った。
「よお、調子良さそうだな」
「おはようエルヴィラ、うん、もうバッチリ、ありがとね、あんなに親切に看病してもらえるとは思わなかったよ」
「バカ、調子に乗んなよ、これっきりだからな」
二人は並んで顔を洗い、歯を磨く。
「わふれがたみ」
口に歯ブラシを突っ込んで、泡まみれのままエルヴィラは言う。
「エルヴィラ、何言ってるか分からないし、汚いからとりあえずうがいしてから喋ろ?」
「ううへぇな…わふぁひのたいみんぶで…ガラガラガラ…ペッ! うるせぇな、私のタイミングで話させろ」
そう言いつつも素直に言う事を聞くあたり、それなりの信頼関係は生まれているのだろう、そう信じたい。
「でな、忘れ形見、これからどうする」
「まだ探知地図を確認してないんだよね…確か、エルヴィラは墓荒らしのことを優先的に調べたいんだっけ?」
「お、そうだった、誰かさんの世話で忙してそれどころじゃ無かったから、すっかり忘れてたぜ」
「もおー! 黙ってればすっごいカッコよくて素直に感謝するのにぃ!」
洗顔を終え、着替えながら、エルヴィラは自分なりに考えた今後の方針を語り出す。
「私の予想があってるなら、墓荒らしの犯人は絶対に味方にしてぇな」
「味方? 墓荒らしの犯人を?」
正直気が乗らない。『防衛の魔女』の墓を、個人的な事を言えば、師であり尊敬する先代である『鎧の魔女』の墓を滅茶苦茶にした犯人と仲良くできるか不安だったからだ。
「お前の気持ちも分かるが、今後の為だ、七つの魔法も大事だが、戦力を強化したい、その為にも、アイツが生きてるなら、絶対に味方にしたい…あんまり信じられないけどな」
「生きてるなら…って、どういう事、エルヴィラ」
「ああ、話した事無かったっけ…実は『最後の魔女狩り』ですごい奴がいてな…『凍け」
「団長!」
エルヴィラの言葉は、男性団員の焦った大声に遮られる。
苛立つエルヴィラをなだめながら、ジャンヌは何事か尋ねる。
「もしかして、何か事件が起きたの?」
「あ、いえ、そうではなく、実は」
「オイテメェ…そもそも女子の着替え中にノックも無しに入ってきて謝罪の一つもねぇのか、つーか大した用事でもねぇくせに私の話の腰をバキバキに折りやがって、覚悟は出来てるんだろうなぁ?」
「あ! すいません団長! 着替え中とは知らず」
「別に裸見られた訳じゃないから大丈夫だよ、ノックはして欲しかったけど、それより何があったの」
「私ガッツリ下着だけなんだが、それについてどう思うんだよ」
「あ、いや、姪っ子と一緒に風呂入ったりするし、幼児体形見てもなんとも思わなかったというか…すまん」
「マジで殺すぞお前」
「ねぇ私の話聞いて? 何があったのって」
ジャンヌが半泣きになった辺りで、団員がやっと話し出す。
「実は…ウルと『不可視の魔女』が風邪で倒れたんです」
「ふぇっ⁉︎」
「はぁ?」
ガッツリ二人とも風邪がうつっていた。というか、なんでドールにまでうつっているのだろうか。
「そ、そっか…じゃあ今日は二人とも休みだね」
「あ、いえそれが…『不可視の魔女』の方が、団長に看病されたいと駄々を」
「アイツ最初っからそれが目的だったんじゃねぇの?」
「し、仕方ないね…エルヴィラ、手伝ってくれない?」
「マジかよ…」
二日連続で看病する事になってしまった。しかし、エルヴィラとジャンヌの絆は、ゆっくりとだが、深まっていた。
お互いに、お互いに対する思いやりみたいなものを、感じる事が出来た。
「まず必要なのは…魔除けかな」
ジャンヌがボソリと言う。
しかし、エルヴィラだけは、ジャンヌの腹黒い部分も知る事になった。
とある騎士団の平穏な一日は、こうやって過ぎていくのだった。




